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ふと視線を感じた。
壁に背を当て、周囲を見る。
何もない。
カメラか?
それとも誰かが隠れている?
いや。
止まっていたワンボックスのバンのライトが煌々と光った。
俺は目がくらまないよう、視界を遮る。
その時、車のライトの中に瞳孔と虹彩が見えた。
何を言っているのか、と言われると思う。
だが、間違いない。
車が。
サイドにでかでかと配達業者の名前がプリントされたシェビーのバンがこちらを見ていた。
そして、フロントグリルが上下に割れた。
その中には、無数の牙と、やけに長い舌が現れた。
ぬめぬめとした唾液が糸を引きながら、口が大きく開いていく。
細かな牙は鮫の牙のようだ。
哺乳類の口には思えない。
夢か、夢なのか?
セルモーターの音とともに化け物バンが身震いをした。
エンジンの排気音。
のろのろと進みだす。
まるで、生き物のように。
よく見ると鉄でできているはずのボディが、「まるで生き物のように」脈打っている。
トラックとスポーツカーも起きだしていた。
スポーツカーは、長いボンネットがかぱりと開いた。
エンジンが入っているはずの「そこ」から長い舌が現れた。
鮫のような牙は、こちらも変わらない。
ヤバい。
こいつは、本当にヤバい。
これは、喰われる。
想定外だ。
クルマに喰われるなんていうのは。
自分が少女になった以上に想定外だ。
大きく口を開けた化け物バンが向かってきた。
横っ飛びに逃げる。
フルブレーキ。
スキール音は、明らかに車の発する音だ。
だが、その発する大本は。
ただのバケモノだ。
ぎろりとこちらを見る。
そしてバックする。
ライト部分の目が充血している。
怒り。殺意。
背筋が寒くなる。
俺は逃げ出した。
元いた倉庫に向かって。
化け物バンとスポーツカーが争うように向かってきた。
俺は転がり込むように倉庫に駆け込み、ドアを閉める。
そのまま、倉庫の壁にぶつかる衝撃音。
とは言え、倉庫の壁は破れなかった。
慌てて、事務机の下に隠れたが、最初の一撃以降、大きな衝撃音はなかった。
改めて、倉庫の中を見回す。
窓は、天井近くにある明かりとりしかついていない。
化け物たちは、一体どうしたのか。
それもわからない。
よし。棚からクライミング用っぽいグローブを取り出し、手にはめ、壁を登る。
鉄筋むき出しなので、足場には、さほど苦労はしない。
窓にだとりつき、そっと外を眺めると、化け物車が、元の位置に戻っていた。
この中にいる限り襲ってこないのか、それとも「人間」を知覚しない限り襲ってこないのか。
どっちだろう。
とは言っても、ここに立てこもるわけにもいかない。
水はあるが、食料がない。
ここはスポーツ用品の倉庫らしいので、プロテインバーくらいないかと思って探したが、残念ながら存在はしなかった。
さて。
どうやって逃げ出すか、だ。
少なくとも、真っ当な状況ではない。
だとしたら。
試さなくてはいけないことが一つあった。