不可解な真相
弥生さんと葉月さんは口をつぐんだまま下を向いて何も言わない
考えてみれば六花さんの〈五月さんが帰る際に弥生さんと会っている〉という証言が正しければ
弥生さんは嘘をついているという事になるし五月さんからの最初の依頼
〈アマゾンに行っている葉月さんを探して欲しい〉というモノも今考えればかなり不可解なモノである。
「どうなのですかな、弥生さん、葉月さん、お答え願えませんか?」
小暮警部が二人に詰め寄る。刑事特有の鋭い眼差しでジッと見つめるその視線は完全に二人を疑っている様子だ。
しかし二人はうつむいたまま何も答えない、周りの人達も無言のままどこか不安げな目で事の成り行きを見守っている
特に二人の旦那である篠崎省吾さんと槇原聡さんは事と次第によっては莫大な遺産を山分けできるか
全くもらえないかの瀬戸際でありすがる様な目で見つめていた。
しばらく沈黙という名の重苦しい空気が場を支配する
誰かの心臓の音が聞こえてきそうな緊張感と静寂に私はゴクリと息を飲み自然と喉が渇いて来た。
そんな時、その静寂を破る様にグリムさんが語り始める。
「警部、その女性が五月さんかどうかの確証を得たいのであればこの女性の映像を警視庁自慢の顔認証システムにかけてみたらどうですか?」
相変わらず少し含みのある言い方をするグリムさん。確かに推理自体は仮説の域をでないモノであるが
どうやらこの女性が五月さんであることは確信しているようだ。
「わかった、この映像をサイバーセキュリティ対策課に回して解析してみる、少し待っていてくれ」
そう言い残し、映像の入ったUSBメモリーを手に小暮警部は部屋を出ていった。
映像の解析鑑定を待っている間、私達は別室へと案内されそこで待機する事となった。
待っている間、若い女性警官がコーヒーを持ってきてくれたので特に何をする事もない私はとりあえずそれを口に運ぶ
湯気とともにコーヒー特有の芳醇な香りが鼻を刺激する、思ったよりもいいコーヒーだ
少なくとも我々の探偵事務所で使用している安物とはかなり違う。
そんな香り高い黒い液体を口に含み味覚と嗅覚で堪能した後、思わず〈ふう〉と軽く息を吐く
そんな私を横で見ていたグリムさんはその姿を見てニコリと微笑んだ。
「やっぱり僕の口には合わないなコーヒーはジュリが淹れてくれたモノが一番美味しいよ」
「はあ、どうも……」
私は返事とも言えないそっけない言葉で返した、いつもならば
〈そんな訳ないでしょう、事務所で使っているコーヒーとこのコーヒーでは味も香りも雲泥の差です
女性は何でもかんでも褒めればいいというモノではないですよ
それとも事務所のコーヒーと一緒で私が安っぽいとでも言いたいのですか⁉︎〉
とか、意味もなく攻撃的な言葉で返していたところです。
これだけを聞くと私がとんでもなくヤンデレ女に見えるかもしれませんが
グリムさんはこの手の口撃には凄まじい耐性があり、この程度の罵倒ではビクともしない強化外骨格を装備しているのです。
それどころかその手の口撃を待ち望んでいる節すらうかがえるのです
つまり考え方によっては〈私の言葉責めを誘っている〉とも取れます
これが世間一般でいう〈誘い受け〉とヤツでしょうか?
そちらの世界にはあまり詳しくないので知りませんがとにかく【変態探偵】の二つ名は伊達ではないということでしょう。
そんないつもと違う私の反応に少し驚いた様子のグリムさん
〈どうしたの?〉とばかりにこちらの顔を覗き込んできましたがもちろん無視してやりました、ガン無視です。
グリムさんのおかしな性癖にこれ以上付き合ってなどいられません
受付嬢の〈この子も変態の仲間か……〉という私を見る目がいまだに心の中に残っているからです。
あの時、本当は〈私は変態じゃないですよ‼︎〉と大声で訴えたかったのですが
天下の警視庁の受付でいきなりそんな事を言い出していたら
ヤンデレとかメンヘラとかの言葉では言い表せないほどの〈痛い女〉確定です、〈激痛女〉です
もしかしたらその場で現行犯逮捕されていたかもしれません。
その場合、〈やっぱり【変態探偵】の相棒だけあるわね〜〉となどという不名誉なレッテルが貼られ
グリムさんの【変態伝説】に花を添えていた事でしょう。
いうなれば私は自己弁護の機会も与えられないまま罪状が確定した冤罪被害者なのです、存分に同情してください。
「いや〜待たせたね」
そんな事を考えているうちに小暮警部が帰ってきた。
「天塔くんのいう通り、あの映像に写っている女性を顔認証システムで解析した結果
〈99・8%の確率で同一人物〉と出た。さすがだよ、天塔くん‼︎」
上機嫌でグリムさんのことを褒める小暮警部だったが、当の本人の反応は薄かった。
「はあ、どうも……」
「なんだい、天塔くん。せっかく人が褒めているのだから少しは喜んだらどうかね?」
軽くため息をつきグリムさんの反応の薄さに不満げな様子だ。
ダメですよ、小暮警部、その男を喜ばせたいのならば、思いっきり罵倒してやる事をお勧めします。
上機嫌の小暮警部とは対照的に落胆の色を隠せない篠崎省吾氏と槇原聡氏。
彼らにしてみればかなり旗色が悪くなってきたといったところだろう
そんな空気を無視する様に小暮警部は話を続けた。
「ところで天塔くん、あの女性が藤代五月さんだとすると畑の物置小屋で発見された焼死体というのは……」
「ええ、あの髪型を隠すために小屋ごと燃やしたと考えるのが妥当でしょうね」
そうか、自分ごと燃やしてしまえば髪型の変化には気づかれない、その為の焼死体なのですね、ということは……
「じゃあ、やはり……」
「ええ、藤代五月さんは自殺という事でしょう。自ら小屋に火をつけた後、毒を飲んで命を絶った……間違い無いと思います」
その場の空気が凍り付く、誰もが予想だにしていなかったなんとも後味の悪い結末だ。
「では藤代五月さんはどうしてこんな手の込んだ偽装工作
をしたのだ?やはり遺産の事なのかね?」
「ええ、おそらく……五月さんは自分の命がもう長く無いことを知って
弥生さん、葉月さんと結託し姉妹で今回の計画を思いついたのでしょう。
まず自分の偽物をたてて僕のところに依頼に来てアリバイの証人とする
同時刻に藤代邸に本物が現れて六花さんと会うがその証拠は一切残さない様にする。
入れ違いで弥生さんが現れ〈五月さんとは会っていない〉と証言し六花さんに疑いを向ける
藤代邸にかかってきた病院からの呼び出しの電話というのはおそらく弥生さんが
〈トイレに行く〉とでも言ってプリペイド式の携帯を使って六花さんにかけたモノなのでしょう。
こうして呼び出された六花さんだが病院側にしてみれば〈そんな電話かけていない〉と言うしかない
それが事実だから当然です。訳のわからないうちに帰ってきた六花さんだが
その同時刻に五月さんが病院の近くの畑で自殺していた事など知る由もない
あの畑の辺りは週末にはそれなりの人通りがあるがあの日の様に平日にはほとんど人がいない
こうして六花さんはまんまと〈五月さん殺し〉の容疑をかけられたという訳ですよ」
「それでは五月さんは姉と妹である弥生さんと葉月さんと結託し、遺産が全て二人に渡る様に今回の犯行を行ったというのかね?」
「おそらく……六花さんが殺人犯だとなれば当然相続権は喪失しますからね
自らも相続放棄の手続きを取っておいて、【藤代泰山】の遺産を全て篠崎家と槇原家に渡るように仕組んだのでしょう……」
グリムさんの推理に対して、特に何の反論も反応もしない弥生さんと葉月さん
その様子はほぼ犯行を認めているといっても良かった。
「嘘ですよね?弥生さん、葉月さん……嘘だといってください」
信じられないといった表情で二人を見つめる六花さん。
無理もない、彼女にしてみれば信頼していた三姉妹からまさか殺人の濡れ衣を着せられるとは思ってもいなかったのでしょう
顔面蒼白のまま両目を大きく見開きマジマジと二人の事を見つめていた。
何という事でしょう、お金の魔力といいますか人はそこまでするのですか……
「槇原弥生さん、篠崎葉月さん、詳しい話を聞きたいので別室にお越しいただけますかな?」
二人は無言で小さく頷き、連行される様に小暮警部と共に部屋を出て行った。
二人が六花さんの前を通り過ぎる時、彼女に向かって小声で〈ごめんなさい〉と呟いたのが印章的だった。
残された者たちは呆然自失といった様子で言葉を失っている
特に弥生さんの旦那さんである槇原聡さんはその場で崩れる様にへたり込んでいた
こうして私の関わった初仕事は結末を迎えた、結局〈殺人事件ではなかった〉ことだけが救いという何とも後味の悪い事件であった。