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本当の理由

「やはりここでしたか」


私達がたどり着いた最後の目的地、それは藤代邸でした。


「ジュリもわかっていたのかい?」


「ええ、さすがに流れ的に……でも六花さんは落ち込んでいるでしょうね」


御主人が亡くなった上に遺産を巡って三姉妹がグルになって六花さんに殺人容疑をかけ自分を陥れようとしたのである。


あの優しい六花さんが心を痛めていないはずはありません、


その心中を察すると会うのも少し躊躇してしまうモノなのですが、そこは無神経の権化グリムさんです。


鋼の精神力とニワトリのごとき忘却力は彼の前進を阻むことは出来なかったのです


元々この人にはリミッターというモノが装備されていないのでしょう


理解の早い皆様には文脈的にわかってもらえると思いますが、もちろん褒めていませんよ。


「はい、どちら様で……」


呼び鈴を鳴らすとしばらくして格子戸の向こうから声が聞こえてきた。


「天塔です、六花さんに少しお話がありまして」


グリムさんの声が聞こえただろう、少しの沈黙の後、ゆっくりと格子戸が空いた。


「すみません、マスコミの方かと思いまして……」


今回の件が警察から発表されれば間違いなくマスコミがここに押し寄せて来るだろう、どうやらそれを警戒していた様である。


「いえ、心中お察しいたします」


またもやグリムさんが常識人の様な事を口にしています、私は心の中で思わず叫びました〈嘘つき‼〉と。


「で、私にお話とは?」


六花さんはいきなり用件を聞いて来た。訪ねてきた私達を家の中に入れる気も無い様だ


正直誰も信用できなくなっているのだろう、ここ数日のゴタゴタでやつれたような印象さえ受ける。


「玄関先で話す様な内容ではないので、できれば中に入れていただきたいのですが」


そんなグリムさんの提案にふと目を逸らし、少し考えていた六花さんだったがコクリと頷き格子戸を開いてくれた。


「わかりました、何のお構いもできませんが」


一応我々を招き入れてはくれたが、仕方がなくといった感じがヒシヒシと伝わって来る


本来は人当りのいい優しい人なのだが今はあまり人とは関わり合いたくないのだろう。


「主人が亡くなってからバタバタとしていて、少し散らかっていますが……」


相変わらずミシミシと音を立てる廊下を歩きながら六花さんは力無さげに呟いた。


中に入ると〈どのあたりが散らかっているのですか?〉と聞きたくなるほど小奇麗になっている。


六花さんも芸術家を目指していただけに凡人の私とは感覚が違うのだろうか?


これで散らかっているというのであれば私の部屋はゴミ屋敷だ。

 

重い空気の中、私達は居間に通されると六花さんは何かを思い出したかの様にふと立ち上がった。


「あっ、すみません、お茶も出さずに。今用意しますから……」


「いえ、お構いなく、要件だけお伝えしたらすぐに帰りますから」


それを聞いた六花さんはゆっくりと座りなおす。


「それで、私に伝えたいご用件というのは?」


「実はまず六花さんに見ていただきたい物がありまして……」


そういいながらグリムさんは懐からある一枚の紙を取り出した。


えっ、まさか、いきなりそれを見せますか⁉


それは先程葉月さんのパソコンに入っていたファイルをプリントアウトした物でした。


「こ、これは⁉」


その紙に書かれている内容を見て驚きを隠せない六花さん、両目を見開き小刻みに震えながら言葉を失っていた。


「これは葉月さんのパソコン内に入っていたモノです、まずは心を落ち着かせて聞いてください」


察す様に語り掛けるグリムさんだったが、その言葉すらも六花さんの耳には入っていない様だった。


なぜならそのファイルに入っていた内容とは、今回三姉妹が六花さんを陥れる為の計画書ともいえるモノであったからだ


五月さんの自殺をどう六花さんの殺人に見せかけるか?という内容が事細かに書かれているのである。


「大丈夫ですか、六花さん?」

 

しばらく呆然自失といった感じで固まっていた六花さんだったが、何とか我を取り戻すと、ようやく口を開いた。


「警察から聞いてはいましたがとても信じられませんでした、あの三人が私をハメる為にこんな事を……正直今でも信じられません」


色白の肌が更に白くなったと感じさせるほど顔面蒼白で今にも崩れ落ちそうな六花さん


こんなモノをいきなり見せられては無理もありません。


「今日私が来たのは〈なぜこんな物があるのか?〉という事です」


六花さんは不思議そうな顔を浮かべ、グリムさんの言っていることがよくわからないといった様子で少し首をかしげている


私も〈今更、何を言っているのだろう?〉と思ってしまった。


「なぜって……私を〈五月さん殺しの犯人にする為〉ではないのですか?」


「表面上ではそう見えますね」


「表面上とは、どういうことですか?」

 

グリムさんが何を言いたいのか益々わからない


うがった見方をしたら傷心の六花さんを更にいたぶっているようにさえ見える。この人は一体何がしたいのでしょうか?


「この計画書には、三人の役割分担と綿密な行動が事細かく記されています。


五月さんの替え玉が私の探偵事務所に訪れアリバイと証拠を残していく。


同時刻に本物の五月さんが変装してこの家を訪れ来た痕跡を消し、何食わぬ顔で弥生さんと入れ違い帰っていく。


弥生さんはプリペイド式の携帯を使って偽の電話で貴方を病院に呼び出しアリバイを崩す。


五月さんは他殺に見せかけるような自殺をして貴方に殺人容疑をかける。


まさに用意周到、綿密で狡猾、この計画書にはそれこそ舞台の台本の様に何があったのかを書き記しています。


でも考えてみてください、確かに各個人の役割は重要ですし、計画を遂行するのにミスは許されないかもしれません。


でもわざわざこんな計画書を作成するほど覚えられないことでしょうか?


各自話し合いによる打ち合わせで済ませればいいだけであって、こんな証拠となる計画書など作成する意味など全くないのです」


グリムさんは水を得た魚の様に雄弁に語る、しかし何が言いたいのか未だにわからない


どうやら六花さんも私と同じ事を感じているようだ。


「あの……おっしゃっている意味がよくわかりません、何がおっしゃりたいのですか?」


そんな六花さんの質問を受けると、ニヤリと笑い、例の〈待っていました〉顔を見せたグリムさん、どれだけ欲しがりなのですか⁉︎


「つまりこの計画書は〈犯行の証拠〉として作成された物なのです。


考えてみれば一見完璧に見えるこの犯行も色々と問題はあります。


例えば替え玉の五月さんが付けていた特製のカツラですがあんな物は素人ではできません


それなりの業者が作った物でしょう、調べればすぐに見つかるはずです。


そして五月さんが服毒自殺した際に使用した毒の入手先や畑の小屋の六花さんの足跡がない事


あの場所は平日には人通りが少ないとはいえ絶対に目撃者がいないとは限りません


それと弥生さんが使用した携帯ですが、いくらプリペイド式の携帯といっても入手先から足がつく可能性は高いのです。


そういった細かい事を突き詰めていけば〈今回の事件は六花さんが行ったモノではなく


三姉妹の計画による犯行だとバレる可能性は高かった〉という事です。


日本の警察は優秀ですからね、それでも六花さんが犯人として断定されてしまった場合の保険としてこの計画書が作られたのでしょう。


万が一、六花さんが五月さん殺しの犯人として起訴されそうになった場合


稲森静さんが〈葉月さんのパソコンでこんなものを見つけた〉といった風にこの計画書を出してきて事件の真相を明かす……


といった感じの保険としてこの計画書が保存されていたのに違いありません」

 

なるほど、だから稲森静さんは私達が訪れた際にすんなりと葉月さんの部屋に通してくれたわけですね。


グリムさんの話を聞いて呆然としている六花さん


私も一瞬困惑してしまったが心の中にどうしようもなくモヤモヤしたものが溜まって来たので思わず問いかけた。


「グリムさんの言っている意味は理解できますが到底納得できるモノではありません。


要約すると〈三姉妹の方々は綿密な計画を立て六花さんを五月さん殺しの犯人にしたてあげるが


結果的にはそれがバレる様にしていた〉という事ですか⁉︎


その話が本当ならば、なぜそんなややこしい事をする必要があるのか?わかるように説明してください‼︎」

 

私はやや興奮気味にまくしたてるように問いかけたのである。


「〈何のために?〉と言われれば、答えは簡単、六花さんのためだよ」


グリムさんは、あっけらかんと、〈まるでそれが当然〉と言わんばかりに答えた。


「私の為?それはどういった意味なのでしょうか」


六花さんの質問は至極当然である。三人で寄って、たかって六花さんを殺人犯に仕立て上げようとしておきながら


〈あなたの為にやった〉とか、意味不明すぎます。


「まず、各家庭の事情から説明しますと、長女の弥生さんの槇原家は旦那さんの経営する工場が火の車で倒産寸前です。


そのために旦那さんは会社の運営資金として今回の遺産をアテにしているようですが


工場の【貸借対照表】を見る限り、経営は悲惨な状態で経営コンサルタントである葉月さんですら匙を投げたという現状です


つまり遺産をもらって一時期凌いだとしても、あっという間にそのお金も溶かしてしまいすぐさま経営難に陥るでしょう。


ですが旦那さんは〈会社を潰したくない〉という一心から前が見えていません


だから弥生さんは〈どうせ潰れてしまうのならば早く見切ってしまった方が旦那さんのためにもなる〉と思ったのでしょう」


グリムさんの話を聞き少なからず驚いた様子の六花さん。


「旦那さんの工場があまりうまくいっていないというのは聞いていましたが、そこまで悪かったのですか……」


グリムさんは小さく頷き、話を続けた。


「続いて五月さんの家庭ですが、自身が末期癌だと知り、彼女はまず残された子供のことを考えました。


知っての通り息子さんの竜二くんは素行が悪く高校を退学後、働きもせずブラブラとしています。


そしてよからぬ団体、つまり【反社会勢力】とも繋がりがありもし大金など手にしたならば


そのよからぬ団体によってあっという間にその金を巻き上げられてしまうことでしょう。


そうなった場合、竜二くんの未来は絶望的なものとなります


だから五月さんは竜二くんにお金を残したくなかった、無一文ならばそのよからぬ団体も竜二くんを相手にしないだろうと考えたのです。


だから今ある自分の貯金ですら全て他人に渡し、その代わりに今回の替え玉になってもらった……というわけなのですよ」


特に表情を変えず淡々と話すグリムさんとは対照的に神妙な面持ちの六花さん。


「そうだったのですか……五月さんが竜二くんのことで悩んでいたのは知っていましたが、そこまで……」


グリムさんは一旦間を置き、六花さんが心を落ち着かせるのを待って、再び語り始めた。


「続いて葉月さんの家庭ですが、葉月さんの旦那さん、篠崎省吾さんは最近株式トレードで大きな損失を出し


お金が必要でした。そして何より葉月さんと夫の省吾さんはあまり上手くいっておらず夫婦仲も冷え切っていたようです。


私が調べたところどうやら旦那さんには他に女性もいるようですしね。


葉月さんもその辺りは薄々感じていたようで離婚寸前という状態だったみたいです」


「葉月さんはよく旦那様に関して愚痴をこぼしていましたから、夫婦仲があまり上手くいっていないのは知っていましたが


そんなに夫婦関係は冷え切っていたのですね……」

 

なんと⁉︎それは私も初耳です、しかも愛人がいたとは……本当にロクでもない男ですね


私ならばそんな甲斐性なしの浮気男にはさっさと三下り半をつきつけて即離婚です‼︎


しかしグリムさんはいつの間にそんなことを調べていたのでしょうか?食えない人です。


「それでも旦那の省吾さんが葉月さんとの離婚協議に応じなかったのは莫大な遺産が入ると踏んでいたからです。


遺産が入ってから離婚した場合うまくいけばその半分が手に入るわけですからね


だから葉月さんは遺産を相続したくはなかったという訳です」


なるほど、ようやく話が見えて来ました。三姉妹ともに【遺産を受け取りたくはない】


という事情があったのですね。遺産をめぐる争いとしては非常に珍しい事象ですが


だからといって今回のことはあまりに大袈裟な仕掛けというか、〈そこまでしなくとも〉と思いますが……


「弥生さん、五月さん、葉月さんの事情は分かりましたが、どうしてこんな事をしたのですか?


こんな犯罪じみたことをしなくとも、話し合えば……」


沈痛な面持ちで訴えかけるように語る六花さん。無理もありません


今回の事はさすがに大袈裟というか警察を巻き込んでまでやることではないと思います。


しかしグリムさんはとの疑問に対してゆっくりと首を振った。


「末期癌で余命幾ばくもない五月さんは【相続放棄】という形を取り、息子の竜二くんに遺産が渡らないようにしました。


五月さんが亡くなった後で竜二くんがいくら騒いでも後の祭りですからね。


しかし弥生さんと葉月さんの家庭は違います、二人が【相続放棄】を申し出たとしても旦那達が納得するとは思えません。


ゴネることによって、もしかしたら【慰留分】という形でいくらかもらえるかもしれませんからね


だから法的に絶対に遺産を受け取れないようにした、【相続欠格】というやつです」


「【相続欠格】ですか?私、法律や遺産相続に関してはあまり詳しくものですから


わかるように説明してもらえると助かるのですが」


六花さんの質問に少し嬉しそうな表情を見せるグリムさん。その瞬間、私にはわかってしまったのです


ピンと来てしまったのです、本来ならこの人はその手の質問に対して、もっと嬉しそうな顔を見せていることでしょう


相手が六花さんなので柄にもなく空気を読んでこの程度で抑えているのだと……


もしも相手が私ならば満面のドヤ顔で語っていた事でしょう、想像しただけで腹が立ってくるのでもう考える事はやめましょう。


「【相続欠格】というのは、被相続人の意思がどうであるかに関わらず、法定相続人の資格を奪うという制度です。


分かりやすくいえば遺産を多くもらおうと他の被相続者を殺害するとか遺言書を偽造したり故意に書き換えさせたりする事で相続権を失うという制度です


つまり一見〈六花さんを五月さん殺しの犯人に仕立て上げ【相続欠格】に追い込む〉と見せかけて


本当は〈それがバレる事によって逆に自分たちが相続権を失う〉というのが狙いなのです」


何だかややこしい話ですね、そんな為にこんな大掛かりなことをしたというのですか?全く理解できません。


「あの……弥生さん、五月さん、葉月さんが家庭の事情で遺産を相続したくないというのは分かりましたが


どうしてその為にこんな事をしたのですか?」


やはり六花さんも同じことを感じたようです、当然といえば当然です


何しろ六花さんは殺人犯にさせられるところでしたからね。


「わかりませんか?」


含みのある言い方で六花さんに問いかけた、その言い回しが本当に鼻につきます。


「はい、皆目見当がつきません」


六花さんは素直に答えた。その対応で二人の心の清らかさが分かります


六花さんの心が清流ならばグリムさんはドブ川ではないでしょうか。

 

だが次の瞬間、グリムさんは六花さんを暖かな目で見つめ、静かに語り出した。


「あなたの為にですよ」


「私の?それは一体どういうことですか?」


そんなバカな、先程もそうでしたが仮にとはいえ殺人の罪を着せられておいて


〈あなたの為にやった〉とか言われても到底納得できないでしょう。


そんな私たちの思いを知ってか知らずか、グリムさんは再び静かに語り始めた。


「弥生さん、五月さん、葉月さんはご自分の家族にはなく、六花さん


あなたに遺産を受け取って欲しかったということです。


男手一つで自分たちを育ててくれた父を心より愛してくれた貴方に


画家【藤代泰山】の事を心より尊敬している貴方に、そしてこれからの人生【藤代泰山】の作品と人柄を


一人でも多くの人に知ってもらう為に生きていくと言った貴方に、どうしても受け取って欲しかった


三人はそう思ったのですよ……」


それを聞いた六花さんは両手で口を押さえ小刻みに震えていた。


「そんな事のために……弥生さんも、五月さんも、葉月さんも、どうして……どうして言ってくれなかったのですか?」


思わず疑問を口にした六花さんだったが、グリムさんは目を閉じゆっくりと首を振る


「言えなかったのでしょう。六花さんは心根が優しいから〈他の家庭が困っているのなら遺産などほとんどいらない〉


と言っていたではないですか?六花さんの性格からして〈遺産を全部もらう〉なんてできないでしょう?


そして最大の理由は六花さんと【藤代泰山】が結婚した時


マスコミを中心に世間は〈お金目当ての結婚〉とか散々叩かれたと聞いています。


今回事情も知らないマスコミや世間が〈六花さんが【藤代泰山】の莫大な遺産を独り占めした〉ことを知ったら


どうなるか、火を見るより明らかでしょう……


〈ほら見たことか⁉︎〉と騒ぎ出すに決まっています。遺産をもらえなかった槇原聡さん、篠崎省吾さん、藤代竜二くんなども


マスコミに乗っかって一悶着起こすはずです。


そうなれば六花さんの〈芸術員となって【藤代泰山】の作品と人柄を一人でも多くの人に伝える〉という夢も水疱に帰すかもしれません。


そうさせない為に三人は一芝居打ったのです。この事件が世間に知れ渡れば六花さんは〈強欲な女〉ではなく


〈悲劇の未亡人〉という扱いになるでしょうからね、その優しさも志の高さも美談として伝わる事でしょう


日本人はこの手の美談が好きですから」


六花さんの目から大粒の涙がこぼれ落ちた。


「そんな……私の為に……」


「それと三姉妹方の名誉の為にもう一つ。ご主人【藤代泰山】が末期癌だと分かった時


三姉妹の仲がギクシャクしてきたと言っていましたよね?ですがそれも芝居でしょう。


その頃から弥生さん、五月さん、葉月さんはこの計画を立てていたのに違いありません。


ですから三人は最後まで仲良し三姉妹でしたし、六花さん、貴方のことが大好きだったはずです。


その証拠にこの計画書が入っていたパソコンのキーワードは【3586】


その数字の根拠は、弥生は三月、五月は五月、そして葉月は八月を示します


それに六花さんの六を加えて【3586】、つまり貴方を家族として、もしかしたら姉妹として認めていたという証拠ですよ……」


それを聞いた六花さんは私達の目の前で大声を上げて泣き崩れた。


それが嬉しかったからなのか、悲しかったからなのか、それともその両方なのか、私にはわからない。


でもなぜか私の目からも一雫の涙がこぼれ落ちた、こうして私が初めて助手として関わった探偵の仕事は幕を閉じたのである。



藤代邸を後にして帰路につく私とグリムさん。


外はすっかり暗くなっていて普段多くいる通り道の人々も今では心なしか少なく感じた。



「もうすっかり暗くなってしまったね」


グリムさんが夜空を見上げてそう言った。口調も態度も普段と何も変わらない


あれ程の事をやってのけてもいつもと変わらず自然体、何だろう、この人は……私は思い切って聞いてみた。


「グリムさん。さっき話した事、小暮警部に報告はしないのですか?」


「ん?しないつもりだけれど、特に問題はないだろう?」


グリムさんは〈どうしてそんな事を聞くのだい?〉とでも言いたげな顔であっけらかんと答えた。


「どうしてですか?結果は同じでも内情はまるで違うじゃないですか。


それにこの事を発表すればグリムさんの名声も上がりますよ」


「名声とか地位とかどうでもいいよ。それに今回の僕の依頼人は五月さん、つまり三姉妹の方々という訳だしね


僕は依頼人が望んでいないことはしないよ……」


何ですかグリムさんのくせに、そのかっこいいセリフは……


そんなことを言われたら私は今後あなたの事をディスれないじゃないですか……


私は思わず唇を噛み締める、そして私の中の最大の疑問を聞いてみることにした。


「今回のカラクリというか三姉妹の方々の意図をどこで気がついたのですか?」


私が素直に問いかけるとグリムさんは視線をこちらに向けることなく前を見ながら言った。


「うん、そうだね……疑い始めたのは偽の五月さんが僕の事務所に来た、というところからかな?」


「それって一番最初じゃないですか⁉︎どこにそんな疑う要素があったのですか⁉︎」


私は驚きのあまり問いかける。この期に及んでグリムさんが嘘を言っているとは思えない、しかし……


「そうだね……あの人が重大な嘘をついていることはすぐに分かった。


でもどういう嘘で何の為に嘘をついているかまではわからなかった。


でも調べていくうちに段々ととんでもない事を画策している事がわかったよね?


そこで気がついた、〈これは僕に対する挑戦状というか、解いて欲しい謎なのだろうな〉と」


「どうしてですか、どうしてそんな事がわかるのですか?論理的に説明してください‼︎」


聞かずにはいられなかった。私はもはや恥も外聞もなく食い気味に質問をぶつけた。


「それは僕の所に依頼に来たというのが最大の理由さ。ちなみにジュリはどうして僕の所に来たのだい?」


グリムさんからの突然の質問に私は少し戸惑ってしまった


質問している最中に逆に質問されるとは予想していなかったからだ。


しかしこの人に嘘は通用しませんし隠すようなことでもないので正直に話しましょう。


「それは噂を聞いたからです。〈日本には警察の捜査に協力している凄腕の探偵がいる〉と


だからネットで調べまくってそれらしきものを見つけた、それがグリムさんです


だから貴方の元に来た、それだけですよ」


「なるほど、僕の知らないところで僕は結構有名人になっていたんだ……」


グリムさんはどこか嬉しそうに言った。いや、だから〈調べまくった〉と言ったじゃないですか


そんなに直ぐには辿り着けなかったのですが面倒臭いのでその辺りはスルーしましょう。


しかし私の言葉を聞いてどことなく機嫌がよさそうなグリムさん。


この人は謙虚なのか目立ちたがりなのか、地位や名声に興味がないのか欲しがり人間なのかどっちですか⁉︎


「でもジュリはそれだけ調べて僕にたどり着いたのだよね?おそらくあの三姉妹も同じだろう。


ただアリバイを証明するだけの為に探偵を雇うのならば僕を選ぶ必要はない


つまり〈この人ならば、私たちの仕掛けた謎を解いてくれるだろう〉という思いを込めて僕の元に来た、僕はそう受け取ったよ」


何という自信、しかもそれに応えるだけの能力。この瞬間、私の中でのこの人の評価は激変した。


数々の名探偵と呼ばれる人達を知っているがこんな人は初めてだ。


この人が変人であるという点の評価は変わらないがこの人は凄い、それは認めよう……


そういえば名探偵という人種には変人が多い、エルキュール・ポアロや金田一耕助なども変人だ


そうなのだ、この人〈天塔グリム〉は【現代の名探偵】といっても差し支えがないほど、凄い人なのだ……


しかしいくら私が認識を改めたといっても態度まで激変させることはできません。


今までこの人の事を散々ディスって来たのに今更かしこまって平伏するとか


そんな手のひら返しのようなみっともない事はできません、自分の目がいかに節穴だったのかを認める事になってしまうのですから……


結局私はその後の帰り道の間、グリムさんに一言も話しかけることができなかったのである。


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