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合わせ鏡が描く天弓(にじ)~卵から憧れのイケメン先輩が生まれちゃったんだけど、セーカクサイアクで困ってます  作者: 東條零
第四章 君と見た未来

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第20話 いっしょに食べよ

 今日のクランは、早起きだった。


 素奈多より先に目が覚めたので、目玉焼きでも焼こうかと、キッチンに立った。


 卵をふたつフライパンに落として、じゅーじゅーやっていると、急に周囲の映像がぐるんと回った。


「げ……」


 思わず目を閉じて冷蔵庫に寄りかかり、深呼吸する。

 冷蔵庫で体を支えて、そっと目を開けた。


 目玉焼きの二つの黄身の輪郭がぶれて、四つ目に見える。


 ――マジかよ……。


 クランは、眉間を押さえ、軽く頭を振った。

 ふわふわと雲の上を漂っているようだった。



 素奈多は、ベッドからむくりと起き上がり、大きなあくびと伸びをした。

 めちゃくちゃ熟睡したので、目覚めが爽やかだった。


 対面キッチンの奥で目玉焼きを作っているクランの背中を見る。


 おはよう、と言おうとして、あれっ? と首を傾げた。

 なんだか少し様子が違うような気がしたのだ。


「どうしたの?」


 クランは、笑顔で振り返った。


「あ? なにが?」


 素奈多は、のそのそとベッドから降りて、カウンターから身を乗り出す。


「なんか、具合悪そうだった」


 クランは、フライパンを豪快に振った。

 目玉焼きが空中でひっくり返って、フライパンに落ちた。


「あ、両面焼き……」


 素奈多が思わず指を指す。


 クランは、あー……という顔をしてひっくり返った目玉焼きに視線を落とし、素奈多の顔色をうかがうように振り返った。


「ま、いっか……」


 素奈多は笑った。

 クランも少し照れたように笑った。


 素奈多はシンクのほうに回り込み、コップに水を汲んだ。


「昨日、助けてくれてありがとう」


 クランに背中を向けたまま、改まった口調で言った。

 コンロとシンクは、ちょうど反対側に位置しているので、二人は背中合わせになっている。


「あぁ? 礼なら昨日聞いたぜ?」

「うん。それでも……。ありがとう。クランが来てくれなかったら、ぜったいヤバいことになってたと思う」

「まあ……。なんだ。俺、鍵持ってねーから、おまえがヤバいことになったら路頭に迷うからな……」


 素奈多が妙に素直なので、クランは少し混ぜっ返した。


「だね」


 素奈多は、冷蔵庫にもたれかかって、クランの背中を見つめた。

 Tシャツからちょっと浮き出ている肩甲骨が、セクシーだな、と思った。


「あたし、あんたのこと、自分のものだと思ってた。そばに居るのが、当然だと思ってた。ごめん。あんたには、あんたの人生、あるよね。もう、自由にしていいから。あたしに縛られること、ないから……」


 素奈多はとつとつと言った。


 昨日からずっと考えていたのだ。

 クランを自由にしてやらなきゃ……。

 好きなようにさせてあげなきゃ……と。


 クランはコンロの火を止め、お皿に平べったくなった目玉焼きを移し替えながら言った。


「なぁんか、勝手な言い分だよな~」


 クランの顔を見ずに、素奈多は頭を下げる。


「だからごめんって」


 クランは、体を反らせて素奈多の耳元で囁いた。


「あのさ、俺が、好きでここに居るとは思わないわけ?」


 思わず素奈多はクランの顔を凝視する。


「え?」


 至近距離で、見つめ合う格好になった。


「おまえに追い出す気がないなら、もう少し、ここに居させてくれって頼んでんの」


 素奈多は、耳たぶにふわりとクランの息がかかったのを感じて、ドギマギとうつむいた。


「いいけど……。いやらしいことしないでよ」


 クランは、ニパッと破顔した。


「あ、もう手遅れ!」

「えっ?」


 へっへっへ、と笑って、クランはフライパンを両手で握って自分の顔を隠した。


「しちゃった、夕べ……」


 素奈多はあわてて声を上げる。


「えええっ?」


 クランは、顔を隠したフライパンをちょっとずらして、素奈多の驚いた顔を盗み見て、はははっ、と楽しそうに笑った。


「おでこにちゅ~」


 パッとクランは身を翻す。


 素奈多に叩かれるのを予期しての反応だ。


 素奈多は、んもう! と逃げたクランを睨みつけ、手近な台拭きを掴むと、思い切り投げつけた。


「だから、どうしてあんたってそうなのっ!」


 ビュンと台拭きが飛び、見事、クランが顔をガードしたフライパンに命中した。


 ぽとりと台拭きが床に落ちる。


 クランは、フライパンの陰から、ひょいと顔を出した。


「怒った?」


 素奈多は汲んだまま忘れていたコップの水をぐいっと飲み干し、シンクの横に空になったコップをタンッと置いた。


「はぁ」


 大きく、ため息をつく。

 素奈多は、コップを見つめたまま、ぼそっと言った。


「今度は、起きてるときにして」

「は?」


 豆鉄砲を食らった鳩のような顔になって、クランが素奈多を凝視した。


 ぼんっと、耳まで爆発したように真っ赤になって、素奈多はバタバタと買い置きのパンを掴んでテーブルに回り込んだ。


「ああっ。早くご飯食べなきゃ、遅刻遅刻っ!」


 大慌てでパンを食べ始める素奈多を見つめて、クランはフライパンをもてあそんだまま、ふわりと微笑んだ。

 両面焼きの目玉焼きを、カウンター越しにテーブルに出す。


「いっしょに食べよ」


 素奈多は頬を染めてクランを見上げた。

 クランは、笑顔でうなずいた。


 牛乳を出すために冷蔵庫の扉を開けて、クランはふっと目を伏せた。


 さっきの眩暈は、まだ微かに続いている。

 彼には、そんな症状に思い当たるフシがあった。


 牛乳パックを掴み出しながら、パンにジャムを塗っている素奈多を肩越しに振り返った。


 今日の素奈多は、めちゃくちゃ愛らしかった。


 ――……っきしょー、期限切れってのがネックだよなー……。


 努めて平静を装い、クランは冷蔵庫の扉をパタンと閉じた。


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