2. 初戦
既に森を歩いて1時間ほどが経過している。
「初期のステータスでこれはすごいな」
慣れない森の中を、警戒しながら歩き続けられる体に少し驚く。
疲れもさほど感じていないし、かなり高性能な体をもらえたようだ。
「でも、動くと水がやっぱり厳しいな」
運動能力は嬉しい誤算だったが、動けばやはりその分水分が必要だった。
水筒の中身は既に2/3を切っていた。今のところ水の気配は感じられない。
今後のことを少し考えながら歩いていたとき。
目の前の茂みが動く。
ぞっとした。3メートルもない。
音を立てながら茂みから何かが出てくるが、体は動かない。
想定はしていたつもりだったが、想定外の距離に体温が一気に奪われてしまい、木剣を握る手はふるえてしまう。
硬直するサクラをよそに、音の主は、茂みから姿を現した。
出てきたのは中型犬くらいのサイズのうさぎだった。
しかし、その頭にはツノが生えている。
そのツノが刺されば、人間に致命傷を与えることは十分可能だろう。
既にうさぎには捕捉されている。
こちらを睨みつけている目には間違いなく殺意が浮かんでいる。
「ハッ」
指先がさらに冷たくなっていくのがわかる。
殺気なんてものを食らったのは、当然生まれて初めてだ。
近所の家の猛犬の威嚇なんかとは全く違う。
うさぎは完全に体をサクラに向けていた。後ろ足に力をためているのがわかる。
このままいくと突っ込んで来る。
体はうごかない。
「ウ゛ー」
体を大きく膨らませてこちらを威嚇している。
サクラは初めて知った。
殺気を向けられることの怖さを。
その恐怖が、手に入れたポテンシャルや武器などを全く機能させない。
「ぁ?」
しかし、それと同時に理解した。うさぎはこちらを威嚇している。
こいつも俺が怖いんだ。
すぐに飛びかからず、余計な威嚇をする程度には。
その瞬間からだを縛り付けていたものから少し解放され、力が抜けた。
地面を叩く音が聞こえる。
うさぎが飛び込んで来た。
かなり早い。もう目の前にいる。
ちょうど体から力が抜けたタイミングで、反応はできなかった。
うさぎのツノが胸当てに当たり、衝撃を感じた瞬間、ふき飛ばされた。
「がぁっ、はっ、ははは」
痛い。
でも、わらう。
背中を強打する形で倒れ、息がうまく吸えない。
血も出ている。
ツノが当たった場所も、地面に叩きつけられた場所も全て痛い。
膝立ちになり、胸を押さえる。でもわらえた。
「いてぇ、ハァッ。痛えな、くそ。」
手に胸から流れ出た血がついている。胸当てを少し貫通したようだ。
ゆっくりと立ち上がる。
大きく息を吐く。わらう。
「ははっ。痛えけど、・・・痛いだけだな」
完璧に虚を突かれた状況でのエンカウント。
こちらは全く身動きが取れず、完璧な攻撃を急所に入れられた。
これ以上ないくらい、無様にやられた。
それにもかかわらず、俺は生きてる。
大した怪我もなく、こちらの被害は胸当てに穴が開いて、少しツノが刺さっただけ。
力が抜けた瞬間で、衝撃が後ろに逃げたということを考慮しても。
倒れた後、これだけゆっくり立ち上がっている自分を追撃できないことからも。
笑う。
「こいつにサクラ(俺)は負けない」
改めて、新しい体のポテンシャルに感謝する。
まだ少し残っていた、体の余計な力がスッと抜けた。
うさぎはぶつかった衝撃でひっくり返ったところから、起き上がったところだった。
顔の右側に木剣を構える。野球のバッティングにも少し似た形で右上段で構える。
「う゛ー」
うさぎは先ほどと同じように構え、こちらを威嚇している。
先ほどよりも勢いが無い気がするのは、こちらの気のせいだろうか。
吹き飛ばされたせいで、少し距離は開いて4メートルほど。
速い相手には、好都合。
「来いよ。俺としてはそっちの方が打ちやすい」
すこし虚勢も混じっているが、余裕を見せる笑みを浮かびながら敵の攻撃を待つ。
うさぎはツノこそ生えているが、元の世界のうさぎと比べても少し大きい程度。
当然、重量も大したことがないはず。
しかし油断はできない。
先程サクラは吹き飛ばされた。とんでもない脚力だ。
その上で判断する。この体なら十分対応できる範囲だと。
初見ではその速さと近さのせいで反応できなかったが、実際は野球で培われたスピード感を超えるほどではない。
パワーは厄介だが、先ほどの衝撃から考えてもこの体で打ち負けることはないだろう。
うさぎが足に力を込める。
先程のスピードを思い出す。
跳んだ。
あとはタイミングを合わせて、木剣をうさぎの跳んでくるところに振り下ろせばいい。
流石にそれなりのサイズだ、外すことはない。
「はぁっ」「キィァー」
木剣を通して鈍い感触が手に伝わってくる。
重い。
金属バットとは全く感触が違う。
思わず木剣を地面に落としてしまう。
木剣の刃の向きを考えておらず、腹で打ってしまった形になった。
反動が大きく手が少し痺れている。
「まずいっ、!」
得物を落としてしまったことに焦りながらも、うさぎの状態を確かめる。
「・・・っ、・・・。」
サクラが確認した瞬間はまだ生きていたようだが、観察しているとすぐに動かなくなった。
木剣を拾い、うさぎに恐る恐る近づく。
「死んだのか?」
流石に、さっきまで殺し合いをしていた敵に触って、生死を確認する勇気はない。
そのままうさぎに腰がひけながら木剣をちょんちょんしていると、うさぎの姿が光の粒となり消えていった。
「まじか、今更だが本当にファンタジーだな」
自分が殺した敵が消えてくれるというのは、グロ耐性のない立場からするとありがたい。
「何か残っているな、ドロップアイテムってやつか」
死体が残るパターンではなく、アイテムをドロップする仕様のようだ。
魔物だけの生態なのか、普通の野生動物なんかはどうなるんだろうか。
そもそもで魔物以外で動物がいるのかもわからん。
「結晶と肉か。魔石とかそういうやつかね」
もしかして、こういう細々とした部分を、いちいち自分で検証しなければいけないのだろうか。
サバイバルしながらそれはきつい。
だが、敵の生態はある程度把握しなければいけないだろう。
特に、あの光の粒子が敵が死んだ瞬間に起こる現象なのかわからないと下手に近づけない。
結晶と肉を拾い上げながら唸る。
「チュートリアルを飛ばされたのが痛いな」
戦闘面でもあまりにも課題が目立った。
毎回こんな怪我をするわけにもいかない。
「痛え、とりあえず手当てしないとな」
怪我のことを意識した途端、体がズンと重く感じられた。
うさぎとの戦闘は1分もかかっていないはずなのに、1時間の探索よりもはるかに疲れたように思う。
「でも、まあ一歩前進ではあるのかな」
何もない状態から、自分が戦えるということが知れただけでも意味はあるだろう。
サクラは手の中の結晶を眺めながら、うさぎへの最後の一撃を何度も反芻するのだった。
傷の手当てのために上の服を脱ぐ。
あー気持ちいい、興奮する。
ピコン『Lv.1→2↑』
「あるんだ、レベル」
だから、チュートリアルをね・・・。はぁ、軟膏ぬりぬり。