10. 救援
まずい、やはりあの時に一度街に戻るべきだったか。
私は、近づいてくる魔物の気配に後悔を覚える。
気配の主はゴブリンだろう。
かなり数が多い、50匹はいそうだ。
普段であれば、私の小隊ならばボブゴブリンがいようが苦戦する数ではないが、今回は護衛対象である若様がいる。
あの数がなだれ込んできたら、無傷で守ることが難しいだろう。
「来やがるか、ちょうどいい」
隣ではバカが息巻いている。
こいつは本当に余計なことしかしない。
そのせいで、若様が異常事態に気づいてしまう。
「魔物ですか?」
ここまでの森歩きで疲弊して、休憩したばかりのタイミングだ。
どうせ逃げられないのだから、ギリギリまで知らせず体を休めて欲しかった。
小隊の他の者たちは仕方がないと、戦闘の準備を始める。
「ゴブリンだ、若。ここでしっかり取り返してやるからな」
気合を入れようと若に妄言を垂れ流すのは、私の部下である副隊長のロメオ。
この森に入ることになった元凶にもかかわらず、悪びれもしない。
「若様、奴らがカードを持っているとは限りませんが、かなり近くまで近づいております。
逃げることが難しいため、ここで向かい打ちたいと思います」
そうは言うが、この数だ。
間違いなく私たちを先日襲った群れと同じゴブリンたちだろう。
しかし、そのことを言うといざという時、若様が無茶をするかもしれないので、期待を持たせるべきではないだろう。
「わ、わかりました。僕は何をすれば」
「若様は私たちの後ろで身を守りながら、もし怪我人が出た時は回復魔法をお願いします」
暗に戦うな、前に出るなというメッセージを正しく理解した若様は、悔しそうにしながらも頷いてくれる。
まだ幼いのに、聡明なお方だ。
「俺たちに任せてくれ、ゴブリンなんか敵じゃない。なあ、隊長」
またロメオが根拠もない言葉を並べ立てて、馴れ馴れしく話しかけてくる。
「お前は黙って、迎撃の準備をしろ」
本当に気分が悪くなる。
誰のせいでこんなことになったと思っているんだ。
他の者たちも苦笑しながら、細かい役割分担を決めて準備を行う。
本当にあの時、街に戻って応援を呼ばなかったことが悔やまれる。
「バネッサ、お前は若様のすぐ近くで支援を頼む」
いざというときは、隊の中で一番若いバネッサに若様を抱えて逃げてもらう。
戦場に選んだのは小さな崖に囲まれて小路のようになっているところ。
若様を背中で隠し、ゴブリンの正面に少しでも戦力を配置する。
「迂回して後ろを取るか。多少は頭が回るようだ」
ゴブリンたちは別れて、10匹ほどが迂回してこちらに向かおうとしている。
あまり良い状況ではないが、仕方がない。
こういうことも想定していた。
別働隊が到着する前に、できる限り本体を叩いておくとしよう。
「来るぞ、切れ」
もう本体がかなりの距離まで近づいている。
私の合図で5人が一斉に消息を解除する。
やつらは、もう少しでこちらが見えるというところで、間抜けにも動きをとめる。
「行くぞ」
「はいよ」
守りを他のものに任せて、私とロイドで困惑しているゴブリンの群れに突っ込む。
他のものでは、流石に全方位から囲まれて対応できるレベルにまで達していない。
「ギギィ!」
私たち2人を確認して、驚くゴブリンどもだが、すぐに奥の若様たちに気づき、攻撃を開始する。
「させねぇよ」
ロメオが最初に斬り込み、私も別の場所から群れを斬り開きボブゴブリンの元を目指す。
私とロメオの目的は、なるべく多くのゴブリンを倒しながら、ボブゴブリンを最速で倒すことだ。
ボブゴブリンを視界に収めたが、奴は笑ってこちらを確認した後、若様たちの方へ視線をむける。
様子がおかしい。
30匹ほどの塊がこちらに向かっても来ない。
ゴブリンを小分けに襲わせたところで、意味などないといいのに。
私たちが相手をする奴らはまるで足止めのようだが、結局私たちを抜かなければ若様たちの元には辿り着けない。
全体で押し切った方がまだ効果的だろう。
要領を得ないままゴブリンたちを見ていたが、30匹とボブ全てが手に持った石を、そのまま大きく振りかぶる様子を見て驚愕する。
「ボブリンが遠距離攻撃だと!」
ゴブリンたちが石を投げる。
それらの石は若様たちに降り注ぐが、3人の騎士が若様を囲み、盾や剣、その体で石を防ぐ。
小さな石が騎士たちにぶつかるが、それだけだ。
かすり傷くらいは負うだろうが、防具を着けた騎士は大きな怪我は負わないだろう。
ゴブリンに遠距離武器を扱えるような膂力は備わっていない。
そう、普通のゴブリンには。
「キャッ」
石の雨の中を、高速で通り過ぎたボブの投げた岩はバネッサの顔に直撃する。
「バネッサさん!」
「若様、盾の影から出ないでくだせぇ」
まずい、2人ではあの投石から若様を守り切ることは難しいだろう。
「戻るぞ、ロメオ」
「なんだってんだよ、ゴブリンのくせして」
ロメオが悔しそうに吐き捨てる。
確かにゴブリンがこのような戦術を用いることは予想外だ。
本来であれば、我々騎士にとってゴブリンの投げた石など容易に避けられるものであり、当たったところで問題はない。
しかし、若様を守らなければいけない状況では無視することはできない脅威となる。
私とロメオは後ろに戻り、みんなの壁となる。
「仕方がない、少しずつ削るぞ。迂回しているゴブリンたちに気をつけろ!」
できれば避けたかったが、長期戦に持ち込むことにする。
バネッサのことは心配だったが、若様は回復魔法が使える。
私たちは若様が治療に専念できるように、なるべく飛んでくる石を斬り払う。
ボブゴブリンの岩もたまに飛んでくるが、注意していれば払い除けるのは難しくない。
「何してやがる、あいつ」
ロメオがボブゴブリンの方を見ながらうめく。
私もそちら視線を向けると、ボブは岩ではなくゴブリンを掴み、構えていた。
「ふざけるな」
こちらに飛んでくるゴブリンだったが、そんな不恰好な投擲が私たちに通用するはずがない。
飛んできた勢いそのままに切り捨てるが、ボブはこちらを見て愉快そうに笑うと、投ゴブリンを続ける。
そのままこちらにかかる血が鬱陶しい。
「肉食わせてんな、最後の晩餐だとでも言うつもりか?」
確かにボブは投げる前に、嫌がるゴブリンたちに無理やり肉を食わせているのが見て取れる。
「ゴブリンの数が減る分には、こちらには好都合・・・?」
なんだ、視界が揺れる。
視界だけではない、体までもが震えて剣が上手く握れない。
「ジュリア!」
ボブがこちらに突っ込んでくるのがわかる。
「な・・・めるな『フレッシュ』『クー』」
十八番の剣技を織り交ぜたコンビネーションを繰り出す。
私は一瞬でボブに肉薄し、その流れで突きを繰り出す。
しかしあともう少しというところで、何故かボブが動きを止めてしまう。
突きは目測を外し、ボブの薄皮一枚を貫いたところで止まってしまう。
ボブがこちらを嘲笑い棍棒を振りかざしているのを、ぼやけた意識の中で見上げる。
「ジュリアッ」
あの男やみんなの声が聞こえたが、もう意識を保つことはできなかった。
せめて若様だけは。
◇◇◇◇
「え、増えた?」
もう少しで、バカ子とゴブリンたちがかちあうところで、バカ子の周りにいくつか気配が生まれる。
どれも人間のようだ。
「まさか、罠か。バカ子のくせにっ!」
何故だか、少し悔しい。
やばい、妄想が楽しくて止まらない。
人に会えるかもしれないことに興奮しているのかもしれない。
ゴブリンたちも相手の気配が変わったことに気づいたのか、少し動揺しているようだ。
「こりゃ助けはいらないかもな」
新しく生まれた気配の主たちは、かなり強そうだ。
終わってから合流したほうがいいかもしれない。
それにバカ子救出ルートがないことに、戦うモチベーションが萎んでしまった。
「戦う様子だけ見たいから、こっそり近づくか」
ゴブリンも人間も、これだけ相手を警戒していれば、こちらには気づけないだろう。
ゆっくりと近づいていくと、ゴブリンと人間の戦いが始まったことに気がついた。
そして、開始早々予想外の動きが伝わってきた。
「え、人間ひとりやられた・・・?」
弱・・・いんじゃなくて、ボブが初っ端から仕掛けたのかね、これは。
あれだけ強い気配を発していた人間が、それ以外でダウンする理由は思い浮かばない。
「まずいな、防戦一方じゃん」
怪我をした仲間を庇っているのか、人間たちの動きがかなり制限されていることがわかる。
そんな戦況を想像しているサクラだが、少し離れたところに別の存在を感知する。
「別働隊か、まずいねこりゃ」
どうもゴブリンが10匹ほど迂回して、人間の後方に周ろうとしているようだ。
この状況で別働隊が何かしらの追撃を見せれば、人間側がぎりぎり保っている戦況が完全に崩れてしまうかもしれない。
「俺がやるしかない!」
バカ子救出ルートへの回線が復旧しました。やる気がみなぎってくる。
一気にスピードを上げて距離を詰めると、すぐに別働隊とかちあった。
「こんにち、はっ!」
投石いっちょう、出会い頭に投げ込んでみる。
石は2匹のゴブリンを貫通していく。
「幸先いいね、こりゃ」
ハイテンションで戦闘に突入したサクラだが、気づいたゴブリンの反応が今までと違う。
ゴブリンたちはサクラを大きく囲むように散らばってしまった。
そして、全てのゴブリンが石を取り出して、こちらへと投石を行う。
「まじかよっ、学習するのかよ、お前ら」
間違いなくサクラとの戦闘で学んだと思われるその戦法に驚く。
慌てて、飛んでくる石を避ける。
「甘く見てたわ、ほんとに」
高揚していた気分が一気に萎んだ。この3日間で何回反省するんだよ俺。
「ただ」
サクラの声音が一段下がる。
ゴブリンたちは立て続けに投石をおこなう。
それに対して、サクラは装飾剣ではなく木剣を構える。
「お前らも・・・俺を甘く見過ぎだろう?」
遅い、打ち返す。
跳ね返った石がゴブリンの1匹を貫く。
うん、これは偶然。
俺の投石を見て対象を絞らせないために散開。
さらには投石もインスパイヤ受けましたってか。
「おい。俺は専門家なんだよ」
まだ続けられる投石を歩いて躱しながら、一つの石を打ち返す
今度は明確な狙いをもって、投げたゴブリンを貫通する。
「そのスローボールは、もはや侮辱だろ」
その光景とサクラの意味のわからない怒りに、ゴブリンたちは硬直する。
本当にふざけている。
こいつらは俺の真似をしたんだろう。間違いなく。
その結果がこれか?
ひょろひょろ球が隙間を空けて、まばらに飛んできてどんな脅威があると思ったのだ。
俺はこの程度のインスパイヤしか、こいつらに与えられなかったのか。
硬直しているゴブリンたちに語りかける。
「かたまらなければ、俺の投石が弱体化すると?」
クイックスローで2匹を仕留める。
残りは5匹、かなり間隔が空いている。
「違うだろ」
木剣を一番近い1匹に向かって投げる。
流石にこれは横っ飛びで、慌てて避けるゴブリン。
だが、もう俺は剣を振り下ろしている。
袈裟斬りがゴブリンを切り裂く。
それに他のゴブリンたちが、あわてて棍棒を持って駆け寄ってくる。
十分に剣を振りかぶって、次のゴブリンを斬り殺す。
その次も。
「お前らが固まらないで、雪崩れ込まないで、どうやって脅威になるんだ?」
斬る。
あと残すのは1匹だ。
そいつはもう棍棒を放し、こちらを怯えた目で見ている。
何故だ
何故最初からその目をしていない。
何故、おれがお前らごときに舐められなければいけない。
猪やボブならわかる。
あの人間たちも強そうだししょうがない。
だが、何故お前らが俺を舐めている。
散々殺しただろう。投石で。剣でも。
何故、散開した。
1匹で対処できるとでも?
何故、石を投げる。
あれが当たって、まして俺を傷つけると?
ふざけるな
舐めんな
怒号
「ふ、ざけるなあ゛っ、なめてんじゃねぇぞっ!」
最後のゴブリンは逃げ出すが、間をおかずサクラの投石が頭を貫く。
そして、まだ息のあるゴブリンも黙々ととどめを刺していく。
ゴブリンが全て魔石になったのを確認する。
「そうか、もっと殺せばいいんだな」
サクラは戦場に歩き出す。
許せないのだろう。
格下であるゴブリンに甘く見られたことが。
サクラは上下関係にはとても厳しい。
運動部だったから。
格上はいいのだ、そういうものだから。
格下はだめだ、そういうものだから。
だから我慢できない。
格下が俺に舐めた態度をとるんじゃねえ。
サクラはイキリなのだ。
「ふざけんなーぁ!」
肩をいからせて戦場に向かうのであった。




