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3話

 土の匂い、草の匂いがする。

 目を開ける。

 木漏れ日が差し込み、真菜はわずかに目を細めた。

 これまでずっと薄暗い城にいたので、日陰とはいえ日中の明るさは少し目に堪えた。


「ここは……」


 何故日陰なのか。

 森の中だった。

 特別高い木はない、普通の森。

 木の間隔も密集はしておらず、下生えの草もそこまで高くはない。

 街からそう遠くはないだけあって、それなりに人の出入りがあるのだろう、と、オレンジマークのスマートフォンは言っている。

 転移魔法の行先として、魔術的なアンカーをアルヘラは残していた。

 人が立ち入る場所なのにそれを見つけさせなかったというのは、さすが魔導王の技というところか。

 さて、と。

 まずは街へ行かねば。

 真菜は浮遊の魔法を使い、ふわりと浮かび上がる。


「っとと……わあっ!?」


 バランスを取れずにひっくり返った。

 縄があれば吊り下げられているような状態になってしまった。

 運動はそこまで得意ではなく、むしろどんくさいほうだった。

 必然、平均台などもそこまで得意ではない。

 バランスを取るのに苦労した。


「……ふう」


 どうにか、ひっくり返らずに済むようになった。

 魔法が使えるようになり、身体能力も向上しているらしい。が、もともと運動神経の低さから抱いていた運動の苦手意識の克服は取り組まなければならない。バランスを取れなかったのもそういったところが影響していたのだろう。

 この世界は、地球以上に個人の力が物を言う。身体を鍛えることは急務でなくとも必須ではあるだろう。

 新たな課題に気付いたところで、ひとまずは周辺の情報収集だ。

 ゆっくりと、浮いた身体を上昇させていく。

 ちなみに、魔力は大して減っていない。

 アルヘラが大量に授けてくれたからだ。

 人間界で生きる分にはまったく困らないに違いない。

 もちろん、扱うのは真菜という素人だし、今しがた運動能力という課題も見つかったので、それに寄りかかるつもりは全くないが。

 さて、そんなことを考えているうちに、木々よりも高く浮かびあがることができた。

 ぐるりと三百六十度回って周囲を見渡してみる。


「あったあった」


 城壁に囲まれた街を見つけた。

 距離からざっと考えると、真菜の足でも数時間で着くだろうという距離だ。

 今なら身体強化魔法も使えるので、実際はもっと早くたどり着けるはず。

 とにもかくにも寝床が必要。

 ゆっくりと下降し、地面に足がついたところで浮遊魔法を解除。

 さて、街に向けて歩き始める前に。


「ええっと……索敵と、気配遮断と、身体強化……と」


 森歩きに必要な魔法を使用する。

 本当は森に着いたと気づいた時点で使うべきだったのだが、そこはまだ真菜がど素人だったから気付かなかった。

 持っている知識はアルヘラのものなので超一流。

 魔法もアルヘラのものなので超一流。

 しかし、それを扱うのがど素人では、十全な効果を発揮できないということが分かる。

 上空から下降している最中に、敵に見つからないようにしなくては、という意識が働き、使える魔法を検索したのだ。

 強い力を得たのは間違いないが、真菜が積むべき修練はいくらでもあった。

 それをこの短い時間でふたつも見つけられたのは収穫があったと思うべきだろう。

 ひととおり準備ができたので、街に向けて足を進め始める。

 身体強化魔法のおかげで、普段よりかなり速いペースで歩いているにも関わらず全く体力は減らない。

 このペースは、真菜が長距離走を走っているときと同じくらいの速度だ。

 とはいえ森の中なので歩きにくいのは間違いない。森を抜ければさらにペースは上げられるはずだ。

 さらにしばらく歩いていくと、森の中を突っ切るかたちで引かれている街道を見つけた。

 むき出しの土だが踏み固められており、歩きづらさはない。

 視界が悪い森はリスクも上がるが、それでもこうして道として存在している以上、それなりの頻度で使われている道なのだろう。


「えっと……」


 索敵魔法で周辺には誰もいないことを確認し、もう一度浮遊魔法で方角を確認した。

 街に向かって伸びる方向に進んでいく。

 多少方向がずれた、程度ならば問題は無いが、逆方向に進んでいたとしたら笑えない。

 森の中を、木々を避けながら進んでいた。森歩きに慣れていないと、同じような光景の連続で少しずつ向いている方向がずれ、いつの間にか進んでいる方角がくるっていることがある、とのことだった。

 日本に住んでいたころは森歩きの知識などまったく必要はなかったので、アルヘラの知識から得たものだ。

 そうしてしばらく歩いていくと。


「……!」


 行く先で何やら争う気配が索敵魔法に引っ掛かった。

 何が起きているのだろうか。

 真菜は正体を確かめるべく足を進める。

 やがて争いの声も聞こえてくるようになった。

 気配遮断魔法の効果を強め、木々に紛れて覗き込んだ。

 馬車を護るように剣や槍、斧を持った男女数人が展開して戦っている。

 統一性のない防具をまとっていることから、彼らは兵士や騎士ではなく、冒険者だろう。

 相手は魔物である。


(あれは……ゴブリン?)


 冒険者たちはぜんぶで七人。

 それに対してゴブリンは数十匹はいる。

 入り乱れた乱戦になっているので、十匹以上いることが分かってから数えるのをやめてしまった。

 ゴブリンには戦術も何もないようで、ただただ間断なく冒険者たちに向かっていき、ただがむしゃらに手にしている錆びた剣や棒を振り回すのみ。

 当然冒険者たちの方が強く、次々と切り捨てていく。

 しかし数に任せた波状攻撃は冒険者たちの体力と精神力をごりごりと削っているようで、更に血や脂で切れ味が落ちた武器が、さらに倒す速度を低下させる。

 どうする?

 と、悩んでいる暇は無かった。


「助けはいりますか!?」


 真菜は彼らに姿が見えるよう太い木の枝に飛び乗り、声を張り上げた。


「っ!? 子ども!?」


 冒険者の中の一人、剣を持った中年の男が真菜を認め、目を見開いた。


「バカ野郎、逃げろ!!」


 中年の剣士は怒鳴った。

 事前に分かってはいたけれど言葉は通じるんだなぁ、などと考えつつ。

 自分たちの状況は決して良くないのに、それでも真菜を心配する中年の剣士を見て、彼らは悪い人ではないと判断。


「援護します!」


 そう答えたときには、ゴブリンの一部は既に新たに現れた獲物である真菜に向かってきていた。

 武器を持ち、下卑た笑みを浮かべながら。

 ゴブリンは人間の女を捕えて苗床にしてしまう。

 毎年犠牲者が出るらしく、どの街でもゴブリンの討伐は重要課題となっているという。

 武器を振り回しながら殺到してくるゴブリンどもに恐怖心を抱かないことはない。

 けれど。

 殺される、という恐怖は、初めて味わうものではない。


「メンタルブースト」


 精神力を強化し。


「ファイアボール!」


 右手に生み出した火球を振りかぶり、真下に向けて放り投げた。

 爆音と黒煙が吹き上がる。

 ゴブリンが十匹ほど吹き飛び、数匹が粉々にはじけ飛んだ。


「……っ!」


 生々しい血肉が舞い上がったことに、少々気分が悪くなる。

 メンタルブーストで精神を強化していたので、少々で済んだのだろう。

 ともあれ。

 たった一発のファイアボールが生み出した効果は劇的だった。

 その威力は……というか、魔法を使われること自体を想像していなかったのか、狼狽し動きを止めている個体が数多くいる。


「チャンスだ! 畳みかけろ!」


 そして、真菜が生み出した隙を逃すような冒険者たちでもなかった。

 同時に攻勢に出た冒険者たちは、背中を見せていたゴブリンを一山いくらという形で薙ぎ払っていく。

 ゴブリンたちは魔法を放つ真菜に気を取られ、冒険者たちへの反応が遅れた。

 一気に形勢が傾いていく。


「もう一発!」


 ここでもう一度魔法を密集しているところに撃ち込めば効果は大きいはずだ。

 ただ、ファイアボールは爆発が起きるので周囲への被害が大きい。

 他者を巻き込む可能性があるのだ。

 ならばと、真菜は使う魔法の属性を変えた。


「グレイブ!」


 使うのは土の魔法。

 地面からとげ付きの杭を何本も生やすことでゴブリンの数を減らす。

 混乱の渦中にあったゴブリンたちは、石の杭の直撃を受けた個体は即死し、右往左往している運の悪い個体は杭から生えたとげによって傷つき、悲鳴を上げている。

 それがゴブリンの群れの混乱を助長した。

 ゴブリンたちにさらなる隙を作ることに成功した。

 実際に真菜が倒した数は、全体の一割にも満たない。だが、しょせんはゴブリン。一度混乱してしまえば、立て直すなど至難の業。烏合の衆と化していた。

 後は消化試合だ。

 冒険者たちによって次々とゴブリンたちは狩られていく。

 数がすさまじい勢いで減っていくことに恐怖したのか、数が半数を切るかどうかというところで、ゴブリンたちは我先にと逃げ出した。

 その方向はてんでばらばら、統率など取れていない。

 それはゴブリンたちにとっては幸か不幸か、追撃を諦めさせるという結果になったのだった。

 無数のゴブリンの死体が転がり、鉄さびのような臭いがあたりに充満している。

 精神を強化していなかったらこの臭いで戻していたと思いつつ、真菜は枝からふわりと降りた。

 身体強化しているので問題ないのは分かっているが、まだ飛び降りる勇気はなかっただけだ。

 冒険者たちは息も絶え絶えといった様子だが、それでも誰一人欠けることなく生き残ったことを喜んでいた。


「ふう……」


 無事にゴブリンの群れを撃退できたことに、真菜は安堵のため息を吐いた。

 魔物とはいえ心構えをする間もなく殺すことになったことについては、少し思うところも無くはない。

 ただ、こうしてなし崩し的に経験出来てむしろ良かったかもしれない。

 誰かが死にそうだったから助けに入った。

 結果としてゴブリンを殺すことになった。

 人に近い形の魔物だ。

 けれども、真菜は、自身の心について驚いていた。

 疑似的な殺人ともいえるというのに、思った以上に気にならなかったのだ。

 周囲一帯に漂う血の臭いには不快さと気持ち悪さを覚えているのに、ゴブリンを殺したことについては特に何も思わない。

 この心の動きに驚いていると。


「おい、大丈夫か!」


 真菜のところに中年の剣士がこちらに歩いてやって来た。

 中年の男には細かい傷はあるものの、大きなけがは無いようで足取りもしっかりしている。


「無事でしたか」


 木の枝から状況を俯瞰していたので、ゴブリンと戦っていた彼らに大事ないことは分かっている。

 だが、改めてこうして五体満足であるのを確認できてよかった。

 せっかく助けに入ったのだ。

 誰かが欠けたり、腕や足を失ったりといったけがは起きないに越したことはない。


「ああ。お前さんがゴブリンどもを混乱させたおかげだ」


 中年の男が笑みを浮かべた。盗賊のような顔だ。こめかみから顎にかけて刃で切られた傷跡がある。

 何も知らなければかなり恐ろしいと思っただろう。

 しかしメンタルブーストの効果が続いているのと、気遣いができることが分かっているので怖くはない。


「って、そうじゃねぇ。なんで逃げなかった。いくら力があるったって、あぶねぇことには変わりねぇだろう」


 ど正論である。

 無関係の真菜を巻き込まないよう、自分たちの危険を顧みず忠告をしてくれたのだ。

 戦う力があろうと危険なことは変わりない。

 しかも、真菜はこれが何気に初陣だ。

 それを言うと更に怒られそうなので黙っていようと心に決める。


「ちょっとリーダー。 そんな怖い格好で女の子に近づかないで。ただでさえ盗賊顔なんだから」

「なっ、なにぃ!?」


 と。

 そこで男から場をインターセプトせんとする女性の声。

 目の前の男の分厚いシルエットによって見えなかったのだ。

 背後から彼を避けるように現れたのは、長身の美女だった。

 彼女は真菜を上から下まで見て確認すると、薄く笑みを浮かべてうなずいた。


「うん、怪我はないみたいで良かった。助かったわ、ありがとう」

「どういたしまして」


 と頷いたところで、真菜は見慣れないものを見つけて思わず口を開いた。


「……エルフ?」


 近づいてきた美女の耳が尖っていた。

 その美貌と、髪と瞳の色がエメラルドになっていること。スレンダーなモデル体型。

 アルヘラの知識は、真菜が見た女性をエルフであると判断したのだった。


「あら、あなた、エルフを見るのは初めて?」


 彼女は髪を耳にかけながら言う。


「はい」

「エルフはそんなに珍しくはないはずだけど……」

「あ、えっと……田舎から出てきたんで」

「そうなの。……って、そうじゃないわ」


 雑談から入ったのだが、彼女はその端正な顔に真剣な色を浮かべた。


「彼は盗賊顔だけれど、言っていることはその通りよ。あなた、どうして逃げなかったの?」

「誰が盗賊顔だ!」


 後ろで中年の男が叫ぶが、エルフの美女はそれをさくっと無視した。

 どうやら彼女も真菜を心配したようだ。

 まあ当然だろう。

 真菜は小柄だ。背の順で並んでも、大体常に先頭近辺。

 大人っぽく成長もはやい同級生もいるなか、制服がなければ小学生に見られることもあった。

 年齢よりも幼い子供に見られるのは慣れている。

 この時点の真菜は知らなかったが、日本人は海外では幼く見られることがある。

 それは異世界に来ても変わらなかったのだ。


「えっと、つい身体が動いてしまったというか」


 本音で本心だ。

 理由はそれ以上でもそれ以下でもない。

 動機など深く考えていない。

 危ないかもだから助けようかな?

 いい人だし、無事に切り抜けて欲しい。

 ただ単にそう思ったからである。

 そこにもっともらしい理屈やなんかを付加するのは、真菜には不可能だった。

 深い理由など無いことに目の前のエルフ美女も気づいたのだろう。腰に両手を当てて肩をすくめた。


「はあ……まあいいわ。助けられたあたしたちが文句なんて言える立場でもない、か」

「なんか、すみません」

「いいのよ。もうお互いアレだから、この話はここでおしまいね」


 手をひらひらとさせるエルフの美女。

 アレ、という言い方こそが「アレ」だったが、言いたいことのニュアンスは真菜にも伝わって来たので乗っかることにした。


「そういえば、まだ名乗ってなかったわね。あたしはアストレア。あの盗賊顔がリーダーを務める冒険者パーティ、獅子のたてがみのメンバーよ」


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