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あり得ない証言

「失礼しました、お客様の前で……」

 

一通り泣いて少し落ち着いたのか、彼女は正気を取り戻してこちらに頭を下げた。


「いえ、こちらが突然押しかけたのですからお気になさらずに……


それで大変聞きにくい事なのですが、貴方はお一人になられたら今後どうなさるおつもりなのでしょうか?」

 

本当に聞きにくいことをズバリ聞きますね。余命いくばくも無いご主人を目の前に何という質問をするのでしょうか⁉︎


今更ながらですがこの人はどういう神育ち方をしたのでしょう?


そもそも我々の訪ねた目的は〈葉月さんの行方を探している〉というモノであり、その趣旨と全く違っていると思うのですが?


「お聞きしたいことはわかります、藤代泰山の遺産のことですね?


弥生さんも五月さんも葉月さんもご家庭が大変だということは存じております。


しかもその事で姉妹の仲も少しギクシャクしているみたいで……


あれほど仲の良かった姉妹がお金の事で不仲になるとか私には耐えられません。


ですから私自身は相続はいらないと考えています」

 

何と⁉︎意外な答えだった、確かに先程の話を聞いていると財産目当てで結婚したのではないとは思ったが


これから女一人で生きていくのにお金がいらないとは……


普通に財産分与を受けたとしても藤代泰山の遺産である


女一人が悠々自適に暮らしていけるだけの十分なお金は手に入るでしょうに……


「主人と暮らしたこの家だけは住み続けたいですけれどね。


女一人で生きていくには広過ぎる家ですが、主人と暮らした思い出が色々とありますので手放したくはないです。


弥生さん、五月さん、葉月さんも生家が無くなるのは寂しいでしょう


いつでも帰って来られる家があるというのはいいものですから……」

 

彼女は部屋の中を見渡すと、静かにそう語った。


「ではお一人になったらどうなさるおつもりですか?」


「働きます。この人が亡くなったら手元にある【藤代泰山】の作品をある美術館に寄贈するつもりでした


そこで〈学芸員をやってくれないか?〉というお誘いを受けていまして


元々美術の世界で生きていきたいと思っておりましたから喜んでお受けするつもりです。 


そしてこれからは【藤代泰山】の妻としてではなく、【藤代泰山】の一ファンとして


この人の絵と人柄を多くの人に伝えていきたいと思っております」

 

彼女は嬉しそうに笑った、ああ、この人は本当にご主人のことが好きで画家としても心から尊敬しているのだなと伝わってきて心が温まる気がした


そんな彼女の姿にグリムさんも小さくうなずき、話を続けた。


「葉月さんが早く見つかるといいですね。親の死に目に会えないというのは子供として後に残ってしまいますから。


ところで弥生さんや五月さんはよくこちらにみえるのですか?」


「はい、弥生さんも五月さんも昨日みえましたよ」

 

立花さんの意外な答えに私達は驚きを隠せなかった。


「えっ、昨日ですか⁉︎いつ頃ですか?」


「五月さんが見えたのが十一時くらいだったと思います、一時間くらいここにいまして、その後弥生さんがみえました。


お二人は入れ違うように五月さんだけ帰られましたね。


その時ちょうどテレビでお昼の番組が流れたのでよく覚えています。


その後、私に急用ができて弥生さんにこの人の看病を頼んで一時間ぐらい外に出ていました。


私が用を済ませて帰ってきたので弥生さんはそのまま帰られましたよ」

 

私とグリムさんは思わず顔を見合わせた。五月さんがここに来たという昨日の午前十一時ごろ


その時間は〈私たちが五月さんと会っていた〉のである。

 

結局その後、我々はその事を話すことはなく【藤代邸】を後にした。


六花さんの丁寧なお見送りの後、しばらく歩いてから私はグリムさんに話しかけた。


「あの……グリムさん?」


私が真剣な口調で語り掛けるとグリムさんはとんでもない事を口にしたのである。


「どうしたの、ジュリ?またトイレに行きたくなったの?」


「違いますよ‼︎全然違う事を聞こうかと思っていたのですがとりあえず先に聞きたい事ができましたので言います、殴っていいですか?」


「嫌だよ、どうして何もしていないのに殴られなければならないのさ?」


「グリムさん、〈盗人猛々しい〉という諺を知っていますか?」


「言葉の意味を知っているけれど、それとどんな関係が?」


「説明は面倒なので言葉ではなく拳で語っていいですか?」


「嫌だよ、〈なぜ殴られるのか?〉という質問に対してどうして拳で語るの?暴力反対、平和が一番だよ」

 

両手を上げ戦う意思のない事を示すグリムさん。それが〈平和万歳〉という事なのか


〈降参〉を意味する事なのかは不明であるが正直この際どちらでもいい。


しかしこんな小娘相手に何をそんなに怖がっているのか?


もしも二人でいるところを変な奴らに絡まれたら多分この人は私を置いて一目散に逃げ出すのだろう。


とにかく情けないという印象しかなかった、これが私の戦意喪失を狙ってのことならば中々の策士であるが多分違うと思う。


「その平和を乱しているのはグリムさんじゃないですか⁉︎


まあ、こんな事を言っていても埒が空きませんので本題に入ります


〈昨日の十一時に五月さんが訪ねてきた〉という奥さんの証言、どう思いましたか?」


「謎だね、あの証言が本当ならば五月さんが二人いる事になってしまうからね」


「話によりますと奥さんと五月さんは何年も顔を合わせているのですから他人のなりすましとかはあり得ません。


という事は我々の会っていた五月さんが偽物という事になります、でも何のためにそんなややこしい事を?」


「葉月さんのアマゾン行きの偽装も、五月さんのドッペルゲンガー現象も全く意味がわからないね。


でも多分これには何かの目論みがあるはず、必ず裏があるよ」

 

おお〜何かわからないけれど探偵っぽくなってきました‼︎


「グリムさん、私考えたのですけれど、こんなのはどうでしょう?


〈私たちが昨日会っていた五月さんは実は葉月さんだった〉これならば辻褄があいませんか?」

 

私の考えた渾身の推理をぶつけてみたがグリムさんの反応はあまりよい斧では無かった。


「いや、多分それはないね。確か葉月さんは経営コンサルティングをしていたはず


だったら……よし、あった‼︎」

 

グリムさんはスマホを片手に何やら検索していたようだが目的のものが見つかったのか、その画面を私に見せつけるように突き出してきた。


「葉月さんが経営するコンサルタントのサイトを見てみたらビンゴだった。


ほら、五月さんの写真が載っているよ」

 

会社のホームページに代表者として葉月さんの写真は載っていた。


だがその容姿は丸顔で人懐っこい印象、日に焼けた肌に低身長と昨日見た人とはまるで別人であった。


「これは変装すれば何とかなるレベルではないですね、ダメでしたか……いい考えだと思ったのですが……」


「いやいや、思いつきでも仮説を立てそれを一つ一つ検証していって可能性を潰していくのが探偵の基本だよ


一見地味だけれど重要な事なのだよ」

 

何かいい事を言っているのでしょうが素直に聞く耳を持てません


もちろんその責任は全てグリムさんにあることは言うまでもないでしょう。


「百聞は一見にしかず、直接五月さんに聞いてみようよ」


「そうか、あれこれ考えるよりも直接本人に聞いてみればいいだけですものね。


ついうっかり推理モードで考えてしまいましたよ」

 

グリムさんは昨日もらった名刺を取り出し、書いてある番号に電話をかけてみた。


「あれ、おかしいな〜、全然出ない」

 

五月さんはどうやら電話に出ないようです。


昨日会っただけでグリムさんの本性を理解し話したくないという事ならば激しく同意するのですが……


「今は忙しいのかもしれません、留守電だけ入れておいて再度かけ直しましょう」

 

特に気にすることもなく私達はまたかけ直すことにした。


しかしそんな予想に反して、何度かけても五月さんが電話に出ることはなかったのである。


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