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他我のために鐘は鳴らさない③

ストック切れました。次回以降の更新頻度は激落ちします。

 ここいらで私のことを語らせてもらう。そろそろ「そもそもお前は何者なんだよ」と半畳(はんじょう)を入れられそうだから。

 自らの恥部を開陳することは、過去出会ってきた愚物共から受けた仕打ちを思い出すことと堂々の不愉快さを覚える自傷行為だとつくづく思う。だが、そうしないと今まで散々他者を貶してきたことへの採算が取れず、綴ってきた文章は匿名性を利用した卑怯者による罵詈雑言の寄せ集め程度の価値にしかならないからである。

 私の正体は

 就活せずに大学を卒業し、ライン作業のバイトを三ヶ月間だけした後は五ヶ月間の筍生活で時間を空費し、現在は実家に寄生し続けるだけのTHE社会のお荷物である。市民税も所得税も納めず、親の被扶養者に入り、年金も払わず奨学金の返済も先送りしている、紛うこと無きダメ人間だ。良かったな、サンドバッグがわざわざ自ら近づいてきてくれて。

 大学入学時には書店に就職しようと考えていたが、初バイトのコンビニで自分が社会不適合者だと気づき、バイトを辞めた後は貯金と毎月の奨学金で生活してきた。態度の悪い客やろくに仕事内容を教えてくれない先輩への苛立ち、仕事のマニュアルがある場所を何故か教えてもらえない理不尽、同じシフトの人間が当日バックレて十時間ワンオペをしたりと、そういうのが積み重なった結果だ。「別にこんなこと社会では珍しくないだろ」という意見は聞き飽きたし私も承知している。だから社会不適合者と卑下したのだ。

 バイトを辞めて以降、明確な未来のヴィジョンが観えないまま気づけば大学生というモラトリアムは終わっていた。卒業と同時に実家に戻ることも考えたが、どんな面下げて帰ればよいのかわからず、一先ずは自分でもやれそうなバイトをやってお金をある程度貯めてから今後のことを決めようという考えの元、ヒトリ暮らしを続けた。が、しかし結果は先述の通り。バイト先の人間と(ことごと)く反りが合わず、仕事のミスを押しつけられたのが引き金となって考えなしに辞めてしまった。続けていても死期を早めるだけだから、判断自体は間違ってはいなかったとはいえ。

 そこから二ヶ月くらい費やして小説を書いて応募したもののあえなく落選し、十月から翌二月までは浴びるように映画やアニメを観たり、日がな一日小説や漫画を読んだりと(はた)から見れば悠々自適な生活を送ってきた。確かに朝~夕方は充実感を覚えていたが、日が暮れた途端急に込み上げてきた罪悪感と焦燥感に押し潰されながら輾転反側(てんてんはんそく)していた。

 二月末に実家に帰ったものの再起する気力が湧かず、(よう)として知れない未来を考えるのも嫌になって、一日の殆どをベッドで過ごすだけの一ヶ月がただただ過ぎていった。

 こんなはずじゃなかった。何が間違っていたんだ?

 今までは卒なくこなしてきたのに、どこからボタンを掛け違えたんだ?

 そんな自問自答を何遍も何遍も繰り返し、とある結論に至った。

 しかし、それを認めたくなくなかった。それは自らに「弱者」の烙印を押すことに他ならないからだ。

 だが、そうせざるを得ない瞬間が訪れた。

 時は四月の上旬。

 きっかけは愚鈍な弟の無理解な陰口を偶然耳にしたことだった。

 内容は、(つづ)めると「大学卒業してニートとか恥ずかしいって思わないんか?」

と、私が今までどれだけ煩悶してきたかなど全く考慮していない、想像力の欠如と精神的近視が生み出した戯れ言。「あ、コイツ(弟)は私のやつれ具合を見ても何も察せられない阿呆として成長してしまったのか……」という兄としての悲しみと「コイツを排除しないと私は生きられないかもしれない」という一個人に対する殺意が胸で混淆(こんこう)した。前々から愚弟の馬鹿さ加減は承知していたが、ここまで愚蒙とは正直思っていなかった。コイツと血の繋がりがある、と考えるだけで吐き気を催す。

そもそもコイツは私を(くさ)せるほど立派な生き方をしていない。

 地元から出てヒトリ暮らししたことも無い。バイトのシフトは週に二~三日で一日あたりたったの四時間勤務。専門学校やバイト先は親に送り迎えしてもらい、奨学金の継続届すらヒトリで書けずに母に甘え、休日はゲームとYoutubeで空費して何の向上心も無く遊惰(ゆうだ)に過ごすだけ。口調はバカ丸出しで話す内容は長ったらしい上に空疎で、自分が良いと思ったもの以外は全てつまらないと一蹴し嘲笑する軽佻浮薄(けいちょうふはく)な人格、ネットの情報を鵜呑みにし(さか)しらぶって披露する浅ましさ、私がヒトリ暮らしの時に使っていた物を勝手に使用してまるで悪びれない腐った性根。極めつけは、聞いていないと高を(くく)っているのか、ピンポンダッシュをして勇者を気取るガキみたいに私を(なじ)る文言を早口でボソボソ呟いて悦に入る矮小(わいしょう)さ。まるで、SNS上では興奮した猿みたいに誹謗中傷するが実際に相手と対面したら何一つ物が言えないネット弁慶みたいだ。私はなるべく相手の良い部分も観るようにしているが、愚弟にはそんなものが一切存在しない。親からすれば大事な子供だろうが、私にとっては存在自体が害悪だ。ムシスカンでも飲んだのだろうか。視界にコイツが入るとオイディプスのように両目を潰したくなる衝動に駆られる。

 愚蒙な弟の陰口を耳にしたことと自らに「弱者」の烙印を押すことに何の関係があるのか? それはつまり、こういうことだ。

 コイツの言葉を聞いた瞬間、私の胸に込み上げたのは筆舌に尽くし難い苛立ちと惨めさだった。どちらも覚えなくていい感情だ。一顧だにする価値すらない。なのに、私の心は大いに動揺していた。汚泥に叩きつけられような屈辱感が私を苛んだのだ。あぁ、この程度の愚物の言葉にすら傷ついてしまうぐらい弱い人間だったのか、という己への失望に一瞬だが扼殺(やくさつ)されかけた。もはや自分の心すら死を選択してしまった。

 社会という愚物の巣窟を生きる上で欠かせない「鈍感さ」が私には欠けているのだ。

 感受性が強すぎるがゆえに。他人よりも優れているがゆえに。

 既出のものと似た例えになるが、私はどんなに取るに足らない矮小な人間の言動でも、律儀にそれを心の皿に盛ってフォークとナイフを用いて一口大に切り分け、どんなに不味かろうと味わい尽くし、咀嚼(そしゃく)嚥下(えんげ)してしまう生まれながらのゲテモノ食いなのだ。

 鈍麻な人間はいわゆる「バカ舌」だから、他人の言動に殆ど味を感じない──真に受けることが無い。そして、口の中のものを吐き出す筋肉だけはちゃんと発達しているから、咀嚼したものをペッと外に出せる──嫌なことを忘れられる。飲み込むのは己の好きな味だけだから、いつだって幸福な満腹感で表情は緩み切っている。

 しかし私の舌は、どんなに些末なものでもそこから辛さ苦さ甘さ酸っぱさを(つぶさ)に感じ取れてしまう上に、吐き出す筋肉が弱いため咀嚼したものは全て飲み込んでしまう。それがどんなにエグみがあって舌触りが悪くても。しかし、喉元過ぎれば熱さ忘れるという諺通り、ほんの少しの間だけ大概の飲み込んだもののことを忘れてしまう。が、腹の中で食べたものが動く度に舌が覚えた味が鮮明に脳を去来して思わず(うずくま)り煩悶する羽目に。もはやいつ発動するのかわからない呪いだ。

 では私と鈍麻な人間の間にいる無数の者達はどうなのかというと、味は当然感じるが私と比べたら全然クリアでは無いし、鈍麻ほど吐き出すための筋肉は発達していないから食べたものを飲み込んでしまうが口に含んだものの全体の半分にも満たない。しかも腹に入ったものの殆どが排泄(はいせつ)されるためフラッシュバックが起こる頻度も多くない。いや、他人の心など覗けないから実際どうなのかはわからないため、あくまで私の肌感でしかない。とはいえ、他人との協和を意識する人生を歩んできたのだったら、私のような外界からのどんな刺激にも過敏な人間が如何に傷つきやすく引き摺るのかを(おもんぱか)らざるを得ない状況を必ず経験しているはずだ。鈍麻で無いのなら、自分と私(※筆者)がどれだけ違うのかを認識しているのが普通ではないか。そうだったら私も相手に対して特に悪感情を抱くことは無いのだが、多くは想像力の欠如ゆえに(うずくま)った私に対して安易に「気持ちわかる」「そんなん気にしなくて大丈夫」と求めていない言葉をかけてきたり、あまつさえ「いつまでクヨクヨしたってしょうがないだろ」などと頭上から正論を落として得意げに笑う始末。正論なんて吐物だ、ろくでなしでも吐くことが出来るのだから。


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