芽生える殺意とその解決法
「勝手にパソコンとか見て大丈夫ですか?」
いきなり人のパソコンの電源を入れる彼を見て私は思わず声をかけた。
「さっき家政婦さんが大丈夫って言ってくれたじゃないか、心配性だな、ジュリは」
何だろう、変な馴れ馴れしさが妙に鼻につきます。そもそも私達昨日会ったばかりですよね?
アメリカ人でもそんな距離の詰め方しませんよ?知らんけど……
こういった馴れ馴れしさはフレンドリーとかいうレベルではないと思いますが
それとも私の感覚の方がおかしいのでしょうか?
私のそんな気持ちなどお構いなしに一心不乱にパソコンを操作するグリムさん
カチカチというマウスを操作する無機質な音だけが耳に届いてきた。
考えてみれば昨日から一つの部屋の中に若い男女が二人きりだというのに全くそんな気配がありません。
私がグリムさんの事を男性として見ていないのは当然としても
向こうから全く女とみられていない事には少々苛立ちを覚えます。
多分あちらが変人だからなのでしょう、そうに決まっています。
「ビンゴだ、やっぱりあった‼」
何かを発見したのか、グリムさんが嬉しそうに声をあげた、何を見つけたのだろうか?
私もモニターを覗き込むと、そこには意外なモノが映っていたのである。
「グリムさん、これって⁉……」
「ああ、知っての通り世界最大のネット通販サイトだよ。その購入履歴を見たらあら不思議
ここにある蝶の標本をケースごと購入した形跡があるね」
「どういうことですか、これ?」
「どうもこうもないよ、葉月さんは自分で蝶を捕まえた訳では無かった
つまり自分自身で、アマゾンに行って捕まえたのでは無く【AMAZON】で手に入れたという訳だ」
グリムさんはそう言い放った後、ニヤ付きながら私をドヤ顔で見つめてきた。
「今、〈俺、上手い事言ったな〉とか思ったでしょう?」
「思ったけど……ダメ?」
「そこは素直に認めるのですね、でも今はそんなこと言っている場合じゃないでしょう」
「いや、上手いと思ったのなら、褒めてよ」
何なのですか、この人は……馬鹿なのかアホなのか、サッパリわかりませんね。
「後で座布団でも〈いいね〉でもあげますから、どういう事なのか説明してください‼」
「せっかくオチまで付けたのに、そんなおざなりな言い方は無いと思うな……」
グリムさんはスネる様に唇を尖らす。何なのだこの人は?
「オチて無いですよ‼どんな承認欲求ですか⁉いいからさっさと教えてください‼」
ヤレヤレとばかりに首をすぼめ両手を上げるグリムさん、何ですかそのリアクションは、アメリカ人の真似ですか⁉
「この購入履歴を見てわかる様に葉月さんは自分自身で蝶を獲ってはいない
おそらくアマゾンに行ったというのも嘘だろう。渡航履歴は調べればわかるはずだから南米には渡っているはず
だが、どうしてそんな事をしたのか?しかもそれをワザワザ僕に調べさせた五月さんは意図的なのか、それとも知らなかったのか……」
私はゴクリと息を飲みその先の言葉を待つ、何だかミステリアスな展開になってきました
これはただの人探しでは終わらないようです。グリムさんの本当の力がわかるかもしれません
本当の力とやらがあればの話ですが……
そうは思いながらもこの人がこの時点でどんな推理をするのか興味津々です。
「で、グリムさんはどう思うのですか?」
素直に質問をぶつけてみたが答えは帰って来ない。グリムさんは無言のまましばらく目を閉じ考えていたが
カッと両目を見開き、ようやく口を開いたのである。
「全然わからないね」
膝から崩れ落ちました、全身の力が抜けるというのを初めて体験しました。
「ん?どうしたの、ジュリ?」
「どうしたもこうしたも無いでしょう‼何ですかそれは、散々わかったような素振りを臭わせておいて‼」
「これだけの事でわかるはずないじゃん、それとも僕がわかったとか一言でも言った?」
「うぐっ、言っていませんね、確かにグリムさんは一言も言っていません
ええ勘違いした私が悪いのですよね、ス・ミ・マ・セ・ン でした‼」
私はたっぷり皮肉を込めて言ってやった、しかし当の本人は皮肉が通じていないのだろう
キョトンとした表情を浮かべている。
「どうしてジュリが謝るのかはよくわからないけれど、いいよ、許してあげる。これからは気を付けてね……
ってアレ、どうしたの、ジュリ?何か震えているけれど、寒いの?」
「いえ、寒くはありませんよ、それどころか腹の底から熱いモノが込み上げて来るのがわかります……」
「気分が悪いの?吐きそうって事?」
「いえ、込み上げて来るのは吐しゃ物ではなく、多分殺意だと思います」
「それは良くないね、こんな訳の分からない事を依頼されたからといって殺意を抱く程でないと思うよ
そういう時は楽しい事を考えてみるといいよ」
「殺意の対象は依頼者では無いのですが……それに楽しい事ならば色々と頭に浮かべています
過去読んだ推理小説の犯人たちがおこなった完全犯罪が今私の頭の中でグルグルと回っています
どれを使って仕留めてやろうかとね……」
「そういうのは良くないよ。そうだ、思いの丈を吐き出すと楽になるって聞いたことがあるよ、僕でよかったら聞くよ」
「じゃあ、お言葉に甘えて……〈死ねばいいのに‼〉」
「物騒だね、でも少しはスッキリしたかい?僕で良ければまた協力するよ」
「じゃあ、一度でいいですからその体にナイフを突き立てさせてください、左胸でいいですから」
「ハッハッハ、それじゃあ僕が死んじゃうじゃないか?ジュリは冗談が上手いなあ」
「フフフフ、全然冗談じゃあありません事よ、ホホホホホ」
私達二人の乾いた笑い声が篠崎邸にいつまでも響き渡った。