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10話

 森の前には、六十人の生徒たちが整列している。

 そして、彼らの前に立つのは元騎士であるバルジだ。


「ついにこの日が来た。前もって色々と聞いているだろうが、改めて説明する!」


 現役の頃は騎士団で小隊長として数名の部下を率いる立場だっただけあり、その声は非常によく通る。

 指揮を執るために発声も鍛えたのだろう。

 バルジの威圧感というか迫力は相変わらずで、生徒たちは誰も口を開こうとはしない。


「続いて、課題を改めて説明する。貴様らはそれぞれ魔物を討伐してもらう。訓練とは違い教官の助けは無い。心せよ」


 その辺りは既に生徒たちに知らされていることだ。

 既に魔物を殺す授業は行われている。

 特に日本人生徒たちには抵抗が強い授業だったようだが、全員それを乗り越えているからこそ、ここに立っている。

 もしも乗り越えられなかったら、その生徒は今頃学院に残されていただろう。

 また、授業で魔物と相対した時は、教官が横にいていつでも対処できるような体制が整えられていた。

 今回森に入るにあたり、主に遭遇するゴブリン、スライム、コボルトについての戦闘訓練は十分に行われた。

 とはいえ、今回はたとえピンチに陥ってもすぐに救出は行えない。

 戦闘訓練では魔物に負けない戦い方が主にレクチャーされていたのを真菜は覚えている。

 その通りに動ければ、不測の事態が起きたとしてもすぐに全滅とはならないだろう。


「さすがに、帝国の生徒は落ち着いているわね」


 先日初心者冒険者たちと利用した小屋の近くにイスを魔法で設置し、そこに座って生徒たちの様子を眺めていた真菜はそう呟いた。

 生徒であった経験しかない真菜。

 こうして教師、または引率する立場からの視点はこういうものか、と新鮮な気持ちだった。


「逆に日本人の生徒たちは浮足立っていますわね」

「まあ仕方ないんじゃねえの? 実戦があることがガキの頃から分かってたやつらと、この世界に来てから覚悟を決めざるをえなかったやつらじゃ、差があって当然だろ」


 そう言ったアズは、椅子には座らず地面にあぐらをかき、今回の実習で必要になる道具の最終確認を行っていた。

 道具はシートの上に置いているのに自身は地べたの上。

 自分の下にもシートを敷けばいいのに、本当に色々と頓着しない性格をしている。


「ま、そうかもしれないわね。わたしもこの世界に来るまでは覚悟なんて無かったわけだし」


 既に元日本人であることは周知の事実。

 その辺りの説明はきちんとアリスとアズに済ませている。

 無論アルヘラのことは伏せて、であるが。

 魔法――魔術としているが――が使える件についても言及されたが、真菜を呼び出した者に教わった、とだけ伝えた。

 明らかな隠し事だが、アリスはそこを詳しくは訊いて来なかった。

 アズはそもそも興味がなさそうで、真菜の事情を聞いても「ふーん」としか返ってこなかったが。

 真菜に覚悟など無かった、というのは真実である。

 この世界に来てアルヘラの要求を受け入れ、この世界で今度こそ好きに生きていくことを決めた。

 覚悟などする余裕もなく出発することになり、流れでゴブリンを殺した。

 ただ真菜には精神を強化する魔法もあったので耐えることは可能だった。

 何の耐性も無しに、というのであれば、当時の真菜ではかなり苦しかったに違いない。


「あら、そろそろ向かうようですわね」


 アリスに言われてそちらを見る。

 話し込んでいる間に小グループに分かれており、準備は完了していた。


「アズ、最終確認は終わったのかしら?」

「ちょい待ち。後ちょっとだ」


 残り三つというところ。

 六十個もあるのだ。無理もあるまい。

 この魔道具は、緊急事態を知らせるものである。

 生徒たちに持たせ、不測の事態が起きて探索不可能だと判断した際に使われる。

 いわば救難信号だ。

 この魔道具を起動すると、赤い煙をまとった弾丸が放たれる。

 これを空に撃てば、森の外にいる引率の教師たちに即座に伝わるというわけである。

 生徒が緊急事態に陥った際に使える魔道具の相談をしたのが学院で、WEBノベルに出ていた知識を引っ張り出して案を出したのは真菜で、作り上げたのはアズだ。

 新しい発想の魔道具ということで、嬉々として錬金作業を行っていた。

 もちろん仕事として受けた。

 余談だが、この魔道具の存在を知った国やギルドなどが有用性を認識して発売を望んでいるとのこと。

 アズは大量生産などにこだわりは無いので、暁としては設計図やノウハウをアイディアとして売却する予定である。


「っし、できた」


 どうやらチェックも終わったようだ。


「お疲れ様ですわ」

「おう。さっそく渡してくるぜ」


 アズは魔道具をまとめて教師たちのところに向かった。

 ずいぶんと念入りなチェックだった。


「相変わらずのこだわりだったわね」

「まあ、あの子はずっとそうでしたもの」

「品質へのこだわりはすごいから」


 創造したものの品質に絶対の自信を持つまでは絶対に「使える」とは言わない。

 そして使う直前になっても丁寧な確認を惜しまない。

 そのすさまじい情熱のおかげで、使う側は不備の心配を一切しなくてもいい、という恩恵があるのだが。


「あれが使われないことを祈るばかりね」

「ええ。無事終わってくれたらいいわね」


 言いながらも、そうはならないだろうな、と真菜は思った。

 アリスも同じような顔をしている。

 あんな分かりやすい仕掛けがされていたのだ。

 多大な被害が発生するようなものであるのは間違いない。

 それほど思い切ったことをするような人物が、それだけで「打つ手は完璧」だと何もしないなどありえない。


「学院長も頭を悩ませていたわね」

「仕方ありませんわ。あんなものが置かれているとは、相当に敵意が高いのですから」

「けど、その後の学院長の顔は見ものだったわね」

「そうですわね。あれは明らかに陛下への敵対行為ですもの。今頃陛下は怒り心頭だと思いますわ」


 皇帝肝入りの学院。

 その授業の妨害ともなれば、皇帝に弓引く行為と同義、つまりは国家反逆罪。

 学院長からは皇帝の命令の先回りで、現場にて目を光らせて欲しいと言われている。

 なのでむしろ、真菜たちにとっては問題が起きてからが本番である。



 生徒たちが森に突入して三時間が経過した。

 課題は順調にこなされている。

 授業の進捗という意味ではどの班も困ったことにはなっていない。

 それはそうだ。

 そのためにそれなりに厳しい授業を乗り越えてきたのだ。

 これくらいはできないと逆に困るというもの。

 なので、問題は課題とは関係のないところで起きていた。


「おい、とっととしろよ!」

「っせーんだよ、グズが」


 すごむ竹山。

 蹴りを入れる野島。

 後ろから尻を蹴られた男子生徒は、もたもたとゴブリンの死体から討伐証明となる部位を切り取っている。


「おい、はやくしろよ」

「あー、おっせえなあ、吉原よお!」

「うわっ」


 またも背中をけられ、吉原正志は手に持っていた革袋を取り落し、地面に倒れ込んだ。

 これまで集めたものが散乱したのを見て、竹山と野島は内心ゲラゲラと笑いながらも、顔には怒気を浮かべている。


「おい、何ばらまいてんだよ!」

「せっかく集めたんだから大事にしろよなー」


 課題をクリアするための素材を集めるための戦闘は、竹山も野島も真面目に行っている。

 むしろ現れたゴブリンやコボルトとの戦闘では吉原よりも活躍しているくらいだ。

 だからこそ吉原が言い返せない、というのを狙ってのことだ。


「ご、ごご、ごめん……」


 ばらまいてしまった素材をわたわたと集め、それが終わってから素材の切り取りを再開する吉原。

 その情けない姿を見て留飲を下げる竹山と野島。

 真菜を利用して手に入れるつもりだったたばこ。

 蓋を開けたら、真菜を利用するのはあまりにも危険すぎて、諦めざるを得なかった竹山と野島。

 たばこを我慢し続けることにした二人だったが、吸えないと思えば思うほど、かかるストレスは加速度的に増えていった。

 そもそもの話になるが、それを我慢できるのであればたばこなどに手を出していない。

 きっかけは先輩に勧められ、断れなかった――だったとしても。

 体のいい玩具が必要だったのだ。

 そこで見つけたのは吉原だった。

 クラスの中でも浮き気味。

 友人を作るのが苦手な引っ込み思案。

 魔術については竹山と野島よりも上ではあるが、かといって吉原が圧倒的に優れているわけでもない。

 授業ではさされた時以外は必要最低限のことしか発言しない。

 それらの点から、竹山と野島は彼ならばちょうどいい、と思ったのだ。

 しばらくはこうして、口寂しさを他者にぶつけてしのぐしかない、というのが竹山と野島の考えだった。


(何で僕がこんな目に……)


 吉原は心の中で嘆く。

 どうしてこの三人組なのか。

 せっかく異世界に来たのに。

 厳しい抽選を越えて、これまでの環境から脱却したというのに、なぜまた同じ目に遭わないといけないのか。

 環境を変えれば。

 力をつければ。

 何かが変わると思っていた。

 けれども、変わらなかった。

 結局は吉原自身の在り方。

 だが、十数年積み上げてきたものをいきなり大きく変えるのは難しい。

 言うは易く行うは難しの類だろう。


(そんなことより、どう乗り切るかを考えなくちゃ……)


 今後どうするかのビジョンも大事だが、今は目の前のことだ。

 ここを乗り切らなければ。

 しんどいのだが耐えるしかない。

 まずは今日を。そして明日を。

 すべてはそこからだ。



「今日は例の学院の生徒が森に行く日だったな」


 とある屋敷。

 窓から見える街並みを眺めながら、白髪の男はそうこぼした。


「はい、旦那様」


 その後ろに控えていた初老の執事は頭を下げた。


「首尾は問題ないのだったな?」

「はい。例のものは間違いなく設置されており、人員の配置も済んでおります」

「うむ」


 白髪の男が葉巻を取り出すと、執事は彼の隣に立っていた。

 主人がいつ煙を楽しむのか、そのタイミングを熟知しているのだろう。

 執事が恭しく火を掲げる。

 白髪の男は葉巻に火をつけて煙を楽しむ。


「指示は滞りなくしておるな?」

「確実に」

「ならばよい」


 紫煙がくゆる。

 白髪の男は街並みを眺め続ける。


「栄えある帝国には不要だ。皇帝陛下は少々お疲れなのだ。我ら臣下の手でお目覚めいただかなければ」


 その言葉は、煙と共に空中に溶けて消えていった。


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