8. 襲来
「まずい、寝てたのか。ゴブリンどもは」
目を覚ました瞬間、やらかしたことに気づく。
あの状態から眠れるほど自分の心臓が強いとは。そんだけ疲れてたってことか。
周囲の気配を探るが、不思議とゴブリンたちは近くにいないようだった。
「寝てんのか、こりゃ」
気配を探ってみると、あまり動いていないようだ。
夜の間は捜索を中断しているようだ。ラッキー。
付近に生き物の気配がないことを確認してから、樹洞から外に出る。
東の空はうっすらと明るくなっている。
「もう朝か、どんだけ寝てたんだよ。俺は」
ゴブリンどもが目を覚ます前に遠くに逃げてしまったほうがいいだろう。
生き物の気配が少ない方向を探る。
「なんか昨日より減ってるような」
森の魔物たちにやられたのだろうか。
夜行性のやつも少しはいるからな。
なんにしても今のうちにこの包囲網から抜け出すべきだろう。
幸い、もともとの進行方向である西には、ゴブリンたちの気配は少ない。
携帯食を口に放り込んで、西に進む。
「もう少しだな」
次のゴブリンの群れを抜ければ、包囲網を突破できる。
あれから黙々と森を抜けて、ゴブリンたちからはかなり距離が離れた。
あとは、前方に位置する10匹ほどの群れを残すのみとなった。
ゴブリンどもはかなり点在しているが、全く動く気配がない。
寝ている横を通り抜けるだけなら、消息を使えばどうにかなるだろう。
「こいつで最後だ」
群れの近くを通り、ついに最後のゴブリンの脇を抜けるその瞬間。
ゴブリンが飛び起きた。
「ギャァ!・・・ギィ」
何かに怯えるように飛び起きたゴブリンだが、目の前にいる俺に気づき声をあげる。
焦って、そいつに装飾剣を叩き込んだが、ここまで音を立ててしまえば、当然他のゴブリンたちにも気づかれた。
すぐさま棍棒を手にして、全てのゴブリンが襲いかかってくる。
「まじかぃっ」
考えている余裕はなかった。
正面から来たやつを斬る。
右から飛びかかろとしているやつに石を投げる。
こちらに棍棒を叩き込もうとしているやつを斬る。
その後ろのやつに投げる。もういっちょ投げる。
後ろからマントを掴まれる、殴る蹴る。
視界に入った、投げる。背中を殴られるピコン蹴る、斬る、投げる、投げる。
「次ぃ!」
ドスをきかせて敵を探すが、今のゴブリンで最後だったようだ。
まだ這いつくばっている奴はいるが、すぐさま攻撃を仕掛けられそうな奴はいない。
しかし、昨日のこともあるので、すぐさまトドメをさしていく。
「こいつで最後だ。・・・はぁ、痛え」
最後のゴブリンを魔石にする。
ついでに銀色のコインもゲットした。
銀貨かな、ラッキー。
それにしても身体中が痛い。
爪で引っ掻かれた傷や、殴られたところがあざになっている。
「攻撃力が弱いのが、不幸中の幸いだった」
こいつらが刃物を持っていたら、重傷を負っていただろう。
『キュア』を使い応急処置をしていく。
ゴブリンたちにやられた傷が、ほらこの通り。
まるで何もなかったかのようになるではありませんか。
全ての傷を治す頃にはかなり魔法を使ってしまった。
「なんだったんだ、急に?」
群れのゴブリン全員がいきなり飛び起きた。
俺に気づいたというわけでもなさそうだったしな。
気持ちが落ち着いてきて、先程の跳ね起きた様子を思い出す。
「これは、他のやつらも」
感知をしていると遠くにいる他のゴブリンたちも動き出していることがわかった。
かなり広範囲に広がっているゴブリンたちが、同じ行動を一斉にとっている。
同じ行動。
うん、なんかみんなこっちに来てない?
すごいスピードで。
「・・・なんで?」
テレパシーでも使えたのだろうか。
ゴブリンが?
ずるくない?
よくわからないが、まだ距離があるとはいえ、このままではまずいだろう。
逃げよう。
サクラは無駄な荷物になる、昨日倒したうさぎの素材を放置して西に急ぐ。
「すたこらさっさー」
なんか余裕出てきた。なぜいま?
◇◇◇◇
ボブは目の前で眠りこけている配下のゴブリンたちを見下ろす。
近くにはやけにでかい腹をした蛇がいる。
夜になるとこそこそ動いているやつだ。
1匹食われたのだろう。
仲間がすぐそばで丸呑みにされたにも関わらず、呑気に寝こけている配下どもに逆上する。
腹を膨らませた蛇に棍棒を叩き込む。
蛇は腹の中のものを吐き出して、ボブの前から急いで逃げ出した。
残ったのは半端に消化された腰布や魔石にうさぎの毛皮。
咆哮
寝ている配下どもを叩き起こす。
これで他の場所でも固まって動かない奴らも起きたはずだ。
道理で見つからないわけだ。
自分のスキルがあればすぐに人間など見つかると思っていた。
しかし、既に夜が明けようというのに少しの手掛かりも掴めていない。
ボブゴブリンが持つスキルは統率。
統率下にある配下の大まかな位置が把握できるという能力をもつ。
この力があれば、配下が殺された瞬間にすぐに察知することができる。
人間相手なら、ゴブリンがおそいかかれば、1匹2匹すぐに殺されるはずなのに。
昨日から反応がなく、いらいらして近くにいた配下どもを何匹か殴り殺してしまった。
さすがに配下が減り過ぎている。
気をつけなければ。
夜が明けて、ようやく1匹殺されたことを感知して急行すれば、この有様だ。
むしゃくしゃする殺したいああでもだめだ。
配下たちはこちらを見ながら怯えている。
早くあれを取り戻さなければいけないのに。
焦りといらいらで頭が混乱している時に、また配下が殺されるのを感知する。
また魔物にやられたかと思ったが、すぐに近くにいる別のやつもやられる。
そのまま近くの群れのやつが瞬く間に殺され、全滅する。
この近くにはうさぎくらいしかいないはず。
うさぎも攻撃が当たらないくせに、攻撃をもらうと下手すると死んでしまう厄介な相手だが、群れを蹂躙できるような強さはもっていない。
見つけた。
人間の居場所がわかった瞬間、頭がスッキリする。
やることは一つだ。
号哭
群れの部下たちに指令を出す。
離れていようと、これくらい簡単な内容なら統率によって内容は伝わる。
追え、殺せ。
全てのゴブリンが西に向かい走り出す。
◇◇◇◇
サクラはかなりのペースで移動しているが、ゴブリンたちとの距離はあまり離れていない。
むしろ包囲網が少しずつ狭めらており、追い詰められている状況だった。
「急に統率された動きしやがって」
うさぎ肉に少しでも足止めされてくれれなと思ったが、完璧スルーされてしまった。
鬼ごっこを始めてから既に1時間近く経過している。
「異世界ボディでも疲れてきたな」
さすがに足に疲労が溜まっている。
少し止まって休憩したいが、今はその余裕がない。
ゴブリンたちとの距離が近くなってわかったが、1匹強そうなやつが混ざっている。
「指揮個体って奴だな」
昨日のなんちゃってボスとは存在からして違うようだ。
「正面きって戦いたくないな」
強豪校の選手たちに感じたプレッシャーに似ている気がする。
絶対勝てないとか、レベルが違うとかではなく、なんとなくイヤなのだ。
仕方がないので、移動速度をあげる。
周囲への警戒が甘くなってしまうので、これ以上ペースをあげたくなかったが、このままいくと捕まってしまう。
「よし、このペースなら振り切れる」
ようやくゴブリンたちとの距離が開き、安堵の息を吐きながら茂みを抜ける。
「フゴッ」
ふご?
茂みの抜けた先では、俺と同じ高さに顔がある猪がいた。
でかい。
気配感知「生き物いるよー」知ってるわ、ボケ。
簡易鑑定「マイティボア:強い、怒らせないように」へー、やばいじゃん。
既に猪はこちらを睨みながら後ろ足を鳴らしている。
牛以外もやるんだ、それ。
だけど俺にはまだこれがある。
「石!」
現状で俺の最大威力の攻撃といえば、投石に他ならない。
「フゴッ!」
至近距離から石を猪の眉間に叩き込む。
うん、そのまま粉々になった。
俺の投擲パワーと、ベアの硬い毛皮の2つがそろったから起こった現象だ。
すごいねー。
猪も悲鳴を上げたということは多少は痛かったのだろうが、目に見える傷はない。
「これは無理、逃げましょう」
反転、ダッシュ。
ここまで来た道をそのまま戻る。
後ろからは、大きな足音と猪の鼻息が聞こえてくる。
なるべく走りにくかったり、木の根で高くなっているところを進むが、猪は問題なく追いかけてくる。
「本気でやばい」
背嚢を捨てる。
それでも猪は真後ろにいる。まるでトラックだ。
このままぶつかれば身体中の骨が粉々になるに違いない。
速度がさらに上がる。これまで全力だと思っていた体にはまだ上があったようだ。
目の前の木を利用してフェイントを試みる。
なんか真横を木が吹っ飛んでいった。
「ウケる」
あー、JKが意味もなくウケると言う理由が今わかった。
あまりにも状況が悪すぎて、笑わないとやってられないのだ。
随分悲しい生き物だったんだなJK。
「ギギィ」
走っていると目の前に緑色の人型が現れる。
「やばい、もう追いつかれたかっ」
気配感知「ゴブリンいるよー」だから遅いって。
簡易鑑定「ボブゴブリン:強い」うん、やばいね。
こちらを見て一際でかいゴブリン、ボブが笑みを浮かべるのが見える。
どうするか考えている間に、猪が真横を通り抜けてゴブリンの群れに突っ込んでいく。
なんの抵抗もできず、吹っ飛んでいくゴブリンたち。
「ボウリングかよ」
しかし、その猪の勢いを正面から受け止める者がいた。
棍棒を横に構えたボブだ。
少し後ろに押されるが、完全に猪を止めてしまった。
「まじかよ」
あの超重量に速度を携えた猪を止めるとか、どんなパワーしてるんだよ。
ボブの予想以上の強さに危機感を覚える。
「逃げねえと」
しかし後ろを向いたサクラに気づいたボブは、周りの腰の引けた配下たちに命令を下す。
その瞬間ゴブリンたちが猪を無視して、サクラに近づこうとする。
猪相手には腰の引けていたゴブリンたちが、こちらを見た瞬間いけると判断した。
「ふざけんな、舐めんじゃねえ!」
無性に腹が立った。
そんな場合ではないとわかっているが、むかつくものは仕方ない。
暴れる猪から距離をとって近づこうとしているゴブリンたちに、連続で投擲を行う。
石は腹を貫通して、場合によっては後ろのゴブリンにも突き刺さる。
「固まっていると狙い放題だな」
笑う。
その様子を見て、ボブが指示を出す。
ゴブリンが別れて、茂みや木を障害物に迂回して近づいてこようとする。
「チッ、厄介だねお前らは」
あれデジャヴ。
ああ、あいつかこの追いかけっこの元凶は。
最初のゴブリンとの戦闘で、配下1匹の死をきちんと確認していなかったことに気づく。
「またヘマしたのかい、おれは。」
学習しないねと苦笑する。
ようやく気づいたサクラだが逃げなければまずい。
最後に意趣返しとばかりに、ボブの顔に向けて石を投げる。
猪の相手をしているボブは避けられない。
直撃、粉々。
「でしょうねぇっ!」
砕けた石のかけらが目に入ったらしい、痛がっている。
ざまぁ。
もうゴブリンたちはすぐそばまで近づいている。
反転して逃げる。
「この道3回目だよ、もう」
ゴブリンたちがすぐさま追いかけてくる。
しかしこの道を走るのは3回目なのだ、こちとら。
ゴブリンとサクラの距離はすぐさま離れていった。
◇◇◇◇
ボブは猪の頭を押さつけながら思い出す。
先程の人間。
昨日襲った奴らとは別のやつだろう。
予想外だ。
大した力ではなかったが、石を投げた。
石を投げて笑いやがった、痛がる俺を。
怒る。
左手で猪の頭を地面に押さえつけ、右手で棍棒を振りかぶる。
叩きつける。何度も何度も、全力で怒りのままに。
ようやく気持ちが落ち着いた頃、拘束していた猪を離す。
猪はふらふらとしながら、森の向こうへ逃げていく。
あいつは硬すぎる、刃物がなければ殺せない。
力の限り暴れて気持ちは落ち着いたが、全力で攻撃して殺せないことにまたむしゃくしゃする。
人間はどこだ。
配下たちの位置を探ると、先の方向をのろのろと進んでいることがわかった。
どいつも生きていることから、戦うことすらできなかったようだ。
横を見る。
配下が5匹残っている。
なぜこいつらは人間を追っていない。
棍棒を振り回して挽肉にする。
ようやく納得いく暴力の結果に頭がスッキリした。
あぁ、あいつら親衛隊か。
近くに何匹かいないといけない決まりを思い出す。
その時、配下たちの動きが変わった。
明らかに今までとは違う方向に進み、その速度も上がっている。
何か痕跡を見つけたのだろう。
ボブは笑みを浮かべて、追跡を再開する。