旦那様がクールな顔して中二な妄想にふけってます!
心が読めるものに挑戦しました。
「本当にかわいらしい方だ。ノルン殿のような方と結婚できるなら、私は大変な幸せ者ですね」
目の前の令息は感じよく微笑む。
『顔は平々凡々、ぎりぎり及第点ってとこか。もっと胸がでかければ良かったけど。まあ、大人しそうだし、結婚する分にはいいか。この感じなら、扱いやすい妻になりそうだ』
だけど、私に聞こえてくるのは、作られた甘ったるい声じゃなくて、取り繕われることのない剝き出しの声。
「どうだった、ノルン? あちらはあなたに好意を持ってくださって、ぜひ次も会いたいと言ってくれているけれど」
顔合わせが終わって、ようやく令息が帰ると、お母様が心配そうに私に近寄ってきた。
「申し訳ございませんが、今回もお断りしてください」
私はそう返す。
「またなの、ノルン? 今まであなたが何人お断りしているのか、覚えているんでしょうね」
お母様はため息をつく。
私、ノルン・ニルヴァーナは、子爵家の三女として生を受けた。年齢は今年で十八。普通なら、婚約者が決まっていてもおかしくない。実際、婚約者探しは三年前から始まっていた。
だけど、私の縁組はまるで上手くいかなかった。どんな令息にも、私が首を縦に振らなかったからだ。
それがどうしてかというと——
『昔から変わった子だったけど、まさかここまでとはね。いい加減にしてくれないかしら。娘が売れ残りなんて恥ずかしい。誰でもいいからさっさと結婚して出ていきなさいよ』
まただ。頭の中に、声が流れ込んでくる。
私には昔から、人の心を読む能力があった。相手が考えていることが、そのまま頭の中に流れ込んでくる。一見すると、便利な力とも思われるかもしれない。だけど、この能力のせいで、私の人生は地獄だった。
聞こえない方がいいこと。知るべきじゃないこと。世界には、それがいっぱいある。私はずっと小さい時に、そう気付くことになった。
誰だって裏の顔くらいある。言わないだけで、誰もが内心では色々思っている。それくらい分かってる。だけど、上っ面では耳障りのいい言葉を吐きながら、内心では私を乏しめている、そんな令息たちとは、どうしても一緒になりたいと思えなかった。
こんな私じゃ、誰とも幸せな結婚なんてできないんだろう。だけど、いつまでもこの家にいることもできない。いつかは誰かと結婚しなきゃだめだ。でも、どんな相手だったら、私は一緒にいられるんだろう。この三年間、私はずっと悩み続けてる。
「年の近い未婚の男性なんて、もうルシウス様くらいしか残ってないわよ」
と、お母様。
ルシウス・ブライア。若くして参議となった、優秀な人物。身分も伯爵と高く、容貌も美しい。それだけなら引く手あまたなはずなのだが、問題はその性格にある。
恐ろしいほどの無口、そして愛想のなさ。肩書に惹かれ、これまで数多くの令嬢が彼との見合いの席を設けた。しかし、顔合わせは毎回地獄の雰囲気に包まれ、耐えかねた令嬢たちが泣き始めるとのこと。とにかく何を考えているか分からない。恐ろしい。彼女らは、決まってそう語っている。かくして、ルシウス様は今では完全なる売れ残りと化していた。
ルシウス様か……。私は考える。この三年間、私は外面も中身も変わらず素敵な人を探していた。それこそ、物語に出てくる人みたいに。だけど、いい加減に夢を見るのはおしまいだ。
「分かりました。ルシウス様に申し込んでください」
上っ面を取り繕われるよりは、無愛想な対応をされた方が、まだ内面との差に苦しむことがないかもしれない。そんな理由から、私はルシウス様との結婚を決意したのだった
そして、結婚の申し込みはあっさりと通った。顔合わせもなかったことを考えるに、もはやあっちも誰でもいい状態だったんだろう。
色んなことがとんとん拍子に進んだ結果、気付けば私はルシウス様の屋敷にいた。
「ノルンと申します。これから末永くよろしくお願いします」
初の対面で、私は礼をした後、目の前にいる旦那様の顔を伺った。
ルシウス様は、私より五つ年上の、二十三歳。噂通り、かなり端正な顔立ち。だけど、この顔で黙りこくられてると、かなーり迫力があるな……。あれ? ここ、北の大地でしたっけ? ブリザード吹き荒れてません? くらいのレベル。令嬢たちが泣き出すのも納得だ。
「そうか。私の方もよろしく頼む」
ルシウス様は仏頂面のまま、無機質な台詞を言う。さて、そんな旦那様が今、内心では何を考えているのかというと——
『ついにドラゴニアは右手の包帯を取った。瞬間、辺りに凄まじい邪気が溢れ出る。ふっ、ついにこの力を使う時がきたか……。我が右手に封印されし暗黒竜の力! 今、解き放つ! くらえ! ドラゴン・クロウ!』
あれ? 心、読み間違えたかな?
「しかし、私はここのところ、仕事が立て込んでいて、あなたとの時間はあまり取れそうにない。屋敷は好きに使ってくれて構わない。何か不便があったら、家の者に伝えてくれ。大抵の要望にはこたえられるだろう」
ルシウス様は相変わらずのクールな顔で、淡々と話を進めていく。そうだよな。こんな真面目な感じの人が、ドラゴン・クロウ! なわけないよな。よし、もう一回——
『ま、まさか、この力は……!? ドラゴニア、あなたの正体はいったい……。ララティーヌがドラゴニアを見つめる。隠していてすまない、ララティーヌ。これは俺の秘められた能力であり、また呪いでもあるんだ。あれは千年前の聖戦でのこと……』
うん。やっぱりルシウス様の声だ。どうやら、これが我が旦那様の頭の中身で間違いない。と、確証が取れたところで、よし、つっこもう!
いや、誰だよ、ドラゴニア!? そして、あんたも誰だよ、ララティーヌ! 封印されし暗黒竜!? 千年前の聖戦!? どこの世界の話ですか!?
「……ということで、私は仕事に戻る」
私を完全に置いてけぼりにしたまま、旦那様は部屋を出ていった。かくして、私たちの結婚生活は波乱の幕開けを迎えたのだった。
*
それから一月がたった。以下、これまで分かったことをまとめる。
旦那様の妄想は、「ドラゴン・ナイト」というオリジナル作品。物語の舞台は、かつて竜と人間との大戦が起こったファスティバード大陸。主人公はドラゴニア、ヒロインはララティーヌ。ドラゴニアは竜騎士団に所属する青年で、ある日記憶を失った少女、ララティーヌと出会う。二人の出会いは偶然か、はたまた運命か。やがて二人は、世界の命運をめぐる戦いに巻き込まれていく——と、もういいだろう。
結論から言って、そう、中二なのだ。我が夫ルシウス様は、完全なる中二の病にむしばまれている。付け加え、この人は極度のむっつり属性。つまり、むっつり中二なのである。クールな顔して、考えてることは、ドラゴン・クロウ! なのである。
うああ、まだ旦那様のことをたいして知らないうちに、その最暗部を知ってしまったああ! 私の能力、なんて業が深いんだろう……。最初の頃、私は申し訳なさで頭を抱えまくっていた……んだけど——
その日、一緒に朝食を取っている間も、ルシウス様は敵国・ファザールとの戦いに夢中だった。
『その時、戦場に一筋の光が。やめて! これ以上、もう誰も傷つけないで! ララティーヌの瞳は黄金色に輝いている。ついに彼女が目覚めたか……。大司祭ファラデーは言う。どういうことだ! とドラゴニア。そして、ファラデーは真実を語り始める。ララティーヌの正体が、はるか古代に滅びたドラゴン・キングダムの王女であることを……』
うわああ、ここでララティーヌ覚醒展開きたあああ! そしてやっぱりか! やっぱり、ララティーヌは竜神族だったんだ!
私も盛り上がる。そう。私はドラゴン・ナイトの脳内連載を全力で楽しんでいるのだ。
というわけで、朝食の席は大いに盛り上がっていた。ただし、お互い心の中でなので、実際には会話一つない冷め切った食卓なわけだけど。
私の結婚生活は、想定外の楽しさに満ち溢れていた。人の心を読んで、こんなに面白かったことなんて、今まであったっけ? 顔を合わせる度、物語が展開していくから、私は旦那様と会うのが日々の楽しみだった。
だけど、たまに、あれ? と思う展開があったり、旦那様自身が、次の展開に悩んでたりする。そんな時、私は何か言いたくてうずうずしてしまう。
心が読めるせいで、普通の生活ができなかった私。その唯一の心のよりどころは物語だった。物語だったら、人々の心の中が分かることもない。だから、純粋に楽しめる。そんなわけで、物語を読み漁ってきた私なら、わりといいアドバイスができると思うんだけど……。
でも、できるわけない。頭の中を盗み見れるなんてばれたら、ルシウス様は私のことをいとわしく、気味悪く思うにきまってる。最悪離縁されてしまうだろう。
だから、私たちは表面上では、どこまでも冷め切った夫婦をやるしかなかった。
*
そんなある日、私が城下町に遊びに行くと、ルシウス様は何も言わずについてきた。道中一言も喋ろうとせず、相変わらずのクールフェイスでただただ隣にいる旦那様。彼がいったい何を考えていたかというと——
『忙しいことを言い訳に、流石にノルン殿を放っておきすぎた。夫婦なら、仲良く出かけるものだろうし、これでノルン殿の気持ちが少しでもほぐれるといいが』
いや、私は心の中が分かるからいいけど、そうじゃなかったら、ただついてくるだけの怖い人だからな。普通の妻だったら、心がほぐれるどころか、あなたの意味わからなさへの恐怖でがっちがちになるけどな。
『しかし、デートというのは楽しいな。いつもは行かない場所に連れていってもらえる』
どうやら、この人は楽しんでいるらしい。その割には、むしろ不機嫌みたいな顔をしてるから、本当に紛らわしい人だな、と思う。
歩き回りながら、私たちは一軒の小物店に立ち寄った。かわいらしいモチーフのネックレスが並ぶ中、うわっ、ドラゴン・ソードじゃないか、これ。中二病ならみんな大好きマストアイテム、ドラゴン・ソードのネックレスがそこにあった。
『ふっ……まさか、こんなところで貴様と出会えるとはな……』
案の定、我が旦那様は見事に夢中になってる。表面上は冷静に見えるけど、内心ではにやにやなんだよな。
それがなんだかかわいくて、きっと気持ちが緩んでしまったんだろう。
「このデザイン、ドラゴン・キングダムの紋章に似てますねー」
ついそう口にしてしまった途端、自分がとんでもないことをしでかしたと、私は気付いた。
「なぜあなたが、ドラゴン・キングダムのことを知っている……」
恐る恐る隣を向くと、ルシウス様が血の気の失せた顔で私を凝視している。
『まさかノルン殿はドラゴン・ナイトのことを知って……!? なぜだ! なぜ知っている! いや、そんなことはもうどうでもいい。ドラゴン・ナイトを知られたからには、私はもう死ぬしか……』
「ちょちょちょ、死ぬのはまだ早いですって! 思いとどまってください!」
私は慌てて叫んで、そしてまた盛大に墓穴を掘ったことに気付いた。
「まさか心が読める……のか?」
その瞬間、私の人生終了を告げる鐘の音が鳴り響いた。
*
その後、私たちはカフェに入った。
「つまり、あなたには人の心を読む能力があり、他人の——私の考えていることが筒抜けだと、そういうことなのか」
「……はい」
ついにばれてしまった。私は震える。ルシウス様の心の声を聞くのが怖い。絶対に怒ってるにきまってるもん——
『凄い! 本物の魔法だ! ノルン殿は魔法使いだったのだ! まさか、現実世界にファンタジー要素があるとは! おお、神よ、感謝します! こんな素晴らしい方とめぐり合わせてくれたことを!』
あれ? なんだか物凄く喜んでる……?
『そうだ、ずっとやってみたかった、例のあれをやらせてくれないか。ノルン、ノルン、聞こえていますか……? 私はあなたたちの呼ぶ神というもの……。今、あなたの脳内に直接語り掛けています……』
「念話ごっこして遊ぶな!」
『まあまあ、ノルン殿。この力は便利だぞ。口に出すのが憚られるような恥ずかしいことも、念じるだけで伝えられる。ちなみに私は、会議中、今ここにテロリストが入ってきたらどうしよう、という妄想をよくしているのだ』
「確かに恥ずかしいけども、わざわざそれを告げる必要が、今、どこにあった!?」
「あの人、さっきから一人で叫んでるわよ……」
「怖いわ……」
しまった。客たちが、完全に私をやばい奴認定してる。でも、私、悪くないんです! 全部、目の前のすまし顔の男が悪いんです! なんて、分かってもらえないか……。
「というか、旦那様は適応が早すぎます。普通なら、もっと嫌がるはずです、こんな能力。気持ち悪いし、何より一緒にいたくないと、そう思うに決まってるんです」
あれはまだ小さかった頃。私の両親は仲が良いことで有名だった。
「世界一愛してるよ」
その日、お父様はお母様にそう言った。だけど——
「噓はだめだよ、お父様! お父様が好きなのは、ミアっていう人でしょ?」
私の言葉に、場は凍り付いた。
「だって、お父様、いっつもミアのこと考えてるんだもん。この後も、ミアのためにネックレス買ってあげるんだよね。どっちの色にするか、ずっと悩んで……」
次の瞬間、私は思い切りお父様に張り倒されていた。あの血の気の失せた顔が、恐怖に見開かれた瞳が、今でも心に焼き付いている。
私のせいで、夫婦仲は最悪になった。両親、兄姉は私のことを憎んだし、また怖がった。気持ち悪い。そばにいてほしくない。常に注がれるそんな心の声を浴びながら、私は息をひそめて生きるようになった。
もしかすると、家族は私の異常さは治ったと思ってるのかもしれない。でも、人の心の声は、相変わらず私の中に容赦なく流れ込み続けていた。
人の汚い部分全てを分かってしまう私が、人とうまくやれるわけがない。私は人と関われない。そういう星の下に生まれてきたんだ。ずっとそう思ってた。
『そうだな、ドラゴン・ナイトを知られたと分かった時には、あまりの恥ずかしさに自殺しようと思った』
と、ルシウス様。
やっぱりこの能力は、私を、そしてそれ以上に人を傷付けてしまうものなんだ……。
『だが、それ以上に、知ってもらえて嬉しかった。私は昔から自分の気持ちを表に出すのが苦手でな。決まった言葉、表情しか出せないのだ。持ち前の妄想癖も、知られてしまえば、周囲からどう思われるか。きっとみんな、私を気持ち悪いと思い、遠ざけようとする。そう思えば思うほど、人の前で何も言えなくなっていた。
しかし、自分で自分を隠しながらも、誰かに自分を分かってほしいという、そんな矛盾した願いもまた、胸の内にあり続けた。そこに現れたのが、ノルン殿、あなただ。今まで誰にも打ち明けられなかった、私の内面。ノルン殿はそれを知ったうえで、態度を変えることなく接してくれた。妻のままでいてくれた。私を受け入れてくれた。そして何より、ドラゴン・キングダムを覚えていてくれた。私はそれが、本当に嬉しかったのだ。
あなたの力には感謝しても、嫌がることなどありえない。そして、ノルン殿には、こんな私でよいのなら、これからもずっとそばにいてほしいと思っている』
これが噓なんかじゃない、心からの気持ちであることは、疑いようのない事実だった。この人は、心から私を……。胸の奥がじん、と熱くなって、涙がこぼれそうになる。
まあ、ドラゴン・キングダムというパワーワードのせいで、感動がちょっと失われて、泣くことは回避できたけど。まったく、かっこつかないな。でも、そんな旦那様のことが、私は——
『そ、それで、教えてほしいのだ』
「何をです?」
『あ、あれだ。ドラゴン・ナイトの感想だ。十三歳の時に思いついて以来、ずっと考え続けていた力作。愛、友情、そしてそれぞれの運命が交錯する、大冒険ロマンス活劇なのだ……!』
あれれ、ルシウス様って、今、二十三歳だったよね? ということは、この人、十年間ずっとドラゴン・ナイト状態だったの? これはまた、かなり重症ですこと。
『あっ、ちょっと待ってくれ。心の準備が……。やっぱり、教えるのは後にしてくれないか。そうだ、手紙にしてくれると嬉しいかもしれない。一人でこっそり読む……いや、恥ずかしい! やっぱり今のはなし……』
「私、好きですよ、ドラゴン・ナイト。すっごく面白いと思います」
そう微笑むと、
『そ、それは本当か!』
と、ルシウス様の心の声が飛び跳ねる。
もちろん最初は、めっちゃ中二だな、というそれだけだった。だけど、中二だろうが、面白いものは面白い。ドラゴン・ナイトは王道を押さえて、展開も痛快、キャラクターの設定もしっかりしてる。私以外にも、多くの人に刺さる作品だと思う。
「ですが、いくつか気になる点があります。ここを改善すれば、ドラゴン・ナイトはもっと良くなるはずです」
この力がばれた今、ようやく堂々とドラゴン・ナイトに口を出せる! 腕が鳴るぜ! 私の自称プロ読者意識に火が付いた。
「まず、出てくる女の子が全員、主人公に恋する、安直なハーレム展開。主人公もそれにまんざらでもない態度を取る。これはいかがなものでしょう?」
『ドラゴニアはかっこいいからな。もててしまうのは仕方ないのだ』
「だけど、ドラゴニアはララティーヌが好きなわけですよね? そこらへんははっきりさせないとヘイトが向いちゃいますよ。硬派な主人公なら、なおさらです」
『な、なるほど……』
「次に……」
その日から、私と旦那様の不思議な関係が始まった。私は正式にドラゴン・ナイトの読者として認められ、アドバイス権を手に入れた。そして日夜、二人でドラゴン・ナイト談義に花を咲かせているのだ。
それにしても、ルシウス様がこんなに面白い人だったなんて。この人の内面を知れないままだったら、どうなってたんだろう。たまに考えて、怖くなる。
この力のせいで、今まで、知りたくないことばかり知ってきた。人が隠すのは、全部、汚くて嫌なものだった。だけど、隠れてるのは汚いものだけじゃない。表面からでは分からない、面白い部分が人にはある。私の力は、それを見つけられる力なんだ。ルシウス様のおかげで、そう思えるようになった。
ある日、ルシウス様が仕事に行った後、私は以前一緒に行った小物店を再訪し、ドラゴン・ソードのネックレスを購入した。(ちなみに店員に、こいつ、まじか、という目で見られた。)
きっと旦那様は、照れて自分では買えないんだろうな。そう思うと、自然と口元が緩んできて、え、なんでにやついてるの、私? こ、これは日頃の感謝を込めてだから。深い意味はないんだから。
だけど、その日を皮切りに、ルシウス様は突然屋敷に帰って来なくなった。召使いが言うことには、仕事が忙しいのだとか。それでも今までは、遅くても夜には帰ってきてたのに……。どうしていきなりこんなことに? まるで私に会いたくないみたいに……。
私にばれたくない隠し事でもできたんだろうか。なんだろう。もしも他に好きな女性ができてたら……って、こんなことを気にするなんて、どうかしてる。私たちは元々残り物同士でくっついた夫婦。恋愛感情なんてない。それが、偶然の重なり合いで仲良くなれただけで、だから、それでもう十分なはずなのに……。
なんて、私、本当に馬鹿だ。人の心の声が聞こえても、自分の心の声は全然聞こえてなかった。もう正直になるしかない。私はルシウス様のことが好きで、きっと恋してしまってるんだ。
一週間がたった夜、ようやくルシウス様が帰ってきたと、メイドが私の部屋に知らせにきた。
「旦那様、お帰りなさいませ」
私は平然を装って、エントランスまで下りて行った。
「ノルン殿、報告があるのだ。読んでくれ」
と、ルシウス様。
どうしよう。心を読むのが怖い……。
『一週間前、ドラゴン・ナイトの原稿を持って、街の掲示板運営団体と掛け合ってきた。今日の昼、なんと選考を突破して、掲載が決定……』
「うわあ、おめでとうございます!」
心を読みきる前に、私は叫んだ。それに、周囲の使用人たちは訳が分からないでいる。
「サプライズをしたくて、ノルン殿には隠すことにしたのだが、あなたに隠し事をするには、帰らないという手しかなくてな。心配をかけてすまなかった」
唯一理解してるルシウス様が、そう言って頭を下げる。
「じゃあ、これは掲載決定記念プレゼントですね」
私はずっと持っていたドラゴン・ソードを、ようやくその手に渡す。
『私のために、わざわざこれを……』
その時、今までぴくりとも動かなかった表情が、少し、本当に少しだけど、ほころんで見えた。
『ノルン殿、大好きだ』
その心の声に、顔が熱くなる。
「いつかその言葉、旦那様の口から直接聞かせてください」
『私の気持ちは伝わっていないか?』
「それでも、口で言ってほしいんです。いつか、勇気を出して」
私が見つめると、ルシウス様は、
「努力しよう」
と、ドラゴン・ソードを握りしめた。
最後まで読んでくださりありがとうございます! まだまだ勉強中ですので、ご意見、アドバイスなどいただけると嬉しいです!