グリムの真意は?
〈変態探偵天塔グリム〉その言葉を聞いた瞬間、私は両腕を抱え思わず後ずさりした。
「変態って、やっぱりグリムさんは異常性欲者だったのですか⁉
随分おかしな人だとは思っていましたが結局……はっ、という事はやはり私の可愛さが目当てで……」
聞いたことがあります、世の中の男性には〈小さな女の子が好き〉という【ロリコン】と呼ばれる人種や
〈胸は小さければ小さいほどいい〉という【貧乳好き】と呼ばれる人種が存在すると……
グリムさんもこの私のキュートな胸に欲情し劣情をそそってしまったのでしょうか⁉
おぞましい事ではありますが私の可愛さが原因とあれば致し方がない事でしょう
ある意味グリムさんも被害者と言えなくもないですね。
もちろん指一本触れさせるつもりもありませんが。
「いやいやそういう意味じゃない。確かに一般的に【変態】と聞けばそういう趣旨が強い
だがこの場合は〈非常に特殊な能力を持った変わり者〉という意味合いから
畏怖と揶揄を込めて警察内ではそう呼ばれているという話だ、誤解しないで欲しい」
私の見解を慌てて否定する小暮警部。
何だ、そういう意味でしたか。少し安心しましたが少々納得しかねます。
そんな理由で【変態探偵 天塔グリム】などという紛らわしいネーミングを付けるとかタイトル詐欺も甚だしいです。
どうせ馬鹿な作者が〈このタイトルだと何となく面白そうじゃね?〉とか安直な思い付きで名付けたのでしょう。
後々読者から〈ふざけるな、詐欺じゃないか‼〉と猛烈な抗議を受け涙目で謝罪する羽目になるのでしょう。
完全な自業自得ですし私の知った事ではありませんからどうでもいい事ですけれどね。
「だから君が天塔くんの助手と聞いた時は本当に驚いた、君の何が彼の感性にふれたのだろうか……」
不思議そうな表情を浮かべながら私の方をマジマジと見つめる小暮警部。
〈それは私が可愛いから〉という理由は完全に頭にないようです。
その辺りはどうにも釈然としませんし憤りすら感じるのですが国家の安全を守る法の執行機関に対して
私の必殺右フックを食らわせる事もできないですからここは耐えがたきを耐え、忍びがたきを忍んで我慢する事にしました。
「あれ、ジュリここに居たんだ?」
中での話し合いが一段落したのかグリムさんが相変わらずの口調で出てきました。
「はい、小暮警備にグリムさんの事を聞いていたモノですから……」
「僕の事を?それなら僕自身に聞いてくれればよかったのに、何でも答えるよ。
誕生日や血液型、好きな食べ物とか趣味とか、え~っとそれから……」
「そんなモノ聞いてどうするのですか、そんなくだらない情報に脳のリソースを割く程私は愚か者では無いですよ」
私がムキになって言うとグリムさんはニヤニヤとだらしない笑みを浮かべながら言った。
「またまた、ジュリは本当に照屋さんだな~僕の事が知りたいなら素直にそう言えばのに」
これはワザとなのでしょうか?いやそうでしょう、そうに決まっています。
でなければここまで人をイラつかせることは無いはずです。
しかもグリムさんは〈私が女性として彼に興味がある〉という前提で話している様です。
乗せられるモノですか、どうせこれもグリムさんの作戦、常套手段なのでしょう。
「ジュリがなかなか帰って来ないからさ、どれだけトイレで踏ん張っているのかと思ってしまったよ。女性は便秘になる人が多いと聞いているし……」
思わず私の拳に力がこもる。うぐっ、乗せられるな、これもワザとに決まっています。
でなければこんな低俗で下劣な発言が許されていいわけがないのですから。
江戸時代ならば無礼討ちにされても文句の言えない程の酷い案件です。
私は荒ぶる心を無理矢理抑え込み留飲を下げる為に頭の中でさらし首となったグリムさんを想像し石をぶつけてやりました。
「でもまさかジュリが小暮警部相手に僕の聞き込み調査をしていたとはね、さしずめ【恋愛探偵】とでもいったところかな?」
さわやかな笑顔でおぞましい事を言い放ったグリムさん……
とてもじゃないですが聞くに堪えません。もういいですよね?
私は十分我慢しました、これは殴っても法的に許され
るはずです。
そう私の行為は暴力ではありません、悪を撲滅する為の権力です、刑の執行なのです
確か昔の偉い哲学者も言っていたではないですか【悪・即・斬】と。
私が今正に正義の鉄槌を下そうとして一歩踏み出そうとした時、それを知ってか知らずか小暮警部が割って入る様に口を開いた。
「天塔くん、今の発言はいくらなんでも酷すぎるぞ。
最近は警察でもセクハラに対する講習とか開かれているが今の発言はモロにそれに該当する
訴えられても仕方がないレベルだぞ。どうせ君の事だから悪気はないのだろうが
悪気のある無しにかかわらず女性に対しての言動はもう少し気を付けたまえ」
そうです、その通りです‼よくぞ言ってくれました小暮警部
最初に見た時から貴方は出来る人だと思っていました。何でしたらこのままこの男を逮捕してくれてもかまいませんよ
罪状は、そうですね……【国家反逆罪】とでもしておいてください。
「え~、そんな事ないよね、ジュリ?小暮警部は考えすぎですよ」
何故か私に同意を求めるグリムさん。もはや開いた口が塞がりません。
貴方はもう少し考えてください、頭にウジでも沸いているのですか?
どう見てもこの失礼極まりない厚顔無恥な言動は〈ワザと〉というより素に見えます
一瞬でもグリムさんを見直した過去の自分に腹パンしてやりたい気分です。
「ところで天塔くん、今回君の仕事というのは何だね?」
「実は先日亡くなった藤代五月さんから依頼を受けまして
その流れでこの遺産相続の話し合いにも立ち合って欲しいという事になりこうして来ているという次第です」
「藤代五月さんからの依頼?それは本当かね?」
「はい、実は五月さんが亡くなった日に彼女が千代田区で目撃されたという件ですが
それはおそらくウチの探偵事務所に来ていたからでしょう」
それを聞いた小暮警部は更に目を丸くして驚いていた。
「君の事務所に⁉それは一体、何時頃かね?」
「確か午前十一時頃です」
小暮警部は手を口に当てながら真剣な表情で考え始めた。
「天塔くんの証言が正しければ亡くなった五月さんは同じ時間に天塔くんの事務所と藤代邸に居た
つまり二人いた事になる。今までの経緯を考えると六花さんが嘘の証言をしていたと考えられるが……」
小暮警部は独り言の様にボソリと呟きながらグリムさんの方をチラリと見た。
「六花さんは嘘をついていませんよ」
「だよな、という事は天塔くんの事務所に訪れた人間が偽物という事になる。その辺りはどうなのかね天塔くん?」
「私は藤代五月さんという人物とは面識がなかったですから
その日に会った五月さんが偽物なのか本物なのかはわかりません。
ですが我々の会った五月さんが何らかの嘘をついていたことは事実です」
「ならば、やはりそちらが偽物という事ではないのかね⁉」
詰め寄る様に問いかけてくる小暮警部だったがそれとは対照的にグリムさんは落ち着いた態度でゆっくりと首を振った。
「いえ、そう判断するのは早計と言わざるを得ませんね
コレは探偵の基本なのですが【依頼人は嘘をつく】というモノがありまして
あの時の嘘が本人の正体を偽ったのか、依頼内容を偽ったのかまではわかりかねます」
すると小暮警部は落胆した表情を浮かべ、大きくため息をついた。
「ハア、そうか……では、どちらが本物でどちらが偽物なのかも結局はわからず仕舞いか……
ヤレヤレ、一から捜査のやり直しが多すぎるな」
がっくりと肩を落とす小暮警部だったがそれに向かってグリムさんはニコリと微笑むと嬉しそうに話しかけた。
「そんな事はありませんよ。私は五月さんから名刺をもらっていますし
事務所で五月さんが帽子を取った際に何本か髪の毛が落ちていました。
あの日から事務所の掃除をしていませんから名刺の指紋と堕ちた毛髪を採取すれば本人かどうかの照合は出来るはずです」
その言葉を聞いた瞬間、私は思わず〈あっ〉と叫んでしまった。
グリムさんから〈事務所の掃除はするな〉という意味不明な事を命じられどうにも釈然としていなかったのだが、
それがまさか、こんな展開になるなんて……何なのですかこの人は⁉
「それは本当かね、天塔くん⁉」
「ええ、私が警部に嘘を言っても仕方がないでしょう?」
「それはそうだ。じゃあ大至急鑑識を君の事務所に向かわせる、それで大丈夫かね?」
「ええ、一時間ぐらいしたら事務所に戻れるはずですから来てください
一応念の為に言っておきますが捜査令状は不要ですよ」
皮肉たっぷりの言い回しで言い放つとドヤ顔を見せるグリムさん。
小暮警部は思わず苦笑いを浮かべ静かに話し始めた。
「君の嫌味も中々だね。じゃあ我々が警察の車で君達の事務所まで送ろう
その方が手っ取り早いだろう?」
「そうしてもらえると助かります、電車代も浮くし」
そういう訳で私とグリムさんは警察車両で事務所へと帰る事になった。
グリムさんは、〈VIP待遇の送り迎えで電車代が浮いた〉などと素直に喜んでいたが
私にしてみればVIP気分というよりはどちらかというと護送されている様な感覚だ。
車内では私とグリムさんが後部座席、小暮警部が助手席に座り目的地へと向かう
この場所から【天塔探偵事務所】まで、交通状態にもよるが車で約一時間ちょっとといったところだろうか?
私とグリムさんを乗せたパトカーは我々の事務所に向かって走り出した。