11話
リンクバーグからまっすぐ森に向かうと、たどり着くのは例の滞在用の小屋である。
そこからちょうど反対側。
ぐるりと森の外周を半周した対角線上には丘が存在する。
丘の麓に、その一団はいた。
総勢二百名の一団はそれぞれがばらばらの防具を着込み、小汚い格好をしている。
しかし見る者が見ればすぐに分かる。
彼らの動きはきびきびして統率されており、明らかに盗賊などのならず者ではないということを。
「進捗は?」
その中でももっとも位の高いものが、そばに控えていた部下に問いかけた。
「準備は順調です。今しばらくすれば、すべての確認が完了します」
「よし」
隊長と思われる男はひとつ頷いた。
「急がせろ。予定の時間まで猶予はないぞ」
「はっ」
彼らは望んで、大義をもってここにいるわけではない。
下された任務は、この森で課題に挑んでいる生徒たちの殺戮。
どこの生徒か。
当然、リンクバーグに新設された学院の第一期生だ。
今後の帝国、そして日本を担っていくだろう若い人的資源。
彼らを殺すのが目的だ。
隊長である壮年の男は、煙草に火をつけて煙を吐き出した。
若い芽を摘むことを良しとしているわけではない。
ただ、彼としても、帝国と日本の交流を良く思っているわけではない。
聞いたところによれば、日本人の大体は物腰柔らかで温和で、一見すると政治で主導を握るのは決して難しくなさそうに見える。
しかし実際は。
その物腰と柔和な態度に騙されると痛い目を見る。
かなりえげつのない外交をしてくるそうだ。
柔らかい物腰と柔和な態度という見た目のままなのは政府関係者ではない一般の日本人だけであると、彼は主人から聞いていた。
何を隠そう主上である皇帝自身が、側近にそう述べたという。
「いつ、我々に牙を剥くか分かったものではない」
日本人は魔術のない世界から来たことは分かっている。
それがなんだというのか、と断言してしまっていいだけの恐ろしい武力を有しているのだ。
自国の武力について日本側が帝国に明かしたわけではない。
だが、日本からこの世界にやってきて、帝国にいついたミスリルランク冒険者から、その武力については話がいっているようだ。
ジュウ、というものらしい。
聞けば、指ひとつで人を殺害せしめる武器であると。そんなものがあればただの平民が即座に兵士に早変わりだ。農兵を臨時徴用するのとは武力の桁が違う。
どうやら専守防衛という法があるので、日本は他国に侵略できないどころか領土侵略した敵に対して先制攻撃すらできないのだそうだ。
ずっと武力によって領民を守ってきた壮年の男には理解できない法だったが。
ともあれ、魔術がなくともそれほどの武力を保持する巨大な国だ。
その矛先が帝国に向かないと誰が断言できるのか。
だからこそ。
「若い命には申し訳ないが、これも帝国を守るためだ」
これは抗議の一手。
血を見ることさえもいとわないという決意の表明。
これは、彼と彼の主人だけではない。
日本との交流に反対する者は他にもいる。
辣腕のガウディノールがこれほどの反対派を残しているということが、皇帝がかなり強気に物事を進めたことに他ならない。
いつもなら反対派を何かしらの手で懐柔するのが常の皇帝が、これほどに拙速を貴ぶとは、反対派も想定外だった。
自分たちがまず先陣を切ることで、他の者たちを動かすのだ。
その企みはうまく行っている。
じきに森林中央部で火の手があがるだろう。
それを皮切りに、突入することになっている。
後少し。
帝国が変わる、その一手目を打つ時は迫っている。
しかし。
世の中、思い通りに行くことなど、多くは無いのである。
彼らの練度は低くはない。
ずっと領地を守ってきたのだから当たり前だ。
ただ、優秀とはいえ、所詮は地方の領地を守る兵士。
中央からやってきた一騎当千の騎士には及ばない。
張った陣を正面から見てやや左寄りで、血しぶきが舞った。
続いて右寄りで。
次いで手前、最後に奥の方。
四方すべてから悲鳴と怒号が上がる。
「何事だ!?」
指揮を任されていた隊長は異変に即座に気付き大声を上げた。
しかし、既に遅い。
高いところにいるからこそ分かる。
既に丘が包囲されていることに。
いつの間に。
そんな疑問を抱く暇もなかった。
隊長が我に返った時には、周囲にいた兵たちは軒並み斬り伏せられていた。
生きている者もそれなりにいるが、生死に拘らず動きを封じることを第一に考えられたのだと一目で分かった。
血の海に沈む者。
動けず呻く者。
逃げ出す者。
そんな地獄絵図の中、隊長がいる一団を取り囲む四人の騎士。
そのたたずまい。その気配。
明らかに手練れであると分かる。
「いったいどんな権限があってこのような真似をした! 我々を誰と知っての狼藉か!」
部下を悉く殺され、隊長は震えながらも怒鳴った。
明らかに勝てない相手。
それでも、彼にも矜持がある。
逃げることは出来ないと理解した上で、最後の言葉になったとしても。
「皇帝陛下の勅命である。よって問答は無用」
返ってきたのはすげない言葉。
取り付く島もない。
皇帝の勅命ともなれば、隊長である彼はおろか、彼の主人である貴族でさえもどうにもできない。
勅命を受けた者に反発するということは、すなわちガウディノールに逆らうことと同義だからだ。
即座に国家反逆罪が確定し、罪状はお家の取り潰し及び一族郎党全員斬首刑。
もはや、どうにもならない。
「くっ……せめて一矢!」
隊長は剣を抜き、飛びかかる。
「その意気やよし。死ぬがよい」
交錯は一瞬。
隊長の身体は腰を起点に上半身と下半身に綺麗に分かたれた。
この結果は分かっていた。
何せ、ここに集った四人は、皇帝の懐刀であり帝国軍最強の八帝剣の一人と、彼の部下だったからだ。
八帝剣でないからと侮るなかれ、その直属の部下ともなれば、実力は一騎当千。八帝剣には及ばないが一般の兵や騎士とは比較にならない……というレベルにある。
よしんば八帝剣の切っ先から逃れたとて、既に丘は囲まれている。どこに隠れていたのかも分からないほどの手練れの一団だ。
望みは、無かった。
「何故だ……何故こうなった……」
遅きに失したのか、それとも中央部の動きが想定以上に速いのか、隊長の男に教えてくれる者はおらず。
八帝剣と部下の三人も、彼の死に際の言葉に何も返しはしなかった。
彼らは忙しい。これから、あえて斬り殺さなかった生き残りの取り調べという重要な仕事が残っているのだから。
◇
想定通りだった。
狼煙が上がったと、真菜たちのところにも連絡が来たのだ。
「……ということは、あの魔道具だけではなかった、ということね」
あの狼煙は、学院の生徒を狙った者がいたことを示す狼煙である。
分かってはいたことだったが、やはりこうなったか。
真菜たちがここに来た理由はこういう時のための備えなのだから。
中止、という案は出てこなかった。
ガウディノールは生徒たちを囮に不穏分子を燻りだすことに決めたようだ。
直々に手勢を送ってきていることからもそれは分かる。
生徒を囮に使うなど、人の命を軽く見ている、と非難されるだろうか。
まあ、真菜からすればそんなものは今更ではあるのだが。
それが嫌なら、そもそも帝国の学院になど入らなければ良かったのだ。希望した者のみが、この地に足を踏み入れているのだから。
それはともかく、仕事の時間である。
「じゃあ、取り決めた通りに。真菜、ここを頼みますわ」
「ええ、任せておいて」
「サクッと片づけて来るぜ」
アズとアリスは連れ立って拠点を出発した。
魔道具を作成したアズと、貴族令嬢の顔も持っているアリスの組み合わせ。
真菜は拠点に残って連絡係と予備戦力を兼ねる。
暁のリーダーである真菜が連絡を受ける方が話が早い。
また万一手が足りない場合の遊撃としても、機動力が高い真菜が残るのは合理的なのだ。
戦場での瞬間的なスピードはアズが最速で次点がアリス、真菜が暁で一番遅い。それは脚力もそうだが、反応速度なども関係する。魔法である程度カバーできるとはいえ、生粋の前衛であるアズとアリスに追いつけないのはむしろ当たり前の話である。
しかし、それが長距離の単独移動となると話は変わる。
持続的な身体能力とスタミナの強化。その辺りに一番優れるのは真菜なのだ。
真菜は脇にある杖を抱え、座っていた椅子をリクライニング状態に作り替えて、身体を休める。
教師たちと違って処理する書類も無い。
動くべき時に動けるようにしておくのが肝要だ。
そして、そう間を置かずに、動くべき時がやってきた。
椅子をリクライニング状態にしてから体感で十分も経っていない。
「すぐに出ることは出来ますか!?」
駆け込んできた若い女性の教員の声を聞いて、真菜はおろしていた瞼を上げた。
目を閉じていただけで寝ていたわけではない。
一種の瞑想状態だっただけだ。
「何かあったのかしら?」
「あちらを!」
女性教員が指さした方。ちょうど真菜の真後ろだ。
そちらに顔を向けると、空高くに上がる赤い煙。
距離は、遠くない。
アリスとアズが向かった方向とは違う。
これは真菜が行くのが早いだろう。
「教員の手が足りないのね?」
「はい……もうこちらは手いっぱいで……!」
あの狼煙が上がったのだ。
そうなっているのは簡単に想像がつく。
本営である教員が詰めるテントは今頃てんやわんやだろう。
「分かったわ。わたしも行くから、後はよろしく頼むわよ」
真菜を動かすということは、パーティ暁という外部戦力を全て吐き出すということ。
更に何か起きた場合に、教員側から追加の人員を森に送り込むことは出来なくなるわけだ。
もっとも、そこのやりくりは真菜の仕事ではない。
杖を手にして、真菜は森に向けて駆け出した。
脚力、そしてスタミナ、バランス感覚等々、森の中を高速で動くために必要な要素を全て魔法で強化。
真菜は勢いよく森に突っ込んだ。
立ち並ぶ木々をひらりひらりとかわしながら、枝を足場に飛び移ってどんどんと進んでいく。
動体視力も強化しているので、自分のスピードに目が追い付かない、ということもない。
木々の間から見える赤い煙に向かって進んでいることもたびたび確認しながら、見当違いの方向に進まないように気を付けて進むこと三十秒。
視界に入ってきたのは、少しだけ拓けたところで一生懸命守る六人の生徒と、彼らを襲う兵士たちだった。




