4・「新」~界賊
「世界」を移動する無謀な渡り鳥の集団がいた。様々な世界の宝を追い求める盗賊。「気流」の恐怖をものともしない命知らず達。
そんな彼らを人々は「界賊」と呼んだ。
そんな「界賊」達がここにもいる。
漆黒の闇、夜という時。星が散りばめられた空の世界。本来ならば静寂の世界。だが、今は違う。今宵の夜空は轟音と爆発の戦場だ。
『なめんな!!』
銃口からの一瞬の閃光、暴音。灰色の飛空ユニットをショット式ライフルの弾丸が貫く。
灰色のT・Aが空を暴れ、爆発する。
『お次は!!』
灰色のT・Aを仕留めたパイロットはコックピットの中で舌で唇を濡らし、操縦捍を強く握り、飛空ユニットの出力を上げて夜空の戦場を飛び回る。
この機体に握られた武装はショット式ライフル。特徴的な丸い頭部に吊り上げられた目のようなV字型のカメラアイ。手脚の長いシャープなボディライン。甲虫の背面を似せたような背部飛空ユニット。
この機体の名は《トゥヘル》 空戦に特化した量産T・Aだ。
本来ならば、撃ち落とした機体と同じ灰色。周りを飛ぶ同型の《トゥヘル》は確かに灰色である。
だが、この《トゥヘル》の機体色は〔ライトグリーン〕左肩にはクワガタ虫を模した赤茶色のペインティング。
これは証。世界を渡る〔界賊〕の証明である。『油断してんじゃない!』
ライトグリーンの《トゥヘル》が味方の《トゥヘル》のピンチを助ける。
『すまねぇミリィ!』
助けられた《トゥヘル》からの通信が届く。その通信にパイロットは顔に掛かる長い金髪を揺らしながら一言返した。
『暇があったらあいつらに弾ぶちこめ!!』
『応!!』
旋回し《トゥヘル》同士が離れ、それぞれの空へと飛んでいく。
これは〔界賊〕同士のいさかいである。 敵意を剥き出しにした攻撃には攻撃で返す。利害の一致しない〔界賊〕同士の掟。避けられない戦いである。
『チッ、きりがないよ!』
界賊は舌打ちをした。
敵の数は残り十機。味方機は半分の五機。自機のライフル弾数は残り僅か、他の武装は手首に装備された「トーチ・カッター」のみ。おそらく残り四機の味方も同じ条件であろう。補給無しでの勝算は厳しいものがあった。
(まだ《スタビトル》はあいつらの飛甲艦とドンパチだろうね)
《スタビトル》とはミリィの所属する界賊の飛甲艦の名前。現在、敵艦との交戦中。ミリィ達は離れていた二十機のT・Aの増援を食い止める為に、先行していた。
ここまでなんとか十機のT・Aを仕留める事に成功していたが、確実に限界が近づいていた。
しかし、それは相手も条件は同じといえた。奴らの操る機体は《ベッチェ》ミリィ達の《トゥヘル》とは系列の近い機体である。違うのは真一文字のカメラアイとずんぐりとした手脚。武装も同じショット式ライフル。勝っているのは数だけだ。
「操縦テクならあたしらの方が上だよ!」
ミリィは叫び、《トゥヘル》は急降下し、後方の《ベッチェ》を引き離す。
取り残された《ベッチェ》に味方の《トゥヘル》の銃撃。
敵はこれを下降回避する。
だが、そこに急降下したはずのミリィ機が急上昇し、アッパー気味に右腕が敵機のカメラアイにヒットする。その手にはトーチ・カッター。
火花を挙げて突き刺さる。敵機が弾かれたようにきりもみ回転し、自由を奪われる。そこに容赦の無い味方の銃撃。敵機は爆音と炎を上げて夜空に散った。
「あたしのケツを追いかけたバツさ」
ミリィは捨て台詞を吐いて夜空を飛ぶ。
(残りは、九機!!)
残る敵に迎いミリィ達の《トゥヘル》が突撃を開始する。
一気に片を付ける。そのつもりの突撃だった。
だが、そんなミリィ達の前に
『!!?』
厚い雲を切り裂いて、巨大な黒い飛甲艦がその姿を現した。
ミリィ達の《スタビトル》では無い。敵の飛甲艦だ。
「絶望」の二文字
『来た!!』とミリィが叫ぶ。
「絶望」の二文字? それは否である。
敵の黒い飛甲艦は所々から煙を上げ、よろめいた蛇飛行をしている。 間を置かずに後方からもう一隻の飛甲艦が姿を現した。
前方をゆく黒い飛甲艦ゆり一回り小さいが、その外観は誰の目にも焼き付く奇抜なフォルムだった。
敵の飛甲艦が無骨な黒色、ゴツゴツした海を渡る艦と大差の無いデザインに対して、この飛甲艦は色こそ錆に似た赤茶色と地味目だが、艦主部に対となる謎の巨大武装。まるでそれはクワガタ虫の特徴的な上顎のように見えた。両隣にもやはり対となるレンズが二つ。下腹部には四本の巨大アームがしまいこまれ、その外観はまさに密林に潜む甲虫の王者の一角、クワガタ虫のようであった。
そして、ミリィの《トゥヘル》に施された青いペインティングが挿す通り、この飛甲艦こそ、ミリィ達の牙城であり、帰るべき家でもある界賊飛甲艦。
《スタビトル》である。
『頭の出陣だ! 派手に撃ち上げろ!!』
ミリィ達の通信機に低くしかしよく通る声が響く。
『頭が、出るの!?』
ミリィは驚き、《スタビトル》を見た。
ミリィ達の頭目は滅多に戦場には出ない。しかし、仲間のピンチには自ら出陣をする。つまり、今はミリィ達の状態をピンチと判断したという事か。
《スタビトル》の甲板の一部がせり上がり、〔ダークブルー〕の《トゥヘル》がその姿を現した。
その姿は丸い頭部とシャープなボディラインは他の《トゥヘル》と同じである。しかし、その手脚は他の《トゥヘル》よりもずっと小さく長細かった。握られたショット式ライフルもこの手のマニュピレーターに合わせて作られた特注品であるようだ。長細い脚は機体重量を支えられないのか正座のような形で折り畳まれていた。
それに反比例するかのように背部の飛空ユニットは一回り肥大化しており、まるでナップサックを背負っているようだ。
コックピット内。操縦捍をトンと叩き、握りしめる。パイロットである頭目の切れ長の目がゆっくりと開き、黒と青の疎らに染め上げられた髪が揺れる。
ダークブルーの《トゥヘル》がゆっくりと中空に浮かぶ、折り畳まれた量脚が開いてゆき、脚先にある二つのトーチ・カッターが露になる。最初からこの脚は立ち上がる為に付けられた物ではなかったのだ。攻撃的に突き刺し、切り裂くための脚だ。その姿は吊り目気味のV字カメラアイと合わさると青いテナガバチのようである。
《スタビトル》の両端の装甲がスライドし、ミサイルポッドが現れる。
ダークブルーの《トゥヘル》の頭部が持ち上がり、V字型のカメラアイが鈍く光る。
『撃ち込めえっ!!』
二つのミサイルが前方に撃ち込まれる。それを合図にするように頭目はグリップに力を込め、愛機の名を叫んだ。
『行くよ、《フランナ》!!』
背部飛空ユニットが力強い光を放ち、弾丸の如く《フランナ》が飛び上がった。
ドゴオォッ! 二つのミサイルが敵飛甲艦に直撃し、荒れ狂う炎が噴き上がり、爆発する。近くにいた敵機が捲き込まれ、ぶつかり、三機の《ベッチェ》がまるで玩具のように回転し夜空の塵となった。
蓄積されたダメージが飛甲艦の船体を真っ二つにし、炎の塊となって墜ちていった。
取り残された五機の《ベッチェ》が、母艦の轟沈を目の前にし、一機が戦線を離脱しようと動き出す。
だが、それよりも先にひとつの弾丸が、この機のコックピットを正確に射抜いた。敵機がガクンと一瞬震えるような動きをし、重力に引かれる自由落下を始めた。
ジャコン! と鈍い音がショット式ライフルから響く。高度からの狙撃。ダークブルーの機体が月光の元、妖しく光る。細長い両手脚が敵機に潜在的な恐怖を与える。
コックピットの中で、頭目「コートニー・タウス」が冷徹な瞳を彼らに向ける。
『そちらから仕掛けて来た「戦争」だよ? 逃げられるとは思わないことだね』
冷徹な第二射目を敵機に向ける。
だが
『二機、いない』
標的を付けたスコープ映像の中に映り込むは二機。残る敵は四機だ。二機足りない。逃してしまったのか?
『それは、無い!!』
コートニーが操縦捍を強く握り、フットペダルを慣らす。《フランナ》の飛空ユニットが強い光を放ち、アクロバティックに機体が一回転する。後方から迫る敵機が確認される。脚部のトーチ・カッターが光り、そのまま左脚がカメラアイ、右脚が肩部に突き刺さる。突き刺さった部分から火花が散り、溶解熱を送り込む。
『なかなか良い考えだ。けど』
至近距離からコックピットに向けてショット式ライフルの弾が撃ち込まれ《ベッチェ》が仰け反り、カメラアイからトーチ・カッターが引き抜かれ勢いが付いたまま肩部に刺さったトーチ・カッターが敵機の片腕を焼き斬り踊るように中空を舞った。
『アタシには届かない』
V字カメラアイが鈍く光る。恐らく、目の前の《ベッチェ》のパイロットは絶望的な表情を浮かべている事であろう。だが、そんなものはコートニーには関係無い。ただ冷酷に
『さようなら』
撃ち貫く。
短い爆発音。合計十八機の《ベッチェ》が夜空の闇に消えていく。残りは二機。
その二機が、武装を放り出し、急降下を始める。明らかな敗走。完全な戦闘意欲の喪失。
『言ったろ? 逃がさないと』
《フランナ》も急降下を始める。この場から逃がす事など微塵も考えてはいない。ただ、ただ、最後のひとりまで倒すのみ。
『アタシの家族に手を出したあんたらは、ここで終わるしか道は無いのさ』
戦場は深い密林の大地。〔ドゥードの森〕に移る。
二機の《ベッチェ》は限界を超えた降下から、即座に進路を取ってドゥードの森の上空を飛んだ。逃げる。どこまでも、だがしかし、青き追撃者はそれを許しはしない。軽量化の施された《フランナ》と元々の《トゥヘル》よりも重いノーマルの《ベッチェ》では、この敗走劇は意味を為さないものとなっていた。
一機の《ベッチェ》はなぶられるように両手脚、頭部が後方からの射撃で、撃ち貫かれ、残された胴体部はトーチ・カッターの溶解熱で完全に切断され森へと墜ちた。
残る最後の《ベッチェ》は、背部飛空ユニットにトーチ・カッターが突き刺さり、《フランナ》の重量が《ベッチェ》へと掛かり、火花を散らしながら、森へと墜ち、ダイレクトにコックピットに伝わるトーチ・カッターの溶解熱で、その活動を停止した。
《フランナ》のトーチ・カッターが引き抜かれ、ドロリと溶けた鉄が木々を燃やした。
『まったく、つまらない戦争だったよ』
本当に、つまらなそうに、コートニーは《フランナ》を空中で静止させ、辺りを見回した。
『勝手な襲撃、勝手な終幕。本当に自分勝手な阿呆共だった。アタシの大事な家族を傷つけただけだ』
やっていられない愚痴を溢しながら、コートニーは家族達の迎えを待った。なにか、収穫でもなければ割りに合わない。しかし、敵の物資は全部吹き飛ばしてしまった。コートニー自身の命令で、飛甲艦を沈めてしまった。収穫など期待も望めない。
『??・・・・・・なんだいあれは?』
不意に映った外の映像をコートニーはズームにした。
『樹が、あの部分だけ倒れている?』
何故気付かなかったのだろう? コートニーは《フランナ》をその場所まで、移動させた。
『こいつは・・・・・・』
空中から、それを眺めた時、コートニーは唖然とし
『・・・・・・いいねぇ』
初めてその口に笑みを浮かべた。同時に、《スタビトル》からの通信が入る。
『頭、大丈夫か?』
『バカ兄貴! 頭なら大丈夫に決まってんだろ? あたしらの頭なんだからさ』
『一応、聞いとくもんだろ? なぁ、頭?』
楽しげなミリィとゼスの兄弟喧嘩が聞こえてくる。コートニーはそれを大きな声で笑った。
『頭?』突然の笑い声に、心配気な声が耳に届く。
『ごめんごめん。アタシは大丈夫さ。それよりも早くこっちに来てほしいね』
『了解!』
『あたしが先行して迎えに行く!!』
『おい待てミリィ! お前の機体は整備始めたばっかだろうが!!』
『はん! 《カイト》でもなんでも使って行くんだよ!!』
『いいから、大人しくしてろ!!』
『な――』
ブツンと、賑やかな通信を一旦切って、コートニーはもう一度目の前に映るものをじっくりと眺めた。
『こんなのは初めてだ。間違いなくお宝だよ』
笑みを抑えきれないコートニーの《フランナ》の下に、木々を枕にして横たわる存在。
それは継ぎはぎな手脚を持つ一機の「巨人」だった。
――最高に、楽しみだ。