女の魅力とそのとらえ方
生まれて初めてパトカーに乗るという経験をした私は少し複雑な気持ちのまま気になった事をグリムさんに問いかけた
「そういえばグリムさん、私が席を外してからの話し合いというのはどういう内容だったのですか?」
「特に変わった話は無かったよ。ただ遺産相続の権利と〈相続欠陥〉についての話し合いでちょっとね……
ジュリは法学部を出ているから〈相続欠陥〉の事は知っているよね?」
グリムさんの知っていて当然という聞き方は少し引っかかります
少し癪に障りますが私は〈相続欠陥〉というモノをあまり知りません。ですから彼の問いかけに対して首を振ったのです
「いえ、正直その分野の事はあまり知りません。それに留学先のイギリスですと
イングランドとウェールズ、北アイルランド、スコットランドとそれぞれ微妙に法律が違いますし
良ければどういった話だったのかを法律的な見地からも聞かせてくれるとありがたいです。
今回の遺産の分配の会合は話が話だけに白川弁護士が中心となって話が勧められたはずです。
となるとその内容には凄く興味があります、そもそもこの事件は【遺産相続】の問題で起きているのでしょうから」
グリムさんはなるほどね、とばかりにニコリと微笑み再び口を開いた。
「何があったのかを説明すると、まず五月さんが〈相続放棄〉した事に対して息子の竜二君が何とかならないのか?
と訴えかけていた事と、突如六花さんに殺人容疑がかけられたからね
もしも〈六花さんが遺産を多くもらおうと五月さんを殺害した〉というのが事実ならば
六花さん自身の相続権が無くなる、いわゆる【相続欠陥】という事になるのだよ」
「なるほど、そういう事ですか……もしそうなると遺産全体の六分の一しか貰えないと思っていた篠崎省吾と槇原聡は
【藤代泰山】の莫大な遺産を二人で山分けという事になりま
すからね、目の色が変わるのも理解できます」
竜二に至っては自分の知らない所で【相続放棄】とかされていて
大金を手にすることを想定していたのに取り分がゼロという現状は我慢がならないのでしょう。
竜二じゃなくてもゴネたくなる気持ちはわからなくも無いですが
今回の【遺産相続】自体が【濡れ手に粟】という感じの降ってわいたような話ですからね
そもそも論として人の金を当てにせずに自分で働いて稼げという話です。
そんな時、グリムさんのスマホの着信音が鳴った。
「はい、天塔です……あっ、六花さん、先程はどうも……いえ、とんでもないですよ、はい、はい……」
どうやら電話の相手は六花さんの様だ、先程のお礼を兼ねた電話らしい。
そんなグリムさんの会話する姿を何となく見つめていると
前の助手席に座っていた小暮警部が首をこちらに向けて私の方をジッと見つめてきたのだ。
「な、何ですか?」
何かこちらを観察するかのような視線を向けられ私は思わず問いかけた。
相手が警察だけに私を見ていやらしい妄想をしているということは無いと思いますが小暮警部も男性ですからね
突然私の魅力に気が付いてガン見してきたという可能性も考えられます。
そんな事を考えながら少し身構えていると、小暮警部は静かに話し始めた。
「今、君と天塔くんの会話を聞いて、何故君が助手として選ばれたのか、少しわかった気がしたよ」
「えっ、私とグリムさんの今の会話ですか?そんな変わった内容でしたっけ?」
小暮警部からの思わぬ言葉に少し戸惑いを覚えたのですが有り得ない話では無いですね
人間の知性や気品というのは言葉の端々に現れるモノです、たったあれだけの会話の中にも
私の溢れんばかりの知性や隠しきれない気品を感じ取ったのかもしれません、さすが【敏腕刑事】と言っておきましょう。
ですが小暮警部の着眼点は意外なモノでした。
「先ほど天塔くんが〈知っているよね?〉という問いかけに対して君は
〈いえ、正直その分野の事はあまり知りません〉と答えた。一見何気ない会話に聞こえるが人間というのは
〈知っていて当然〉という切り出しに対して〈いえ、知りません〉という返しは中々できないモノだ
知識人であれば特にね。君がなぜ天塔くんの助手として選ばれたのか、少しわかった気がしたよ」
「はあ、そうですか……」
何だかそれっぽい事を言っていますが正直拍子抜けです〈どれだけ私を褒めてくれるのか⁉〉と
私は心の中で目一杯帆を広げていただけに、吹いてきた風の微弱さに大きく落胆しました。
小暮警部の指摘した点ですが、私にしてみれば知ったかぶりなど時間の無駄
知らない事は知らないと言った方が効率的だと判断した
というだけで特に褒められるような事ではないと思いますけれどね……
それよりもっと褒めるところがあるでしょう?せめて〈君、きゃわゆいネェ‼〉
くらいの事を言えないのでしょうか?女の子は褒められれば褒められるほど輝きを増すモノです
小暮警部もグリムさんもその辺りを全くわかっていないようです
コレだから女心の分からない朴念仁共はダメなのですよ。
「六花さんからのお礼の電話だったよ、僕は特に何をした訳でも無いのだけれどね……
仕事として行っていた訳だし、自分自身も大変な時にワザワザお礼の電話とか、本当に六花さんは気遣いの出来る人だね」
六花さんとの電話の会話を終えたグリムさんがしみじみとそう呟いた。
何だろう、それは遠回しに〈私は気遣いの出来ない欲しがり女〉とでも言いたいのでしょうか?
いや、ダメだ……何だか最近ネガティブな考えばかりが頭をよぎります、反省しなくては……
そう私は反省できる女、そんじょそこらの欲しがり女とは訳が違うのです
きちんと問題の原因を究明し次につなげることが出来る上で欲しがる女なのです。
そんな時代の寵児たる私は瞬時に原因を究明し結論を導き出しました、結論は【全てグリムさんが悪い】以上です。
こうして私達は事務所に帰って来ました。階段を上がった影響で一番若いはずの私だけがゼイゼイと息を切らせています
〈刑事は足で稼ぐ〉と言われる様に小暮警部は普段から足腰を鍛えているのか平気な顔をしています元々脳筋なのかもしれません。
それはいいとしてもグリムさんまでもがケロリとしているところが気に入りません
どう見ても体力系ではないと思うのですが。
「相変わらず体力がないねえ、ジュリは」
少しニヤ付きながら体力マウントを取って来たグリムさん。
物理的にも私を見下ろしながらの上から目線が何とも鼻につきます。
「ハアハア、わた……私は……頭脳で……勝負する……タイプなのです……」
「そうだったね、じゃあ警部へのお茶は僕が入れるよ」
グリムさんは終始ニヤ付きながら当てつけの様に言い放った
この人のこの意地の悪い発言は絶対にワザとでは無いです、素です、そうに決まっています。
「待って……ください、わた……私が……入れますから……」
これ以上無様をさらすわけにはいきません、【お茶くみ】は私の仕事です、それは譲れません、這ってでもこなしてみせますよ‼
「いいよ、そんな気遣いは、私も仕事でここにきている訳だし……」
小暮警部が右手を振りながら〈気遣い無用〉とばかりに遠慮していたが
これは小暮警部の喉が渇いているとか、貴方に対する気遣いとかの問題ではないのです。
「入れますから‼」
私は小暮警部を睨みつける様に言い放った。
「あっ、そう……じゃあ、お願いします……」
私の気持ち〈気迫〉が通じたのであろう、小暮警部は私の気遣いを快く受けるという賢明な選択をした。
しばらくすると警察の鑑識の人達が大勢で訪れた。
到着するなり部屋の隅々まで丹念に証拠を採取し真剣な表情で黙々と仕事をこなすその姿は
刑事モノのテレビドラマなどでよく見た光景ではあるが、実際に本物を目の当たりにすると
その職人的な立ち振る舞いに胸が熱くなるのを感じました。
そして様々な道具を持って階段を上がってきたにもかかわらず誰一人息を切らせていないのにはあえて気づかないフリをした。
「じゃあ天塔くん、鑑識の結果が出たら知らせるよ」
そう言い残し鑑識の人達と共に去って行った小暮警部
大勢の人間が大挙して押し寄せそして去って行ったためにいつも通りの二人だけのこの事務者がどことなく閑散とした寂し気な雰囲気を感じてしまった。
「どうなるのでしょうね?まあ、鑑識の結果が出ればウチの……
いや、この事務所に来た五月さんは偽物という結果になるのでしょうが……」
私が〈ウチの事務所〉と言いかけた時グリムさんがニヤリと口元を緩ませた。
しかしこの〈かまってちゃん〉にかかわっている暇はありません
特にやることがある訳では無いのですがそこは察してください
私は〈そこを拾うなよ〉という意味合いを視線に込め、訴えかける様に睨みつけた
すると珍しく察してくれたグリムさんは少し残念そうに唇を尖らせ、口を開く。
「それはわからないよ、どんな結果が出るのやら……」
「でも六花さんは嘘をついてはいないのですよね?
この事務所と藤代邸は車で移動しても一時間以上かかりますし
同時刻に同一人物が出現できる可能性はゼロだと思うのです
が?
グリムさんはどんな結果が出ると思っているのですか?」
何やら意味深な言い回しに少し苛立ちつつも、事の真相を知りたい私は食い気味に問いかけた
しかしそんな私の気持ちをはぐらかすようにグリムさんはふと窓の外へと視線を移し、どこか遠い目をしながら独り言のように呟いた。
「さて、どんな結果が出るのやら、鬼がでるか蛇が出るか……」
私も学習しました、こういう言い回しをする時のグリムさんはこの先何を聞いてもマトモに答えてはくれない事を。
そして数日後、小暮警部から鑑識の結果が報告された。
【名刺から採取した指紋の照合と部屋に落ちていた毛髪からDNA鑑定をおこなった結果
〈藤代五月〉本人のモノであると断定される】というモノだった。