悪戯合戦
春の昼休み、食堂は、今日もざわざわと賑やかだった。
トレイを片手に、僕は少しだけため息をついた。
朝の授業は、マナ操作の演習だった。苦戦する人も多いなか、僕は、比較的うまくできていたほうだと思う。契約魔法は、世界と繋がる感覚は、わからないままだ。
(マナ操作だけなら僕は持つ側なんだ......契約も、いつかできるのだろうか...)
小さな自信と悲観を噛みしめながら、空いている席を探す。
「あっ、こっちこっち!」
手を振って呼んでくれたのは、同じクラスのパウルスだった。
のんびりとした笑顔に誘われて、僕は自然とそちらへ向かう。
(今日は、何も起きなければいいけど……)
トレイを置いて、椅子に腰を下ろした、その瞬間だった。
ブシュウウウウウ!!!
けたたましい音が、食堂に響き渡った。
「……は?」
思わず固まる僕。
周囲の視線が一斉に集まる。
ざわめきが、少しずつ広がっていく。
「い、今の音……」
「まさか……」
(うそだろ……!?)
慌てて椅子の下を見ると、そこには──ぴかぴかと光る、小さな魔法陣が刻まれていた。
しかも、中央には、にやけたブタの顔。
(な、なんだよこれ……!)
周囲では、クスクスと笑いが漏れている。
顔から火が出そうなほど赤くなりながら、僕はぐるりとあたりを見回した。
「はっ、はははっ……!!」
遠くの柱の影で、腹を抱えて笑っている男子生徒がいた。
金色がかった髪、快活そうな顔。
──ルーデンス・メルクリウス。
同じ4組のやつだ。悪戯好きとは聞いていたけどまさか僕が最初の被害者になるなんて!...
パウルスは、困ったように、けれどどこか楽しそうに笑っていた。
「……どんまい」
「……ありがとう」
小さく返して、僕は膝の上でぎゅっと拳を握った。
(ルーデンスめ……)
なんだか負けたみたいな気がして、悔しかった。
(……このままじゃ、終われないよな)
放課後、僕は寮の廊下を歩いていた。
昼間の恥ずかしさが、じんわりと胸に残っている。
(パウルスに教えてもらった……)
**「北棟の上の階に、ヤバい発明家が住んでる」**って。
名前は、グレン=シュナイダー。
妙な魔道具を山ほど作っている、って。
(ちょっと怖いけど……頼るしかない!)
僕は意を決して、北棟四階の端にある部屋──「401号室」の前に立った。
そっとノックする。
──どんっ!!
突然、中から爆音が鳴った。
「うわっ!?」
思わず飛び退く僕。
扉の隙間から、白い煙が、もくもくと漏れてきた。
中から、ガチャリと扉が開く。
ぼさぼさの黒髪に白衣姿、油で汚れた眼鏡をかけた男が、顔を出した。
「……誰だ?」
鋭い目つき。でも、どこか子供みたいな好奇心も滲んでいる。
「え、えっと……高等科一年のキリヌス・アリオスです。あの、ちょっと相談があって……!」
ぴしっと姿勢を正して言うと、男──グレン先輩は、煙を払いながら、くいっと顎をしゃくった。
「まあ、入れ。火の手は……今んとこないからな」
("今んとこ"って何だ……!?)
内心ツッコミを入れつつ、僕は恐る恐る部屋に入った。
中は……カオスだった。
床には工具や魔導部品が散らばり、机の上には、分厚い設計図と紙の山。
焦げた匂いも漂っている。
「……で? 何の用だ?」
「あの、実は──悪戯の仕返しに、何かいいものはないか探してて……」
そう言うと、グレン先輩は、にやりと口元を吊り上げた。
「悪戯か。いい趣味してんじゃねぇか!」
引き出しから、数枚の薄い紙を取り出して、僕の前に広げた。
目の前に並べられた紙を、僕はそっと手に取った。
手のひらに収まる、軽い紙。
その表面には、何やら細かい術式が刻まれている。
「これ……何ですか?」
思わず尋ねると、グレン先輩は、得意げに顎をしゃくった。
「知らねぇのか。これは《シンセス》ってやつだ。」
「……シンセス?」
「そう。魔力が仕込まれた特殊な紙だ。魔物からできてる。発動のためにちょろっとマナを流し込めば、誰でも魔法を発動できる。いうなら、インスタント魔法ってところか。」
グレン先輩は、シンセスの表面を指先で弾いた。
「これには術式があらかじめ刻んであるから、発動は一瞬だ。ただし一回使ったら終わり。紙自体が燃え尽きるからな。」
「なるほど……」
(誰でも魔法を使える紙、か……すごいな)
「契約魔法じゃねぇから物質の生成とか現象の再現っていう複雑なのは無理だけどな。」
「いいな?マナを流して発動だ。やるからこれ使えよ、きっと安全だ。」
「……安全って、爆発しましたよね?」
「いいか、キリヌス。失敗は成功の別名だ」
満面の笑みで胸を張るグレン先輩。
(……心配しかない)
けど、仕返しにぴったりなのは間違いない。
「じゃあ、使わせてもらいます。」
「好きにしな。代わりに、後で感想聞かせろよ」
にやりと笑うグレン先輩に、僕はぺこりと頭を下げた。
「ありがとうございます!」
シンセスを大事にポケットへしまう。
ターゲットは、もちろん──
ルーデンス・メルクリウス。
昼休みが終わり、僕たちは、教室に戻ってきていた。
まだ席についていないクラスメイトたちが、わいわいと賑やかに話している。
その喧騒の中で、僕はそっと、動いた。
(……今だ)
ルーデンスの机の後ろへ回り込む。
ポケットから、こっそり取り出した。
──グレン先輩からもらった、シンセス。
(ここだ……)
ルーデンスの机の中に、そっと貼り付ける。
(よし)
あとは、タイミングを待つだけ。
ルーデンスが教室へと帰ってきた。大声で何かクラスメイトと話している。
「それで、あの時のキリヌスのリアクション最高だったな!!」
(ふふ...今のうちに笑うがいいさ。)
自分の中で何かが目覚めたような気がしたのは気のせいだろうか。
僕は自分の席に戻り、指輪に指を添えた。
(集中して……細く、静かに)
マナを指輪に流し込む。
すぐに、指輪を介して放たれた細いマナの線が、空気に隠れるように伸びていく。
(見つかるなよ……)
マナの線は、机の下に貼ったシンセスへと、ぴたりと到達した。
ルーデンスが席につき、教科書を取ろうと机を覗き込む。
──今だ。
指先から流し込まれたマナが、シンセスの表面を撫でた、その瞬間。
ボンッ!!
もくもくもくっ!!
爆音と白煙が、教室中に炸裂した。
「うわっ!?」
ルーデンスがひっくり返りそうになりながら叫ぶ。
「え!? 火事!? 爆発!?」
「ぎゃはははっ!!ルーデンスの席から煙出てる!!」
クラスメイトたちが爆笑する中、僕は静かに、小さなガッツポーズを作った。
(……よし、決まった)
白い煙に包まれ、きょろきょろと周囲を見回すルーデンス。
(よし……! 成功だ!!)
──しかし。
「……っははっ、やりやがったなぁああ!!」
ルーデンスは、煙の中で、なぜかめちゃくちゃ楽しそうに笑っていた。
「おもしれーじゃん!食堂での誰かさんがやってくれたな! 最高かよ!!」
(げっ、バレてる...)
白煙をまといながら、笑い転げている。
頭から煙を被りながら、超楽しそうな顔。
(……まぁ、いいか)
僕は力が抜けるように小さく息を吐いた。
けれど──
ルーデンスが、そう簡単に引き下がるわけもなく。
翌日、事件は起きた。
教室で、自分の筆箱を開けたときだった。
パカッ──
ビチャッ!!
「……っわあああああっ!?」
突然、顔面に冷たいものがぶちまけられた。
青い。
べったべたの、青色のペンキ。
「キリヌス、顔!!」
「う、うわ、染まってる!!」
騒然とする教室。
僕は呆然と立ち尽くした。
(な、なにが……)
「……あっはっはっはっ!!」
犯人は、もちろんルーデンスだった。
椅子に座りながら、腹を抱えて笑っている。
「最高だな、キリヌス!!その顔、今すぐ絵に描いてあげてぇよ!!」
「……ルーデンス……!!」
こうして僕とルーデンスの悪戯合戦が始まった。
──その夜。
僕は、北棟三階、314号室のドアノブに、こっそり仕掛けた。
シンセス「マナ粘着」。
発動するとドアノブがネバネバになる術式が刻まれている。
シンセスだからマナ操作の応用なんだろうけど僕にはどういう仕組みか見当もつかない。
結果──
夜中、風呂上がりのルーデンスが、
「うおっ!? な、なにこれベタベタ!?」と叫びながら、浴衣姿で猛ダッシュしていったのだった。
もちろん、僕はその一部始終を、ドアの影から見届けた。
(──リベンジ、達成)
にやりと笑う僕。
でも、それはまだ終わりではなかった。
翌日。
今度は、ルーデンスが仕掛けてきた。
教室の椅子に座った瞬間、爆風クッションが炸裂。
ブババババババッッッッッ!!!
爆音が鳴り響く
「……っ!!」
クラスメイトたちがまた爆笑。
僕も、恥ずかしいを通り越して笑っていた。
(ルーデンスは、純粋に悪戯が好きなんだな……いや、良く考えたら、最悪な特性だけども...)
でも、不思議と、腹は立たなかった。
──むしろ、楽しかったかもしれない。
しかし──ついに、事件は起こった。
「これを発動させれば……!」
「その後に追い討ちでこれを使ったり!!」
パウルスと僕は、休み時間中、こそこそと食堂の後ろで作戦会議をしていた。
ルーデンスも何やらこそこそとしていた。
もはや競い合うように、僕らは悪戯の準備を進めていた。
だが。
運命のいたずらか、
僕が教室に入ると思い、ルーデンスが入り口に仕掛けた爆煙&転倒魔法陣を、突然現れたレオネル先生が踏んでしまった。
お前ら、授業始めるz──」
レオネル先生が入室しようとした瞬間だった。
ボンッ!!
ビターンッ!!
「……っ!?」
入り口が爆煙に包まれ、先生は激しい音と共に転倒した!
ルーデンスの魔法陣が発動し、転んだ瞬間、ルーデンスの机に手をかけた先生。全てが最悪のタイミングで噛み合ってしまった。煙に驚いた僕は、伸ばしていたマナの線の制御が疎かになり、思わずルーデンスの机に仕掛けたシンセスを発動してしまう。
先生の手がベトベトになる。
「…………」
教室が凍りついた。
真顔で立ち上がったレオネル先生が、無言で、教室を一望する。
(──あっ、終わった)
僕とルーデンスは、同時に悟った。
ただ先生は、何事もなかったかのように講義を始めた。
助かったと思ったがその日の放課後、案の定呼び出された。
「……いいか、お前たち」
廊下に正座した僕とルーデンスを、レオネル先生が静かに見下ろしていた。
「こういうことができるのも今のうちだ。俺も若い頃悪ガキだったからな、理解はあるつもりだ。ただ、やる側は楽しいかもしれんが、やられる側がどういう気分になるか分かるか?最悪だ。」
「……はい……」
「すみません……」
頭を下げながら、横を見ると。
隣のルーデンスが、くすくす笑いをこらえている。
(……こいつ、全然反省してないな)
僕も、なんだか可笑しくなってきた。
肩が、ぷるぷる震える。
(やばい、笑っちゃう)
「……楽しかったな!」
ルーデンスが、小声で囁いた。
「バカ!今言うな……!」
僕も、小声で返した。
──でも、もうダメだった。
ふたり同時に、堪えきれず、ふっと吹き出した。
笑いを堪えながら正座している僕たちを見て、レオネル先生は深いため息をついた。
「とりあえず、次の授業までに反省文を書いてこい」




