3・「巨人」~起動・咆光
表現に迷ったのですが、ロボット物ならこれは普通かなと思い、このままで行くことにしました。
やっぱ問題かなと思ったら書き直します。
ドスン! と体をしこたま打ち付ける全身の痛みにガンは声にならない空気の塊を吐き出した。
(いったい、どうなった? 確か俺達は・・・・・・)
ガンは思い出す。自分とリタがどうなったのかを。
あのノッペリ顔の巨人達に捕まってしまったのだ。
ガンはゆっくりと目を開ける。最初に確認をしたのは、腕の中にある温もり。
「リタ」
大丈夫。自分の腕の中に彼女はいる。限りなく白に近い銀の髪が鼻を擽る。
綺麗な白い顔はガンの胸に踞って確認をすることはできないが、リタがそこにいるだけでガンは束の間の安心をした。
だが、今は真の安心を得ることはできなかった。
いま、自分達がどんな状況にいるのか、ガンは確認をしなければならなかった。
周りは妙に埃っぽく、工業油のような臭いが鼻を突く。そして、とても冷たい風がガンの体を突き抜けていく。耳には静かな風の音しか聞こえない。先程の爆撃の音がウソのようだ。
ここは奴らの基地かなにかだろうか? しかし、なぜ自分達は拘束もされていないのだろう?
ガンは恐る恐る、顔を上げてみた。自分達のいる場所を確認する必要があった。
「!!?」
冷静でいるつもりだった。だが、ガンは冷静になることはできなかった。
ガンの視界に最初に入ってきたものは衝撃的だった。
「デカ・・・・・・ブツ?」
そこには、ガンのよく知っている巨人の姿があった。
「デカブツ」ガンの祖父の代で〔発掘〕された「トレース・アーム」この街の、この鉱山に必要な存在。
見下ろすように、そこにいる。すごく近い距離で、継ぎはぎだらけのボディを、まるで背中をもたらせるように、脚を投げ出した人形のような姿で、そこに「デカブツ」がいた。
操縦席をむき出しにして、ガンとリタを見つめていた。
「なんで・・・・・・デカブツが」
辺りをもう一度見回す。
ボコボコとした岩肌が目立つ薄暗い空間。ここにガンは見覚えがある。毎日通っている場所。
「ここは、鉱山か?」
それもかなり深い所に思える。
しかし、なぜ鉱山に? こんなところに自分達を置き去りにしてあいつらは何がしたい? それに、デカブツだ。ここはデカブツが保管されている倉庫ではない。
大事なデカブツをこんなガラクタのように鉱山のみんなが放置するわけがない。
「本物、だよな?」
ガンはリタを抱えたまま、操縦席へと歩く。ちょうど進む道と操縦席がは平行になっていた。
「やっぱり、こいつ、デカブツ」
近づいてみて確信できた。操縦席、ガンがシートにキズを付けてしまった跡がある。こんなもの二つとありはしない。
「火が、入ってるのか?」
明滅するランプ類が目に入る。もしかしたらこれは動くかもしれない。
ガンはリタを抱えたまま操縦席へと腰を落とす。
「ごめん、リタ。少しの間、我慢してくれ」
意識の無いリタをそっと後ろにあるもうひとつのシートに乗せて、シートベルトを締める。
「・・・・・・」
静かに操縦レバーを握る。しっくりとくる。いつものデカブツの感覚だ。
「こいつなら、あいつらと」
戦える。あの蹂躙者共を追い払える。
「みてろ」
ガンは静かにデカブツの起動ボタンを押す。
ブンと短く低い音が響き、操縦席の外部カバーが競り上がり、合着した。
まるでガンを飲み込むように、操縦席が軽い振動と共に動き、光を灯す。
デカブツが、ゆっくりと起動した。
「なんだ、なにがどうなった!!?」
『わかりません! 本隊の応答がありません』
彼ら、蹂躙者達は混乱していた。先程までは確かに街中にいたはずだった。
街を破壊し、目標を捕獲する。彼らは〔上〕からの命令を着実に遂行していた。
だが、その目標の捕獲を開始した時、異変が起きた。
突如、彼らは機体ごとこの謎の空間に移動していた。
薄暗い坑道らしき場所。下には古びたレールが幾重にも敷かれていた。長く暗い洞窟の世界。明かりは機体の光のみ。
「冗談ではないぞ」
隊長らしき男が呟いた。
「こんな世界から〔遅れた世界〕で妙な出来事に出くわすなどと」
この声は、機体越しのスピーカーには聞き取れない声だった。六機の部下達に、この後の呟きは届かない。
「もしも、戻れなかったら・・・・・・ふざけるな、俺はこんな「ノフェス」のコックピットを棺桶にするつもりはない」
男は脅えた。この訳の解らない現象に。
恐怖。肝の小さな男にはたまらない恐怖。ほぼはったりだけで通してきた威張り散らす事が仕事のような男には、耐えられない恐怖。
そして、男は部下の言葉を聞きそびれていた。
『隊長。なにか音が聞こえませんか?』
「なに?」
男は再度部下の言葉を聞こうとした。
だが、次の瞬間
『!!? ァァッッ!!!?』
その部下の真上の天井が崩れ、部下を呑み込んだ。
「・・・・・・ぁ」
男を含めた全員が、なにが起きたか解らず。呆けた声を漏らした。
もうもうと立ち込める暗闇の中の煙。
「!!?」
その煙の中で何かが光り。キュイイと機械音をならし、男の方を向いた。
「なんだ」
煙が晴れていき、その姿を現す。
「なんだこれは!!!?」
隊長の叫びと共に「それ」は巨大な姿を現した。
『と、トレース・アーム?』
「バカな! こんな馬鹿デカイT・Aがあってたまるか!!?」
部下の呆けた言葉に男は怒声を浴びせた。しかし、この言葉は無意識に自分にも投げ掛けていた。
こんな巨大な物があるわけがない。こんなのはおかしい。
しかし、目の前に「それ」は存在する。
動かしようの無い事実がそこにある。
それは男たちの乗る量産機〔ノフェス〕の倍。まるで幼児と大人程の開きがあった。
そのボディは頭部と胸部以外は恐ろしくバラバラに組み込まれており、継ぎはぎのスクラップ。まるでフランケンシュタインの怪物を想わせるアンバランスな機体。
その片腕には冗談と思いたくなるような何かがあった。それは巨大で先端が鋭利に尖っていた。何かを貫くための物に違いない。
その巨大な腕の先に、仲間のノフェスがいた。胸部を押さえつける形で地面に組み伏せられていた。
『く、そ。なんだ?』
部下のノフェスからの応答が男の耳に届く。
だが、その声はすぐに
『な、おい? うぁ、ウアアァァッッッ!!!?』
悲鳴へと変わり、男の、その他の部下にも届く。
ミシミシと金属がへしゃげる音が不気味に響き、断末魔の絶叫と同時に。
バキャリ! と、目の前のノフェスが巨大な腕に潰された。
巨大な頭部が男たちを見下ろす。
その目元はヘルメットを目深に被ったような出っぱりがあり、その口元は歯の噛み合わせのように合致したギザギザがあった。
その姿と瞬間の躊躇いの無い殺戮は、男たちには自分達を迎えに来た〔死神〕にしか見えなかった。
男の中で何かが切れ、狂ったように、部下達に命令を下した。
「撃てエェッッッ! コックピットを狙え! この化け物を、化け物を、やれえぇっっ!!?」
男の号令と共に胸部にマシンガン式ライフルの弾が撃ち込まれた。
ガンは操縦席の中で荒く息を吐いていた。指が張り付いたように動かなかった。
やつらに対する怒り、街を破壊された、街のみんなを恐怖に落とした、大事な人たちを、自分の生きてきた世界の全てを蹂躙された怒り。その怒りに身を任せて、デカブツの腕に捉えていたやつらの機体を押し潰してしまった。いくらロボットの、レバー越しに感じる振動といえどもあまり気持ちのよい感触ではなかった。
「だけど、〔操縦席〕は外したよな?」
〔胸部〕に向かって潰したのだ。〔操縦席〕は無事のはずだ。 運がよければ生きているはず。
自分はやつらのような人殺しにはなっていない。
少しばかりの自分に対する慰め、その時、やつらに動きがあった。こちらに向かって攻撃を仕掛けてきた。
「こいつら、〔胸〕を集中的に。〔動力部〕狙いのつもりかよ!!」
『敵機〔コックピット〕ほぼダメージありません!?』
「バカな!? これだけの近距離、これだけの火力だぞ!? 壊れないはずがないだろ!!?」
彼らの〔胸部〕への攻撃はデカブツには全く通用していなかった。
「そんなところ。そこは〔空っぽ〕なんだよ!」
「そんな、〔コックピット〕周りは頑丈だということか!?」
両者の「常識」にはずれがあった。
かたや、〔コックピット〕は〔胸部〕にあるという「常識」
かたや、〔操縦席〕は〔胸部〕では無いという「常識」
このずれが、ガンの知らない所で、初めての「人殺し」を起こしてしまった。
ガンは気付かない。エコーに存在するT・Aはこのデカブツのみ。そのデカブツの操縦席は〔首〕にある。
そして、大人と幼児ほどの大きさの違い。この違いがガンの「常識」からの推測で〔頭部〕にあると思い込ませた。
そして男たち側も「常識」から〔胸部〕に存在するという固定概念から抜け出せずにいた。
「俺は、お前たちとは、違うんだ!!」
気づかぬままに、ガンは一機のノフェスの胸部に向けて、腕に装備された鋭利な突起物。本来ならば削岩に使用される〔スパイク・アンカー〕を打ち込んだ。
鋭く貫かれる鈍い金属の音と甲高い〔スパイク・アンカー〕の起動音が響き、一機のノフェスが胴体部を貫かれ、後方に消し飛んだ。
完全に〔コックピット〕を狙ったこの一撃にその場にいた全員に絶望的な恐怖が走る。
――この化け物は俺達を殺すつもりだ!?
彼らは恐怖に駆られ、無茶苦茶な発砲をデカブツに対して開始した。
「こいつらっ!?」
無茶苦茶な発砲は操縦席のある「首」にも命中する。だが、胸部と頭部に対しての発砲はダメージといえるダメージにはならなかった。
だが
「この!」
ガンは無意識に左腕で操縦席を庇ってしまった。ひとりであったならば、気にも止めなかったのかもしれない。しかし、操縦席にはまだ意識の戻らないリタもいる。それがガンの無意識に訴えてしまったのかもしれない。
たが、この無意識の庇いが、デカブツの弱点を露呈させてしまうことになってしまった。
左腕の継ぎ目にマシンガン弾が、着弾する。
「しまっ!?」
左腕の継ぎ目の一部が爆発し、装甲板が剥がれ落ちる。
「ふふ」
男が笑う。絶望から形勢逆転の光が見え、唇を歪ませ、瞳をギラつかせ酷い顔で笑う。
「勝てるぞ! 継ぎ目を狙え!! ヘハハ! 腕にも、脚にも、狙い撃ちだ!!」
『ハッ!!』
弾丸を継ぎ目に撃ち込むべく、四機のノフェスが先程よりも狙い定めた射撃を開始する。
「くっそぅっ!!」
ガンは焦った。まだノフェス達の光明を見いだした嬉々とした攻撃は上手く継ぎ目には当たらずこちらに大したダメージは左腕以外には奇跡的に通ってはいないがそれも時間の問題といえた。
「ここは、逃げる!!」
ガンはデカブツの両脚を足下の二つのレールに乗せ、片手のサイドレバーを即座に切り替え、ペダルを全力で踏んだ。
『なっ!!』
デカブツの足下に強烈な火花が散り、巨体がつんざくような金属音と共に高スピードで後退を開始した。
デカブツの脚部に搭載されたトロッコローラーが力を発揮した瞬間であった。
「逃がすな追え!!」
ここで逃せばあの化け物を倒すチャンスが無くなる。男の叫びと共に四機のノフェスの背部に装備された飛空ユニットが展開し、デカブツの追撃を仕掛けた。
「クッ!!?」
スピードの上がったデカブツを執拗に飛空ユニットによる飛行速度の追撃にガンは唇を噛んだ。
逃げることで手一杯で、ノフェスの攻撃を祓うことできない。このデカブツは兵器ではない。採掘機械とでも呼べるT・Aなのだ。射撃系武器など持ち合わせていない。あるのは腕に装備されたスパイク・アンカーのみ。しかし、これは隙が大きすぎる。外してしまえば、致命的となる。
「・・・・・・切れろ」
ここにはリタもいるのだ。絶対に生き延びなければならない。ガンは祈りながら後退を続ける。
「タマァッ! 早く切れろよっ!!」
この攻撃の手が緩むのを。祈って逃げるしかなかった。
「グウゥッッ!?」
右腕の継ぎ目に攻撃が当たる。
「くそっ、くそおぉっっ!!」
続いて両脚に直撃し、爆発が連鎖で起こり、デカブツの巨体が揺れ、レールから崩れ落ちそうになる。
「ダメかよ、ダメなのかよおっ!!」
ガンの歯の奥がギリリとなり、機体のバランスを全力で取ろうとする。洪水のような火花が前方に散り、ノフェス達の攻撃の手が一瞬緩み、同時にデカブツが開けた場所に出た。
「まだ」
ガンの瞳に左の空洞部が見えた。
「諦めてたまるかああァッッッ!!?」
瞬時に装甲板の殆ど外れた左腕を斜め横に突き出し、スパイク・アンカーをワイヤーアタッチの開放で打ち込んだ。
左空洞部の真上にスパイクアンカーが打ち込まれ、高速でワイヤーが巻き戻されデカブツの巨体がレールから離れ、真横に飛んだ。
『逃すかっ!!』
だが、この思惑にいち早く気付いた一機のノフェスが腕部からトーチ・カッターを引き抜き、投げつける。
投げたトーチ・カッターがすれ違うデカブツの右脚の継ぎ目に直撃し、溶解、爆発する。
「そ、んな」
ガンは愕然とした。これでは、向こう側に着いても逃げる事が叶わない。このままでは終わってしまう。リタも、自分も。
(守れないのか俺は。この街を、みんなを、リタを)
巨体が岩壁にぶつかり、デカブツは大地に崩れ落ちた。
「ウハハハ! 良くやったぞ! よし、あの忌々しい両腕を破壊しパイロットを引きずり出すぞ。俺の手でぶち殺してやる!!」
男は酷い笑い声を挙げながら目の前の自分達に恐怖を与えた憎き化け物の元へと飛空ユニットを加速させ、急いだ。
(終わるのか? こんなところで?)
ガンは小さく震えた。
(こいつならいけるって、みんな護れるって、息巻いて、これか?)
結局なんの力も無かった自分が許せなかった。先祖達の遺してくれた。受け継がれてきた鉱山という財産を傷付けてまで、抗った結果がこれだという事が許せなかった。
自分では何も護れない。街も、鉱山も、街のみんなも、親方もおかみさんも、ロロナもドンも。そして、リタも。
「ウアアァァッッッ!!」
ガンは叫んだ。近づいてくる蹂躙者ノフェス達をモニター越しに睨み付けながら、自分に怒りながら叫んだ。
もう、抗う術は本当に無いのか?
「・・・・・・ァ」
その時、ガンの後ろで声が漏れた。
「リタ?」
リタが目を覚ましたのか? ガンは前からでは見えないリタに意識を傾けた。
「ジ・・・・・・エル・・・・・・グ」
リタの唇から奇妙な言葉が漏れる。ガンには聞き取れない声で。ガンは耳を棲ます。それでも聞き取れない声でリタは呟き
「オル・・・・・・ギー・・・・・・ガ」
閉じた瞳を開く。その瞳は「深い」紫色。
崩れ落ちたデカブツに突如変化が起きる。ヘルメットを目深に被ったような出っぱりが縦に割れ、人でいう「こめかみ」の箇所に移動し、その下に隠された二つのカメラアイが露となる。そこから漏れ出す「紫色」の光が鈍く辺りを照らし、立ち上がれるはずのない両の脚で立ち上がる。
「こいつ、まだ立ち上がれて!?」
男達は驚き、ライフルの銃口を目の前の存在に向ける。
「なんだ、何が起きたんだよ!?」
ガンはいま起きている事を出来なかった。立ち上がっている。デカブツが。自分は全く〔操縦をしていない〕のに。
デカブツの胸部が開く。そこは発掘された時からがらんどうの空間だった。その後もなにも組み込んではいない。ただ、鉱石を運ぶ倉庫替わりにしていた部位。だが、いまは
「光?・・・・・・紫色?」
煌々と輝く〔紫の光〕がその全てを覆い尽くしていた。その輝きに一瞬、男達は目を奪われた。
だが、その一瞬のうちに
「・・・・・・パクト」
男達はこの世から消し飛んだ。リタの最後の呟きと共に解き放たれた胸部の紫の光が男達のノフェスを呑み込んだのだ。
そして、光は勢いを増し
「アアアアァァァッッッッッッ!!?」
ガンとリタをも呑み込み
「な、なんだこれは!!」
「ぬああぁぁっっ!!?」
鉱山を突き破り、エコーの街を我が物顔で飛行していた戦艦をも呑み込んだ。
エコーの住人はこの一筋の紫の光を見上げていた。誰ひとりとして、下を向いてるものはいなかった。
親方も、おかみさんも、ロロナも、ドンも見上げていた。
「綺麗だなぁ」
先程まで怯えていたロロナはドンの首に抱きついたまま、素直な言葉を口に漏らした。
そして、この言葉から遅れること数秒。紫の光はこの「世界」から消えた。
発した者も共に。
「そうですか。ご苦労さまです」
報告を受けたオールバックの男は食事を中断し口元をナプキンで拭い、口の端を歪ませた。
「クク、〔取り残された世界〕から、「気流」も使わずに跳びましたか」
そして手を叩いてこの場にいない者に賞賛の拍手を贈った。
「さすがです。しかして、あの世界で貴女は・・・・・・今度は誰を〔道連れ〕に選んだのでしょう。無意識のうちに、ねえ」
フォークでグラスを叩き、男は楽しそうに、とても楽しそうに笑った。
「「妖精の姫君」よ。必ず我が手に、戻ってきますよ。より美しく、恐ろしく、ねえ? ねえ? ク、ハハハハ!!?」
男は高笑いを挙げながら白いシルクハットを目深に被り、自室を後にした。
目元に、「赤い」なにかをギラつかせながら。
「踊りましょう。大切なものを壊しながら、私と共に踊りましょう。逃げられません。ねえ? 軽やかに」
久方ぶりに書きました。矛盾だらけですけど楽しんで頂けたら嬉しいです。