隣のアイツと夏の都会
「山行きたい」
「ヤ・ダ」
「何で」
「虫に刺されたくない」
「あー、あるわ」
自販機で買った缶ジュースを片手に、外を見つつ喋る。夏の暑さと手の体温にも負けず、オレンジジュースは冷たさを保っている。
「……木下さん、お付き合い始めたんだって」
「山藤とだっけ」
「何で知ってんのさー!」
「有名じゃん」
「基準おかしいよ、どうなってんだ」
一口あおると、みずみずしい果汁が身体を駆け巡る。口内に固形物を感じる。どうやら果肉入りを買っていたらしい。
夏特有の、生暖かい風と冷涼な風のミックスが、ゆらゆらと陽炎のように髪を揺らす。ちょっと明るく染めたはちみつ色の自分の髪と、生まれたときからいじっていない、隣のアイツの真黒髪。くるくるふわふわな自分の癖毛と、指通りの良くてサラサラな、隣のアイツのストレート。
「ねー、都会って結構ちっちゃいよね」
「上から見下ろしてるからでしょ」
「下行けばでっかい?」
「世界で見れば小さい」
「何なんだよ」
あまりに周りが明るいと、都会が白く光って見える。眩いビル群、輝く道路、ときたま通る電車まで、まあまあ大げさな表現だけれど、世界がきらめいて見えたりする。
朝とも昼とも付かない頃合い、2人して別々のベランダで、淵に体重を預けながらいつもの缶ジュースを飲んで、白い都会を見下ろす時間がどうしようもなく、幸せ。
「海行きたーい」
「ヤ・ダ」
「何で」
「クラゲに刺されたくない」
「んー、いないわ」