7. 潜伏
サクラが木の洞で眠りについた頃、森の中をゆっくりと進む魔物がいた。
その魔物は人間に襲われて腹に空いた穴を抑えながら、ある場所を目指して少しずつ進んでいく。
最後の配下であるゴブリンは石が腹を貫通したものの、気絶はしたが致命傷とはならなかった。
目が覚めた時に、人間の気配が離れたことを確認して逃げることに成功した。
途中で薬草を直接口に含み、余りの苦さに吐きそうになるが我慢して、その命を繋ぎ止めた。
強い敵が現れた時は、すぐに逃げて群れのボスに報告する。
肉体に刻まれたそのルールに則り、自分の真のボスの元を目指す。
森を進むと別の見回り部隊の仲間たちに出会う。
仲間たちは怪我をしたゴブリンを見つけると、急いでボスの元まで運ぶ。
仲間の絆、などでは決してなく、強い敵が現れた時の決まった対応の一つだった。
下手に伝言を頼まれてしまうと、怒ったボスに自分が殺されるかもしれない。
ゴブリンというのはひたすら利己的な種族だ。
自分の役に立つから群れをなすに過ぎない。
種族としてあまりに弱く、群れを成さないと生き残ることができないのだ。
しかし、そんな利己的な存在であるゴブリンたちにも逆らえない相手というのが存在する。
その一つが、怪我をしたゴブリンの目の前にいる上位種。
ボブゴブリン
群れは洞穴と、その前に開けている大きな広場を拠点としていた。
ボブゴブリンは、洞穴の前に陣取りながら怪我をしたゴブリンに報告を促す。
周りを自分と同じ仲間たちに囲まれながら、ボスに報告をする。
ゴブリンの意思疎通など、程度が低いものだ。
『人間に襲われて、みんな死んで奪われた』
報告は簡潔なものだったが、その内容がボスの怒りを買う。
周りのゴブリンたちがその怒りに震え上がる。
ボスが襲われた場所を尋ねる。
怪我をしたゴブリンも他のゴブリン同様震えながら、北方向を指し示す。
その瞬間、ボブの棍棒によって最後の配下は潰され、挽肉と化す。
ボブは周囲の配下たちを睨み、見渡す。
そして、先ほどゴブリンが指さした方向を示し、部下たちに命令を下す。
咆哮。
その瞬間、拠点にいた配下たちは一斉にその方向に駆け出す。
まさしく自分より上位のモノに駆り立てられながら、我先にと森を進む。
森の奥を睨みつけ、ボブはゆっくりとした足取りで拠点に背を向ける。
◇◇◇◇
ゴブリンたちは長い距離を走り抜け、サクラと見回り部隊の戦闘場所までたどり着く。
ここまでは甘い匂いを辿れば良いだけだったので、そこまで苦労しなかった。
ただ、ここまで全速力で進んできたため、ゴブリンたちは疲れ果てていた。
なにしろ最後尾を走っていると、機嫌の悪いボブに気の向くままに殴り殺されてしまう。
ボブはゴブリンの腰布と棍棒が落ちていることから、ここが戦闘場所だと理解する。
しかし、人間の姿や気配は感じられない。
あるのはうさぎの肉と毛皮が山になっている塊くらいだ。
怪しいが、かなりの量だ。
このまま捨てるのはもったいない。
配下のゴブリンに毒見を命じる。
最初は嫌がっていたゴブリンだが、肉を見て欲望に負けたのかかじりついてしまう。
特に問題なかったため、そのまま肉にかぶりつく。
その様子を見て他のゴブリンたちもうさぎの肉に群がり肉を食べていく。
ボブも問題がないことがわかり、腹ごしらえのためうさぎを求める。
先ほど毒見をしたゴブリンが両手にいっぱい肉を持って、ボブのもとに運ぼうとするが、途中で足がおぼつかなくなり、転んでしまう。
ボブは肉を落としたことを怒り、棍棒を振り下ろそうとするが、様子がおかしい。
毒見をしたゴブリンの緑色の肌がみるみるうちに真っ青になり、血を吐く。
そのまま動くこともなく、ゴブリンは光になって消えてしまった。
残ったのは腰布と吐き出された緑色の血、そして肉の塊のみ。
その光景は当然他のゴブリンたちも見ており、まだうさぎ肉を食べていなかったゴブリンたちは山から距離をとり、食べてしまったゴブリンたちは急いで吐き出そうと口の中に手ごと突っ込む。
しかし、すぐにそのゴブリンたちも倒れ、光となって消えてしまう。
ボブは理解する。
罠だったのだと。
卑劣な毒の罠にかかり配下が大勢死に、あろうことか自分も危うくその被害に見舞われるところだったのだ。
許せぬ、許せぬ。
奪うだけでなく、私を殺そうとは。
ここから先はどこに向かったかもわからない。
怒りがさらに増す。
他のゴブリンたちはそのボブの様子を見て、すぐさま行動に移す。
人間を探すのだと。
見つけなければ自分たちが殺されてしまう。
大量のゴブリンたちが一斉に森へ駆け出した。
◇◇◇◇
なんとも言えない感覚を覚えて目を覚ます。
瞼は重い。
体はいまだに倦怠感に包まれており、頭はぼーっとしている。
少し水を飲むと、自分の状況を思い出せた。
洞の入り口からオレンジの光が差し込んでいる。眠っていたのは数時間のようだ。
「見つかってはいないのか。それにしても気持ち悪いな、なんか・・・」
気分も悪いが、それ以上に体を虫が這い回っているような、不快な感覚のせいで、目が覚めてしまったようだ。
この無理矢理おこされる感覚には覚えがある。
「気配感知か」
しかし、昨日のうさぎ相手に目覚めた時とは全く違う。
周囲の森全体からプレッシャーを感じる。
「おいおいこれ全部生き物・・・ゴブリンか、もしかして」
具体的な数はわからないが、10や20ではきかないような数の気配。
先刻の感覚に似ているから、ゴブリンだと思っていいはずだ。
とんでもない数のゴブリンが森を動き回っていた。
あの気持ち悪い化け物が、たくさん森の中を歩き回っている姿を想像してもっと気分が悪くなる。
「なんで、急に。もしかして俺を探してるのか」
サクラは配下のゴブリンを逃してしまったことには気が付かなかった。
しかし、急に森の様子が変わったのは、昨日のことが原因だとしか考えられない。
「捕捉はされていないみたいだな」
ゴブリンは周囲に散らばっているが、近い距離にはいない。
無理をしてでも、距離を稼いだことには意味があったようだ。
「怪我は治ってるのに、体が重いな」
ボスゴブリンに斬られた傷はもう瘡蓋になっている。
軟膏すごい。
しかし、これでは逃げることができない。
なんとかこのまま体が動かせるようになるまで、隠れ続けなければ。
「とりあえず消息、と『クリーン』・・・?」
消息は寝ている間に途切れてしまったらしいので、もういちど発動する。
寝ている間に汗もかいたので『クリーン』をかけたのだが、発動はするものの魔力の反応が鈍く、体の倦怠感もさらに増した。
「魔法の使い過ぎか、これ」
明らかに魔法の使用と、この倦怠感は関係している。
魔力2で使える魔法では、あの程度が限界だったということだろう。
気配を殺しながらじっとしているが、敵に囲まれているというのは落ち着かなく、なんとなくステータスを開いてみる。
「なんでレベル上がってるんだ?」
レベルが11になっている。
ゴブリンたちとの戦闘が終わってからは、鉢合わせしたうさぎとしか戦っていないはずだ。
それにもかかわらず、レベルが2も上がっているのは異常に思えた。
「ゴブリンからとれる経験値が多かったのかもな」
レベルが上がった理由は毒の罠によるゴブリンの大量虐殺が理由なのだが、サクラはそのことには思い当たらない。
「とりあえず、消息のレベルを上げるか」
残りのSP6を全て使い、消息Lv.1を一気に3まで上げてしまう。
新しく取得可能になっていたスキルとも迷ったが、今はとりあえずゴブリンたちに見つからないことを優先する。
「これで気づかれなければいいけど」
そのままじっとしていたサクラだが、疲れからまたすぐに意識を失ってしまうのだった。
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サクラ(男)
年齢:18 階級:自由民 レベル:11 職業:剣士
筋力:6 耐久:5 敏捷:4 器用:5 知力:3 魔力:2
スキル
剣術:2 投擲:4 見切り:3 教養:2 生活魔法:3 簡易鑑定:1
気配感知:1 釣り:3 消息:3 採取:1 耐性:1 調合:1
魔法
『水生成』『着火』『クリーン』『ボイル』『キュア』『ドライ』
剣技
『スラッシュ』
SP:0
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◇◇◇◇
人間を捜索しているゴブリンは困り果てていた。
もう日は暮れてしまうだろうが、人間の消息はいまだ掴めていない。
80近くいる仲間だが、1匹1匹が弱い自分たちは、何匹かにまとまって探すから、捜索隊は10ほどしかない。
この広い森の中で人間を探すには少し心許ない。
隣を歩く仲間にしっかり探せと頭を叩かれる。
ゴブリンはむっとするが、叩いたやつはもう捜索に戻ってしまった。
他の仲間たちはボブのことが怖いためか必死に人間を探している。
確かにさっきのボブは怖かった。
見つからないと報告に戻ろうものなら、あの馬鹿でかい棍棒でぶっ飛ばされるだろう。
今も先程の場所から一歩も動かず、踏ん反り返っているに違いない。
そんなボブの姿を想像していると、ひとつ思いつく。
別にここでサボってもバレなくね?
もう森の中は暗くなってしまっている。
これ以上探しても、夜目の効かない自分たちじゃ難しい。
他の奴らも探しているのだ。
自分たちがサボったところで問題はないだろう。
そんなことを考えていると、また頭を叩かれる。
いい加減にしろよと見てくる仲間に、ゴブリンは上機嫌でこの素晴らしい考えを教えてやった。
このまま夜も探し続けるなんて面倒だ。
捜索は他の奴らに押し付けてしまえ。
ゴブリンの提案を聞くと、仲間たちはすぐに賛成した。
ゴブリンは、肩にかけているうさぎの毛皮で身を包む。
ボブに殺されたやつが身につけていたものだった。
他の奴らは寒い中で寝ていると思うと気分がいい。
ゲラゲラ笑いながら、棍棒を木に立てかけてその場で寝転がってしまう。
どうせ拠点には帰れないのだ。
寝れるならどこでもいいとそのまま全員で眠りについてしまった。
そんな場面が森の至る所で、繰り広げられていた。