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0・プロローグ

 


 静寂が支配する暗闇の世界。

 この世界を鈍く照らす月の光、その上空、満月は厚い雲を照らす。


 そして・・・・



その厚い雲の一部を切り裂き、満月の世界へと三迅の風が飛び出す。


 静寂と暗闇の世界は終わりを告げ、轟音と重火器の人工的な光が新たな支配者となる。



 『目標、威嚇に応じず速度を緩めません』


『了解、引き続き威嚇射撃を繰り返すぞ。落とすなよ』


『了解』


新たな支配者となったのは天空を支配するには不釣り合いな鋼鉄の人型の形。


 『くそ、しつこい!!』


一機は逃げ、残り二機がそれを追う形となっていた。


 逃げる機体はその機体サイズには不釣り合いな「大型飛空ユニット」を装備した黒の「T・A」《トレース・アーム》

特徴的なバイザー式のアイカメラとガトリング砲の右腕部マニュピレータが逃げる者としては愚鈍なイメージを与える。


 対して、追跡の二機はノッペリとした顔の無い頭部デザインと、機体サイズの釣り合いの取れた「飛空ユニット」のスマートさが追跡者としての不気味さを逃亡者に与えるには十分であろう。

 武器もマシンガン式が一丁ずつである。




 『ぬぅっ!』


執拗なまでの追跡者の威嚇射撃に逃亡者は短い呻きをあげ、機体を斜め上方に傾け、きりもみするような不自然な体制でガトリング砲を追跡者に向かって発射した。

 だが、攻撃は当たらずにただ追跡者の横を掠めただけ、ノッペリとした頭部を少し照らしただけであった。


 追跡者の動作に隙は無く。よく訓練をされた動きだった。



 『艦は五分後に追いつくそうだ。合流まで威嚇を続ける』


『了解』


統率の取れた動きで追跡者達は威嚇射撃を続けながら距離を詰めてゆく。


 「チッ」


コックピットの中で逃亡者は舌打ちをした。自機に規格の合っていない「大型飛空ユニット」を強制的に装着したのが逃亡の足枷になっていた。

 だが、この「大型飛空ユニット」でなければ逃亡の意味はなさなかった。これでなければならなかったのだ。


 (ここで、ここで捕らえられるわけにはいかない!?)


距離を詰めつつある追跡者に操縦管トレースグリップを介して自機トレース・アームのガトリング砲を追跡者に向け発砲する。


 (くっ・・・・)


やはりグリップが思いと少しだけ自機の装備を後悔した。使い慣れした物よりも奴等のようなコントロールしやすいライフルのほうが逃亡には有利であったのではないかと・・・・。


 だが、すぐに頭を振る。最終的にこの機を選んだのは自分であり、これを否定することはこの逃亡の時までこの機を準備してくれた協力者達を冒涜することになる。


 「スー・・・フゥ」


短い深呼吸をひとつ吐いて考えを変えた。このガトリング砲は自身の使い馴らしてきたもっとも優秀な武装だ。当たればライフルよりも確実に仕止められる。この巨大さは敵を威圧できる。その証拠に、先程の発砲で距離は再び開いた。追跡者は注意を強めていることだろう。



 ただ逃亡するだけならこのままこれを繰り返せばいけるだろう。あとはタイミングを待って行動を起こせば良いだろう。


 だが、恐らく後続はすぐに来るだろう。後続との合流は逃亡者の目的は確実に果たせなくなる。


 「・・・・・・・・」


背後の「大型飛空ユニット」に気を向ける。


 (少し・・・・無茶をする。すまない)





 『攻撃がありませんね』


『ふん、逃げられぬと観念したか。鑑との合流まであと少し、このまま威嚇射撃を――』


逃亡者達は余裕を見せていた。ここまでくれば逃げることなど不可能。鑑と合流し、この任務を終わらせ、酒でも飲んでやろうと軽く考えていた。


 だが、その余裕が明暗を別けた。


『!!?』


目標が突如こちらに突っ込んで来たのだ。


 目標はガトリング砲を乱射し、追跡者側の動きのタイミングを完全に狂わし


『ウアアッ!?』


うち一機がガトリング砲の洗礼を真正面に受け、吹き飛び、爆発した。


 『クソッ!?』


側で破壊された僚機を後目に距離を取ろうと「飛空ユニット」にパワーを入れる。


 『ッ!?』


だが、思ったようなパワーは得られない。ディスプレイの片隅に赤く表示される文字に追跡者の背筋が凍る。「飛空ユニット」の破損だ。


 ――原因はなんだ? ガトリング砲か? 僚機の破片か? こんな簡単な事に気づけなかったのか?


だが、そんな無駄な事を巡らせる余裕など、追跡者にあるはずも無かった。


 『ァッ』


ライフル乱射の隙も与えられず、追跡者は間の抜けた声を挙げる。完全に距離を詰めた逃亡者が手首部に収納されていたナイフ式小型武装「トーチ・カッター」をコックピット部に突き立て、無数の火花が夜を照らしながら機体は仰け反り、その追跡者の機体を逃亡者は踏み台の如く蹴り落とした。


 雲を捲き込む爆発を確認し、逃亡者は安堵の息を――


「・・・・クッ」


吐く事はできなかった。


 (・・・・遅かった)


絶望的な感覚が沸き起こる。


 雲間を突き破り、巨大な姿が目の前に現れる。


 


 ――飛甲艦・フリゲート級




 「足止めには、役立ちましたね」


艦内ブリッジ。白いスーツに身を包んだオールバックの男が舌先に紅い飴玉を乗せながら気だるそうに言った。


 「は、先行機はよくやってくれました」


「よく? ああ、そうですね」


艦長の言葉にスーツの男は彼らには興味無さげに飴玉を口の中で転がし、薄ら笑いを浮かべた。


 「さ、そんなことよりもさっさと目の前のアレを捕らえなさい」


パンパンと両手を叩いて男が促す。


 「は、トラビス隊を発進させろ!!」


「あ、コックピットは間違っても傷付けないでください」


――パイロットに興味はありませんがねフフフ。




 「クッッ!!」


無駄と解りつつも逃亡者は距離を取ろうと動く、出来るだけ遠くに、希望はまだあると信じ。


 だが、すぐに新たな追跡機が追いついてくる。数も先程の比ではない。

 先程の隙を突いた奇襲は使えそうにはなかった。


 追跡機が距離を詰めてくる。


 (俺は、俺は)


「大型飛空ユニット」に一瞬、気を向け、グリップに力を込める。


 (こんなところで!)


「諦めるわけには、行かないんだああァッ!!」


ガトリング砲を乱射する。だが、それは虚しく外れる。


 (あと少し、あと少しなんだよ!)


彼が望みを託す場所がすぐそこにある。

 ――叶わないのか、あそこまで、望みは届かないのか。




 「!!?」


ドウゥッ!! と、彼の目の前で突如轟音が響いた。



 「何事だ!!」


「か、下方向からの攻撃です!?」


「下方向からだと!!?」


通信士の報告に艦長の怒声が飛ぶ。


「なぜ気付かなかった!!」


「お、恐らく、こちらのレーダー網の穴を抜けて来たものかと!?」


「レーダー網の穴だと!?」


「界賊どもがよく使う戦法であります」


「か、界族だと!!?」


報告をいちいちリピートする艦長をスーツの男は冷ややかな視線を向けながら飴玉を転がす。


 (無能どもめ。界族対策のひとつもできないとは)


外の画像を眺める。界族の攻撃により、出撃した隊の戦列が乱れ始めていた。これは逃亡者にとってチャンスとなるのではないだろうか。


 「艦長。艦を目標まで前進させなさい。突撃です」


「は? いや、しかし、前方にはまだ――」


「かまいません。多少の損害など構うことは無いでしょう? 目標を逃すわけにはいきません」


スーツの男は艦長の言葉に聞く耳を持たなかった。


 「さぁ、三度目はありません。前進するのです」






 (なんだ? 攻撃? 味方、なのか?)


下方向からの砲撃により前方の追跡機達が散々となる。味方にせよ味方では無いにせよ、これは彼にとってチャンスとなった。


 (今なら、行ける!)


「大型飛空ユニット」のパワーを上げる。

 敵機も後を追おうとするが下方向からの砲撃に思うようにはいかなかった。


 (いける。いけるぞ!!)


下方向からの砲撃者に感謝しながら目的の場所を目指した。


 「!? 前の気流の流れが変わっている。あそこか!!」




 空の気流の流れが適度に変わる場所があると昔から何度も聞かされていた。ここを通って昔の冒険者達は移動を繰り返したという。


 (あれに、あれに乗れれば、逃げきれ――)


頼みの綱がすぐそばにある。どこに飛ばされるか解らないが、ここを切り抜ける救世の手。


 「クッソオォォ!?」


背後で巨大な飛甲艦が迫ってくるのが解った。味方を弾き飛ばし、砲撃をものともせず突っ込んでくる。


 ――ダメだ。間に合わない。このままでは間に合わない。俺は、間に合わない。


 彼は覚悟を決めた。そして、ある動作を入力し、逃亡を止めて艦を見据えた。


 (すまない。俺は、これ以上いけそうにない。もっと、いろんな事を教えたかった)


ガシャンと「大型飛空ユニット」とT・Aを繋ぐジョイントの一部が外れる。


 (ここからさきは、どこにたどり着くか解らないけど。目的を遂げてくれ・・・・そして、君は、君の世界を見つけるんだ!!)



「大型飛空ユニット」とT・Aが瞬間的に離れ、別々の方向に跳んだ。


 「世界を生きろ!リタ!!」



彼は決意を秘めた形相でグリップを握り、突撃してくる飛甲艦に向けてガトリング砲を全開にまでフル稼働させて特攻を開始した。



 「テラアアァァッッ!!!!」



この突撃が飛甲艦にいかほどのダメージを与えるものか?

数機の機銃を破壊したのみで、彼の生は爆音と共に終わりを告げた。


 だが、彼の目的の半分は達成された。

 大型飛空ユニットが気流に吸い込まれて行くのをスーツの男は艦内から見つめていた。


 (なるほど、「姫君」はあの中に)


簡易的な脱出ポッドへと改造していた。そのための「大型飛空ユニット」


男は奥歯で飴玉を噛み砕き、気流の先を眺める。


(すぐにでも追いかけたいところですが、この微量なダメージだと恐らく)


気流内での満足な飛行は不可能であろう。今は姿を消した界族の下方向からの砲撃と、彼の特攻がこの事態を生んだ。


 「艦長。ここは帰還しましょう」


「は? よろしいのですか?」


「ええ、あの気流がどこに運ばれるかさえ解れば良いのです。無理をする必要などはありません」


「は、全機に帰還命令だ!」


(そうです。無理をして私が死んでは意味がない)


男はほくそ笑んで新たな飴玉を口に放り込む。



 (フフ、ハハ。この手に「妖精の姫君」を必ず)


男は心で笑いながら飴玉を転がした。

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