不合理な衣装合わせ
その翌日、私はいつもの様にグリムさんにお茶を入れていた。
「どうぞ、お茶です」
「ああ、ありがとう、ジュリ」
今回はグリムさんの能力と見事な推理で解決を迎えたが、どうにも釈然としない点がいくつもあった。
そんな思いを払拭するため、私はグリムさんに話しかける。
「グリムさん、今回の件は結局どうなるのでしょうか?」
「そうだね……六花さんに殺人容疑をかけて相続権を奪おうとした訳だから
逆に弥生さんと葉月さんは相続権を失うということになるね。今頃警察に事情徴収を受けている頃だと思うよ」
仲の良かった三姉妹と六花さんの人柄を考えるとこんな結末になってしまいどうにもいたたまれない気持ちになってしまう。
「どうしてそんなことをする必要があったのでしょうか?
六花さんは〈三姉妹の方々がお金に困っているというのであれば、遺産などいらない〉と言っていました
あの言葉が嘘だとはとても思えません。あのまま何事もなく遺産相続の話し合いが進んでいけば全てとはいかなくとも
六花さんの取り分からそれなりの遺産は篠崎家や槇原家に渡ったと思うのですが……」
するとグリムさんは私の方に視線を向け、嬉しそうに微笑んだ。
「ジュリが気になった事はそれだけかい?」
思わぬ質問に少し戸惑ってしまったが確かにまだ気になる事はあった。
「私たちが会った偽物の五月さんはいったい誰だったのでしょうか?結局、警察の方でもわからずじまいの様ですが……」
その瞬間、グリムさんは椅子からスッと立ち上がり壁にかけてある時計に目を移すと突然意味不明の事を口にしたのである。
「ジュリ、喪服は持っている?」
「何ですか薮から棒に。持ってはいますが自宅に戻らなければありませんよ、取りに戻るとなれば二時間弱かかりますが……」
「う〜ん、そうか、じゃあ……」
グリムさんは腕組みをしながら何かを考えていたが突然思い立ったかのように奥の部屋へと歩いて行った。
しばらくして戻ってくるとその手には一着の服が握られていた
しかしその服を見た瞬間、私の背中に冷たいモノが走った。
「げっ、何ですか、それは⁉︎」
「えっ、僕の所有物だけれど、喪服の代用にならないかな?と思って」
「代用品って……それメイド服じゃないですか⁉︎そんな服を着て葬儀に参列したら周りはドン引きもいいところですよ‼︎」
「そうかな?黒基調だし、似ていると思うけれど……」
「絶対にダメですよ‼︎そもそも私、そんな服死んでも着ませんからね‼︎」
「う〜ん、ダメか、似合うと思うのだけれど……ジュリは意外に頑固だね」
「頑固という日本語の使い方を間違っていますよ。いや、それ以前に色々と間違っています
そもそもどうしてそんなものを持っているのですか⁉︎」
「趣味だけど、ダメかな?」
「ダメですよ、人間としてダメです」
「サイズ的にはジュリにピッタリだと思うけれどね」
またおかしなことを言い出しました、グリムさんは私の服のサイズを把握しているとでもいうのですか?
そこまで言うのならば、試してみますか。
「サイズって、グリムさんが私の何を知っているというのですか⁉言ってみてください」
「何を、って……身長は148cmぐらい、体重は50kg未満、バストはAカップより小さいよね、それと……」
饒舌に喋るグリムさんの言葉を遮るように、私は慌ててストップをかけた。
「余計な事は言わなくていいです‼︎どうして貴方は一言以上の余計なことを口にしてしまうのですか‼︎
本当にセクハラで訴えますよ‼︎」
「そんな、ジュリは大袈裟だなあ」
ダメだ、反省も謝罪も感じられない。そもそもこの人には日本語が通じない。
この胸の奥から湧き上がってくる熱い衝動が殺意というヤツでしょうか?
探偵の心得を学ぶ前に殺人犯の心理が少しわかった気がします。
「じゃあ、近くのレンタル衣装店で借りよう」
何が〈じゃあ〉なのかさっぱり意味がわかりませんがもうツッコむのも疲れました。
少々ムカついた私は返事もせずにレンタル衣装店へとついて行くことにしました。
「いらっしゃいませ……って、お久しぶりです、天塔さん‼︎」
人の良さそうな男性店員が愛想のいい笑顔で迎えてくれました。
「やあ、久しぶりだね、店長。あいかわらず元気そうだね」
どうやら相手はこの店の店長の様です、しかもこのやり取りを見ると常連の様ですね
でもレンタル衣装の常連とか……そんな人、聞いたことがありません少し謎です、潜入捜査のための衣装でも借りているのでしょうか?
すると店長は私をジッと見つめ、再び口を開いた。
「この子に合うドレスですか?でしたらちょうどいいモノが入ったんですよ、生地、デザイン共にかなりのおすすめですよ‼︎」
随分と嬉しそうに話している店主だったがドレスとか何を言っているのでしょうか?
グリムさんは一体今まで何をしてきたのですか⁉︎
「いやいや、店長。違う、違う、この子は仕事の助手だよ。仕事の関係で急遽喪服が必要になってね、ここに来たというわけさ」
すると店主は少し驚いた顔を見せ、もう一度私の顔をマジマジと見つめた。
「この子が助手ですか⁉︎天塔さんが仕事仲間を連れて来るのは初めてですね、へえ〜この子が……」
興味津々と言った目で私を見つめる店長さん。
何ですか、その目は?私ではグリムさんの助手として不足だとでも言いたいのですか?
ぱっと見で人をそんな風に判断するとか、この人の目もどうせ節穴なのでしょう。
「いや、失礼、あまりに可愛らしいお嬢さんでしたから、てっきりモデルさんかと思ってしまいましたよ、ハッハッハ」
軽い謝罪の後、豪快に笑う店長。どうやら人を見る目はありそうですね、先程の貴方への評価は撤回しましょう。
「気をつけてよ、店長。このジュリはね見た目の事を言われるとすぐに告訴するって騒ぎ出すから」
そんな訳無いでしょう‼自分の発言をもう一度思い返してから発言してください
貴方には私がどんな〈地雷女〉に見えているのですか⁉
「へえ~、そうなのですか?こんな可愛いのに……」
不思議そうな表情を浮かべこちらを見ながら首をかしげる店主
私の事を〈モデルの様だ〉とか〈可愛いのに〉とか〈絶世の美少女〉と評するその目は本物の様です。
商売とはいえ付き合う人間を選んだ方がいいと心の中で忠告してあげました。
それと、グリムさんの妄言を真に受けてはいけません。褒められて嫌な気分になる女の子はいないのです
ましてや私は褒められて伸びるタイプなのです。
大体どこの思考回路のコードを指し間違えると脳がそんな誤作動を起こすのですか⁉︎
貴方は人間的に廃棄処分された方がいいかもしれません。おそらく脳の賞味期限が切れていて腐敗が始まっているのでしょう、そうに決まっています。
「グリムさん、どこに行くのかは知りませんが急がなくて大丈夫ですか?」
「そうだね。店長、この子に会う喪服を借りられるかな?」
「はい、ございますよ。このお嬢さんのサイズでしたら普通のタイプと可愛いタイプがありますが、どちらにいたしましょうか?」
グリムさんが〈かわい……〉と言いかけた時、私が慌てて遮った。
「ふ・つ・う のでお願いします‼︎」
私の有無を言わせぬ口調に少したじろいだ店長だったが、すぐに気を取り直し丁寧に頭を下げた。
「かしこまりました、少々お待ちください」
そう言い残しそそくさと店の奥に戻っていった、グリムさんはやや不満げであったが
私は物凄い目で睨みつけグリムさんのその後の発言を許さなかった。
高々レンタル衣装店で喪服を借りるという程度のイベントでどれだけページ尺を取るつもりですか。
私は色々な不合理に腹を立てた。