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 集合場所に着くとすでに一人が来ていて、強い日差しを避けるために日陰に入っていた。

 それまで会ったのは事前に挨拶に行ったときの一度きりだったが、熊のような大男でしかも背中に釣り道具をしょっていたのですぐにそれとわかった。

 

 「おはようございます」

 ぼくが声をかけると

 「おはよう。早いね」

 犬養よしきが面長の顔をほころばせた。この釣りサークルの部長で学年は一つ上だ。

 

 五分刈り頭に赤いスポーツキャップを被っていて、しっかりした輪郭に大きな口と大きな鼻、そしてつぶらな瞳が親しみやすい素朴な雰囲気を醸し出している。

 だが柔道の有段者でもあるらしく、耳は潰れていて、それが親しみやすさをすべて打ち消していた。

 普段は温厚だが怒らせると豹変する、と萩原から聞いた。

 だからそのときも、一対一で会話するのは怖いなあと思っていた。ぼくはまれに空気が読めていないときがある。そしてなにより間が悪いから。

 

 「い、犬養さんこそ」

 「はは、部長でいいって。みんなそう呼んでるし」

 「わかりました。今回はいきなりお邪魔してすみません」

 「邪魔だなんてとんでもない。人数が多い方が楽しいんだよ。釣りサークルはこの通りいまひとつ人気がないし」

 部長は笑った。

 「丸内くんは釣りの経験はないんだっけ?」

 「今日が初めてです」

 「ほんとに? でもそれヤマガの高いやつじゃない」

 部長はぼくの釣り道具を指した。

 一瞥しただけでメーカーまでわかるのか、と感心した。

 ぼくには竿は竿でしかない。

 「萩原に借りたんですよ」

 「なるほど。じゃあ着いたら教えてあげるよ。渓流釣りは難しいけどさ」

 「ありがとうございます。でも大丈夫かなあ」

 「ぼくが初めて釣った獲物なんだと思う?」

 「わからないです」

 「親父の耳たぶだよ。大丈夫、なにかしらは釣れるさ」

 ぼくは苦笑いをする。

 

 「ありゃ、もう二人来てるじゃん」

 「――うわっ!」

 背後から声がしてぼくは飛び上がった。

 「あはは、驚きすぎだって」

 ぼくの驚き様を見て笑うのは、鳥見快人だ。学年はぼくや萩原と同じ。

 背が高くルックスは爽やかで女性人気も高いらしい。釣りサークルには居そうにないタイプに見える。

 正直、苦手なタイプだ。

 

 「一週間よろしくな」

 「どうも」

 一応頭を下げる。馴れ馴れしいやつだ、と思いながら。

 鳥見は講義でたまに見かけるが、言葉を交わしたことはほとんどない。その数少ない経験の中でさえ印象は良くなかった。

 太極図でいうところの、陰と陽との関係にあるので、それはもう仕方がないのだろう。

 

 「ごめんね、丸内くん。こいつこういうやつだからさ」

 顔に出ていたのか、部長が断りを入れる。

 「さすが部長。おれのことよくわかってる!」

 「そりゃそうさ」

 二人のノリにどう対応するか考えていると、赤いミニバンがぼくたちの前に止まった。萩原の車だ。運転席の窓が開いて萩原が顔を出す。

 

 「おはよ。三人揃ってるみたいだな。乗ってよ」

 「あとの二人は白鳥沼で拾うの?」

 鳥見が訊いた。

 「そうそう」

 萩原の話では、白鳥沼とはこの辺りでは有名なバス釣りスポットで、残り二人の家はその白鳥沼の近くなのだということだった。

 

 まずは釣り道具や着替えのセットを荷室に入れる。今日は六人乗るから前もって三列目の座席を展開してあるようだ。その分荷室は狭くなっている。

 それでも足らないからカーキャリアまで付けてあった。おとなしく二台でいけばいいのだが萩原以外、車を持っていなかったのだ。

 

 萩原の竿は一〇万円近くするものらしいので、繊細な手つきで恐る恐る積み込んだ。こんなの、明らかに初心者に渡していい代物ではない。

 一番安いのでいいと言ったのに、萩原はこれを渡してきたのだ。あとでネットで調べてその値段に驚いた。ぼくの一か月の生活費とほとんど同じではないか。向こうに着いてもできるだけ触れないでおこうと決意した。

 鳥見と部長が二列目に座ったので続いてぼくも続いて乗り込もうとすると――

 

 「マルはこっち。途中運転変わって貰うから」

 萩原が助手席をポンポンと叩いた。

 「聞いてないぞ」

 「まともに運転できるのおれとマルしかいないんだよ。着くまで四時間は掛かるし」

 

 「――へえ、丸内くん運転上手なの?」

 「上手ってことはないけど、実家が車の整備工場なので」

 部長の問いにぼくはそう答えた。萩原の車も何度か運転した経験はあった。

 「おれ免許持ってないわ」

 鳥見がスマホの画面を眺めながら口を出した。

 「な、部長はすぐ飲み始めるし、五反田と伊藤はペーパーだし、あとはおれとマルしかいないんだよ」

 五反田と伊藤とは釣りサークルの残り二人のことだ。

 

 「ドライバーかあ」

 なんとなく癪だったので、ごねると、

 「頼むよ。あとでなんか奢るから」

 萩原が懐柔してきた。

 ぼくはしぶしぶ助手席に座った。他人の運転、それも山道を行くとなると酔う可能性もあるから、助手席も悪くないか。

 葛藤をよそに車はゆっくりと動き出した。

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