異世界転生先で前世の知り合いがいじめられていたので手を差し伸べた
「お前、なんでいつもニタニタ気持ち悪く笑ってんだよ」
「うーん、生まれつき…ですかね…?」
「こいつ生まれた時からこんな顔だったんだってよ!」
「えー、まじー?」
下品な笑い声が教室に響いていた。
いつも騒がしい奴らの中心に一人、少し伸ばした黒髪を一つに束ねた男が静かに笑っていた。
「じゃあこの髪はなんだよ。この辺にはこんな真っ黒な髪のやついねーよ?」
「真っ黒な髪って言ったら、悪魔の血筋とかに入るんじゃないかしら」
「うわまじかよ」
「こえ〜」
うるさいな。
「そうかもしれないですね…!僕拾われ子なんで、ワンチャン、ありますよ」
「え、なに、自分で悪魔の血筋認めちゃった?」
「悪魔ってあんまり良いものじゃないんでしょ?」
「悪魔はさ、俺たちで追い出さなきゃ」
その中の一人が杖を振り上げた。
流石にダメだな。
「ヒュドリー」
俺は杖はそいつに向け、呟く。
コップ一杯ほどの水がそいつの頭にかかり、綺麗なブロンドの髪がべちゃべちゃになる。
「うわ!…だ、誰だよ!」
初めキョロキョロしていたそいつは、俺の冷たい視線に気づいた。
「お前だな!?なんでこんなこと…」
「17歳にもなって何をやってるんだか。」
「…っ!」
自分でも幼稚なことをやっている自覚はあるのか、すぐには言い返さない。
だが次は他の女子が強気に出る。
「黒い髪は悪魔の血筋って噂なのよ!?別にこれくらい自己防衛に値するわ!」
「はぁ。」
これだから馬鹿は。
「あのね、自己防衛といっても彼は何も攻撃してないんだ。それじゃただのお前らの攻撃。もっと言えばお前らが一方的に攻撃をしている『いじめ』。」
強気女子は言い返しはしないものの、まだ何か言おうとしている顔だ。
当の本人はというと、いつも通りニコニコして、人の話を聞いているんだか聞いていないんだか。
「まだ足りないみたいだからもうひとつ言ってやるが、もし本当に悪魔の血筋なら報復が怖いだろうな?」
べちゃ濡れのブロンドや強気女子たちが彼を一斉に振り返るが、顔色ひとつ変えない黒髪の彼の微笑みにが不気味に感じたのか、やつらはそそくさと教室を出て行く。
黒髪の彼は、俺に軽く会釈をしたかと思うと、同じように教室を出て行く。
彼の思考は本当に読めない。
彼の陰口は尽きないし、ちょっとやりすぎなんじゃないのか、ということも少なくない。
全ては髪が黒いせい…もあるのだろうが、彼のことをよく知らないやつは、どうしても不気味に思ってしまうことがあるらしい。
滅多にないことだがな。
例えば、笑っている以外の顔を見たことがないとか、文句ひとつ言わず手伝ったり、率先して仕事を引き受けるし、高校生にもなって皆に君付けして、口調は常に丁寧だ。
俺は現代に舞い降りた仏かと思った。
なんならあの口調が崩れるところは俺でさえ見たことがない。
まあ、これは前の学校での話なのだが。
時は遡り約30年ほど前、日本という国で俺は生まれた。
別にとても厳しかったというわけではないのだが、両親はあまり踏み込んでこないタイプで、俺はこのようにクールに育った。
小学生の頃はいた友達も、中学には次第に減っていき、高校入学の頃には送信履歴が一年以上前の連絡先だけがいくつか残った。
高校に入学して、隣の席だったのが桜井華一。
さっき話した仏のような男だ。
本当に華やかな名前だ。
華一は入学初日から話しかけてきてくるし、2人組を組む時も2人で組むことが次第に増えていった。
確かに俺の友達は減っていったが、俺から何か誘ったり、話しかけたりしないから、そのうち話さなくなっただけで、人間嫌いとかそういうのではない。
そして華一は八方美人を狙ってるかのように色々な人と交流を持った。
忘れ物の貸し借りに、探し物や、学校のお手伝い、他クラスにもたくさん知り合いがいるタイプだ。
まあ、八方美人なんて狙えるようなやつじゃないことは話しているうちにわかった。
そして俺らはライバルでもあった。
俺が勝手にライバル視していただけなのだが。
俺も華一も成績、運動、諸々優秀で、学年でも上位にいたはずなのだが、俺の記録が10秒ならあいつは9秒、90点なら93点といったように少し先をいく。
俺が上の時もあるが、だからこそライバル視していた。
まあ華一はそんなの気にしていなかったようだが。
それでも話していて楽しかったのは、部活の相談にも乗ってくれたり、何かと思考回路が似ていて一緒にいると楽だったこともあった。
人間関係も落ち着いて、楽しく高校生活を送っていた俺は、高校三年生の夏、死んだ。
死んだ時の記憶はうろ覚えで、事故で死んだのか、病気で死んだのか。
それを思い出したのは数年前、ふとした瞬間に思い出した。
これまでのはいわゆる前世の記憶というやつだ。
そして、俺はこの世界で新しく生まれ、孤児として子供のいない夫婦の元で育てられた。
義母曰く、橋の下に捨てられていたんだとか。
義両親はとても良い人で好きな風に勉強をさせてくれて、自由に生きた俺はまた優等生に育った。
少し違ったのは前世の両親とは違い、親身に寄り添ってくれるタイプだったために、俺のクールさは少し衰えた。
あんなベラベラ喋らないし、本人が困っていなさそうなものに口を出すものではなかった。
そして、この世界は魔法の世界。
この国では国の中央に位置する広場の高さ100mにもなる巨大な魔法石のエネルギーを原動力としている。
そのエネルギーは住人にも野生動物にさえ影響し、人々は魔法を手にした。
科学が全然発展してない上、知能が低い奴らは差別とかいじめとかばかりするので、原始時代にでも来たのかと思った。
前世はまだマシだったぞ。
俺は優等生、といっただけあって魔法も十二分に使えた。
そつなく学校生活を送っていた2年目、新しいクラスでそいつを見つけた。
華一だ、と直感した。
証拠も何もないので見守っていたが、ますますそうにしか見えなかった。
優しくてバカがつくほどお人好しで、ふわふわしてると思いきや、やるときはやる。
顔も華一そのまんま。
ちなみに俺も髪は黒かったのだが、義両親がこれでは目立つからとクリーム色に染めてくれた。
そして顔も前世の俺とそっくりそのまま。
ということは、だ。
俺も華一もこの魔法の世界に生まれ変わってきた、それも髪も黒いままでだ。
たまたま俺とあいつが悪魔の血筋はあり得るが、この世界では悪魔の血筋は東の国の方に固まって生活しているらしいし、日本人のままこの世界に産み落とされた、の方が説明がつく。
華一が死んだ理由はわからない。
俺が死んだ後に死んだのだろう。
それがわかったとて、俺はあいつに話しかけには行かなかった。
あいつが話しかけてくることはないし、何より俺らが話すことによって日本の何かがこの魔法の世界に渡って悪影響をおよぼす可能性がなきにしもあらずだからだ。
例えば、この魔法しか使ってこなかった世界に科学を取り入れたら?
この世界にはまだ国同士の争いが多々ある。
日本史で習った、科学兵器、という言葉が頭をよぎる。
………必ずしもいい方向に向くとは思えない。
適当に「華一!」とでも読んでみろ。
この世界にはない『はないち』という言葉が生まれてしまう。
この世界にはこの世界の言語がある。
日本語はなんとなく覚えているが、こちらの人たちにはこの言葉は通じない。
結局、華一と話す機会を得られなかった俺は、あいつが俺に気付いているのかもわからないまま、ただずっと見守っていたのだ。
さすがに魔法をかけようとしたのは見過ごせず、初めてあいつらに関ったが、華一はすんなり教室を出て行ってしまった。
さて、どうしたものか。
また華一を見守る日々が続くのか、と俺がペンを紙にコツコツとしていた時、華一が出ていったドアの方からガシャーンと音が響いた。
思わず俺は横にまっすぐ続く机を飛び越えて廊下へ飛び出した。
「へっ!どんくせぇの!」
「はははは」
どうやら華一は転んだようで、筆入れの中身と教科書を全部ぶちまけている。
意地の悪そうな奴らが笑いながら立ち去っていく。
足をかけられたのか。
尻餅をついたままの華一に俺は歩み寄る。
華一に向かって右手を差し出す。
「なぁ、俺が味方になってやるよ」
いつもニコニコ笑っている華一の目が見開かれる。
が、すぐにいつもの細くにこやかな目に戻り、彼はふふっと笑って俺の手を取った。
「何か企んでる顔をしていらっしゃる。…いいんですね?」
こういう察しがいいところ、好感が持てる。
「愚問だな」
俺は華一の手をしっかり掴み引き上げる。
「俺はヴィラード」
拾い集めたノートを手渡して告げる。
「僕はレイモンドです」
束ねたペンを筆入れに突っ込み、ノートと一緒にバランスよく抱き上げる。
「明日からがなんだか楽しみになりましたよ」
言い忘れていたが、華一は決して口には出さないが根に持つタイプだ。
仕返しができるタイミングがあるなら逃さない、それがこいつだ。
それから俺と華一は程なくして仲良くなった。
「次の授業は移動教室なので、早めに移動しましょうか」
「だな」
机を片付け、魔法実習の授業を行う中庭に移動する。
一階まで続く螺旋階段。
「今日は飛行魔法の速度計測の日だったか」
「はい。自分の箒を持参しなくてはいけませんね」
という俺も華一も手に箒はない。
「で?レイモンドくんの手に箒がありませんが?」
俺は薄ら笑いを浮かべ聞いてみる。
「あぁ、忘れてしまったようですね。ヴィラードくんもですか?」
そういう華一に焦りは見えない。
「フッ。そうみたいだな」
たまにこういう茶番をするのは俺は好きだな。
広く学園を囲う中庭に行動の早いクラスメイトが何人か集まってきている。
ちなみに、例のあの馬鹿たちは始業1分前にゆっくりと、歩いてくる。
遅刻しても知らんな。
「さて、」
俺は杖を空へ向け、振りかざす。
「キービス」
杖をしまい右手を高く構える。
「僕も。キービス」
華一も同じことをして右手を構える。
10秒ほどして空から何かが飛んできて、だんだん俺に近づいてくる。
そしてそれは右手に綺麗に収まる。
俺のお気に入りの箒だ。
隣を見れば華一も箒を手にしている。
あたりからパラパラと拍手が上がる。
「さすがだな」
「すごいわ」
この箒は寮の屋根に設置されている物で、これを引き寄せる魔法はなかなか高度で二年生で使えるものは俺と華一くらいだ。
ちなみに部屋に置いたままこの呪文を使った物なら窓を突き破って飛んでくるから窓の修理代が高くつく。
「これで速度計測もばっちりですね」
「だな」
その辺のベンチに座り教科書をペラペラとめくる。
途中で足を組み替え、伸びてきた髪を耳にかける。
俺の髪は黒いはずなのにな…。
華一は読書。
彼は多趣味だからな、料理もすれば楽器も奏でる。
今も楽器は続いてるのだろうか。
前は彼のサックスに合わせて、俺はバスケとシュート練してたな。
「よし、全員集まったな?」
気づけば、先生が中庭の中央に立っていた。
二時間目開始の鐘がなる。
授業は先ほど話していた通り、飛行魔法の速度計測。
「順番は早い者勝ちだぞ〜」
みんながタジタジになってる中、華一が最初に並び、俺が続く。
この学校には出席番号がないため、こういうテストでは早い者勝ちなのだ。
「よし、最初は君だな?」
「はい、2組レイモンド行きます!」
手にした箒に跨り、飛ぶ準備をする。
「じゃあ、始め!」
「ペタイン!」
先生のパンッという手を叩く音で開始する。
隣に立つ体育委員が大きめの砂時計をひっくり返す。
華一の姿が遠ざかる。
杖の代わりに箒の柄で全体に魔法をかけるのだ。
200m行った地点で折り返す。
そしてすぐ華一の姿が近づいてくる。
「………よし!ゴール!!」
先生の声と共に体育委員が砂時計を止めてメモリを読む。
砂時計の砂を止めるのは物質を固める魔法の初級編だ。
公園に行ったら魔法の上手い幼い子はこれで砂遊びをしている。
「20秒!」
「速くね?」
「さすがレイモンドだよな」
記録を聞いたクラスメイトが口々に言い出す。
俺だって負けるつもりはない。
「次!」
用紙に書き込み終わった先生が俺を呼ぶ。
「2組ヴィラード」
俺は箒に跨るのは好きじゃないので両足を箒の右側に出して座る。
例えると塀とかに座って、そのまま一方の方向を見るような体制だ。
この体制、この世界にはザラにいる。
箒に跨るのはなかなか辛いからな。
慣れてくれば余裕だそうだが、俺は慣れたくない。
「よし、初め!」
「ペタイン!」
それを合図に俺は足で蹴り出しその速度のまま飛び去る。
1,2,3,4,…。
200m先にはそこそこ高い塔があって、そこにもう1人の体育委員がいる。
塔をタッチしてUターン。
10,11,12,…よし、これなら…!
「ゴール!」
これは華一に勝ったな。
俺は勝者の笑みを浮かべる。
「20秒!」
「なっ……」
体育委員が読み上げた目盛に絶句する。
「次!」
「…お疲れ様ですヴィラードくん」
皮肉なほほ笑みが近づいてくる。
「あんな原始的な方法で測るからだ。俺が勝ってた」
「……あぁ。まあもっと良い方法がありそうですよね」
華一はストップウォッチの話をしているのか、少なくとも俺はしてる。
ストップウォッチがあれば小数点的に俺が確実に華一より速かった。
相変わらずこの世界でもテストや記録は、華一と勝ったり負けたり。
「次!」
計測はどんどん進んでいく。
俺と華一は待機列で芝生に体育座りだ。
ちなみに周りで体育座りしてる奴なんていないが、日本で育った癖がついている。
「あ、彼ですよ」
華一が反応するから誰かと思えば、例の馬鹿たちの筆頭、ジョージだ。
カッコつけて箒の上に立っている。
あれで飛べないことはないが、空気抵抗は大きいものに違いない。
「始め!……ゴール!」
「32秒!」
言わんこっちゃない。
「なかなか空気抵抗が多いですよね、あれ」
「やったのか」
「なんかカッコいいじゃないですか」
華一は悪魔と聞いても目を輝かせたりするような厨二病に近い感じだった。
「だがレイモンドのことだ、あいつよりも速いんだろ?」
「さあ、どうでしょうね」
クスリと笑う華一は、比べることを好まなかった。
まあ、速いのだろう。
「これで全員終わったな?」
華一と言葉を交わしているうちに、クラスメイト全員分の計測が終わったようだった。
「うーん、少し時間が余ってるな」
学校の中央に設置された大きな機械仕掛けの時計を見て先生は言った。
「じゃあ今日は飛行魔法の応用を教えよう。飛行魔法といえば今まで箒だったが、座りづらかったり持ち運びに困ったりなかなか面倒なこともあるんじゃないか?」
「あります!あります!」
クラスの中でも元気な人がぴょんぴょん跳ねる。
「だろ?1番便利なのはな、靴に飛行魔法をかけるんだ」
ニヤリと先生が笑う。
靴に飛行魔法をかけて飛んでいる人は見たことがない。
「ま、よっぽど高度なやつだ。先生レベルで…ペタイン!」
杖を靴に向けて振る。
先生は軽く宙に浮くが、バランスが悪くグラグラだ。
「わっ、………ま、こんなもんだな」
地面から30センチほど浮いたところでなんとかバランスを保つ。
「バランス力があればもう少し飛べるかもしれないが、あまり移動には向いてないな」
先生がそう言い終わった後、鐘がなった。
「今日の授業はここまで!」
「靴に飛行魔法かけて飛べるもんですかね」
「どーだろな。靴で飛べることほど便利なことはないだろうが…」
石畳の廊下を歩いていた俺は、目線をとある人物へ移した。
「ヴィラードくん?」
俺が目配せすると、華一もそちらを見た。
人気のない暗い廊下へ急いで曲がっていくのはジョージだった。
「次の授業までは」
「あと15分あります」
2人で頷いて、ジョージの後をつける。
この廊下は何にも使わない。
言うなれば大掃除の時に入るくらいの物置のようなものしかない。
ではなぜジョージは急いでそこに向かうのか。
仕返しをする機会を伺っていた俺たちは、弱みを握るチャンスだと思った。
廊下にはあかりひとつなく、あいつが持つ灯火が唯一のあかりだった。
しばらく歩いていくと、いくつか並ぶドアの一つに入っていく。
流石にドアを開けるわけにはいかないため、聞き耳を立てる。
「…だから………しないと………頼むよ、あと2回あるんだろ?」
ジョージは誰かと会話しているようだった。
「それが貴様の答えか。ならば叶えてやろう」
この世のものとは思えないダミ声。
その恐ろしさに2人で顔を合わせる。
とりあえずここを離れなくてはいけない、そう感じた俺たちは言葉を交わす暇なく元の廊下に戻ろうとした。
その時、目の前が真っ白になった。
「痛っ」
俺は階段から落ちた。
隣では華一が痛そうに尻を摩っている。
「レイモンド、大丈夫か?」
「…えぇ。ヴィラードくんも大丈夫そうですね」
今なぜ階段から落ちたんだ?
「…俺、今…」
「ヴィラードくんも…記憶が曖昧なんですね?」
「あぁ…」
変な気分だ。
「まるで夢を見ていたような」
とりあえず俺たちは中庭へ向かった。
このあとは飛行魔法の速度計測だから。
「キービス」
「キービス」
俺らは箒を手元に呼び寄せると、ベンチに座った。
華一の顔はいつもの微笑みではなく、ずっと不思議そうな顔をしている。
いつもなら本や教科書を開く俺たちの目線は流れる雲を意味もなく捉えていた。
「なぁ、レイモンド。俺たち今本当に中庭に向かってたか?」
「いえ…なんだか違う気がしますね」
会話は続かなかった。
この言い表しようのない違和感は話してどうにかなるものじゃなかった。
「よし、全員集まったな?…順番は早い者勝ちだぞ〜」
みんなが先頭を避ける中、華一が先頭になり、俺がそれに続く。
「最初は君だな?」
「はい、2組レイモンド行きます!」
箒に跨り、飛ぶ準備を整える。
「じゃあ、始め!」
「ペタイン!」
華一が呪文を唱え遥か彼方へ飛んでいく。
………なんだこの既視感。
フランス語でこういう言葉があったような…。
「ゴール!」
「20秒!」
「速くね?」
「さすがレイモンドだよな」
色々な声が聞こえてくる。
こういう場面のことを現す言葉が…。
「次!」
「あ、はい!2組ヴィラード!」
「よし、始め!」
「ペタイン!」
箒に跨らず、横に出した足で地面を蹴り出す。
200m先の塔にタッチして帰ってくる。
「ゴール!」
「21秒!」
チッ。
考え事してたらスタートが遅れた、そのせいだ。
「お疲れ様でした、ヴィラードくん。…何かわかりましたか」
「いや…」
俺はそこまで出かかっている言葉を必死に探る。
いつもなら気になる華一に負けた速度も全く気にならなかった。
「あ…………あ!!!!」
華一が珍しく大声を出すから何かと思えば、あの馬鹿たちの筆頭のジョージだ。
箒に跨っている。
あいつが箒に跨っていたらデジャヴにならないだろ。
「…あ、それだ!デジャヴ!」
俺と華一が大きな声を出して立ち上がるものだからみんながこっちを振り返る。
どれもこれも不審そうな目だ。
「どうした、2人とも」
先生が眉をひそめながら話しかけてくる。
「あ、いや、僕が珍しい鳥が飛んでるって思って叫んだんですけど、なんか…見間違いだったみたいです」
すみません、と苦笑いの華一にみんながハハハと笑い飛ばしまた計測が再開する。
ジョージは華一を睨んでいるが、そんなに嫌いか。
体育座りの俺は少し華一の方に寄る。
「レイモンド、思い出したぞ」
「僕もです」
小声で会話をする。
「ゴール!」
「25秒!」
ジョージはガッツポーズ。
「この時間、繰り返されてますね」
「原因は間違いなくジョージだ」
あの部屋に誰がいたのか確かめるにはジョージが行く前にしなくては。
それには授業を抜け出さなくてはならないが、測定が終わったあとは10分ほど先生の飛行魔法応用の話で終わる。
俺たちがいなくても気づかれないはずだ。
「行くとしたら先生の話が始まる時、」
「ですね/だな」
俺たちは全員の測定が終わるまで待つことにした。
「これで全員終わったな?」
先生があたりを見回す。
「うーん、少し時間が余ってるな…じゃあ、今日は飛行魔法の応用を教えよう。」
先生が話し始めたところで俺と華一は少しずつ後ずさった。
先生が呪文を唱えた時、みんなの目が先生に向く。
いつも話を聞いてない人もちらりとそちらを見ている。
今だ。
俺たちは静かに全力疾走する。
廊下にたどり着き、息を整えていると誰かの足音がする。
恐らく授業中の見回りをする学園長だ。
いつもメガネを光らせて厳しいことを言ってくる学園長にあまり良い印象はない。
「急いで!」
華一に引っ張られ、例の暗い廊下へと曲がった。
学園長が通り過ぎるまで息を潜める。
バレるんじゃないかとヒヤヒヤしたが、無事にその時間を過ぎることができた。
「オーシニア」
あまりにも廊下が暗いので杖先を照らす魔法を使う。
「1……2……3番目。この部屋です」
時間がないので変な細工はしていられない。
背後は華一に警戒してもらう。
「開けるぞ」
ドアを少し開け、軽く覗く。
中は窓すらないのか真っ暗で、うっすらと床の石畳が見えるだけだ。
杖の先を中に向けると床にポツンと置かれた本が見えた。
「レイモンド」
俺が目で覗くように促すと、華一も本の姿を確認したようだった。
耳を澄ませてもなんの音もしない。
暗さに目が慣れてきて、部屋の様子が見えるようになったが、本以外に何かあるようには見えなかった。
「入りましょう」
思い切った発言だったが、今はそうするしかなさそうだった。
俺は頷くとドアを思いっきり開いて中を照らす。
「何もありませんね」
本当に床に一冊の大きなハードカバーの本が置いてあるだけだった。
俺が本に触れようとした時、手を叩かれた。
「何をするんだ」
「その本の表紙、読めませんか」
手を引っ込めてその本をマジマジと見れば、それは大層古そうな、言ってしまえばボロボロな本だった。
表紙は古語で書いてあるようで、なんとか授業でやった限りの力を振り絞って読むと……、
「悪魔…」
「あの声が悪魔の声だと思えば、時を操る力にも説明がつきます。」
呆気に取られたが、悪魔といえば古典とかに出てくる伝説のような存在。
古典にはまだ解き明かせない謎も多く、事実もあるとかないとか言われている。
いたとしてもおかしくはないのかもしれない。
俺も華一もなんで言えばいいかわからず、本を見つめて止まってしまった。
本はというと音沙汰もなく、本を開いたり何かアクションを起こさない限りは、悪魔が出てくることはなさそうだった。
「とりあえず出るぞ」
俺と華一は外に誰もいないのを確認するとそそくさと下の廊下に戻った。
素知らぬ顔で教室に向かう。
「…………」
机に座った俺たちは無言で次の授業の準備を始める。
「今日は黙ってばかりですね、僕たち」
「仕方がないな」
ただ黒板を見つめて会話を続ける。
「さて、どうしましょうか」
「やつがあの部屋に行かないか見張るしかないな……監視カメラとか設置できたら便利だろうに」
最後だけ華一に聞こえるようにボソッと呟く。
「……………まあ、便利ですよね」
その微妙な反応に俺はやらかしたと感じた。
こんなところで日本の話をするのはまずかったか。
でもこの反応ではっきりした。
やっぱりレイモンドには前世の記憶がある。
「3時間目始めますよ!」
甲高い声のメガネのおばさん先生が教室に入ってくる。
それから俺らはしっかり授業を受けた。
そのあとは昼ご飯を食べて、午後の授業を受けて1日が終わった。
その後もジョージに何も異変は見られず、急いでどこかに行くものだから後をつければトイレに行くだけだったり、なかなか無駄足を踏まされた。
何回か談義を重ねることで思い至ったのは、ジョージが悪魔の力を借りて何度も思い通りの未来を生み出しているということだ。
その証拠にあの速度測定の記録は繰り返すことでよくなった。
先生に相談しようかと思ったが、誰が起きたデジャヴについて、悪魔について信じてくれるだろうか。
悪魔なんて夢だったんじゃないかと思い始めた1ヶ月後、その日は来た。
いつも通り3時間目の数学の授業を受けた俺は、食前にトイレに立った。
戻ってきた俺を待っていたのは、ジョージに絡まれる華一だった。
あれからジョージは何があったのか、1人で過ごすことが増えていった。
絡んでくる回数は減ったが、俺が席を立つとすぐこれだった。
「お前の黒い髪、呪われてるんじゃねぇのか!」
「痛いです…!」
華一の黒い髪はぐいぐいと引っ張られていた。
あいつは何をされても力で反抗しない癖をやめたほうがいいと思う。
「おい」
俺はジョージの手首を勢いよく叩き、反動で華一の髪を離させる。
見るとジョージの目は血走っていて、自分でも何を言っているかわかっていないようだった。
呪いが、呪いがとつぶやく姿はまともとは言えなかった。
「お前も悪魔の血筋なんだろ!!俺を嵌めたんだな!?」
俺の頭をガッツリ掴んで叫んでくる。
「ジョージくん…?」
「その名で呼ぶな!」
周りのクラスメイトもジョージを押さえつけようとするが暴れ回ってどうにもならない。
「誰か!先生を!」
クラスの誰かが、先生を呼びに行くが教室の中は阿鼻叫喚で誰が何をしてるのかわからない。
「落ち着けジョージ!」
かつて一緒に華一をいびってきてた友達が必死に声をかけるが聞く耳を持たない。
もう彼に人の言葉は通じないのかと思わせる獣ぶりだった。
「ジョージ!」
先生が飛び込んできて、咄嗟に拘束魔法をかけたがジョージは人間とは思えぬ力で縄を引きちぎり、紫の煙と共に消えた。
「ヴィラードくん!」
「あぁ!」
俺と華一はあいつが例の部屋にいると直感し、急いで向かう。
走りながら「キービス」と唱える。
廊下のガラスを割って、箒が手元へ飛んできて、それに乗って速度を上げる。
昼休みで誰も廊下に居なかったのが幸いだ。
部屋には躊躇いもなく箒ごと飛び込んだ。
躊躇なんてしていたら、全てが手遅れになりそうだったからだ。
中にはあの本と対話するジョージの姿。
「な、なんでお前らが…」
そのジョージはまだ人間を保っていたように見えた。
「助け…て……」
俺らに縋ってきたそいつを正面から見た時、恐ろしさが込み上げた。
「ジョージくん…」
顔の半分は人間の顔をしているのに、もう半分は肌が黒く、目が真っ赤で牙も獣のように鋭く、角が頭から飛び出してきていた。
「悪いな人間。こいつはもう俺の物だ」
ジョージの口から、あのこの世のものとは思えないダミ声が発せられた。
俺たちは箒に乗ったまま動くことはできなかった。
何をするのが正解なのかもわからなかった。
「あぁ。貴様らはずっとこやつのことを探っていた奴だな」
歪な顔のジョージはニヤリと笑う。
バレていたのか!?
「勿論だとも、金髪の人間よ。あの日貴様らがこの部屋に入って来る前から全てがお見通しさ」
心の声が…。
「心の声は筒抜けだ。そっちの黒髪の人間はこやつの心を乱すのに便利だったなぁ。…貴様は疑問が多いようだ」
ジョージの真っ黒で伸びた爪が華一の顎をなぞる。
「貴様らの命を奪う前に、答え合わせをしてやろう。」
パチンとジョージの指が鳴って、俺たちは床に落とされる。
「小細工をされないよう魔法を解除したら、貴様らの箒も元の場所に戻ってしまったらしい。ははは」
笑い声も薄気味悪かった。
命の危機を感じても思考回路がうまく働かない。
「まあ大人しく話を聞いていろ」
ジョージがドスンを足を落とすと床が抜けて真っ逆さまに落下する。
「いっ」
強く背中を打ちつけた俺は、衝撃のあまりうまく声が出ない。
華一はなんとか足で着地したようだが左足の様子が変だ。
「レ……イ………」
「ヴィラードくん!…髪が…!」
左足を引きずりながらくる華一の目線を見ると俺の髪が黒く戻っている。
「あぁ…、君の髪にかかっていた強めの魔法も一緒に解除されてしまったらしい」
「髪に魔法が…?」
華一に言ったことはなかったが、そんなに驚くかと言うくらいには目を開いている。
「お、れ、…か………」
説明しようとするが上手く声が出ない。
「先に進んでいいかな?」
真っ赤な眼に見つめられ、俺と華一は今の状況を思い出した。
「…では自己紹介から始めようか。私は貴様らの言語でいうところの悪魔だ。大正解。」
やっぱり…。
「あの日に時間を戻したのも私だな。ここも大正解。だがこやつが何故評価上げしたか、間違った答えを出しているな」
間違った答えだと…?
あんな自信過剰なやつが評価をあげるときたら自分のプライドのために決まっている。
話すまでもないと思っていたが…違うのか。
「そう、こやつは自分のために評価を上げたわけではない。…父親のためだ。こやつの父親はこの学園の長を務めている。父親は自分の子の評価が低いのを良しとしなかった。愚かよのう。愚かな親が子を躾ければ、子は可哀想で仕方がない。」
くくくと喉から聞こえる笑い声。
「こやつは自力で偶然この本を見つけた。だから私が力を貸したまでよ。3回まで願いを叶える、それが果たされた時、体をいただくという契約でな……だから2回前までやめただろ!」
ダミ声からジョージの声に変わる。
「ジョージくん!?」
「まだ喋るか小童よ。失礼、まだ完全に体を頂ききれていないのだ。だからさっきもお互いに制御不能で暴れてしまった」
顔色が黒くなったり戻ったり不安定だ。
「まあわかりやすく解説をつけてやるとすると、こやつは3回目の願いを伝えないで終わろうとしていたので無理矢理体を頂いたという話だな。この体さえあれば俺はこの世を自由に動き回れる」
「ひどい…!」
華一は涙目だった。
「こやつにいじめられながらもそういう反応をするなんて人間とは本当に愚かだなぁ」
愚かなわけが無い。
俺が思えないような細か感情を他人に向けられる優しいやつなんだ。
声が出せない今、それを必死に悪魔に心の中で訴えかける。
「元金髪の少年、それも含め人間は愚かなのだよ」
ジョージのブロンドの髪が黒々と染まっていく。
背中からは黒い翼が少しずつ伸びてきている。
「そろそろ力がみなぎってきたな。…手始めにどちらかの命を奪ってやろう」
時を戻せるようなやつが言う命を奪うは本気の奪うだ。
悪魔の目線が華一で止まった時俺は飛び出した。
「華一!!!!」
僕を庇って倒れたヴィラードくんの倒れた姿が誰かと重なった。
「ヴィラードくん!ヴィラードくん!」
声が掠れるほど叫ぶ。
嫌だ。
またなのか。
手首で確認して、脈があることを確認する。
僕は右の頬を流れる生暖かい液体を擦り目を見開き相手を睨む。
あの笑みが本当に嫌いだ。
「許さない」
僕の中で何かがブチギレた。
無理矢理にでも水魔法電気魔法を交互に打ち込む。
杖を弾かれようが関係ない。
僕の本気の魔力に杖なんて必要ない。
相手が麻痺するだろう。
死なないだけマシだと思え。
悪魔と人間の不安定な今を狙えばきちんと届くんだろ。
僕が力加減できる天才で良かったな。
痺れてのたうち回るそいつの胴体に足を乗せる。
「や、やめっ…くるし…っ」
「…………!」
クラスメイトだった人の声が初めて耳に入り、僕は正気に戻った。
「……弱った人間の顔は見ていて気分の良い物ではないですね。」
またやってしまうことになるとは。
少し暴走してしまった自分に反省する。
「キービス」
呼び出した箒に装備しているバッグの中から麻痺に効く薬草を取り出す。
取り出した薬草を彼の口に軽く押し込む。
「はい、飲み込んでください」
飲み込みやすいように手持ちの水筒から水も流す。
体が痺れ、体が思うように動かないはずの彼は必死に薬草を飲み込む。
睡眠を誘う副作用のせいで程なくして彼は眠りにつく。
体はボロボロ。
僕も、ヴィラードくんも。
とりあえずロープで彼を縛っておく。
いくら僕がやりすぎたとしても、彼を許す気はない。
ロープで縛られボロボロの彼の腹部にどかっと座り込む。
悪魔がどこへ行ったとか、そういうのはもうどうでもよかった。
武術では敵わなかったものも、こんな魔力を授かって生まれたのは必然だったのだろうか。
倒れたままのヴィラードくんを抱え上げる。
元に戻された黒い髪。
あぁ、なんで気づかなかったんだろう。
今度こそ僕らはハッピーエンドになりたいだけだ。
「ま、待ってください!」
「頼んだぞ、華一」
僕らはいいコンビだと思っていたし、事実最高のコンビだった。
ごく普通の学生生活を送って、もしよかったら社会人になっても交流を持てると嬉しいとまで思ってた。
「僕と役目を代わってください!」
「悪い。協調性ないやつに誘導役は向いてねぇんだ」
ハハッという彼の笑みを見たのはそれが最後だったと察した時、僕の中の何かがブチッと切れた。
無闇に突っ込んでいった僕は、今まで抑えてきた感情が爆発したように相手にぶつかった。
それはどんな凶器よりも強いつもりだった。
…気づけばお腹を血が限りなく流れていた。
ナイフは刺さったままなのに、痛さよりも悲しみが溢れた。
「くそッ」
もう開くことのない親友の瞳。
そして間も無く僕も追いつくだろう。
唯一救われたのは、先生が来るまでの時間稼ぎはできたこと。
僕と彼以外に死傷者は出ないだろう。
せっかくしんゆうにであえたのにな…。
ふと目が覚めた。
もうすでにあいつは倒れた後で、横には華一が倒れている。
「ゔっ。」
左肩がぶち抜かれている。
物理的な攻撃で助かったのか…。
すごく痛いが。
「レイモンド!レイモンド!」
とりあえず華一を起こす。
「え、あ、ヴィラードくん…?」
寝ぼけた顔の華一。
ジョージがボロボロで倒れている横に例の本が落ちてる。
本をそっと拾い上げる。
特になんの反応もない。
ジョージの見た目も人間そのものだ。
「まず先生を呼びに行くか…?」
「ですね。…彼は一体どうなったんでしょうか。僕も気を失ってしまっていたようで」
「あいつを1人で倒したのか?」
俺は確か華一を庇って気を失った。
そのあと何が起こったのか全くわからない。
「それが…」
華一は何も覚えていないと言うのだ。
先生を呼びに行ったあとどうすればいいのか…。
「………って!ヴィラードくんすごい傷じゃないですか!」
「あー…」
肩は相変わらずズキズキと痛む。
「忘れてた」
「応急処置しますよ!」
華一はバックから包帯を取り出して俺の肩に巻く。
「冷や冷やさせないでくださいよ…」
また華一の瞳に涙が浮かびかけていた。
なかなか臆病な奴だ。
「俺は大丈夫。」
「言いましたね?」
「あぁ」
「ならいいですけど。」
ぷいっと振り向いた華一はつんつんとジョージの顔をつつく。
「悪魔さんいますかー?」
「いたら困るぞ…?」
ジョージはくすぐったそうに顔を動かす。
「これは大丈夫そうだが、もしもがあっては困るな…」
「ご安心ください。彼はこちらで回収いたしました。」
俺らの背後に2m近い大きさの誰かがいた。
「ヴィラード様、ご両親がお呼びです。レイモンド様を連れてお帰りください」
「……は?」
こちらに近づいてきて、そいつが初めて俺たちが対峙していた悪魔と似た生き物だというのを感じた。
真っ黒な羽、角、長い髪、瞳は金色。
不思議と恐ろしさはなかった。
「あなたは誰ですか?」
「名乗ることはできません」
何かを聞く前にペコリとお辞儀をしてそいつは消えてしまった。
顔を見合わせて、また無言。
「……………とりあえず俺は帰るしかなさそうだ」
「僕も行きましょうかね」
俺たちは先生を呼びに行くとすぐそのまま箒に乗って飛び出した。
外出届なんて出してないし、ジョージがどうなるかは知らない。
もう夕方に差し掛かってて、空には鳥しかいない。
「ヴィラードくんのご両親って……」
「義両親だな。捨て子の俺を育ててくれたやさしい人たちだ。」
そこで髪が黒いことも説明した。
「それで?お前のとこは?」
「僕も捨て子で、施設で育ちました。…まあ、あまり良い環境ではありませんでしたが」
華一が言葉を濁すということはあまり聞かれたくないことなのだろう。
「あ、」
1時間ほどしたら丘の上の俺の育った立派な家が見えて来る。
「あれですか!?」
「あぁ」
周りに家はなくポツリと大きな家が建っている。
「大きくないですか…?」
「ずっとあの家だけ見て育ってきたから度合いがわからない」
が、華一がそういうならそうなんだろう。
家の前には義両親が待っていた。
優しい笑みを浮かべ手を振っている。
スタッと箒から降りる。
「久しぶり、義母さん、義父さん」
入学式ぶりだから…1年半ぶりくらいだろうか。
「急に呼び出してごめんね。少し話しがあるんだ、悪魔について」
和やかな空気が少しピリつく。
「とりあえず中へ」
義父さんに促されるまま家に入ると、義母さんが温かいココアを出してくれる。
「あ、美味しい」
華一が白い頬を赤く染める。
「髪も黒く戻っちゃったねぇ」
さらりと俺の髪を義母さんは撫でる。
「悪魔って」
「悪魔は、君たちが対峙した通り存在する。そして私たちもなんだ」
「へ?」
思わず俺らしからぬ間抜けな声が出て、ごほんと咳払いをする。
「拾い子のヴィラードが育つまで、悪魔の世界の王様のような人に我儘を言って人間界に留まっていたんだが、それも今日までだ」
バサッと黒い翼を背中から出す2人。
これはさっき見ていた悪魔の翼と同じだ。
「ただまさか悪い悪魔がこちらに出てきてしまっているとは」
「とりあえず私たちは悪魔の世界、わかりやすくいうと異世界に帰らなくてはいけないんだ」
昼間から混乱したままの頭が余計に混乱する。
「ゆっくりでいいから理解してほしい。私達は急いであちらへ帰るが、何かあったらこのペンダントに呼びかけてくれ」
義父さんに不思議な玉のペンダントをかけられる。
「あとこの家は自由にしてくれて構わないのと、明日素知らぬ顔で学校に登校すればいいから!じゃあ!」
「あ!あの!」
華一は今にも羽ばたきそうな義父さんの腕を掴んだ。
「な、なんだい?」
「今回悪魔と契約してしまった子はどうなるんでしょうか…」
きっと学校を飛び出した時から気になっていたのだろう。
やはり優しい奴だ。
「ジョージくんだね!?悪いようにはしないのと、お父さんの教育方針に捜査がされるようにちょちょいといじっとくよ!今度こそバイバイ!」
早口でまくしたてると、次の瞬間に義両親は消えていた。
温かいココアから湯気が上がっていて、俺と華一はポカーンとしている。
「えっと………」
「あー…」
あの速度測定日から長い夢を見ていたような気もする。
でも、
「確かに義両親はどちらも心の声が読めてたな…」
「それ確定じゃないですか」
義父さんにかけられたペンダントを見つめる。
ビー玉みたいな玉なのに色がコロコロと変わってすごく不思議だ。
「なぁ、俺のお気に入りのとこ行かないか」
俺と華一は家の横の高い高い木の枝に座っていた。
幼い頃から落ち込むことがあるとここから空を眺めたんだ。
「終わったんだよな…?」
「始まりかもしれませんよ」
「不穏だな」
2人でははっと笑い、沈む夕日を見つめる。
悪魔のことも前世のことも、なかなかハードモードだな。
ここからどうなるのだろうか。
「こういう景色をカメラで撮りたいものだな」
華一は多趣味と言ったが、カメラの腕もなかなかだ。
この丘の上には誰も来ないからと言ってぽつりとこぼした前世の話。
この美しい夕日は現代技術でフレームに収めることはできるだろうか。
「カメラ………」
華一はそう呟いたまま考え込んでしまった。
考え始めたら周りの声が聞こえなくなるタイプの華一のことは放っておいて、綺麗な夕日に浸る。
少し残った雲は夕日色に染まり、少しピンクがかったなんとも可愛らしい綺麗さがある。
これからもまた何かあるんだろうな。
少なくとも義両親についてわかったことはない。
華一はまだ一緒にいてくれるのか…。
「あぁ!!!!!!!!」
「なんだ、騒がしいな」
珍しく満面の笑みを浮かべ、興奮するように頬を赤く染める華一。
「な、なんて顔をして…」
「ヴィラードくん!前世って信じますか!?」
「ぜ!?」
待て。
待ってくれ。
俺はお前が前世の記憶があると思って接してきたんだぞ?
「桜井華一…?今更か…?」
「わぁ!やっぱり黒木翔くんなんですね!?」
かける、なんて久しぶりに呼ばれた。
「ごめん華一、ちょっと待て。今思い出したのか?カメラをきっかけで?」
「はい!遅れてすみません!」
この反応、嘘ではなさそうだ。
「いや、あの、あれは?監視カメラって俺がお前にこぼした時、あー便利ですよねって」
「あ、それ!不思議だったんですよね。監視亀って随分ファンシーな動物の話するんだなって」
「亀!?…じゃあ俺は随分と初めから馴れ馴れしいやつだったんじゃないか…?」
「まあ、すぐ距離を詰めてくるお茶目さんなのかなって……」
レイモンドの中で俺がファンシー発言をするお茶目さんだと思われていたと思うと恥ずかしさと怒りで震えてしまいそうだった。
「はぁぁぁ」
「どうしました?」
大きくため息をつき、俺はまっすぐ空に目を向けた。
「なかなかこの世界の夕日も綺麗ですよね」
横から差す夕日が少し眩しいが、すごく綺麗なオレンジ色だ。
「だな。この色の空は、ほんの少しの時間しか見れないんだ。世界の終わりにみたいに真っ赤でさ、それでいて綺麗。オレンジに染まる夕焼けと違う。まるで砂糖を煮詰めて煮詰めて一瞬きつね色になるあの感じ。」
「ふふ」
「なんだ」
「そんな甘い例えとか使うようになったんですね」
「こ、これは義母がだな…」
やっぱり華一といるといい意味で調子が狂うな。
このあと何があっても乗り越えられるような気もする。
また会えて良かった、翔くん。
今度こそ守れたよ。