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後編(エマニュエル)

 エマニュエル・リントンはマリア・ウィンズレットの取り巻きのひとりだった。だがエマニュエルはその立場に満足していなかったし、甘んじることもなかった。そして取り巻きという立場には明確に不満を持っていた。


 マリアのそばに、だれよりも長くいるのは間違いなくエマニュエルだ。マリアがまだどこぞの貴族の御落胤だと囁かれているだけだった時代から、エマニュエルは彼女と一緒にいた。


「まあわたしはこんな性格だからな。()き遅れになったら貰ってくれよ」


 マリアが男爵家に引き取られることが決まったと打ち明けられたときにかけられた言葉を、エマニュエルはずっと大事にしてきた。たしかにざっくばらんなマリアが貴族社会に馴染めるとも思えなかった。だから、エマニュエルは学園に入って打ちのめされた。


 マリアの美しさ、着飾らない性格に惹かれる男たちが彼女を取り巻いていることを、エマニュエルは知って衝撃を受けた。


 マリアは、エマニュエルだけのものではなかった。そんな、当たり前の事実にエマニュエルはようやく気づいたのだ。


 だが勝算はあった。情に篤いマリアのことだ。そこを突けば簡単にエマニュエルにほだされてくれるだろうことは予測がつく。


 しかし、マリアの取り巻きたちが邪魔だった。


 第四王子に公爵子息。王立学園には貴族の後見を得て通う平民もいくらかいたが、元々は貴族のための学び舎だ。マリアの取り巻きは、どいつもこいつもエマニュエルなんて軽く吹き飛ばせそうな地位と権力の持ち主ばかりだった。


 エマニュエルはマリアを不幸にさせたくなかったし、自分だけが不幸になるつもりもなかった。


 だから、リリア・ホッジズの存在は都合が良かった。彼女が魅了魔法を使うことを知ったのは偶然の産物だった。


 元来、魅了魔法というものは相手に自分の印象をちょっとよくするていどの効果しか発揮しない。また、警戒心が強い相手や、元から強い悪感情を抱いている相手には効果が薄い。エマニュエルは前者に当てはまり、魔法の研究をしているがために、リリアが魅了魔法の使い手であることに気づけたのだった。


 エマニュエルはマリアだけを愛しているのだ。リリアに惹かれるのはあり得ない。だがそこにいささかの矛盾が生じたことで、エマニュエルはリリアの魅了魔法に気づけた。そしてリリアがマリアの取り巻きに気があるということにも。


 エマニュエルはそんなリリアの野望を利用した。それは、思わず笑いたくなるほどに上手く行った。


 リリアの取り巻きが互いに醜く争い合う姿は滑稽だった。かつて、「マリアに関しては抜け駆けはなし」などと、ちゃんちゃらおかしい「協定」を結んでいた連中が、リリアの前では欲望をむき出しにしているのはエマニュエルにとって爽快だった。


 エマニュエルはかねてより、そんな「協定」などくそくらえと思っていた。けれども繰り返しになるが、相手はお貴族様で、エマニュエルは公爵の後見を得ているとは言え、ただの平民。だから「協定」を破った際に発生するだろう不利益を前に二の足を踏んでいた。


 けれども、もう、彼らはリリアの取り巻きになったのだから、関係はない。エマニュエルを邪魔する「協定」はもうない。そうなるとエマニュエルは一直線だった。


「え? い、今なんと……?」


 かすかに声を震わせて、かつてマリアを取り巻いていた男のひとりが問う。


 それに対し、マリアは軽やかに答える。


「声が小さかったでしょうか? わたし、エム――エマニュエルとお付き合いを始めたんです」


 マリアは一瞬だけまつ毛を伏せるようにして、少しだけ恥ずかしそうにしたが、しかしすぐに元取り巻きをまっすぐに見た。


「――だから、申し訳ないのですけれど、今後お誘いはご遠慮してくださると……」

「あ、ああ……わかった……」


 打ちひしがれた様子の元取り巻きを見て、エマニュエルは内心で舌を出した。そしてこちらに駆け寄ってくるマリアを、とろけるような目で見る。


「それじゃあ行こうか、マリア」

「ああ」


 こうしてエマニュエルは愛しいマリアを手に入れることができたのだった。

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