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第1話 男と女の陰陽をちょうどいい塩梅で

よろしくお願いします。

 渓谷に作られた懸造(けづくり)で、九尾狐の三姉妹は卓子を囲みながら人間界の噂話に興じていた。卓上には色とりどりの果物や花を模った糕点が並ぶが、その華やかさも周囲を囲む美女たちには到底敵わない。


 押し上げられたたわわな胸はつやつやと輝き、柔らかくも細かな光を放つ衣がその美貌を引き立てる。九尾狐たちは妖艶な笑みを浮かべながら、楽しそうだ。


 周囲にははるか下を流れる川のサラサラとした瀬音(せおと)に古箏の音が鳴り響き、実に風流である。


 木造りの舞台では爽やかな浅葱色の衣を着た雪玲(しゅうりん)が軽やかな舞を披露していた。清々しい楽曲は今まさに花開こうとしている雪玲の美しさによく似合う。


 長女がその成長に目を細め、雪玲に問うた。


「ねえ、雪玲。あなた、いくつになったの?」


 誕生日に西王母にもらったというお気に入りの披帛(ショール)を両腕に掛け、難易度の高い古舞を軽々と舞いながら雪玲が答えた。


「十五よ。姐さん、私もそろそろお酒を飲んでもいい?」


 三姉妹は顔を見合わせると、まあ、とおしゃべりを再開する。


「いつの間にそんなに大きくなっていたのかしら。雪玲が子狐だった頃を昨日のように覚えているのに」

「私の中で雪玲はまだ五歳の感覚だわぁ」

「可愛い雪玲、こっちにいらっしゃいな」


 妖艶な美女たちは雪玲を目の前に座らせると、飲み物や糕点を次々と並べ、世話を焼き始める。


 透き通るような白肌に琥珀色の髪、赤みがかかった丸い栗色の瞳。雪玲は全体的に色素が薄く柔らかな印象がある。けれど、その美貌は間違いなく母親譲りで、九尾狐の血を引いていることは一目瞭然だ。


 九尾狐の長の一人娘である彼女のことは、子育てに向かない(おさ)に代わり、みんなで育ててきたようなもの。乳飲み子の頃から可愛がってきた雪玲は、三姉妹にとって我が子のような存在なのである。


 桂花を浮かべたお茶を手渡しながら、しっかり者の長女が切り出した。


「あなたの父親に雪玲の大人の女になるための教育は任せてって見栄を切ったの。伸ばし伸ばしにしてきちゃったけど、いい加減始めないとね」


 人間で十五の娘といえば嫁入りをしてもおかしくない年。なのに雪玲ときたら、琴棋書画に通じているというのに男女の色恋には疎すぎる。


 年頃の相手がいない中で育ててしまったことも心配だが、男を惑わす妖艶な九尾狐らしさの欠片もない点も悩みの種。


 次女がいたずらな笑みを浮かべて愚痴をこぼす。


「大人になるための教育ねぇ。でも、もう実践しちゃったかもしれないわぁ。だって、この子も半分は九尾狐の血を引いているんですもの。それにこの美貌。男が放っておくはずがないわぁ」


「無理よ。天界の男たちは雪玲を娘扱いしてしまうもの」


 三女のいうとおり、雪玲は天真爛漫な性格で皆から可愛がられているが、女性として見ている者が誰一人としていない。黙っていれば九尾狐の長の娘としてふさわしい美貌を兼ね揃えているというのに難しい。


 う~ん、と三姉妹は頭をひねる。


「でも、この子はこう見えて敏いからもしかしたら、既に知っているかもしれないわ。ねえ、雪玲。赤子がどうやってできるか知っている?」


 雪玲は糕点を頬張りながら首を傾げる。


「え? 女媧(じょか)が黄土を捏ねて作るんじゃないの? 赤子も捏ねて作ると思っていたんだけど」


 あらまあ、と三人は顔を見合わせる。


「うふん、女媧がこねこねして人間を作ったのははるか昔の話よ」

「雪玲、赤子はそんな風にできないの。男と女で赤子を作るのよ」


 雪玲は目を見開きぱちぱちと瞬きをする。


「ええっ? 男と女で?? 男と男、女と女ではダメなの?」

「そうよ。男の陽の気と女の陰の気がちょうどいい塩梅に混ざることで奇跡的に赤子ができるのよ」

「へえ……神秘的ね! すごい……。私にも作れる? どうやって混ぜたらいいの?」


 立ち上がった次女が背後から雪玲を抱きしめる。


 甘えるような声で雪玲の耳元へ語り掛けた。


「それはいつか雪玲に教えてくれる男が自然に現れるの」


 え?と首を傾げた雪玲だったが、思い当たることがあったようだ。


「運命ってやつね? あっ!月下老人の愛縁帳に載っている私のお相手が教えてくれるってことか」

「愛縁帳には長女のように名前が見当たらない者もいるけど……げほげほ」


 キッと睨んだ長女だったが、その長し目すら妖艶である。



「美しいお嬢さんたち、何を楽しそうに話しているんだい?」


 やってきたのは顔なじみの天龍だ。青龍である彼は青い髪に菫色の瞳が特徴的な美丈夫で、青龍国の初代皇帝だった人物でもある。既にかの国も数十代目を迎え、天龍は天界で伸び伸びと暮らしている。


「あら、天龍。雪玲の社会教育をしていたのよ」

「ふむ。雪玲はちょーっと知識が偏っているからなあ……そうだ! 今青龍国が祝賀で盛り上がってるらしいんだ。人間の祭りを見ておいで。ほら、小遣いをやるよ」


 じゃらっと渡された銭袋を手に、雪玲は目を輝かせてこくりと頷く。


「雪玲、天界で最上級の教育を学ぶことは素晴らしいが、体験や交流で学ぶことも多いと思うぞ」

「そうね、人間と接することでいろいろな学びがあるはずよ。いってらっしゃいな」

「じゃあ、行ってくるね! あっ! 父上と母上にも行ってきますって言ってこなくちゃ」


 三人娘が慌てて首を振り、雪玲を止める。


「あん、だめよ、雪玲。今あなたの母上が父上を口説いているところだから」

「まったく、九尾狐の長を邪険にする男なんて雪玲の父親くらいよ」


 雪玲の母である貂月(ちょうげつ)は人間の男を見初め、大恋愛の末に結ばれたのだが。


 紆余曲折あって仙人となった雪玲の父親は風変りな男。周囲からすると絶世の美女である貂月に冷たい印象なのだが、水と油のように見えてふたりは案外仲がいい。


「え? 父上はいつもうれしそうにしている気がするけど……」

「そうね。ツンツンな父上にあなたの母上は今でもメロメロよ。雪玲、お二人には言付けしておくから行きなさい。ああ、面紗を忘れずにね」

「うん、じゃあ行ってくるね。お土産買ってくるね!」


 天衣である披帛を握りしめ、嬉しそうに出かける雪玲を微笑ましく見送る。天龍がつるりとした顎に手をやり、呟いた。


「九尾狐にあんな純真な子が生まれるなんてなぁ。母親は歴代の中でも最も妖艶な九尾狐の女王とも言われるのに」

「手練手管を教えたら擦れそうでもったいないのよね。あの子は天然のままでもなんとか生きていける気がするわ」


 三姉妹に囲まれながら、天龍は雪玲がこれから人間界で出会うある人物に思いを馳せた。


(ふむ。気苦労の多いあの子が雪玲の純真さに癒されるといいんだが)


面白いと思っていただけたら、ブクマ・評価していただけるとすごく嬉しいです。

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