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2・紫の瞳の「少女」~二

特に衣装を引っ張らなくてもよかったような気がします。

結構普通かな?


 ふらついた足取りで、歩いてきた少女にガンは身体全体が痺れるような衝撃を受けた。


 おかみさんの手により、少女の容姿は大きく変化していた。

 

 白に近い銀色の長い髪は大胆にバッサリと切られ、少し癖の強いセミショートヘアになり、目を覆っていた前髪も切り揃えられ、紫色の瞳はより大きくみえるようになっていた。

 服装はとても奇抜だが、少女によく似合う物だった。


 黒を基調とし、胸回りとウエスト部が白く、フリルはスカート部のみのジャンパースカート。

 ワインレッド色の小さなネクタイ。

 脚を包み込む黒タイツ。

 

 全体的にシックに纏められているこの服装は少女をとても魅力的な女の子に魅せてくれる。



 カクッと首を傾げると、とても愛らしく。まるで「妖精」を思わせた。


 「すっごい! お姫さまだ!!」


ロロナが両手を広げてピョンピョンと子犬のように跳び跳ねて、子供らしい素直な言葉を言った。


 「お姫さま」 という表現はとても的を獲ていた。

 少女はとても高貴な存在に思えた。もしも、少女に微笑みという魔法を向けられたら、年の近い青少年達は、心を奪われてしまうであろう。


 ガンは今までよりも更に強く、少女から瞳を離せなくなっていた。心を何かが締め付けるような、このたまらないものは、なんなのだろうか?

ガンには、解らない。今の少女の言葉を聞くと、どうにかなってしまいそうにも思えた。


 「うんうん、嬉しい反応をしてくれるじゃないさ」


おかみさんはかなり満足げに頷いた。


 「あのよ、その服。まさか」


満足げなおかみさんに親方がなにか気になる少女の服装の元になっている物について尋ねた。


 「ああ、あたしの娘時代の祭衣装さ。あんたがあたしに初めて声を掛けてきた時のね」


「てめ! 子供の前で言うんじゃねえよ!?」


親方が慌てておかみさんの口を塞ごうとするが、おかみさんはそれをパシンと払いのけて軽く睨む。


 「なんだい、慌ててからに。こっ恥ずかしい想い出でもあるまいに、あんたあの時なにもして来なかったじゃないさ」


「ばっ! おい、俺はあの時死ぬほど!?」


なにか言おうとして親方は口を抑えた。どうやら、この想い出は親方にとってかなり恥ずかしいもののようで


「んぁ? とっちゃん、死ぬほどなんなの?」


我が愛娘の質問にも答えることが出来なかった。そんな親方を見て、おかみさんは軽くため息をひとつ吐いて目線を少女に移すと服の感想を聞いた。



 「どうだい着心地は? どこかきつい所や気に入らない所は?」


「特に無い・・・・けど」


「ん? けど、なんだい?」


少女はおかみさんの服の裾を引っ張って唇を震わせる。


「・・・・おなか・・・・すいた」




少女が言うと同時にク~という音がなった。少女の腹がなったのだ。


 その場にいた全員が思わず笑ってしまった。ロロナにいたっては子供らしい楽しげな声でキャッ、キャッと笑った。

 ガンも自然と口の端を上がる。手で押さえて口元を隠して耐えようとするが、どうにも無理そうであった。

 あんなにも奇妙だった感覚が和らいでいる。完全に取り払われてはいないが、いままでとは少し違う感覚がガンの中で生まれていた。やはりなにかはよく解らないが、例えるなら優しい感覚であろうか? こるをなんと呼べばよい感覚なのか、ガンにはよくわからなかった。


 「そんじゃ、みんなで飯でも食うか! ガン、お前も食ってくだろ?」


「うす、いただきます」


断る理由はなかったのでガンは頷く。


 「みんなでごっはん~!!」


ロロナは嬉しくてしょうがないのかおかみさんのスカートに掴まってブンブンと興奮しながら振り回した。


 「コラ! 少し落ち着きな!!」


そういうとおかみさんはロロナを持ち上げておでこを小突いた。

 

 「ごめん! キャハ!!」


ロロナはごめんなさいをしながらウキャキャと笑った。


 「よし、嬉しいのはよくわかったから、お利口に」


降ろしてやるとロロナは少女に向かってニンマリと笑って


「ごはんだって! よかったね!」


と言った。


 「・・・・ん」


少女はまっすぐなロロナの笑顔に瞳を動かし、コクリと頷いた。


 「それじゃ、準備しようかね」


「ロロは!」


両手を広げて、お手伝いしたいと元気にアピールする。


「ん、もちろんお願いするよロロ」


おかみさんはそれを微笑ましく思いながらお手伝いをお願いした。


 「はいはいは~い!」


ロロナは母にお手伝いをお願いされたことが嬉しいのか何度もハイを繰り返しながら少女に向き直り


「一緒にやろ!」


と、誘った。


「・・・・・・・・一緒?」

少し黙ってから、少女は再度自身を指挿して確認をする。


 「ん・・・・・・一緒?」


「そだよ! 一緒だよ!」


ロロナは屈託無く笑う。


「・・・・・・・・・・・」


少女は黙ってしまうが、しばらくすると

「ん・・・・やる」


一緒にやることを了解した。


「じゃ、行こ! えっと」


ロロナは少女の手を握ると、あることに気付いて少女に聞いた。


「ねえ! 名前なんていうの? 教えて!」


「・・・・な・・・・まえ?」


名前?



 ガン達はその時になって気付いた。少女の名を聞いていなかったことに。


 「ガン? この子なんていうんだ?」


「あ、いや、なんていうんだろ」


「なんだ、気が付いた時に聞いてねえんか?」


(そういや、なんで名前聞かなかったんだ? 聞けるチャンスいっぱいあったのに)


ロロナが聞かなければ、ずっと聞かなかったんじゃないか?


ガンは何故かそう思った。まったく根拠など無いのだが。


 「・・・・名前・・・・・・・・」


呟いてから、少女は瞳を閉じて少し黙る。やがて、ロロナの笑顔を見ながら自身の名を言った。


 「・・・・リタ・・・・・・・・「リタ・テリューク」・・・・リタ・・・・リタ・・・・リタ」



なぜか、自身の名をゆっくりと何度も呟いた。まるで、噛みしめるように。






 少女、リタはロロナと共に食事の用意を手伝った。といってもロロナが食器を運び、リタがそれをロロナの言われた場所に置くという簡単なものだったが、リタはふらつく足取りとおぼつかない手の動きでとても大変そうに見えた。

 一瞬、がんと親方は手伝おうかと思ったが、なにか与えられた手伝いを懸命にやろうとしているリタを見てやめておいた。

ロロナにも


「お手伝いのじゃまダメ!」


と、釘を刺された。



 おかみさんにより食事が盛りつけられると、全員テーブルの前に座ると、食事前の感謝の祈りを捧げる。皆の様子を見ながらリタも見よう見まねに両手を添えて胸に当てて瞳を閉じる。


 数十秒の祈りが終わり


「それじゃ、みんなでいただきますだ」

親方の合図と共に


「「いただきます」」


皆がそれぞれのいただきますをして食事が始まった。


 「あ、ちょっとまっ!!」


のだが、ロロナがそれを大声で止めた。

 「どうした?」と、皆がロロナの方を向いた。


 「さっきリタちゃん自己紹介した!」


「うん」


「だからロロ達もしないとおかしい!!」


ああ、最もだと思った。確かに名前を教えてもらい、食事も共にする相手にそれはとても失礼なことだった。


  しかし、何故ロロナに言われるまでその事に誰も気付かなかったのだろうか? いつもはそんなことは無いはずなのに。 とても不思議だった。



 「ロロはロロナっていいます!! ロロと呼んでください!!」


先ずは言い出しっぺのロロナが初めになぜか丁寧語で自己紹介した。


 「ん・・・・ロロナ・・・・ロロ」


リタはコクンと頷いて名前を繰り返した。


 「あたしはみんなからはおかみさんて呼ばれるけど、本当はマリーってんだ。よかったらリタちゃんはマリーおばちゃんて呼んでも構わないよ?」


「ん・・・・おかみさん・・・・マリー・・・・マリーおばちゃん」


「ケンだ。ケン・ベルト。ハハ、気楽に親方とでも呼んでくれ!」


「ん・・・・ケン・・・・ケン・ベルト・・・・おやかた」


おかみさんと親方の自己紹介も終わる。リタは同じように名前を繰り返していく。


 「最後はガンちゃんの番だ!」


ロロナの声と共に、リタがこちらを向いた。


 (なんか、緊張すんな。なんでこんな緊張するんだ?)


幾分、和らいでいるものの、あれはまだ現れる。あの奇妙な感覚、リタに見つめられ、見る度に目が離せなくなるあれが。



 だが、苦しいわけではない。もっと別なものだ。大丈夫。いける。


 「ガン、俺、ガン・アーロン。ガンでいい」


緊張を隠しながら、ガンは自己紹介を終えた。


「ん・・・・ガン・・・・ガン・アーロン・・・・」

同じようにリタは名前を繰り返す


「・・・・・・・・テリー」


――え?


「違うよ。ガンちゃん!」


「ん・・・・ガンちゃん」


違う名前を言ったリタはロロナに言われて、同じように復唱する。




 テリー。最初にリタを見つけた時から呟かれたこの名前。

 なんなのだろう? テリーとは?





 「そういや、嬢ちゃんはなんであんな場所にいたんだい?」


食事をしながら親方はリタに聞いてみた。


 「あんな・・・・場所?」


リタはパンを千切りながら首を傾げた。


「おお、そうか。ここに来るまで眠ってたんだもんな。ええと、嬢ちゃんはどっから来たんだい? 「気流」から流れて来たのかい?」


 「よく・・・・わからない?」


リタは質問の意味自体を理解できていない様子だった。


「ああ、おお、ええとなぁ」


「親方、いまはゆっくり食べさしてあげましょうよ」


「え、おお、そうだな。すまねえ嬢ちゃん」


ガンに言われて、親方は質問をやめてリタに謝った。


 「ん・・・・いい」


リタは首を横に降って気にしていないと伝えた。


 「そっか、すまねえ。あ、ガンには感謝しとけよ? 嬢ちゃんを助けたのはこいつなんだから」


「ちょっ、親方!」


「ん? 俺、なんか悪りぃこと言ったか?」


ガンは慌てた。まるで感謝を強要しているように感じたからだ。もちろん親方はそんなことは微塵にも思っていないので首を傾げる。


 「・・・・・・・・・・・・」


それを聞いたリタはジッとガンを見つめる。ガンは向けられる紫色の視線に息を呑んだ。

 そんなガンにリタは一言


「・・・・あの」


「ありが・・・・とう」


リタはたどたどしく、礼を言った。

 その礼の言葉はなんだかむず痒く感じた。


 「母ちゃん。なんでガンちゃんは変な動きしてんの?」


「さぁてね。思春期のアレかもね」


ロロナはよくわからないといった感じで、おかみさんは優しげな笑顔でガンとリタを見つめた。






 「おい、ガン。本当にいいのか泊まんなくて?」


食事を終えたガンは家に帰ろうとバイクに跨がった。


 「ありがたいんすけど、ドンが待ってますんで」


ドンとはガンの祖父ボンが飼っていた犬の名である。祖父が生きていた時はずっと祖父が世話をしてきたが、祖父が亡くなった後はガンが引き続き面倒を見ている。ガンが仕事に行っている間は家にいないらしく。よく街中で見かけて一緒に帰る事が多いのだが、今日はいつもとは違ったので、一匹で家に帰って待っているに違いない。


 「それじゃしゃあねえよな。ん、あの嬢ちゃんはこっちでしばらく面倒みっから、ドン連れて遊びに来い」


「うす、親方の所なら安心す。ちゃんとご飯食べてたし、すぐに元気になるよな」


「おお、ビックリするぐらい食ってたからな!」


二人は食事の時のリタを思い出す。

 リタはあの細い体のどこに入るのだろうというくらい食べた。ボリュームたっぷりなコーンスープもマッシュポテトもしっかりと平らげ、おかわりもしてみんなを驚かしていたが本人はよくわかっていないようだった。

 ガンはリタに対して感じるあの感覚がリタを知っていくことで完全に消えていくのでは考えていた。長い時間を掛けていけばきっと大丈夫。とても素敵な子だと思えるから。


 「・・・・あの」


その時、後ろの方で小さくて、少し掠れた独特な声がした。


 「・・・・・ん」


いつの間にかリタがそこにいた。


「おいおい、そんな格好で! 風邪引いちまうぞ!」


親方は慌ててリタの前に駆け寄った。あのリタに良く似合っている服は腕周りに布地が無いのでとても寒そうに見えるのだ。

 

 「・・・・あの・・・・ね」


それと、リタについて少しだけわかった事がある。 どうやらリタは言葉は知っているが、それをうまく口に出せず、時間が掛かってしまうようだ。そして、歩きが少々覚束ないようで常にふらつくこと。手の感覚が普通とは違うようで食器を片手で持つことはできず。熱いという感覚も鈍いようなのだ。


 「あの・・・・ね」


思考が子供に近く。同じ言葉を何度か繰り返す事がある。


 そして


「・・・・さよなら・・・あいさつ・・・・・いいに」


心は優しい少女だ。

 「そっか、じゃ、ガンにさようならのあいさつしな」


親方はそれを聞くと、優しく言いながらガンの前を開けた。

 「あの・・・・また・・・・ん・・・・・・・・さよなら」




「うん、さよなら。また、明日な」


「あし・・・・た?」


リタはガンの言葉に首を傾げた。


 「うん、明日またくる。迷惑かな?」



 「んん・・・・迷惑じゃない・・・・また・・・・あした」


「!? また明日!!」


ガンはリタが少し笑ったように見えて、胸が熱くなって、慌ててバイクを発進させた。


 「あ! おいガン!! 「デカブツ」の調子戻ったらエリア拡大やるからそれまでしっかり身体休ませとけよ!!」


いきなり発進したガンに後ろから言っていなかった事を大声で言った。


 「ういっす!!」

返事はした。だが、覚えていられるか自信はなかった。その理由は




(そうか俺、そうだ。嬉しいんだよ俺!)


――あの子に、リタに


――またあしたが、嬉しかったんだ。






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