第12話 ふたりぐらし
その日のうちに、クランと居候契約を結んだ。
ひとつ、エッチなことはしないこと。
ひとつ、素性がバレるようなことはしないこと。
ひとつ、九嵐先輩に迷惑をかけるようなことはしないこと。
日常のこまごまとしたことを上げていけばキリがなかったが、大筋はそんなところだ。
同居祝いに焼き肉が食いたいと、ずーずーしくもクランが言うので、素奈多はスーパーの特売で安い肉を買い込んできた。
床に置いたホットプレートの上でいい音をたてる肉を、素奈多とクランは固唾を呑んで見守っていた。
部屋中に緊迫した空気が充満している。
「特売って言ってもね、お肉は高いものなのよ」
素奈多は、重々しい口調で言った。
「だから?」
クランは素っ気ない。
「ここは、居候が遠慮する場面なの」
噛んで含めるように素奈多は言った。
「ふうん」
興味なさそうにクランは鼻を鳴らす。
素奈多はゆらゆらと頭を振った。
「……ってことは、言っても……」
「無駄だぜっ!」
ニッと笑ったクランの真っ白な歯が、キランと光った。
クランの握った箸がビュンと唸る。
素奈多も反射的に応戦した。
「いただきっ!」
「それ、まだ、生じゃん!」
「炙るくらいが食べ頃なんだよっ!」
「あたしのお肉ぅぅぅ!」
ホットプレート上の死闘の果て、ほんの数切れしかなかった本日の目玉商品、上カルビロースは、すべてクランの腹の中におさまった。
素奈多は完敗し、震える拳を握りしめる。
「なんで……なんで、あんたみたいな性格のヤツが……先輩の顔してんのよぉっ……!」
素奈多は悔しさのあまり、床に伏し、フローリングの床をバシバシと叩いた。
卵から生まれたアヤシイ居候は、満腹の腹を抱えてご満悦だった。
さて。
恋人ではない、家族でもない男女が同居するという場合には、大きな問題がある。
素奈多の部屋は一人暮らし用の、ワンルーム。
そう広くはない。
つまり、問題は、風呂である。
素奈多は、クランがテレビを見ている隙に速攻でバスルームに消えた。
どうにも信用のできないヤツなので、相手が気づかぬうちにさっさと危険な行為は済ませてしまおうと考えたのだ。
しかし。
悪いことに、マンションのバスルームはトイレといっしょになったユニットバスである。
共同生活をするには、非常に、不便な作りであると言わざるを得ない。
明日は、バスルームにつける鍵を買ってこよう。
素奈多はそう誓って、こそこそとバスタブに体を沈めた。
一方のクランは、素奈多がバスルームに籠もったことなどあずかり知らない。
バラエティ番組が終わって、鼻歌を歌いながらバスルームの扉を開けた。
「きゃー! スケベっ! 変態っ!」
開けたとたんに、悲鳴と怒号が絡まり合ってぶつかってきた。
大声でわめきながら、素奈多はシャワーでクランを攻撃する。
「わー! 待て待て待てっ!」
頭からずぶぬれになったクランは、あわててバスルームから転がり出た。
バスタブに肩までつかり、ぜぇぜぇいいながら、首から上だけ出して素奈多はクランの様子を伺った。
「痴漢! 変態! 強姦魔っ!」
クランはずぶぬれで床にはいつくばった。
「悪りぃって! だっておまえ、なにも言わずに風呂入ったじゃねーか? 言えよ! わかんねーだろうっ?」
素奈多はぷうっとふくれた。
「そうだけど……」
「あーあ。もう、着替えねぇのに、びしゃびしゃだぜぇ」
ぶつぶつ言いながら、クランは濡れた服を脱ぎ始めた。
「だって、言ったら覗かれそうだったんだもん」
素奈多も引っ込みがつかず、バスタブから首だけだしたまま、うだうだ言い続ける。
確かに、声をかけてから風呂に入るべきだったかもしれない。
これは、素奈多に非があるの……か?
素奈多は少し反省して、廊下のクランを見た。
悔しいけど、メチャメチャかっこよかった。
濡れた髪からしずくを滴らせた男の、肩や胸の程良く張った筋肉を見て、素奈多は頬を染めた。
ご丁寧に、素っ裸で添い寝していたことまで思い出してしまった。
あの胸にだきついて、顔をうずめて、キスまでしてしまったのだ。
――うあぁぁぁ……。
顔から火が出るほど恥ずかしくなった。
いきなりボンッと、血圧が上がったみたいだった。
「さ、さっき、下着とかテキトーに買ってきたから、それに着替えてて」
「あ?」
「タオルは、洗面所の横の棚」
「ああ……」
「あの……なんか……ごめん」
素奈多は、シャワーカーテンを閉めて、バスタブにブクブクと口元まで沈んだ。
このままバスタブに浸かっていると、湯当たりして、溶けてなくなってしまいそうだった。




