初仕事での観察力
私は探検スタイルから普通の服に着替えると、グリムさんは既に出発の準備を終えていました。
「じゃあ、行こうか」
「えっと、何処に行くのですか?」
結局、何処に行くのかは何も聞かされていない為、素直に聞いてみる。
「そうだね……アマゾンでない事は確かかな?」
まだそこをイジりますか……この人には武士の情けというモノは無いのでしょうか?
ロクな説明もないまま電車に乗り一時間弱で目的地へと到着しました
着いたのは都内のとある住宅街。グリムさんはスマホのナビを片手にキョロキョロしながら歩いて行きます
そしてその中でもとりわけ立派な家の目に立ち止まりました。
「この立派な家はどちらのお宅なのでしょうか?」
大きな門構えの玄関先の表札には【篠崎】とあり、かなりのお金持ちなのだろうと推察できた。
「ここは〈篠崎葉月〉さん、旧姓〈藤代葉月〉さんのお宅だよ」
「と、いう事は……?」
「ああ、藤代五月さんの妹さん、捜索を依頼された人の自宅だよ」
成程、まずは手掛かりを掴むという事でしょうか?でも昨日は依頼人の前で〈アマゾンに探しに行く……〉
みたいな事を言っていたのにまさかの都内移動。たどり着いた高級住宅街、もう何が何だか……
もういいや、今の私は助手なのだから黙ってお手並み拝見と
いたしましょう。
「ジュリにはまだ説明していなかったね、僕が独自で調べたところ篠崎葉月さんは現在39歳で経営コンサルタントの社長をしている。
旦那は〈篠崎省吾〉二つ年上の41歳。大学時代に知り合って卒業後結婚、子供はいないがこのように優雅な生活をしている様だ。
旦那は学生時代からデイトレーダーとして成功していて大学卒業後も就職はせず、トレーダーとしてかなり稼いでいたらしい。
雑誌などでも何度か取り上げられている人物だが最近投資に失敗して大損したという噂だ」
成程、もうある程度の下調べは出来ているという訳ですか、それにしても……
「どこからそんな情報を持ってくるのですか?」
「まあ、色々とね……じゃあ行こうか」
結局情報源は教えてくれませんでしたが守秘義務というヤツでしょうか?でも私は助手なのだから、教えてくれたって……
呼び鈴を鳴らすと、中から五十代と思われる女性が出て来た。
「はい、どちら様で?」
「私、【天塔探偵事務所】の所長をしております天塔グリムと申します
実は篠崎葉月様のお姉さん、藤代五月様より〈葉月様の行方を至急捜して欲しい〉と依頼を受けまして、
何か手掛かりは無いかと思いお邪魔した次第です」
さすがグリムさんはこういう事に手慣れている感じだ、私ならこうもスムーズに喋ることは出来ないだろう。
「そうでしたか、お話は五月様より伺っております。ではどうぞ」
事前に話しが通っていた様で特に怪しまれる事も無くすんなりと中へ案内してくれた。
しかしこの女性は誰なのだろうか?葉月さんのお母さんにしては若いし……
そんな私の思いが通じたのか、グリムさんがさりげなく質問したのである。
「あの、ぶしつけで申し訳ないのですが、葉月様とはどういったご関係なのですか?」
「私ですか?私はこの家の家事全般やお仕事のサポートなんかももさせてもらっています稲森静と申します
家政婦兼仕事の雑務係とでも思っていただければ」
「そうでしたか、稲森さんはこの家に来て長いのですか?」
「はい、奥様と旦那様がこの家を建てられてすぐですからもうかれこれ十二年になります」
「そうですか……」
私達は稲森静さんと会話を交えつつ二階にある葉月さんの部屋へと案内された。
その部屋は仕事にも使用していた様で本棚にはそれらしい本がたくさん並んでいる。
そして壁には標本ケースに入った綺麗な蝶の見本が三つほど
飾られていた。
「葉月さんは今回の様に蝶の収拾にふらっと出かけて、いつ帰って来るかわからないという事がよくあるのですか?」
「よくあるという程では……奥様が蝶の収拾に執心し始めたのが半年ほど前です。
三か月ほど前に初めて海外に蝶を捕まえに出かけられた時に連絡が取れなくなったのです、
ですから今回が二度目という事になりますね……」
「そうですか、しかし連絡が取れなくなってしまうとお仕事に支障が出ませんか?」
「お仕事の方は半年前に殆ど後身に譲られていまして
奥様は経営者ではありますが今では業務にはほとんど携わっておりません
ですからご趣味の方に没頭されているのだと思います。今まで色々と気苦労もあったでしょうから……」
何か含みのある言い回しにグリムさんの口元が少し緩んだ。
「葉月さんと旦那さんの夫婦仲はどうなのですか?」
「そういったプライベートな事は私の口からはお答えできません」
「そうですか、すいません。では少しこの部屋を調べさせてもらってもいいですか?」
「はい、ほとんど仕事の資料だと思いますが見られて困る様なモノは無いでしょう。
ですが一応外部に情報を漏らす様な事だけはしないでください」
「承知しております、情報の守秘義務は厳守いたしますので」
「私は下におりますので何かあったらお声がけください、では……」
家政婦兼雑務係という稲森静さんは軽く頭を下げた後、部屋を後にした。
グリムさんは壁に飾られてある蝶の見本をジッと見つめている。
ケースの中には見た事も無い青い羽根の蝶や白い羽根の蝶が綺麗にケースの中に納められていた。
「綺麗な蝶ですね青い羽根の蝶なんて始めて見ました、何という蝶なのでしょうか?」
「ジュリは蝶には詳しくないのかい?」
「ええ、全然知りません。だって蝶って遠目に見たら綺麗ですが近くで見ると意外とグロテスクじゃないですか
いかにも虫って感じで……こんなモノの何がいいのか正直私には理解できません」
「そういう所はハッキリしているのだね、世界中に大勢いる蝶のコレクターがその発言を聞いたら激怒しそうだけれど……
まあそれはそれとして、さっきの家政婦さんの話を聞いてどう思った?」
「どう思ったとは?」
「何か感じることは無かったかい?」
「そういえば少し意外でした、昨日のクライアントの話の印象ですと
葉月さんはもっと前から蝶の収拾に熱心で連絡が取れなくなることも何度もあったみたいなイメージでした。
ですが実際は蝶の収集は半年前に始めたばかりですし、海外に出かけて連絡が取れなくなったのも一度だけ
それなのに莫大な費用が掛かっても探して欲しいとはやや違和感を覚えますね」
私の回答がお気に召したのか、グリムさんは再びニヤリと口元を緩めた。
「いい着眼点だ、さすが僕が見込んだだけの事はあるよ」
えっ、そうなのですか?てっきり私は〈からかいがいがあるから〉という理由で一時的に雇われたのかと思いました。
まあ褒められる分にはいくらでも褒めて欲しいモノですが、
ならばもう少し優しい気遣いをお願いしたいものです。
「グリムさんは何か感じたのですか?」
「うん、そうだね……例えばこの蝶だけれど……」
「この蝶がどうかしたのですか?」
「ここに並べられている蝶は【モルフォチョウ属】といって〈世界一美しい蝶〉などと評されていて
別名【森の宝石】と言われている愛好家からも人気が高い蝶なのだよ」
「へえ~そうなのですか」
「でもね、こっちの真珠色をした蝶は【エロスモルフォ蝶】といって非常に希少種で初めて行く素人が簡単に捕まえられるモノじゃないのだよ……」
「へえ~そうなのですか」
「そして、こっちの青い蝶は【アドニスモルフォ蝶】といって人気の高い蝶
どちらも南米アマゾンに生息しているが、生息場所が全然違うのだよ……」
この人は【藤代泰山】も知らなかったくせに妙に蝶の事に詳しいですね。
もしかして、私に知識マウントを取る為に昨日必死で〈ググった〉のでしょうか?
「あの~グリムさんが蝶に詳しい事はわかりましたが一体何を言いたいのでしょうか?」
だがグリムさんは、そんな私の質問には答えず、おもむろに椅子に座ると机の上のパソコンの電源を入れた。
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