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ヒロインのたしなみ

グリムさんは珍しく空気を読んだのか、私の方を見ずに静かに語り始めた。


「僕には四つ下の妹がいたのだよ、当時7歳だったから今だと23歳になるのかな……


ジュリとは一学年上になるのかな?僕の家はそこまで裕福でも貧乏でもない普通の家だったから


両親も共働きで学校から帰ってきても誰もいない事がほとんどだった。


ある日学校から帰ってくると棚に饅頭が二つあり僕はそれを二つとも食べてしまった。


でもそれは(僕と妹の一つずつ)という意味だったのだよ


自分の分を食べられた妹は泣いて怒ってね、それから一週間は口もきいてくれなかったよ……」

 

遠い目をしながらどこか懐かしむように語るグリムさんは少し悲しげに見えた。


もしかして亡くなった妹さんと私を重ねているということなのだろうか?


だったら何かと私に絡んでくるのもわからなくはない、というより今までの私の態度はキツすぎたのかもしれない


もっと優しくしてやれば良かったかな……

 

そう考えると珍しくどこか後ろめたい気分になった。


何かいたたまれない気分になり、私はそれとなく妹さんの事を聞いてみることにした。


「その……妹さんというのは?」


「ん、妹?今では大阪の大学院に通っているよ」


「は?」


「だから、大阪の大学院に通っているよ。研究者になりたいのだって」


「あの……妹さんはお亡くなりになったのでは?」


「何でそうなるの?僕そんなこと一言でも言った?」


相変わらずとぼけた顔であっけらかんと言い放つグリムさん。


「いや、言ってはいませんけど、〈四つ下の妹がいた……〉とか言われたら


話の流れ的にお亡くなりになったのかな?と思うじゃないですか」


「何で?事実を言っただけだよ。僕には四つ下の妹がいて今でもいる、それだけの話だよ」


「じゃあ、今の話は何だったのですか⁉︎」


「いや、ジュリが兄弟の話を聞きたかったみたいだからしてみたというだけだ、他意はないよ……


どうしたの、ジュリ?また震えているけれど、寒いの?」

 

甘かった、私のこの男に関しての認識は本当に甘かったと猛省するばかりです。


そうでした、この人はこういう人でした。さっきまで〈もっと天塔さんに優しくしてあげれば良かった〉


とか思っていた自分を殴り倒してやりたいです、いやこの衝動を抑えきれなくなってきました……


「グリムさん、殴ってもいいですよね?」


「何で?嫌だよ。痛いのは嫌いだし」


「大丈夫ですよ、ちゃんと〈グー〉で殴りますから」


「それの何処が大丈夫なの⁉︎意味がわからないよ」

 

狼狽気味に後退りするグリムさん、そんな彼との間合いを詰め微笑を浮かべつつ上目遣いでにじり寄る私


グリムさんのこういう姿を見るとなぜかゾクゾクしてきます、変なことに目覚めそうです。


「私、【ボクササイズ】をやっていたのでちゃんと腰の入ったパンチを撃ちますから安心してください。


ちなみに私の得意パンチは右フックです」


「その話のどこに安心要素があるの?大体僕が殴られる理由なんか一つもないじゃなか⁉︎」


「言うに事欠いて一つもないとは……随分と大胆に犯行を否認しますね。


そもそも貴方への余罪がどれほどあると思っているのですか?アメリカだったら禁固270年は固いです、


でも大丈夫ですよ、私の右フックがグリムさんの顎先を綺麗に捉えれば脳が揺れて痛いどころか気持ちよくなれるはずですから」


「それって失神KOってことだよね?ちょっと落ち着いてジュリ‼︎」


「私は落ち着いていますよ、落ち着いているから貴方をぶっ飛ばそうと思っているのではないですか。


嫌ですねえ、フフフフフ」

 

そして今にも踏み込んでグリムさんの顎先を捕らえようかという時、突然携帯電話の着信音が鳴り響いた


どうやらグリムさんのスマホに着信があったようです。


グリムさんは〈助かった〉とばかりに慌ててスマホを取り出しホッとした様子で語り掛ける。


「ほら、電話がかかってきたから一時休戦だね」

 

嬉々として語るその姿が余計にこちらの神経を逆撫でます。


どうにも釈然としませんが仕事の話ならば仕方がありません


いいところでお預けを食らった気分ですがほんの少しだけ延命できたということに過ぎませんから。


そもそも休戦という表現は間違いです、休戦というのは戦争状態にあった両者が事情により一時戦うのをやめる事をいいます


しかしこれは〈戦争〉ではなく私による一方的な〈制裁〉なのですから……


「はい、もしもし……あっ稲森さんですか、昨日はどうも……」

 

どうやら電話の相手は葉月さんのところで家政婦をしている稲森静さんのようです。


しかし昨日会っただけなのによくあんな馴れ馴れしい話し方ができるものだと感心?してしまいます。

 

しかしその電話での会話の中でグリムさんの締まりのない顔が突然一変した。


「えっ、それは本当ですか⁉︎」


急に表情と声のトーンが変わったグリムさんを見てただ事ではないと悟った。


何事かと思い私も思わず聞き耳を立ててその内容をうかがう。


稲森静さんから連絡された内容は二つだった、一つ目は〈先ほど葉月さんが帰ってきた〉という事


そして二つ目は〈警察から連絡があり、五月さんが焼死体で見つかった〉というものであった。



五月さんが焼死体で見つかった二日後、父親である【藤代泰山】も後を追うようにあの世へと旅立ったと連絡があった。


最後は眠る様に息を引き取ったという。


「グリムさん、一体何が起きたのですか⁉テレビのニュースとかだと


〈自殺なのか他殺なのかまだはっきりしない為、両面から捜査を進めている〉とか言っていましたが」


〈体験入社〉を兼ねたお試し期間で探偵助手見習としてかかわった案件がとんでもない展開へと発展してしまいました。


私は当事者の一人というのに何が何だかわからない内にドンドン話が意外な方向へと進んでしまっていて


只々流されているだけという印象しかありません。


いやしくも探偵を目指す者として事態の把握ぐらいはしっかりとしておきたいものです。

 

そんな訳で事態を把握すべく、〈グリムさんに聞く〉という安直な方法を選択しました。


〈あれだけコケ下ろしておきながら、結局丸投げとか⁉www〉などと言われても仕方がありません。


その誹謗、中傷は甘んじて受けましょう、どれだけ考えてもさっぱりわからないのですから止むを得ません。


でも目に余るディスりには断固として立ち向かうので節度を守って悪口を言ってください。


私は目をギラギラと輝かせグリムさんに迫りました、もちろん


〈事態の把握の為に、真相を聞く〉という為に詰め寄ったというだけです


間違っても〈女として迫った〉とか勘違いしないでください、そんな気は毛ほどもありませんから。


ほんの少し誤解されただけでも非常に遺憾です、胸糞悪いです、グリムさんに男を感じるなど万に一つもありませんから‼


そんな私の質問に対し、グリムさんは腕組みしながら小さく息を吐いた。


「あくまで今の段階の警察発表だからね、真相は知り様が無いよ


ただ昨日葉月さんから連絡があって報酬の件も含めて自宅に来てくれと言われた。


あと一時間ぐらいで出かけるつもりだから、用意しておいて」


おっと、いつの間にかそんな事に?そういえば葉月さんとは初対面ですね、どんなことが聞けるのか興味津々です。


ただ出発の準備といっても特にやる事も無く、出発の時間まで黙々と事務作業をするグリムさんにコーヒーを出すぐらいです


せめて掃除ぐらいはさせて欲しいモノですが……


もちろん私は一緒にコーヒーを飲むことはしません、出かけている途中でまたトイレに行きたくなったら嫌だからです


これ以上の失態は乙女の尊厳にかかわります、本作の主人公かつメインヒロインとしてイメージは大事ですからね。



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