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合わせ鏡が描く天弓(にじ)~卵から憧れのイケメン先輩が生まれちゃったんだけど、セーカクサイアクで困ってます  作者: 東條零
第三章 マドリガーレを唄う風船

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第16話 不可能なトライアングル

 素奈多は、花南を連れてマンションに戻った。

 実物を見てみないと信じられないと言われれば、実に全くごもっともで、証拠を見せなければならなくなったわけだ。


「ただいまぁ~」


 ビミョーな声で帰宅を告げると、ニセキジが部屋の奥から走ってきて、素奈多に飛びついた。


「わ! 花南、早く入ってドア閉めて。外に逃げ出したら大変なことになっちゃう」

「猫? キジタロー?」


 花南は、慌てて室内に入り、玄関のドアを後ろ手で閉めた。


「おっかえり~。暇すぎて死にそう。ゲームか何かないの?」


 言いながら、だらだら出てきたのは、素奈多のスエットを着たクランだ。


「ええー!?」


 花南は、想像通りの反応をする。

 そりゃあそうだ。

 一目見ただけでわかる。

 外見は、どこからどう見ても佐藤九嵐先輩なんだから。


「わぁ、可愛いじゃん? 素奈多の友達?」


 クランは、無邪気に言い放つ。


「可愛いなんて……えへへ」


 花南は単純だ。


「さあさあ、上がって上がって。素奈多、お茶」


 って、誰の家だよ!?


 素奈多がギロリとクランを睨んだが、そんな視線をものともせず、クランは花南の手を引いて室内へ連れ込んだ。


 あぁ!?

 お帰りも言わずに、お茶?

 あ、いや、お帰りは言ったか……。


 素奈多は、なんとも言えぬ敗北感にさいなまれながら、手を洗って、コーヒーの準備を始めた。


 にゃあん。


 そんな素奈多を慰めるように、ニセキジが足元で可愛く鳴く。


 くくぅ~。あたしの気持ちをわかってくれるのは、お前だけだよ……。


 ニセキジをなでなでして、素奈多は怒りを鎮めた。



 素奈多がコーヒーをいれている間に、花南は興味深そうにクランにあれやこれやと質問していた。


「ほんと、そっくりなのねぇ。生き写しってのはこのことかぁ……」

「花南って、すげぇ順応性あるのな? 素奈多なんか、最初、驚いてベッドから転がり落ちたんだぜ」


 クランは素奈多を肴にカラカラ笑って盛り上がっている。

 素奈多は、怒りの拳をぐぐっと握りしめた。


「そりゃ驚くよ。普通、卵から人間は生まれないもの」

「ははぁ。まあ、そりゃそうかもな」


 花南は、クスッと笑った。

 クランは、そんな花南の表情をじっと見つめる。


「花南って、怒りんぼの素奈多より、やっぱりかわいい」


 ニコッと天使の笑顔でクランは微笑んだ。


 ごいん!


「てっ!」


 クランの背後に、トレイを片手に抱えた素奈多が仁王立ちしていた。

 右手の拳が燦然と輝いている。


「誰が、怒りんぼですって?」


 猫なで声を作って、素奈多はクランに言った。

 クランは、あちゃーという顔をして首をすくめた。


「おまけに凶暴……」

「もうっ!」


 もう一度、素奈多は拳を振り上げた。

 そんな様子を見て、花南は楽しそうに笑い続ける。


「先輩とぜんぜん違うんだぁ。でも、あたしは、このクランくんのほうが好きだな」


 そんな花南のなにげない一言で、素奈多の心臓はドキンと跳ねた。


「えっ?」


 握りしめた拳を宙に浮かせたまま、素奈多は所在なげに手をひっこめる。

 とりあえず、いれてきたコーヒーをテーブルに置いた。


「だろ~? 話わかるじゃん。俺なんかよー、突然、こんなとこに産まれちゃって、けっこう可哀想な身の上な訳よ。なのに、こいつときたら、てんで冷てーの」


 クランは味方を得たりとばかりに、花南に不幸な身の上を強調する。

 素奈多は、ぷうっと頬を膨らませた。


「それは、あんたが変なことばかりするからでしょっ!」

「悪気があったわけじゃねーだろう? 俺だって、いろいろ気ぃつかってんだぜ?」

「……かもしれないけどっ……」


 素奈多は恨めしそうにクランを睨む。


「まあ、確かに、産まれたと思ったら二二歳で、知らないコの家に居候じゃ、ストレス溜まるよね。クランくんの言い分も判るな、あたし」

「花南……」


 クランは、大喜びで「そうそう」とうなずいた。


 花南は、ポンと手を叩く。


「よしっ! じゃあ、今日はあたしがおごってあげるっ!  ぱぁ~っと遊ぼうよ。ぱぁ~っと」

「マジマジっ?」


 狭いマンションから出られないと思っていたクランは、大いに喜んで身を乗り出した。


「ちょ、ちょっと、花南……」


 あわてて、素奈多が花南の腕を引っ張るが、花南は、一度言い出したら後へは引かないタイプだ。


「いいじゃない。少しくらい。クランくんの気持ちも考えてやらなきゃあ。これじゃまるで、かごの鳥よ」


 あれよあれよという間に、外に遊びに行く算段になってしまった。

 素奈多は、意外な展開にとまどって、花南とクランが盛り上がるのを茫然と見ていた。


「んじゃ、善は急げ。行こうぜ、花南」


 クランは、背もたれを前にしてまたがっていた椅子から立ち上がり、ソファの花南を促した。

 花南も、二つ返事で立ち上がる。


 素奈多は立ち上がった二人をかわるがわる見比べた。


「ちょ、ちょっと、なによ、あたしを置いてく気?」


 クランが、おや? という目で素奈多を見下ろした。


「あ~らら? なぁに、ずーずーしーこと言ってんの? 俺は花南とデート。おまえは、俺とぜんぜん違う大好きな先輩の写真にちゅーでもしながら留守番してな」


 相変わらず、素奈多の逆鱗に触れる物言いは天下一品だ。

 それが、憧れの先輩と同じ顔同じ声で言われるのだから、素奈多には余計にカチンとくる。

 素奈多はシュンと頭に湯気をたてて怒った。


「なによっ! あんたなんか、もう、帰って来るなっ!」


 ソファのクッションをひっつかんで、思いっきりクランに投げつける。

 クッションを受け止めて、クランは軽薄に笑った。


 素奈多の拗ねた様子に、花南は、やれやれと助け船を出した。


「ね、ねぇ、素奈多……。なに熱くなってんのよ……。ほら、いっしょに行こうってば」


 花南は、ふてくされて座り込んだ素奈多の腕をとって引っ張った。


 しかし、素奈多はガンとして動かない。


「まぁまぁ、行きたくないってもんを無理に誘うことねぇって」


 クランは、投げつけられたクッションを素奈多に抱かせるように手渡して、心配顔の花南を抱き寄せた。


「じゃな、素奈多」


 クランは、花南の肩を抱いたまま、廊下に出ていく。


 花南は、素奈多を振り返り振り返り、クランに従った。


 パタンと玄関のドアが閉じて、素奈多一人が取り残される。


「なによ……っ! なによなによなによなによっ!」


 ヒステリックに叫んで、素奈多はクランから渡されたクッションを「ぐー」で思いっきり殴りつけた。


「ほんとに、置いてくことないじゃない! あたしだって、本気で帰ってこなくていいなんて思ってないのに……。いっつも意地悪言うから素直になれないんじゃないの! 莫迦クラン! ばかばかばかばか!」


 クッションが、ボコボコだ。


「だいたい、花南も花南よ! なんで、あいつと行っちゃうのよ! なんで、あいつのこと、あっさり受け入れられるのよっ!」


 素奈多は、机の上に飾られた、九嵐先輩の写真を見た。

 クランが「ちゅーでもしてろ」と言った写真だ。


「先輩……。優しくて、礼儀正しくて、聡明な九嵐先輩……。あなたのクローンなのに、あいつったら、なんで、あんななの? どうして、いつもケンカになっちゃうの?」


 ボコボコに殴ったクッションを抱きしめた。

 抱きしめると、なんだか涙が出てきた。


 どうして涙が出るのか判らなかった。


 哀しいというよりは、悔しいような……。

 悔しいというよりは、もどかしいような……。


 そんな、複雑な涙だった。


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