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恥の多い人生

「ご心配はごもっともですが、費用の事に関しては大丈夫です。


もし経費の事でご不明な点がございましたらこちらの方へご連絡を」


藤代五月さんはおもむろに手袋を外すと、持っていたバックから名刺を取り出した。


【商業デザイナー 藤代五月】と書かれたシンプルな名刺でそこには連絡先も書かれていた


そして彼女は捕捉する様に話を続ける。


「先ほど父の容体が急変したと言いましたが、私の父は【藤代泰山】と申します」


その名前を聞いて、私は思わず立ちあがった。


「【藤代泰山】⁉あの【藤代泰山】ですか⁉」


【藤代泰山】日本画の大家であり日本美術界の重鎮。


人物画や風景画を好み、その繊細にして大胆な筆遣いと独特の作風は海外においても評価が高く作品は非常に価値も高い。


十年前には文化勲章も受章しているというとんでもない人物である。


「【藤代泰山】、どこかで聞いたような……」


グリムさんが腕組みをしながら首をかしげていた。


そんな彼の姿を見て私の胸の奥からマグマの様な熱いモノが込み上げて来る、そう、猛烈に腹が立ってきたのだ。


「何を言っているのですか‼【藤代泰山】ですよ【藤代泰山】


日本画の大家じゃないですか‼教科書にも載っているぐらいの凄い人ですよ


美術品の収集をしていてどうして【藤代泰山】を知らないのですか‼」


私は興奮気味にまくしたてた、どうにも無性に腹が立ったからである。


逆に美術品の収集をしていてどうやったら【藤代泰山】を知らずにここまで来られたのか?


それは言い換えると〈野球が好き〉といいながら〈大谷翔平を知らない〉と言っている様なモノである。


「ああ、そうか、【藤代泰山】って、あの富士山で有名な【不二霊峰】とか描いた人だ」


「それは【横山大観】です‼どうやったらそんな間違いが出来るのか、甚だ疑問ですよ、それにお客様に失礼です。


申し訳ありません、ウチの所長が大変失礼な事を……」

 

私はグリムさんの代わりに頭を下げた。人に対して頭を下げたのはいつ以来だろうか?


「いえ、全然かまいませんよ、経費の心配をしなくてもいいとわかってくださればそれでいいのです。


妹に関する資料はここに置いて行きますので、ではよろしくお願いします。何か疑問点があったらご連絡を……」

 

藤代五月さんはそう言って丁寧に頭を下げ、そそくさと事務所を出て行った。


「さて、じゃあ明一緒に日出かけるから、そのつもりでいてね


今日は終わりでいいよ。僕は調べることがあるからもう少しここで仕事していくけれど


君……いや、ジュリは先に帰ってくれてかまわないから……あっ、それとこの事務所の合鍵を渡しておくね、お疲れさま‼」


机の引き出しからおもむろに取り出した合鍵を投げられ


それを見事にキャッチした私はグリムさんに対してペコリと頭を下げるとそのまま事務所を後にした。


だがその時はまだ知らなかったのである、私にとっては初めての仕事であるこの依頼が後々とんでもない事件につながる事を……


 

翌日、私は少しだけ早く出勤し事務所の掃除をする事にした。


昨日の内に色々な物を用意し万全の態勢で今日を迎えた、私がどれ程有能な助手か証明する為である。


「ハアハア……それに……しても……毎日、この……階段を、登ると思うと……ゾッとします……」 


私にとっての一番の重労働である〈五階の事務所にたどり着く〉という困難を乗り越え


昨日もらった合鍵で中に入る。誰もいない静まり返った事務所は昨日とは違う雰囲気を漂わせ


一種独特の物悲しさを感じさせる。そしてここが私の職場になるのだ……


とはいえあくまで見習い助手扱いだし今回の一件だけでクビにならないとも限らない、


そもそもアマゾンから生きて帰れるかも怪しいのだ。


「さて、どこから掃除するべきか……」

 

給湯室に置いてあったホウキを手に何処から掃除するべきか迷っていると


入り口のドアがガチャリと空いてグリムさんが入って来た。


「あっ、おはようジュリ。随分早いね」


「おはようございます、グリムさん。さしあたっては助手として事務所の掃除でも……と思いまして」


「感心な心掛けだけれど掃除はいいよ、というより僕がいいと言うまで掃除はしないでくれないかい」


「えっと、それはどういうことですか?美術品を壊したりはしませんよ」


「そういう心配をしている訳ではないのだけれどね……とにかく僕がいいというまで掃除は厳禁だ、いいね」


「はあ、わかりました……」


何だか肩透かしを食らった気分ですがやらなくていいと言われればやる訳にはいかないでしょう。


このやる気を何処に持って行っていいのか少しモヤモヤしますがもしや私に何もさせず飼い殺しにするつもりとか⁉


人間忙しいよりも何もすることが無いというのはかなりの苦痛を生みますから……


そんな邪推すら浮かんでくる程、私の精神状態は不安定だったのです。


「ところで、ジュリ、君のその恰好は何だい?」


「へっ?何って……アマゾンへの出発の準備じゃないですか」

 

私はアマゾン探検の為、上下にベージュの半袖半ズボンを纏い、頭にはライト付きヘルメット


首からは双眼鏡と水筒をかけ、背には大きなリュックを背負い、念の為に昆虫採取用の虫取り網とシャベルとつるはしも用意していたのです。


「どうですか、この完全装備は、昨日急いで整えてきました。これならばいつアマゾンに行くと言われても大丈夫です‼」


〈どうだ〉とばかりに、見せつける私に対し、グリムさんは頭を抱えてため息をついた。


「ジュリ……君は本当にアマゾンに行くつもりだったのかい?」


「へっ?でも昨日の話ですと、そういう流れで……」


「あの広大なアマゾンで人一人を見つけられ訳が無いだろう?常識で考えようよ」

 

まさかこの人に常識を諭されるとは……馬鹿みたいに意気込んでこんな格好をしてきた私は完全に道化です


冷静に自分の格好を見てみるとまるで今からコントでもする芸人みたいで馬鹿丸出しです。


いや、おかしいな?とは思いましたよ。でも昨日は話の流れ的にそういうモノなのかと思ってしまったのは仕方がない事かと。


仕事において【報告・連絡・相談】がいかに大切か身をもって知りました、思い知りました


一生モノの大恥をかいて仕事の厳しさを学んだのです。

 

でもめげません、失敗は成功の基、この失敗を糧にして大きく羽ばたくのです


高く飛ぶためには一度深くかがまなければいけない、その為の準備です、そう、これは成功への布石なのです……


自分で言いながら悲しくなってきました、目から水分が出そうです。


「……着替えてきていいですか?……」


「ああ、ゆっくりと着替えるといいよ……」

 

もう恥ずかしくてグリムさんの顔を見られません。うつむきながらそそくさと別室へと移動する私。


この人と出会ってまだ二日目だというのに、私はどれほど恥をかけばいいのでしょうか……


頑張って毎日投稿する予定です。少しでも〈面白い〉〈続きが読みたい〉と思ってくれたならブックマーク登録と本編の下の方にある☆☆☆☆☆から評価を入れていただけると嬉しいです、ものすごく励みになります、よろしくお願いします。

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