変態の助手?
小暮警部に連絡したところ、防犯カメラの映像は消去されずに警察の方で保管してあるとのことだった。
私達は警視庁のある千代田区へと戻り、小暮警部を訪ねる事にした。
今考えると【天塔探偵事務所】が千代田区にあるのも警察と行き来しやすい利便性からなのかもしれません。
「ここが通称【桜田門】と言われる警視庁本部ですか……」
目の前に聳え立つ巨大な建物を見上げ私は思わず呟いた。
流石に警察の象徴する建物だけあって威風堂々といった雰囲気を感じます
まさか自分が犯人でも被害者でもない立場でここを訪れる事になるとは思いもしませんでしたが。
そんな私の言動を聞いてか、グリムさんがクスリと笑う。
「桜田門って……ジュリはおじさんみたいな言葉を使うね。
刑事ドラマとかではよく使われる言い方だけれど、本当の警察はほとんどそんな言い方はしないよ」
「そうなのですか?」
「うん、らしいよ。小暮警部に聞いたことがある、でもその施設や役所関係を場所で言い表すことはままあるよね
桜田門とか永田町とか霞が関とか……」
「まあ確かに、そういうのは世界共通なのかもしれませんね。イギリスの【スコットランドヤード】もそうですし」
「そうなの?」
今度はグリムさんが驚いた様子で私に聞いてきた。
「ええ、ですがそれは場所的な事ではなく、近くに【スコットランドヤード】という庭園があるから、と聞いたことがあります」
「そうなんだ……ジュリは博識だね」
なぜか暖かい目でこちらを見つめるグリムさん。褒められることは大歓迎なのですが何か釈然としません。
しかしグリムさんの言葉にイチイチ振り回されるのも癪なので話題を切り替える事にしました。
「別にたいした事ではありません。それより早く小暮警部のところに行きましょう‼︎」
私は大股で警視庁の建物内へと乗り込んで行きます、気分的には〈いざ参る‼〉という感じです。
ふと横を見るとグリムさんはどこか不満げな表情で唇を尖らせています
もしかしたら私ともっと会話をしたかったのかもしれませんがそんな事に構ってなどいられません、ていうか子供ですか⁉︎
警視庁の建物内に入ると受付のある入り口は刑事ドラマで見たような広くて綺麗な所ではなく
受付嬢が二名ほどと三人分くらいの駅の自動改札機の様なモノが並んでいます。
私達は受付嬢のいるところへとそそくさと足を運んだ。
「すみません、捜査一課の小暮警部と面会したいのですが……」
グリムさんがそう告げると受付のお姉さんは愛想のいい笑顔で応えてくれた。
「かしこまりました、面会のお約束などはしておりますでしょうか?」
「はい、アポイントは取ってあります」
「かしこまりました、では小暮の方を呼び出しますのでしばらくお待ちください。
ちなみにお客様のお名前の方をお伺いしてもよろしいでしょうか?」
「はい、私は天塔グリムと申します」
グリムさんが自分の名前を名乗った瞬間、受付嬢の両眼が大きく見開き口を半開きで驚きの表情を浮かべたのである
そして独り言のようにつぶやいた。
「天塔グリム様といいますと、あの……ハッ、失礼しました、至急小暮の方にお繋ぎいたします」
受付嬢の女性は何かを言いかけたところで我に帰り軽く謝罪した後、慌てて内線電話にて小暮警部に連絡を取っていた。
今のリアクションからするとこの女性が言いたかったのはおそらく
〈天塔グリム様といいますと、あの【変態探偵 天塔グリム】さん、ですか⁉︎〉という事だろう。
そのネーミングの由来はともかく【変態探偵】という二つ名は一度聞いたら忘れられない強烈なインパクトがあるはずだ。
そして受付嬢はチラリとこちらに視線を向けた。その時私はある恐ろしい事に気が付いてしまったのである。
グリムさんの横にくっついているという事は私も〈変態の関係者として認識されている〉という事である。
そんな事を考えると急にこちらも恥ずかしくなって来ました、穴があったら入りたい気分です。
もちろんグリムさん自身はそんな事に気づくはずもなく飄々としています
その鉄のごとき精神力だけは凄いと認めましょう、見習いたくはないですけどね。
「やあ、早かったね、天塔くん」
しばらく待っているとようやく小暮警部が顔を見せた。
近代的な警視庁の建物と前時代的な雰囲気を持つ小暮警部はどこかミスマッチに思えます。
今時のパソコンとスマホを駆使して科学捜査をするというよりは
薄暗い取調室で容疑者にライトを当てながら厳しく訊問し取り調べの対象者にカツ丼を振る舞っている姿が想像できます。
三人を乗せたエレベーターは静かに上の階へと上がって行きます。
ああ、やっぱりエレベーターはいいですね、ボタン一つで重力を無効化するのですから、文明の利器とはかくあるべし。
そんなエレベーター内で小暮警部は軽くため息をつき、静かに話し始めた。
「いや〜、新しい情報もなく捜査は息詰まっていたからね、君達が来てくれたことは正直ありがたい。
映像は駅前のモノと商店街に設置されているモノ、そして藤代邸に近い公民館前のモノがあるがどれから見るかね?」
そんな小暮警部の質問に対し、少し考えたグリムさんは淡々と答えた。
「駅前や商店街は人通りが多すぎますし、公民館前のモノでいいですよ」
「そうか、わかった用意する。それと君たちも知っているかもしれないが、これを……」
小暮警部から渡された物は一枚の写真であった、それには五月さんの姿が写っていた
私たちの事務所に来たときと同じ白いブラウスに深緑のロングスカートの格好
写真の中の五月さんは幸せそうに笑っていて後の悲劇を考えるとその笑顔にどことなく物悲しさを感じてしまった。
「一応のため藤代五月さんの写真だ、五月さんの息子さんから借り受けた物を複製したモノだ
最近の写真はこれしかなかったらしい、参考までに……」
小暮警部は私たちにその写真を渡した後、映像の準備を始めた。
その準備を待つ間マジマジと写真を見つめる私とグリムさん。
だが私はその写真を見て事務所で会った五月さんとは少し違う印象を受けたのである。
「グリムさん、この写真の五月さんと我々の会った五月さんとはやはり別人ではないですか?
この写真の人よりもう少し痩せていた気がしましたし、うまく言えないのですがもう少し暗いイメージを受けました」
「うん、それは僕も同じ印象を受けたのだけれど、この写真の時の五月さんと違い
僕たちが会った時はサングラスをかけていたしすでに末期癌の状態だったからね。
この頃より痩せていて暗い感じを受けるのも仕方がない。だからそれだけで他人だと断定するのは危険だよ」
「そうかもしれませんが……」
私は釈然としないまま言葉をつぐんだ、そうしている内に小暮警部が用意してくれたモニターでの映像検証が始まった。
「五月さんが藤代邸を訪れた前後一時間の公民館前の映像を早送りで流す
気になるところがあったら言ってくれ、一時停止したり巻き戻したりスロー再生したりするから」
小暮警部の言葉に私は無言で頷く、グリムさんはいつもと変わらず返事もしない、私は目を皿の様にしてモニターを凝視した。
想像していたよりも本格的に捜査に関わっていると思えて心拍数が上昇しているのがわかる
そして映像が始まると早送りで流れている為に人がえらく早足で通り過ぎていき
下町という事もあって心なしか人々がせわしなく歩いているようにも見えた。
倍速で動く人々を観察するのはぶっちゃけ目が疲れるが今はそんな事を言ってはいられない、これは殺人事件かもしれないのだ。
時間短縮の為、早回しでの映像を見ているのだがそれらしき人は見当たらない。
目を皿の様にしながら前のめりにモニターをガン見している私と机に頬杖をつきながらリラックスムードで見ているグリムさん
何気に対照的な二人の横で小暮警部も一緒に映像を確認していた。
おそらく何度も確認したのであろうが再検証するため真剣な表情でモニターを見つめている
しばらくそんなことが続き結局ニ十分ぐらいで映像は打ち切られた。
「結局、それらしい人はいませんでしたね」
意気込んで見ていただけに少しガッカリしたが元々警察の方でもこの映像は確認していただろうから
今更素人の私が診たところで何も見つからないのも当然かもしれない。
すると珍しく無言で映像を見ていたグリムさんが、ふと口を開いた。
「警部、今回の関係者をここに呼ぶことは出来ませんか?」
突然の提案に驚きを隠せない私と小暮警部。
「今回の関係者というと、先日の遺産相続会議に出席していた連中かね?」
「はい、できれば全員で」
すると小暮警部は腕組みしながら険しい顔で語り始める。
「う~ん、呼びかけることは出来るが来てくれるかは別問題だからな、あくまで任意で のお願いになるし、どうだろうか……」
小暮警部の言う通りです、先日五月さんに任意同行を求めた際は白川弁護士に拒否されましたからね。
「では皆さんにこうお伝えください、〈事件の真相がわかったので説明します〉と」
あまりにも唐突な言葉に私と小暮警部は口を開けたまま一瞬、言葉を失ってしまった。
「事件の真相がわかったというのは本当かね天塔くん⁉」
「何がどうわかったのですか、教えてください‼」
我を取り戻した私達は慌てて問いかけた、しかしグリムさんはいつもの様に淡々と例の言葉を発したのである。
「まあ、それは皆が集まってからのお楽しみという事で……」
またまた意味深な言葉を残しはぐらかすグリムさん。人が死んでいるのにお楽しみもくそも無いでしょう
しかしここでしつこく聞いてもこの人が答えるはずはありませんから私は忸怩たる思いを飲み込み待つ事にしました。