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意外な依頼

「初めまして、私が【藤代泰山】の三女で篠崎葉月です」

 

頭を下げながら丁寧に挨拶をされ私にも名刺を渡された。


始めて見た葉月さんはホームページに載っている会社案内の写真より更に肌が浅黒く焼けていた


アマゾン探索はともかく南米に言っていたというのはどうやら本当の事らしい。


「稲森の方から〈姉から私の依頼を受けていたと〉聞きまして、色々とご迷惑をおかけしました。


依頼料の方は私の方からお支払いさせていただきますので請求書の方を私に送ってください」


沈痛な面持ちで葉月さんは丁寧に説明をしてくれた。


私的には他に聞きたいことが山ほどあるのだが、グリムさん的にはホッとしたのか露骨に安堵の表情を浮かべていた。


「有難うございます、とても助かります……ところで、五月さんはどうしてお亡くなりになっていたのでしょうか?


報道ですと〈自殺か他殺か不明〉と聞きましたが?差し支えなければお聞かせ願えませんか?」


いつもながらズケズケと他人のプライバシーに踏み込んでいくグリムさん。


本来ならば依頼人が死亡し依頼内容である葉月さんが帰って来た時点で我々の仕事は終了である。


しかしこの傍若無人ともいえる姿勢は探偵としては見習うべき点かもしれません。


私の様に気弱で引っ込み思案、言いたい事も言えない心優しき乙女にとっては中々のハードルといえるでしょうからね……


何ですか?何か言いたいことがあるのなら聞きますが?


ですが取るに足らない反論は全て誹謗中傷と受け止めますから覚悟をしてツッコんでください。


「はい、実は私達にも自殺か他殺かわからないのですよ……」


悲しそうに目を伏せる葉月さん、姉と父を同時に失ったのだから無理もない。


「しかし自殺の場合、焼身自殺という選択はあまりしないと思うのですが?


それに五月さんに自殺する理由などあったのですか?」


グリムさんが問いかけると葉月さんは神妙な面持ちで答えてくれた。


「実は五月姐さんは末期ガンを患っていまして、もう長くないと言われていたのですよ」


「えっ⁉五月さんもお父さんと同じくガンだったのですか?」


「はい、父はヘビースモーカーだったので【肺ガン】になりました。


しかし五月姐さんは体調が悪くなって病院で検査をしたところ、【膵臓ガン】と診断されたのです……」


【膵臓ガン】、すい臓は別名〈沈黙の臓器〉とも言われていて


体調が悪くなり検査をして異常が発覚した時には術に手遅れという場合がほとんどだと聞く。


「そうですか、しかし焼身自殺というのはあまりにも不自然だと思うのですが?


思いつめて自殺をするにしても〈せめて死ぬ時ぐらいは苦しまずに〉考えるのが普通ですし……


その辺りはどうなのでしょうか?」


グリムさん、踏み込むなあ……確かに私もそこは不自然に感じた事は事実である。


「はい、警察の話ではどうやら五月姐さんは毒を飲んだ後に火を放ったとの事です。


ですから直接の死因は【服毒自殺】という事になります」


「そうですか、それで五月さんが亡くなった場所といいますか火を放ったというのは何処の建物でしょうか?」


「父のかかりつけだった【帝都大学病院】の近くに父の所有する小さな畑がありまして


これは母が生前に畑仕事が好きで父にねだって購入してもらったモノだそうです。


週末などは家族で出かけて収穫されたトマトやキュウリをみんなで食べたと聞いています


私が三歳の頃に母は亡くなったので私自身にはその記憶はありませんが弥生姉さんや五月姉さんからよく聞かされました。


五月姉さんはその畑の小屋で焼死体として見つかりました。


農具や肥料を入れている小さな小屋なのですが、最近は誰も畑に行っていなかったので


〈まさかそんな場所で〉とは思いましたが……」


「そうですか、ご家族の思い出の場所で……」


「はい、今となっては聞く事もできませんので想像するしかないですが、死ぬ時はせめて家族の思い出の場所で……


と思ったのかもしれません、もしくは……」


葉月さんは何かを言いかけて口をつぐんだ、その様子で私とグリムさんには葉月さんが何を言いたいのかわかってしまった。


「五月さんが誰かに毒で殺害された後に〈証拠隠滅〉の為に小屋ごと燃やされたと?」


葉月さんは無言のまま心痛な面持ちで小さく頷いた。


なるほど、それで警察も自殺と他殺の両面から調べているという訳ですか。

 

しばらく会話が途切れ重苦しい空気が漂う。姉が自殺だとしても他殺だとしても


葉月さんにしてみればかなりのショックだろうから当然といえば当然だが。


「ああ、スミマセン、何か色々な思いが溢れてきてしまって……」


葉月さんは申し訳なさそうに頭を下げた。


「いえ、心中お察しいたします」


それに応える様にグリムさんも頭を下げた。この人に〈心中を察する〉などという離れ業が出来るとは思えませんが


今は空気的にツッコミは不要でしょう。


「それでご葬儀の方は?」


「はい、五月姉さんの司法解剖と捜査が終わり、遺体が返還されるまで葬儀は出来ませんから


姉が帰ってきたら父の葬儀と同時に行いたいと思っています。生前の父の意向で身内のみの小さな葬儀にするつもりです」


父親と娘の合同葬儀という訳ですか〈親より子供が先に死ぬことは最大の親不孝である〉


と聞いた事がありますが【藤代泰山】は亡くなる数週間前から意識も無かった用ですし


亡くなった日も五月さんの二日後ですので娘の死を知らずに旅立った事になります。それがせめてもの救いといえますね……


もし私が親より先に死んだらお父さんはどんなリアクションをするのでしょうか?そんな事をふと考えてしまった。


「そうですか、せめてお線香の一本でもあげさせていただきたかったのですが」

 

心にもない事をいけしゃあしゃあと言い放つグリムさん。この人には人の心があるのかも怪しいのに


そんな殊勝な心がある訳が無いです。しかし出会って間もない葉月さんにはこの人が常識人に見えているのでしょうね、それが何故か無性に腹が立ちます……


まあ、かく言う私もグリムさんと知り合ってまだ数日しか経っていませんが。


「有難うございます、葬儀の方には身内以外の参列はご遠慮していただくつもりなのですが


葬儀の翌日に身内だけで行う【家族会議】みたいなものを予定しています。


つまり【遺産相続】に関する話し合いという訳です。


幸い父は生前に遺言状を作成していたようですから顧問弁護士を中心に進めていくつもりなのですが


それであなた方にお願いがあります」


「私達にお願いですか?一体何でしょうか」


グリムさんが問いかけると葉月さんは想定外な事を口にした。


「実はその話し合いの場に参加していただきたいのです」


「えっ⁉」

 

あまりに意外な申し出に私もグリムさんも驚きを隠せなかった。


葬儀すら身内で行うというのに遺産相続の話し合いに私達を呼ぶなんて一体どういうつもりだろう?


少し戸惑った私達だったがこの人達の事情を考えると何となくわかった様な気がした。


どの家族もお金が状況であり遺産相続で荒れるのは必至、特に亡くなった五月さんの馬鹿息子竜二は


〈もっと金よこせや‼〉とか言い出しかねません。


そんな時に第三者がいれば抑止になるかもしれないし誰かが暴力行為に及んだ場合


警備員代わりとしていて欲しいという事なのでしょうか?


グリムさんにその手の事を期待するのはどうかとは思いますが。


「特に何かをして欲しいという訳ではありません。天塔様はただそこに居てくれるだけでいいのです


そこで何かお気づきの点があれば教えてくだされば結構です。


もちろん仕事のご依頼としてお願いするつもりですので報酬はお支払いいたします」


そう言われてしまっては断る理由も無いだろう、仕事内容的には〈ただ座っているだけでお金がもらえる〉のだから……


こうして私とグリムさんは藤代家の遺産相続会議に出席する事となる


だがこの時の私の考えがいかに甘かったのか後で思い知る事となった。


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