あのとき
小学六年生最後の日の前日、卒業式前日の朝。校舎の屋上で同学年の女子児童二人と話していた。
一人は七瀬樹、俺の幼なじみである。もう一人は夜霧真奈という名の子だ。当時、仲の良かったクラスメイトで、時々おかしな事を口走る以外は基本的にいい子だった。頭も良かったし、足も速かった、いわゆる優等生。トレードマークは紫色のミサンガだったはずでその時もしっかり左手にそれを身につけていた。そしてそこにこの俺、竜胆龍之介を加えた三人の児童が屋上に集まって話をしている。
「ねえ、どうしてここに呼んだの真奈ちゃん、まだ登校まで早い時間だよ。」
「よぎりー、こんな朝早くから呼ぶなよー、……ねみぃ。」
夜霧は両手を広げながら語り出す。
「あのね、二人とも、良く聞いて。この世界はきょこーなの。おはなしの世界で、無意味な世界なんだよ。」
「え、いや何言い出すんだよ」
「ど、どうしちゃったの、真奈ちゃん」
「この世界はおはなしの世界だから、生きてても無意味なんだよ」
そのまま夜霧はこんなことを言い出した。
「だからさ、みんなで死のうよ」
その時の顔は若干引きつったような、狂気の笑みを浮かべていた。それを聞いた樹は思考が停止する。そして俺は、自殺するんだという事がすぐに頭をよぎり、なんとか止めようとする。
「おいよせ!」
夜霧は何かを察したような目をして言う。
「そっか、認識できないんだね。大丈夫一緒に死ねば分かるよ。」
「誰が死ぬかよ! 行ってる意味がわからねぇよ!」
「死ねば解るよ。この世界は現実じゃないから。」
「ああ、もう! わかんねえの! せめて詳しく教えろよ!」
そんな説得の最中、ようやく樹がハッとする。
「真奈ちゃん! どうしたの! 何かあったら話してよ! 」
「何かあったわけじゃないの、あるときね、気づいたんだよ。向こう側に人がいるなって、」
「なんのことなの、わかんない! わかんないよ!」
「いつか解るよ。ふふ、じゃあ今はしかたないね。それじゃあ」
そう言って真奈はこちら側を向きながら、屋上の縁に乗った。
「真奈ちゃん? ねえ?」
「おい! やめろ!」
「またね」
そういった彼女は、屋上から飛び降りた。
そう、俺たちは、何も出来なかった。
そしてその落下地点には確かに、彼女が血だらけだったのを今でもはっきり思い出せた。