8
「まさか、こんなことになっているなんて!」
別荘に戻って、気つけの酒を流し込むなり、部長が吠えた。
「叫ぶなって! ゾンビに気づかれたらどうするんだよ」
鳥見が部長の口を押さえる。その慌てふためく様子を見ていると、だんだん鳥見のことが好きになってきた。ぼく以上の小心者。最初に思ったほど悪いやつではなさそうだ。
「でもどうする? このままここに留まるのか?」
五反田が言った。
「いや、まずは救助を呼んだ方がいいんじゃないかな。それからここで待機するのが一番いいと思う」
萩原は言いながら、自らの頭をくしゃくしゃと掻いた。
「ここに戻る前に電話してみるべきだった。混乱していたみたいだ。ごめん」
萩原でも混乱していたのか、と内心思いながらぼくは口を開く。
「結構下らなきゃ電波なかったけど、戻るの?」
「それしかないだろうね」
部長が頷く。」
「おれ一人で行くよ。おれの責任だ」
萩原が名乗り出る。
「なに言ってるんだよ。みんな気が動転してて考え付かなかったんだ。きみのせいじゃない」
部長はそれを打ち消す。
「でも電話してくるだけなら全員で行く必要はないよな」
鳥見が恐る恐る口に出す。
「だけど一人で行くのは危ないよね」
と伊藤。
「じゃあ三人程度にしておくか。残りの三人は万一やつらがここまで来てしまったときの備えをするとして」
五反田が提案した。
「だれが行くんだ?」
鳥見が訊く。
「おれが行こう。高校まで空手をやってたから多少は役にたつはずだ」
五反田が立候補した。
「ぼくもいくよ。部長だからね。ぼくは柔道やってた」
空手も柔道も、ゾンビ相手にはそれほど有効ではないように思えたが、別にそういうことではないらしい。
「じゃあ萩原と五反田と部長で決まりか?」
鳥見が安堵したようにまとめた。
「――いや、萩原の代わりにぼくが行く」
ぼくは出し抜けに手を挙げた。なぜそうしたかは自分でもわからない。
みんな目を丸くしてぼくを見ていたが、この発言に一番驚いていたのは間違いなくぼく自身だった。ぼくは明らかにこんなことを言うタイプではない。しかし土壇場になってみないと本当の自分がどうであるかはわからない。
ぼくは自分で思っていたよりずっと勇気があったということだ。このあと、このときの発言を何度自画自賛したことかわからない。
「マル……!」
萩原がなにか言いたげに、ぼくの名を呼んだが、
「備えをするんなら、勝手を知った萩原がいないと困るはずだよ。だから運転できるぼくが代わりに行く」
ぼくは冷静な分析でそれに答えた。声は発電機のように激しく震えていたが。
「だけど危険かもしれないんだぞ」
萩原が言う。
「それはだれが行っても同じことだよ。それに電波があるところまで行くだけならまだ空港からは十分距離がある。大丈夫さ」
それにぼくには、少し前に車を使った殺人の経験がある。格闘技など目ではない。
「よし、行くなら早い方がいい。丸内くん悪いけどお願いするよ」
部長が助手席に乗り込む。
「おまえ、勇気あるな。鳥見とはえらい違いだぜ」
五反田が肩をコツンと叩いて後部座席へと向かう。
アドレナリンが噴出して、ぼくは勇猛果敢な足取りで運転席へと歩みを進めた。
一応伊藤の方をちらっと見ると、伊藤はぼくには目をくれず五反田の方ばかり一心に見つめていた。
なにも見なかったことにして、ぼくはシフトレバーを引き、アクセルを思い切り踏み込んだ。エンジンがブウンと唸った。ギアがニュートラルに入っていた。
なにもなかったことにして、ぼくはシフトレバーをもう一度握り、今度こそ車は走り出した。
――ところが電波は見つからなかった。
さっき電波が飛んでいたところまで戻っても、画面のアンテナは一本たりとも立っていなかったのだ。
なにかの間違いかと思って、車をもっと先に進めた。しかし変化はない。
もっと先へと進んでみる。別荘を出てから一時間以上が経過していた。
電波は見つからなかったが遠くにたくさんの人影が見つかった。
「おいおい、やばくないか。あいつらどんどんこっちに進んできてるぜ」
五反田が無暗にでかい声で言った。
「さっき刺激したからかな」
ぼくはさっきと同じことをしたくないので、さっさとUターンを始める。
「まずいね。やっぱり電波がなくなってる。ということは街の方はかなりまずい状況なのかもしれない」
部長が面長な顔を歪めてそう分析した。
「ちくしょう。どんどんこっちに来てやがる!」
「わかった。車のライトのせいかもしれない」
二人はそういうが、もう外は真っ暗だ。ライトを消せるわけがない。
とにかく視界から消えることが先決だと思ったため、走り屋みたいな速度で車をぶっ飛ばす。
車内はいろんな意味で大パニックだった。
別荘に帰ると、灯りはすっかり消えていたが、車の音を聞きつけて三人が屋敷から出てきた。
こちらが出ている間、門扉の部分に運べる範囲で家具を持ってきたらしい。出入口はソファーで塞いであったが、鳥見と二人でそれをよけて扉を開けてくれた。
車から降りた途端、五反田と伊藤が再会を喜んで熱く抱き合う。まるで一年間くらい離れていたみたいに。
それをよそ目にぼくと部長は一部始終を萩原たちに伝えるた。
「そんな……」
鳥見は膝から崩れ落ちた。