第13話 共同生活は拷問の始まり
「なぁんで、トランクスなわけ?」
素奈多がのぼせたゆでだこみたいになって風呂から上がると、さっそくクランが文句を言った。
買ってきた下着がお気に召さないらしい。
「だって……いや、ちょっ、水……」
素奈多は、ヨロヨロと冷蔵庫にすがりついて、ペットボトルの水を出す。
コップにつぎ分けるのももどかしく、ゴクゴクとラッパ飲みしてボトルを空にすると、その場にへたり込んだ。
「バスタオル一枚で出てくるくせに、なんであんなに騒ぐんだよ?」
呆れたようなクランの声に、自分がバスタオルを巻き付けただけの姿だったことに初めて気づいた。
「いやぁぁぁぁぁ!」
素奈多は、サイレンのような悲鳴を上げて、風呂場に逆戻りした。
脱衣場なんて、洒落た区切りのない、完全に単身者向けのマンションだった。
クランは、両耳に人差し指を突っ込んで、嵐が去るのを待った。
あー、なんで、なんで、なんで、なんで……。
素奈多は、なんでを頭の中で繰り返しながら、まだ火照っている体に、強引に服を着た。
汗でべたついて、気持ち悪かった。
いつもは、汗が自然に引くまで、バスタオル姿で気楽に過ごすのだ。
そもそも、湿気のこもったユニットバスの中で着替えるなんて……。
なんで、こんなことに……。
悔しいのか哀しいのか、怒っているのか嘆いているのか、情緒がぐちゃぐちゃだった。
そして、明日はふかふかタオル地のバスローブを買ってこよう、と心に誓った。
素奈多は、謎のオーラを纏ってユニットバスから出た。
「でさ、このトランク……」
「あ゛?」
「……ス……」
文句を言いかけたクランが、ひきつった笑みを顔面に貼り付けて押し黙るほどには、素奈多の背後に立つ何者かは恐ろしかったに違いない。
ターボパワーのドライヤーで、ヤマンバのように髪を振り乱しながら少し癖のあるセミロングを乾かす。
素奈多は、熱風を顔面に浴びながら、努めて気持ちを落ち着けた。
素奈多の憧れのシュチュエイションに、彼氏にドライヤーで優しく髪を乾かして貰う、というのがあった。
だって、漫画やドラマに出てくる彼氏は優しくて、思いやりがあって、彼女のことをそりゃあ、大切にしているのだ。
「はぁ」
ため息をついて、素奈多はドライヤーのスイッチを切った。
「ぷ……」
クランが、その姿を見て、笑いをこらえて背中を向けた。
素奈多は、鏡をのぞき込む。
根元から立ち上がって爆発した髪を見て、絶望的な気分になった。
☆ ☆ ☆
寝る場所を決めるのがまた、一悶着だった。
そもそも、仕切る物がなにもないワンルーム。
シングルベッドがひとつ。
「男は床で寝ろ」
という緑の髪の美女の名台詞がある。
そう言い放ちたいのはやまやまだったが、クランがさっさとベッドに潜り込んでしまった。
「ちょっと、ずうずうしいにもほどがあるわよ!」
素奈多の怒りの声に、クランは、ふわりと毛布を上げて応える。
「いっしょに寝ればいいじゃん? 今朝も寝てたんだし」
「やぁよ」
「産まれたままの姿の俺を、抱きしめてたのはどなたでしたっけね~」
「そっ……それとこれとは!」
クランは、先輩とそっくりの笑顔で、優しく言った。
「おいで、素奈多」
う……。
なんという破壊力。
逃げなきゃダメだ……逃げなきゃダメだ……逃げなきゃダメだ……!
このまま誘惑されたら、貞操の危機!
だって、だってだって、憧れの先輩と同じ顔してるんだもん……。
素奈多は必死で平静を装い、ギクシャクとクローゼットからもう一枚の毛布を取り出した。
「わたしは、こっちで寝ます」
小さなソファに横になる。
「なぁんだ。残念」
素奈多は、動揺を悟られまいと必死だった。
本物の九嵐先輩とは似ても似つかない最悪なセーカクなのに、顔と、声と……いや、全部がそっくりすぎて、錯覚してしまいそうになる。
錯覚?
いや、混乱だ。
混沌だ。
カオスだ。
「おやすみ!」
素奈多は、ガバッと毛布を頭まで被った。
クスッと、クランが笑ったような気がした。
でも、ここで顔を出したら負けだ、と妙なプライドが、素奈多を縛っていた。
ああ、もう、ほんとに……。
なんでこんなことに……。
なんで、なんで、なんで……。




