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研究所追放

「ネイサン、お前はクビだ。」


 研究室に着くなりそう告げられて、ネイサンは崩れ落ちそうになる身体を必死に支えた。


「教授……一体どういうことですか!? たしかに無断欠勤したことは謝ります。しかし――」

「どうもこうもあるかっ! お前がこの20年、なんの成果も挙げてないからだ! 儂もいい加減堪忍袋の緒が切れた!」


 アガルマ教授は突然ネイサンを怒鳴りつけた。その様子に違和感を覚える。たしかに教授はネイサンをバカにし疎ましく思っていたが、こんな急に怒鳴りつけてくることは今まで無かった。

 まるで、何かをごまかそうとしているようだ。


「納得できません。私はここで古代ガラル語の解読研究をしていました。そして先日ついに成果も上げました!」

「何を馬鹿なことを」


 アガルマ教授は椅子にふんぞり返ったまま、鼻で笑う。だがその目はわずかに泳いでいた。


「古代ガラル語の解読に成功したのはジェイルだ。30年も研究を続けた矢先に出し抜かれたのは悔しいだろうが、所詮これが天才と凡人の違いというものだ。お前が何十年もかけて実らなかった研究を、ジェイルはたった数年で完成させたのだ。ジェイルには儂も目をかけていた。歴史に残る大成果を挙げて、儂も鼻が高いよ」

「そんなはずありません! この研究室でガラル語の研究をしていたのは僕だけでした! そもそも古代がラルゴの解読など絵空事だと嘲っていたのは教授や皆さんではないですか! 僕以外、誰も真剣に取り組もうとしなかった!」

「口が過ぎるぞネイサン! 儂の目が節穴だったとでもいいたいのか」


 アガルマ教授が額に青筋を立てて怒鳴る。ネイサンは教授の態度の本質に少し触れた気がした。


 そうか、教授にとって僕は冷遇していた研究者。その僕がガラル語の解読に成功すると、教授に取って都合が悪いわけだ。否、これまでの冷遇を王宮などに訴えれば、逆に自分が処分を受けるとまで考えたのかもしれない。

 だから解読の手柄はお気に入りのジェイルのものにし、自分は解雇して研究室から追い出す。ジェイルとアガルマ教授、どちらが持ちかけたのかはわからないが、教授の動機はだいぶ読めてきた。


 ネイサンは悲しくなる。アガルマ研究室での待遇はいいものではなかったが、彼はそれなりに感謝してきていたのだ。どんなに雑用を押し付けられても、絵空事と笑われても、研究室に籍をおいてくれたことは感謝していた。最底辺とはいえ王立研究所の研究員という肩書があったからこそ、貴重な資料や各地の史料を集めることができたし、微々たるものだが研究資金も出た。30年もかかったとはいえネイサンが研究成果を挙げられたのは、この研究室のおかげでもあるのだ。


 だけど、だけど、この仕打ちはないでしょう。


 教授、それだけは、やっちゃいけないことでしょう。


「教授……古代ガラル語の解読はジェイル一級研究員の成果。私は研究室をクビ。こういうことで間違いないですか?」

「フン、何度も言わせるな。その通りだ」


 椅子に深く座り直したアガルマ教授は、尊大な態度で言う。糸の切れた人形のようにネイサンは力なくうなずいた。


「わかりました。教授の決定を受け入れます。いつ出ていけばいいでしょうか?」

「今すぐだ。ここに貴様の荷物はまとめてある。これを持ってとっとと出ていけ!」


 小さなずだ袋が放り投げられる。ネイサンが中身を確かめると、そこには筆記用具やネームプレート、僅かな給金と言った最低限の物だけが入っていた。


「……研究室には私が給金で収集したガラル語の資料があったはずです。私が自ら写し取ってきたガラル語の碑文なども。あれらはどうしましたか?」

「そんなもの、全部処分したよ。もう貴様は研究室に必要ないからなあ」


 嘘だ、とネイサンは考える。ネイサンが今まで集めてきた研究資料はすべて、教授たちが独占する気なのだ。実際アガルマ教授はあえてせせら笑っているが、額には冷や汗が浮かんでいた。

 だが、いまさら抗議する気力は、もうネイサンのどこにも残っていなかった。


「……わかりました。私はこれで失礼いたします。20年間、お世話になりました」

「とっとと出ていけ。貴様がいなくなってようやくせいせいするわ」


 蹴り出されるようにして追い出されたネイサンは、人生の大半を過ごした研究室をとぼとぼとあとにした。

 


 すっかり消沈しうつむき加減で歩きながら、ネイサンは考える。

 アガルマ教授の動機はわかった。でもまだわからない相手がいる。


 ジェイルさん、なんであなたは、僕の研究成果を横取りするようなことをしたのですか。


 あなたはあんなに僕に優しくしてくれたじゃないですか。あなただけは僕をいじめなかったじゃないですか。

 雑用を押し付けたり、僕の研究を絵空事と笑ったりしなかったじゃないですか。

 何よりあの日、研究の成功を一緒に喜んでくれたじゃないですか。

 教授の命令だったんでしょう? きっとそうなんでしょう?

 30年間の研究を横取りされ、傷つけられてなお、ネイサンは蜘蛛の糸のような可能性を信じてジェイルを探し歩いた。


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