真相と理由と好奇心とプライドと
こうして私は無事に?普通の喪服を借りるとそのまま電車へと乗った。
「ところでグリムさん、今からどこにいくのですか?五月さんのお墓参りですか?」
なぜ喪服を着なければいけないのか、そもそも何処に行くのか?
その説明もされていないまま出かける羽目になってしまった私は思わず問いかけた。
「いや違うよ、お葬式だよ」
「お葬式?いったい誰のですか?」
「さあ、誰のだろうね……」
例によって言葉を濁しはぐらかすグリムさん。ここはぐらかすような場面ですか?
何の説明もないまま私達は目的地へと到着した。
そこは葬儀などを取り扱っているセレモニーホールで○○家と書かれた看板が立っている。
中に入ると喪服を着た若い男性がお辞儀をしてくれた、おそらく私より若いだろう外見的に高校生ぐらいに見える。
周りを見渡しても他に喪主らしき人は見当たらないところを見るとこの子が喪主なのだろう。
祭壇には四十歳ぐらいの女性の笑顔の写真が飾ってありこの人の葬儀なのだと改めて認識した
つまり母一人子一人の母子家庭で育ちその母親が亡くなったというところだろうか。
「この女性はグリムさんとどんな関係なのですか?」
葬儀に来ている人も十数人しかおらず、やや寂しい葬儀ではあったが場所が場所なので
私はグリムさんにだけ聞こえる様な小声で問いかけた。
しかしグリムさんから返ってきた返事は私の想像の遥か斜め下をいくモノであった。
「さあ……」
「〈さあ〉って、何ですか⁉︎見ず知らずの人の葬儀に来たわけではないのでしょう⁉」
小声で突っ込むというのも中々厳しいのですが、ここは突っ込まざるを得ません。
「だって、一度会ったというだけだしどんな人かまではよく知らなのだから仕方がないじゃないか……」
「何ですか、それは⁉︎よく知らない人の葬儀に来るとか、全然意味がわかりませんよ‼︎」
何なのでしょうかこの人は?真面目にツッコむ事が馬鹿馬鹿しく思えてきます。
野良犬ですらもっとマシな行動原理で動いている事でしょう。
「そんな事を言ってもジュリだって同じ立場なのだよ」
「どういう意味ですか?」
「ジュリも僕と全く同じという訳という意味さ、君だって一度会っているのだよ」
「そんな訳ないでしょう、私にこんな名前の人の知り合いはいませんよ‼︎」
するとグリムさんはいつものようにニヤリと笑った。
「あの遺影をよく見てごらん」
何やら意味深な言葉を受け私は半信半疑で祭壇に飾ってある遺影をジッと見つめた。
その中年女性は色白で面長、短髪にパーマをあてていて優しそうな笑顔で微笑んでいる。
しかしいくら考えてもこんな名前の女性に心当たりは無いのである。
「いくら言われたところで知らないモノは知らないと何度も……あれ?」
よく見ると確かに見覚えがある気がしてきたのだ。しかしこんな名前の人は私に知り合いにはいない
同年代すら知り合いが少ないのに年の離れた中年女性に知り合いなんているはずが……
その時である、私の頭に電撃の様なモノが走った。
「あっ‼︎」
葬儀の最中だというのに思わず大声をあげてしまった。
周りの人たちは〈何事か?〉とばかりにこちらを見てきて私は慌てて両手で口を塞ぐのだが
出てしまった声はもう取り消しできない、ただでさえ人に注目されることに慣れていない私はどうしていいのか固まってしまった。
そんな時、横のグリムさんがペコリと頭を下げ皆に謝罪をしてくれた。
「お騒がせしまして申し訳ありません、どうぞ葬儀をお続けください」
その後、グリムさんの謝罪により不穏な空気は何とか収まり、何事もなかったように葬儀は続けられた。
「ダメだ、よジュリ、こんな場で大声なんか出しては」
「すみません、つい……しかし、あの女性はもしかして私達が会った〈偽物の五月さん〉じゃないですか⁉︎」
「ビンゴ、正解だよ。さすがだね、ジュリ」
どこか嬉しそうに微笑むグリムさん。褒められるのは好きな私ではあるがそんな事より気になる事がある。
「警察ですら〈偽物の五月さん〉を捜索出来ずにいるのに、どうしてグリムさんはわかったのですか⁉︎
そもそもこの人はどこの誰なのですか?」
私の矢継ぎ早の質問にグリムさんは目を閉じゆっくりと語り始めた。
「この人は先日肝臓癌で亡くなっていてね、【国立がんセンター】に通っていたらしい……」
「【国立がんセンター】といえば五月さんも通っていたところではないですか?
じゃあ、そこで知り合ったという事ですか?」
「おそらくね、そして五月さんは自分と背格好が似ているこの人に自分の替え玉を頼んだのだろう」
なるほど、そういうことですか……しかしそれだけの説明では納得できない点が多々あります。
「でも、そんな知り合ったばかりの人が【替え玉】によるアリバイ工作に協力などしてくれるモノでしょうか?
一歩間違えば犯罪行為に加担することになるのですよ」
「その話は少し後で、もう葬儀が終わるから……」
消化不良のまま話を断ち切られどこか釈然としない私。心にはモヤモヤとした気持ちが残り正直不満でした。
葬儀がつつがなく終わり参列者が帰っていく中で私たちは喪主である息子さんに挨拶に行った。
近づいて来るこちらの姿を確認すると息子さんはペコリと頭を下げてきた。
「この度はご愁傷様です」
「いえ、忙しい中、母のためにご足労いただき本当にありがとうございます」
グリムさんのお悔やみの言葉に対し、きちんとした返事で返してきた息子さん。
まだ高校生ぐらいだろうに随分としっかりしていますね、どこかのバカ息子とは大違いです。
「私達は生前のお母様にお世話になった者です。ですからせめて線香の一本でもと思いまして……」
名前も知らないとか言っていたくせに、どうしてそんな嘘がスラスラと出てくるのでしょうか?
自分は人の嘘を見抜けるのに自分自身は大嘘つきとかとんでもない人ですね。
「そうでしたか、ありがとうございます。母とはどのようなお知り合いでしたか?」
「仕事関係で少し……そういえば生前、お母様は貴方のことを随分と自慢してみえました
そして〈息子のために頑張る〉ともおっしゃっていました」
またとんでもない嘘をいけしゃあしゃあと……話の辻褄が合わなかったらどうするつもりですか⁉︎
しかし目の前の息子さんは特に怪しくこともなく、少し目を伏せ静かに語り始めた。
「そうですか、母がそんなことを……ご存知かもしれませんが私が小さい頃に父が他界し
母は女手一つで私を育ててくれました。私の【医者になりたい】という夢を叶えるために必死で働いて……
それで体を壊したのかもしれません」
息子さんは少し言葉に詰まりながら話してくれた。この人も優しい人なのでしょう
何度もしつこいようですがどこかのバカ息子とはえらい違いです。
「そうですか。ではそんなお母様の思いを叶えるためにも立派なお医者様になれるといいですね」
「ええ、ありがとうございます。母は私の夢のために内緒で貯金をしていてくれていたようで
これからも必死で勉強して立派な医者になってみせます‼︎」
「頑張ってください、では失礼します」
私もグリムさんに釣られるように頭を下げ、その場を後にした。
駅まで向かう途中で私は堪らずグリムさんに話しかける。
「いい話でしたね、息子思いの母親にそんな母親の思いを遂げてやろうとする息子。
親子とはかくあるべきだと思いますよ」
「そうだね、でも現実はそんなに甘くないモノなのだよ……」
私が親子愛に感動している中、水を差すような発言をするグリムさん。
どうしてこの人は私の感情を逆撫でする様なことばかりするのでしょうか?
「どうしてそんな事を言うのですか⁉︎あの息子さんならばきっと立派なお医者様になれると思いますよ。
性格も良さそうだし、何より利発そうじゃないですか‼︎」
ややムキになって反論するがグリムさんは気にすることもなく静かに話し始める。
「そういうこと事ではないのだよ現実というのはズバリお金の事さ。
医学部に入ろうとすればそれなりに大金が必要だ、母一人子一人の暮らしでは生活で一杯一杯のはず
正直暮らしていくのがやっとだったろう、とてもじゃないが子供を医学部に入れるだけの貯金などできるはずがない」
「どういう事ですか?じゃあそのお金はどこから出たと……って、まさか⁉︎」
その時、私はあることに気がつき愕然とした。
「そう、五月さんが出したのだろう。その見返りとして自分の替え玉をしてもらった……おそらく間違いないと思うよ」
まさかそこに繋がるとは、しかしまだまだ理解できないことがあります。
「なぜ五月さんはそんな事をしたのでしょうか?五月さんは〈相続放棄〉もしていますし
自分の貯金をはたいてまで替え玉を雇って六花さんを陥れようとする理由がありません、これはどういう事なのですか⁉︎」
どうにも納得がいかず思わず感情的に問いかけたが、グリムさんはその質問にすぐには答えずふと空を見上げた。
またもやこの人特有の焦らしに少なからず憤りを感じてしまいますが
ここで感情的になるのは躍らされている感が強くなってしまうのでここは一旦待つ事にしました、同じ轍は踏みません。
この人を相手にするのならば何より大事なのは【忍耐】だと悟ったのです。
そんな訳で悠久とも思える時間を黙って待ち続け、ようやくグリムさんは口を開いた。
「理由は二つ、まずは竜二くんの為だ……」
「あのバカ息子の、どういうことですか?お金を残してやるのではなくお金を残さないことがバカ息子のためになるという事なのですか?」
「その通りさ。この前も言っただろう?あの竜二くんは〈よからぬ団体とも繋がりがある〉って。
竜二くんのような人間が大金など手にしたらあっという間にそのよからぬ連中に全て巻き上げられるだけだ。
そして利用されるだけ利用されてボロ雑巾のように捨てられ自分が利用されたと知った竜二くんの行き着く先は
自暴自棄になって浮浪者になるか、利用されたことに逆上して良からぬ団体に喧嘩を売って東京湾に浮かぶことになるか
やけくそになって犯罪に走り刑務所に入るか……多分そんな所だろう」
何だかその姿が容易に想像できてしまいました。
「わかる気がします。しかしそのよからぬ団体の一員になってそれなりの生活を送るという選択はないのですか?」
「無理だね。今はそのような団体ですら出世するのは〈頭のいい奴〉と相場が決まっている
竜二くんはいいところ〈上の身代わりに刑務所に行く〉とか〈鉄砲玉〉くらいしか使い道がないだろう
今の時代だとほとんど役に立たないチンピラ扱いだよ」
全く反論の余地はありません、おそらくかなりの確率でそうなる事でしょう。
「だから五月さんは竜二くんにお金を残すわけにはいかなかった。
彼が無一文であればよからぬ団体も竜二くんに構う事はないと判断したのだろう」
「なるほど、そういう事ですか……息子にお金を残したくない五月さんと息子にお金を残してやりたい女性。
似たような境遇にいながら真逆の立場にいる二人の利害が一致したという事ですね……そこは納得しました。
でもそれですとさつきさんが六花さんを陥れたい理由にはなりませんが?」
一番引っかかっていた点はそこです。表面的に見れば単なる【遺産争い】なのですが
私にはどうにも裏がある様に思えてなりません、いや、そう思いたいのかもしれません。
「その点はもう少し調べてからのお楽しみという事で……」
でました、意味不明な焦らし……何なのですかコレは?いい加減にして欲しいモノです
しかしグリムさんがこのモードに入るとどれだけ聞いても教えてくれないと小暮警部から聞きました。
もう聞きませんけどね、ええ聞くモノですか、〈グリムさんにしつこく聞く〉とか絶対に嫌です
私のプライドが許しません、向こうが〈お願いします、聞いてください〉と土下座すれば聞いてやらなくも無いですけどね。
こうして私は自分の好奇心を必死で抑え込みながら自身のプライドを守ったのである。