変死体少女 樹里?
さてこうして天塔さんの好意により探偵への第一歩を踏み出す事となった私だが
だからといって先ほどまでのやりとりが帳消しになるわけではない。
予約しているというお客が来るまでの間、私はただソファーに腰掛けひたすらに時間が過ぎるのを待った。
気まずい……あれだけ偉そうな事を雄弁に語っておいて、ちゃっかり助手に収まるという図々しさは我ながら呆れる他ない。
天塔さんは何やらパソコンで仕事を始め、キーボードを叩く不規則な音だけが部屋の中に鳴り響く。
元々私は人とのコミュニケーションが苦手なのにこの状況はなんとも居心地が悪い
せめて助手として何か仕事を振ってくれればどれほど助かるか
そんな私思いなど知ってか知らずか雨搭さんは淡々と仕事を続けている。
ここまでのやりとりを考えるとそんな細かな気遣いができるタイプでもなさそうだ
いや、もしかしたら先ほど私が言った失礼な発言への報復措置と考えればこの処置は無くも無い。
いずれにしても常に飄々としているこの人の真意を図る事はかなり困難と言わざるを得ない
そんな私の思いが通じたのか天塔さんは急に手を止め私の方を見た。
「そういえば、お茶も出していなかったね、何か飲む?といってもお茶かコーヒーぐらいしかないけれど……」
ここでまた好意に甘えて飲み物を出されるのを待つだけでは完全な木偶の坊である。
こうしてはいられない、そう今の私は客ではなく助手なのだ。
「飲み物は私が用意します、助手ですから。天塔さんはお仕事を続けてください」
「そう?じゃあお願いするよ、奥に給湯室があるからそこでお湯を沸かして入れてくれる?
コーヒーとお茶は棚においてあるからすぐわかると思う。カップは二つあるから適当に好きな方を使って」
「了解です。で、天塔さんはコーヒーとお茶、どちらにしますか?」
「う〜ん、そうだね、昨日お茶だったから今日はコーヒーにしよう」
昨日お茶だから今日はコーヒーという理屈がよくわからない
この人にとって飲み物も〈昨日カレーを食べたから今日はラーメンが食べたいな〉みたいな感覚なのだろうか?
その辺りを詮索しても仕方がない、その手の感覚は人それぞれだと理解しよう。
「コーヒーに砂糖やミルクは入れますか?」
「いや、僕は甘いのが苦手なので、ブラックでいいよ」
〈あまとう〉という名前なのに甘い物が苦手とか、どこまでも人を食った人物のようです。
まあ、苗字は自分の好き好みで付けたわけではないでしょうし、この辺りを追求するのは流石に無茶かもしれません。
私は給湯室に足を運び棚に目をやると、百均で売っているお茶と安いインスタントコーヒーが目に入ってきました
どうやらこういった飲み物にはあまり頓着がないようです。
「え〜っと、カップは……うげっ⁉︎」
私は再びうら若き女性にあるまじき声をあげてしまったのです、その理由は使用しているカップにありました。
「マイセンのカップじゃないですか⁉︎しかも本物、百均のお茶をマイセンのカップで飲む人を初めて見ました……
どうせならこちらを飾っておけばいいのに‼︎」
私はなんとも言えない複雑な思いでコーヒーを入れます。
もうあの人に関しては深く考えるのは止そうと思い始めました。
価値観の相違なのか見解の違いなのか、根本的な何かが私と違うのでしょう
ならばもう考えないことにしました、考えたところでどうせ私には理解できないでしょうから。
「ありがとう、ジュリちゃん」
私がコーヒーを差し出すと仕事の手を止め、にこやかな笑みを浮かべた。
「あの〜できれば、その〈ジュリちゃん〉という呼び方は止めてもらえないでしょうか?」
「どうして?可愛いと思うけれど……」
何とも不思議そうに私を見つめる天塔さん、この反応を見ると本当に疑問に思っている様子である。
「いえ、〈ちゃん付け〉される歳でもないですし、どこか気恥ずかしいというか……」
「じゃあ、どう呼べばいいかな?」
「ジュリでいいです、大学時代も皆からそう呼ばれていましたし」
「そうかイギリスにいたのだったものね。わかったよ、じゃあ僕のこともグリムでいいよ」
こういうところは拍子抜けするぐらいあっさりとしている。
私の知っている名探偵は細かい事を気にしたり妙に執着が強かったりする人物が多かったが
この人は全くそういったところはないようだ。
ていうか、もうその手の名探偵を引き合いに出すことすら馬鹿馬鹿しく思えてくるのでもう止そう。
気まずい空気の中、何とかやり過ごすことが出来た私はいよいよ初仕事に挑むことになる。
依頼者は予約時間の五分前に現れた。高級そうな服装に身を包んだ中年女性
色白で長い黒髪、年の頃は四十代前半といったところだろうか?
白いつば広帽子を被り、白い絹の手袋に、色の濃いサングラスをかけていた、いかにもハイソな感じがする女性である。
「どうぞ」
私はマイセンのコーヒーカップに安いインスタントコーヒーを淹れて差し出すと、その女性は無言のまま小さく頭を下げた。
「私が当探偵事務所の所長をしています、天塔グリムと申します。それで今回のご依頼というのは?」
その女性はグリムさんの問いかけにすぐには答えず、チラリと私の方へ視線を移した。
私は咄嗟に営業用の作り笑顔を見せたが、何しろ今までそんな事やった事がないので
他人から見たらさぞかしぎこちない引きつった笑顔だったのだろうと思う。
そんな私を見てなのか、依頼人の女性は中々話を切り出さなかった。
「彼女は私の助手をやってもらっている前島樹里といいます。秘密は守りますので安心してお話しください」
その説明に納得したのか、依頼人の女性は帽子を脱ぐとようやく口を開いたのである。
「申し訳ありません、なにぶんあまり人には知られたくない話ですので……」
「いえいえ、ここに来られるお方の半分以上はそういったお客様ですから、どうかお気になさらずに。
それで今回のご依頼内容とは?」
彼女は小さくコクリと頷き、改めて語り始めた。
「申し遅れました、私、藤代五月と申します。実は私の妹の行方を捜して欲しいのです」
「妹さんを、人探しですか?」
「はい、実は病気で療養中の父の容体が急変しまして、お医者様の見立てではおそらくは長く持たないとの事。
妹と共に家族としてせめて父の死に際に立ち会いたいと……」
「そうですか、で、妹さんの行方といいますか、居る所の心当たりなどはあるのですか?」
「はい、実は妹が居る所はわかっているのです」
「はい?」
「えっ⁉」
私とグリムさんが同時に驚きの声をあげた。
そりゃあそうだろう、居る場所がわかっているのに探して欲しいとは?全く意味が分からないからだ。
「申し訳ありません、紛らわしい言い方をしてしまいました。実は妹は珍しい蝶の収拾を趣味にしていまして……
過去にも蝶の捕獲の為、ぶらりと外国に出かけてはいつ帰って来るのかわからないという事がありまして
今回も南米のアマゾンに出かけたというのはわかっているのです。
しかし連絡も取れずいつ帰国するのかわからない為、どうしたモノかと途方に暮れていました。
そんな時、知り合いの人から貴方の事を伺い〈天塔さんなら何とかなるかも〉聞き
藁をも掴むつもりでこうして来た次第にございます」
何ですと⁉南米のアマゾン⁉そこで一人の人間を探せとは無茶を通り越して無謀を通り越して無茶苦茶です。
大体アマゾンは面積550万平方kmを誇る世界最大の熱帯雨林地域です
広さだけでも日本の国土の15倍という途方もないモノ、さすがにグリムさんもこの依頼は受けないでしょう……
「承知しました。そのご依頼、お受けいたしましょう」
なんじゃそりゃあ~~‼受けちゃいましたよこの人、何考えているの⁉
まあ、そりゃあいくらアマゾンだと言っても現地のガイドとか雇っている可能性も高いし
大体の地点ぐらいは見当つくかもしれないから全く手探りという訳ではないだろうけれど……
「ところで、もし現地まで出張して捜索となりますと、それなりに費用がかかりますが、その辺りはどの様にお考えですか?」
「かかった費用は報酬とは別に全てお支払いいたしますのでその辺りはご心配なさらずとも大丈夫です。
もし天塔様が現地へ出かける前に妹がふらりと返ってきた場合でも、それなりの報酬は支払わせていただきますので……」
「そうですか、私たちもこの様な仕事をしておりますと後で経費の事とかでお客様とモメたりすることもありまして。
私とこの助手二人での渡航となりますとやはりかなりの費用が掛かるものですから、つい……」
えっ⁉私も行くの?アマゾンに?そりゃあ私は人が苦手ですが、虫や猛獣が得意という訳では無いですよ?
しかもどちらかというと私は虚弱な体です。この五階の階段を上って来るのですら血反吐を吐く思いだったというのに、
そんな私がアマゾンの密林探索とか⁉
それは言い換えるならTシャツ一枚とサンダル履きでエベレスト登頂を目指す様なモノでしょう
どうか嘘だと言ってください……
はっ、もしかしてグリムさんは先程の私の言動を根に持っていて
アマゾンに私を連れて行き現地で置き去りにするつもりでは⁉
そんな事をされたら私は半日を置かずに死ぬ事でしょう、その自信があります。
〈目を離した隙に、いつの間にかいなくなっていて……〉と証言されたらどうしようもありません。
後日に一人の若き女性の変死体が発見され事故死と片付けられて終わりです。
そんな状況で殺人を立証するのは至難の業です、完全犯罪です、グリムさんの高笑いが聞こえてきそうです。
私は頭の中で想像を膨らませた。
頑張って毎日投稿する予定です。少しでも〈面白い〉〈続きが読みたい〉と思ってくれたならブックマーク登録と本編の下の方にある☆☆☆☆☆から評価を入れていただけると嬉しいです、ものすごく励みになります、よろしくお願いします。