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前編(マリア)

 近頃、マリア・ウィンズレットの取り巻きは目に見えて減った。否、減ったどころかほとんどいなくなったと言ったほうが正しいだろう。


 それで、つい一ヶ月前までマリアをもてはやしていた男子生徒たちが今どうしているのかと言えば、転入生のリリア・ホッジズの取り巻きをしている。


 この変化におどろき、あるいは衝撃を受けた生徒は少なくない。


 マリア・ウィンズレットは歴史ある男爵家の令嬢だが、その出自を公に口にすることは憚られる存在だ。ウィンズレット卿がさる踊り子と一夜を共にして生まれたのがマリアなのである。


 そういった出自であるから、マリアは存在を秘されて一〇のときまで市井に置かれていた。のであるが、魔力を持つということが判明したために、男爵家に引き取られて、今はこの王立学園に男爵令嬢という立場で通っているわけである。


 マリア・ウィンズレットはそういった出自を持つ以上に、別の面でも学園では浮いている存在だった。


 マリア・ウィンズレットは目もくらむような美しい容貌を持つ令嬢で、神の手を持つ人間が作り上げたビスク・ドールが命を持ったのだ、と言われても納得してしまうだろう。


 しかしその繊細な容姿に反して、性格はざっくばらんで豪放磊落。美貌を飾る唇から発せられる言葉には、ときおり男っぽさが混じる。


 だから、マリア・ウィンズレットは学園では浮いている、異色の存在だった。


 そしてそんな異色の存在だからこそ、興味を持つ人間も現れる。それが、マリア・ウィンズレットの取り巻きたちであった。……今ではその取り巻きたちには、ほとんどすべて、元がつくわけだが。


 元取り巻きたちがマリア・ウィンズレットに惹かれていたのは明らかだった。触れれば壊れそうな美貌に、飾ったところのない性格。貴族社会ではおおよそふさわしくないマリア・ウィンズレットのその特徴は、一部の男子生徒の心をくすぐった。


 もちろん、大部分の生徒はマリア・ウィンズレットには特別な感情を抱きはしなかった。それどころか、彼女を忌避する感情を抱く者も少なくはなかった。


 それでも元取り巻きたちに忠告する者がそう多くはなかったのは、ひとえにマリア・ウィンズレットが学業面ではまったくの優等生であったからだ。


 だから、マリア・ウィンズレットはほとんど無敵の存在だった。


 女子生徒が忠告をすればマリア・ウィンズレットの立場に嫉妬していると思われかねなかったし、男子生徒が忠告をすれば優秀なマリア・ウィンズレットを追い落とそうと画策していると受け取られかねなかった。


 それに、マリア・ウィンズレットの評判が地に落ちるほどに、元取り巻きたちは彼女を守ろうと頑なになっていた面もある。頭から反対されれば、反発したくなる。人情としては当たり前のことだった。


 そんな取り巻きたちの頭に「元」がついた。マリア・ウィンズレットの取り巻きをやめて、代わりとでも言うようにリリア・ホッジズの取り巻きを始めた。これは、学園中を揺るがす大ニュースであった。


 リリア・ホッジズもマリア・ウィンズレットと同様に、元庶民で今は令嬢として学園に通っているという少女だ。魔力を持っているというところも同じ。珍しいピンクブロンドの髪を持つのも同じ。


 さながらマリア・ウィンズレットの立場を、リリア・ホッジズは丸ごと奪って行ったかのようだった。


「……ってな感じで、今学園中じゃお前たちの噂で持ち切りだ」


 ここ一ヶ月の目まぐるしい変化をマリアに語って聞かせたのは、彼女の幼馴染であるエマニュエルだ。


 エマニュエルはマリアの幼馴染と言うからには平民で、しかしその才能を認められて公爵の後見を得て学園に通っている。彼もまた、マリアと同じ異色の存在ではあったが、立ち回りの上手さから、彼女ほど浮いているというわけではなかった。


「へー」


 エマニュエルから話を聞かされたマリアは、聞いていたのかいなかったのかよくわからないような、気のない返事をする。その膝には綺麗に書き込みがされたノートが広げられていた。


 今、ふたりは学園内にある立派な庭園の、奥まった場所にぽつんと置かれたガゼボの中にいる。生徒同士が逢引きをするにはうってつけのロケーションであったが、幼馴染同士であるふたりのあいだには気安さはあっても、そのような色気はない。


「ぽっと出の女に立場を奪われたお前の感想を聞きたがってるやつらは多いんだぜ?」

「そんなこと言われてもな」


 普段は男爵令嬢として、一応それなりに口調には気を遣うマリアも、幼馴染であるエマニュエルの前では素の、男っぽい言葉遣いになる。


「あいつら、勉強会に付き合ってくれるのはよかったが、遊びに行こうって誘いがウザかったんだ。わたしには遊びに行っている暇なんてないんだってのにさ」

「お前って四六時中勉強してるじゃん。たまには息抜きも必要だと思うぜ?」

「たまには、な。毎週毎週、懲りもせず誘われてみろ。ウザったくなってくるって」

「今はいいのか?」


 エマニュエルが悪戯っぽく問えば、マリアの長く、繊細な印象を与えるまつ毛が揺れた。


「お前とは別に。しゃべってても肩がこらないしな」

「そりゃ光栄で」

「本気で言ってるんだが? ……それよりもエム、今度また魔法の練習に付き合ってくれよ。来週実技があるんだがちょっと自信がなくて――」

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