9. 開戦
忘れてた!
私はジュリア・キャピター。
黒の森に面し、魔物より国を守る役割を担うオーナード伯爵家に使える騎士。
護衛対象である若様は故郷であるブルトル特別自治区より、遊学先である我がオーナード伯爵が治める領都ナータへと戻るところであった。
今回の帰郷に護衛として付けられたのが、我々オーナード騎士団所属のジュリア小隊。
普段から若様の護衛につくことが多いため、当然の選抜だ。
行きの道は全く問題がなく、はぐれの魔物に1度遭遇しただけだったが、アホのように興奮したロメオが無駄に張り切って倒してしまった。
あの時も、奴は副隊長にもかかわらず、一番に飛び出してしまい、若手の数少ない成長の場を台無しにしてしまった。
あんなのが同期だと思うと情けなくなる。
しかし、問題は帰り道に起こった。
「ゴブリンだな、数が多い」
「ああ。各自、若様を囲め」
ナータへあと1日というところでゴブリンの群れに襲撃に遭ったのだ。
しかし、その程度のことはよくあることだ。
ゴブリン程度なら、騎士団の小隊であれば群れであろうと対処可能であるし、いざとなれば若様を馬で駆けさせ、我々は走れば置き去りにできる。
実際、途中まではなんの問題もなく、湧き出るゴブリンどもを対処できていた。
戦況が変わったのは、やはりあいつのせいだ。
「ボブゴブリンまで出たか」
「俺がやる!」
ボブゴブリン程度が出ただけで、ロメオが防衛ラインから一人抜け出てしまった。
当然その穴を埋めるため我々はカバーに入ったのだが、1匹のゴブリンに馬に吊るされていた若様の荷物袋を奪われてしまった。
「あぁっ、荷物が!マウントとカード入っているのに」
「なんですって!?」
何故そのような大事なものを、旅路で身につけていないのですか!
つい口調が乱れてしまうほど、私は取り乱してしまった。
しかし、その2つなければ貴族としての身分どころか、個人を証明することすら難しい。
再発行が不可能なわけではないが、とんでもないプロセスの手続きや調査が必要になる。
何よりも今の若様を取り巻く情勢においては、あまりにもリスクが大きい。
「私が奪い返します。他のものは若様の守りを」
「「「はっ」」」
他のものに守りを任せて、私はゴブリンの塊に突っ込んでいく。
間にいるゴブリンを剣の一振りで薙ぎ倒していくが、なぜか斬っても斬っても間にゴブリンどもが入り込んでくる。
まるで荷物を盗んだゴブリンを庇うようなその動きに、焦りが生まれる。
仕方がないので、目の前にいる敵を一掃しようと剣技を発動しようとしたところ。
「隊長、危ない!」
後ろの隊員から注意が飛ぶ。
すぐさま、気配を探ると横からとんでもない速度で何かが飛んでくる。
「なっ!」
そのまま衝撃を受けて、飛ばされてしまう。
受けたのは腕のガードの上からだったので、問題はない。
飛んできたのはでかい棍棒だ。
どうやらロメオが戦っていたボブゴブリンが、こちらに投げつけてきたものらしい。
そのボブゴブリンには、今ロメオがとどめを刺している。
「まずい、奴は」
目を離したのは一瞬だったが、既に荷物を奪ったゴブリンの姿はなく、他のゴブリンたちも一斉に森に入り、逃げ出してしまっている。
これでは感知できない。
急いで森に入り目に付くゴブリンたちを始末していくが、ある程度進んだところで完全にゴブリンを見失ってしまった。
「わりぃ、隊長。大丈夫だったか?」
隊の元に戻ると、さして悪いとも思っていないような態度で、ロメオがこちらに聞く。
しかし、そんな戯言には付き合っていられない。
私は若様の前に跪き、歯を食いしばりながら報告する。
「申し訳ありません、取り逃してしまいました」
「な、そんな・・・」
若様ではなく、隊の者たちが顔を青ざめさせる。
それはそうだろう。
ここまでの失態、私たちの責任問題は当然のことながら、若様に及ぶであろう危険は想像を絶する。
もし悪意あるものや、心ない人間にあの荷物を奪われたら、私たちでは若様を守ることもできない。
「何をそんな反省してんだよ、隊長。お前らもどうした?」
ロメオが一人困惑しながら、聞いてくる。
私はこの状況に対する焦りや、ロメオに対しての言いようのない怒りを抑えるのに必死で、質問に応える余裕がない。
「僕の荷物が奪われてしまったんです」
しまった。
若様に答えさせてしまうなど。
他のものたちも余裕をなくしてしまっているようだ。
「それでか。大変だなそりゃ、何が入ってたんだ」
ロメオも納得するが、まだきちんと事態を理解できていない。
「マウントとカードが・・・」
若様はもはや苦笑しながら、諦めたようにロメオに教える。
「なっ!」
絶句するロメオ。そして急いで森の中に駆け込もうとする。
「待ってください、ロメオさん!無理ですよ、今更」
「そうだな、このまま追ってもやつを見つけることは難しいだろう。この広い森の中を見つけるには、人数が必要だ」
焦っている愚か者を見ていると、こちらが逆に落ち着くのは不思議だな。
私は気合を入れて、みんなを見渡す。
「若様。一度街に戻らせていただいて、応援を呼んでもよろしいでしょうか」
「ええ、仕方がないですね。僕は衛兵の詰所で待機ですかね」
「申し訳ございません。
冒険者たちにも依頼を出して、この森を隈なく探しますので、ご不便をおかけしますが、我慢していただくことになります」
身分証となるカードも、貴族である証明のマウントもない若様は、街には入れない。
ただの平民がカードをなくしただけならばともかく、貴族である以上それを証明できない間は街に入れない。
街門の衛兵詰所でしばらく待機してもらわなければならないだろう。
見つからなかった場合は、再発行されるまで軟禁されることになる。
「それでは急いでナータへ戻ります」
それでもオーナード伯爵家の守りの内側に置かれていれば、敵に襲われるリスクはないだろう。
下手なところにいると、マウントがない状態では守護を得ることができないかもしれない。
「なんでそんな大事なもんを荷物に」
「何を今更、たわけたことを言っているっ。奪われた時点で私たちの失態であろう!」
何故このタイミングで若様を責めるようなことを言うのだ、この男は。
ほらみろ、若様が申し訳なさそうな顔をしている。
そもそも貴様が飛び出さなければ、このような事態には陥っていないというのに。
「でも、こんなこと報告したら、ジュリアの首が飛んじまう」
「だから、今はそのようなことを言っている場合ではっ」
「それは、本当ですかっ!?」
青ざめたロメオを叱り飛ばす私にかぶせて、若様が驚きの声をあげる。
まずい。
またこの男は余計なことを言ったか。
貴族であることの証明を失ったのだ。
それを守る役割を担っていたものが取れる責任など、その命を持って償うことなど当然なのだ。
「若様、私の首などは瑣末なことです。今なによりも優先されることは若様の安全に他なりません」
「・・・」
しかし若様の顔は既に決意に満ちており、馬から降りてしまう。
「ジュリアさん、あなたの命を瑣末なこととは、僕は思えません。
そもそも私の不始末からおこったこと。
私が苦労する程度ならと思っていましたが、あなたの処刑など断じて見過ごせることではありません。」
「若様っ」
まずい。
このままでは本当に森の中にゴブリンを探すことになってしまう。
「必ず。若のことは必ずおれが守ります」
ロメオのやつが、青ざめていた顔を赤くしながら、若様が森に入るのを促そうとする。
若様もロメオに対してうなずき、さらに意思を固くしてしまったようだ。
何をしているのだ、この男は。
「お前たちも、若様を止めろ!」
他の隊員たちにも説得を手伝わせようとするが、何故か反応が鈍い。
何故だ、お前たちが行かないと言えば、流石にこの二人も諦めるのだぞ。
今は保身に走っている場合ではないということがわからないのか。
情けない部下たちを叱り飛ばそうとしたところで、若様から待ったがかかる。
「このままでは言いくるめられてしまいそうですね。仕方がありません。
騎士ジュリア・キャピター、命令です。
森の中へ入り、奪われた荷物の捜索を指揮しなさい」
「はっ」
やられた。既に条件反射で承諾の意を示したが、どちらにせよこの命令には逆らえない。
この状況はどうあっても覆せないらしい。
決まった以上は、動かなければならない。
隊の者たちに直ちに命令を下して、森の中に捜索に入る。
ロメオが笑っている。
本当にこいつ嫌い。
◇◇◇◇
「とりあえず撒いたか」
ゴブリンたちとはかなり離れることができた。
ここからはまたペースを落とそう。
また猪に会うと厄介だからな。
回収した背嚢から水筒を出して、喉を潤す。
「弱いなー、俺。うさぎのテリトリー出たらまずかったか」
全く歯の立たない敵に、連続で遭遇するとは思わなかった。
「異世界生活3日目だもんな・・・まず」
携帯食を食べながら、まだ異世界に来て3日目ということに軽く絶望。
森遭難編がヘビーで長すぎる。昨日の朝からまともに火を通したものすら食べていない。
人間、食べるものが貧相になるだけで気持ちも落ち込んでくる。
「今日どうやって寝よう」
あのゴブリンたちの追跡の中で、安全な寝所が見つかるだろうか。
良かった点といえば先程の戦闘でレベルが13になったことくらい。
ただ、SPが4しかないので、レベルを上げるには少ない。
新しいスキルは微妙だ。
「一番最初の頭打ちってやつかね」
倒せる魔物じゃレベルが上がらず、格上の魔物は歯が立たない。
レベルが上がっても、要求されるSPが多くなってきたため、使えない。
人里にも出られず、誰にも会わないまま頭打ちって妙にリアルだな。
「甘やかしてくれよもっと、招待なんだろ」
運営に愚痴を言うが、まあわかっている。
ゲーム中級者のパラメーターならば、この森はスキップで通り抜けられるのだろう。
今の俺でも生き残れて、LV.1の消息や気配感知が通用するような森だもんな。
そこで気配感知を発動すると、ゴブリンの様子がかわったことに気づく。
「見つかったか。いや、どこ向かってんだあいつら」
明らかに追跡の質が違う。
というよりもターゲットが他に映ったのだろう。
「ラッキー・・・とも言えないか」
ようやく一息つける。
ありがたい。
興味半分でゴブリンたちの進む方向を探ると、異質な存在が一つある。
「ヒト・・・っぽいなー」
初めての感覚なのでわからないが、なんとなく人な気がするのだ。
魔物とは明らかに違う、自分と近いエネルギーを相手から感じる。
「これでやられたら俺のせいだよね」
ゴブリンたちをここまで誘導したのは俺だ。
それに初めての人里への手がかりが、手に入るかもしれない。
先程のボブを思い出す。
あれの率いる群れと戦うのと、初めての人との遭遇どちらを取るか。
「こういう場合、なぜかゲームだと可愛い女の子が相場だよな」
あれ、なんで戦えない女の子が一人で森にいるんだろう。
バカなのかな。可哀想そうに。
しかし、バカだとしても女の子だとしたら、その結末は悲惨なものになってしまう。
腰に帯びた装飾剣を見る。
この剣に救われた場面もいくつかあった。
その持ち主だったであろう女性のことを考えると、バカ子を見捨てるという選択肢は、俺にはもうなかった。
野郎の可能性?
いいんだよ、女の子にしておけば。
真実に辿り着く前の妄想が、楽しいんじゃないのこういうのはさ。
無粋だね、まったく。
「ゴブリンより早く着くのは難しいかもな」
気配の感じからして、ゴブリンたちの方が早くエンカウントしてしまいそうだ。
「急がなくては、バカ子が危ない」
進行方向を少し変えて、森を急ぐ。
それにしても妄想が捗るなぁ。
あ、石補充しておこ。




