新クラスと道具選択の授業
朝。
教室の扉を開けた瞬間、胸に軽い緊張が走った。
今日から、本格的な授業が始まる。
(高等科一年四組、か……)
入学前の試験と適性検査を経て、僕たちはすでにクラス分けされていた。
僕は四組。──ヴァージルは一組、特進クラスだ。
同じ空の下にいるのに、彼とは少し遠い場所に立っている。
そんなことを思いながら、空いている席へ腰を下ろした。
しばらくして、隣にひょいっと誰かが座った。
「おはよ、相棒さん」
にこっと笑ったのは、くしゃくしゃの栗色の髪を持つ少年だった。
「……えっと」
「パウルス・ファレル。よろしくな。君は?」
「あ、キリヌス・アリオス」
差し出された手を、少し戸惑いながらも握り返す。
(悪い人じゃなさそうだ)
そう思ったところで、すぐ近くの椅子がガタンと引かれた。
銀髪の少年が、無言で隣の列に座る。
「お、カエリウス!」
パウルスが声をかけると、少年──カエリウス・ネロは、小さく顎を引いただけだった。
(名前だけは、掲示で見たことがある)
第一印象は、少し怖そう──だった。
けれど、パウルスはまったく気にした様子もない。
「なあ、二人とも。急だけどさ」
パウルスがふと話を振った。
「どうしてこの学園に入った? 正直、入るだけでも相当きつかったろ」
僕はちょっとだけ考えて、正直に答えた。
「……僕は、なんとなく、かな。
学費が無償だから、父さんも母さんも『目指すだけ目指してみろ』って」
「そっか」
パウルスは、肩を軽くすくめた。
「俺はな、探索者になりたいんだ」
自慢げに胸を張る。
「親父がそうだったんだ。ダンジョン潜って、魔物倒して、レアな資源を持ち帰る。マナに染まった素材とか、普通じゃ手に入らないもんばっかりらしいぜ」
「ダンジョンって……魔物がいるんだよね?」
「ああ」
パウルスはうなずいた。
「昔はただの動物だったのが、マナ吸って変異してな。だから、魔物が溢れ出す前に、中で管理するのも探索者の立派な仕事ってわけよ。」
誇らしげに語るパウルス。
マナが生む奇跡と──危険。
それを、僕たちはこれから学んでいくんだ。
ふと、パウルスがカエリウスに話を振った。
「カエリウスは? 将来の夢とか決まってんの?」
カエリウスは、窓の外に視線を向けたまま、ぽつりと答えた。
「──将軍になる」
「おお、かっこいいじゃん」
「別に」
ぶっきらぼう。けれど、その声には揺るぎない意志があった。
カエリウスの手の甲には、小さな傷跡がいくつも刻まれていた。
鍛錬の証。きっと、ずっと努力してきたんだ。
パウルスがにやりと笑う。
「魔法使える戦士って、引っ張りだこだからな。
対魔物でも、対人間でもさ」
「知ってる」
カエリウスは静かに返した。
(……みんな、もう未来をちゃんと考えてるんだな)
僕は、少しだけ胸が痛くなった。
そのとき、チャイムが鳴った。
教室の空気がぴりっと引き締まる。
扉が開き、教師が入ってきた。
背が高く、無駄のない動き。
鋭い眼差しを持つ若い男だった。
「高等科一年四組、担任のレオネル・クレイグだ」
無駄な言葉を排した、低く淡々とした声。
それでも、どこかに秘めた熱を感じる。
「これからの一年、魔法も、知識も、鍛える。
体力も、心も、鍛える。
──戦える者に、生き抜ける者になれ」
短い言葉だった。
それだけで、教室の空気が変わったのがわかる。
レオネル先生は黒板に太く書き付けた。
──『自立』
「お前たちは、もう子供じゃない。
だから、逃げるな」
その一言が、胸を打つ。
(……僕に、できるだろうか)
自信なんて、ない。
それでも、ここにいる限り──前に進むしかない。
春の陽気が窓から差し込む中、僕たちは講堂に集められていた。
机の上には、ずらりと並んだ様々な媒体たち──杖、指輪、腕輪、短剣、その他にも、変わった形のものまであった。
前に立つのは、レオネル先生。
彼は黒板に「即身結界」と大きく書きつけたあと、僕たちをぐるりと見渡した。
「魔法を使うには、身体を覆う“即身結界”を突破する必要がある。通常、この結界は体外からのマナの過剰な侵入を防ぐことで人体を守っている。だが逆に言えば、媒体なしに、結界を通過させマナを外に出すことは、容易ではない」
先生の声は静かだが、一言一言が教室に重く落ちた。
「だからこそ──杖や指輪などの“媒体”が必要だ。これらは即身結界を通り抜ける“道”を作る。これを介せば、体への負荷を最小限に抑え、安全にマナを放出できる」
黒板には、人の身体と即身結界、そして媒体を通して放たれるマナの流れが、簡潔に図示されていく。
「媒体選びは個性に左右される。お前たち自身が、最も扱いやすいものを選べ」
その言葉に、教室の空気がふっと動いた。
誰もが、静かな興奮を隠しきれないでいる。
僕も──その一人だった。
配布されたリストを片手に、僕たちは各自、展示されている媒体を見て回った。
「うお、これすげえ……」
パウルスは、柄が太くがっしりした杖を手に取り、重さを確かめている。
「戦闘型だな。丈夫そうだ」
隣で、カエリウスも無造作に腕輪型の媒体を手に取った。
彼が選んだのは、鋼鉄の光沢を持つ、ごくシンプルなものだった。
見た目に華美さはない。でも、無骨な強さがそこにあった。
(……みんな、それぞれだな)
僕は、そっと指輪に手を伸ばした。
それは細身で、銀色の光を帯びたシンプルなリングだった。
表面には、ごく細い線で幾何学模様が刻まれている。
(これなら……動きやすいかも)
僕には、大きな杖を振り回す力はない。
なら、素早く、細かい動作に適したものがいい。
指輪を指にはめると、ひんやりとした感触が、すっと馴染んだ。
「キリヌス、それにしたのか?」
パウルスが興味深そうに覗き込んできた。
「うん。小回りが利きそうだから」
「へえ、似合ってるじゃん」
にっと笑う彼に、僕も少し照れくさくなった。
カエリウスは何も言わず、ちらりと指輪を見てから、自分の腕輪を確かめるように指でなぞった。
──不器用だけど、ちゃんと考えて選んだんだろう。そんな気がした。
選んだ媒体を使い、簡単な魔法演習が始まった。
「媒体を通して、マナを一点に集中させ、マナ操作による光球を生成せよ」
レオネル先生の指示が飛ぶ。
教室には、光の粒がいくつも浮かび上がった。
(よし、落ち着け……)
指輪を通して、マナを流す。
即身結界をすり抜ける感覚──朝の演習ではあんなに難しかったはずなのに、指輪を介した今は驚くほどスムーズだった。
ぱっ、と、僕の指先に、小さな光球が灯る。
(……できた!)
思わず小さく息を呑む。
見れば、パウルスも、重たい杖を器用に操りながら、太めの光球を作り出していた。
カエリウスは……小さいながらも、安定した光球を、ぴたりと宙に留めていた。
(みんな、それぞれのやり方で──)
自然と、胸の中に温かいものが広がる。
放課後、寮に戻ったあと。
ヴァージルと顔を合わせた。
「おかえり」
僕が言うと、ヴァージルは無言で杖を見せてきた。
それは、無駄のない、まっすぐな一本だった。
飾りも何もない。ただ機能だけを追求したかのような、シンプルな杖。
「それ、選んだんだ?」
尋ねると、ヴァージルは小さく頷いた。
「結構いい感じ。」
彼はそう言うと、軽く杖を振った。
すると、周囲にふわりと、三つの幻影が現れた。
それぞれ違う形をした、静止した幻影。
細部まで精緻に作り込まれている。
(……やっぱり、すごいな)
思わず見惚れた僕に、ヴァージルは特に誇る様子も見せず、ただ眠そうに欠伸を噛み殺しただけだった。
「お前も、指輪似合ってるよ」
ぽつりと、そんなことを言って。
それだけを残して、ヴァージルはベッドに倒れ込んだ。
空には三日月がぼんやりと浮かんでいた。




