11話
調査は五日間かけて行われた。
調査隊は十名。
ギルドマスターによって指名依頼が出された、レンジャーやスカウトをはじめとした探索、索敵、調査を得意とする冒険者たちだ。全員がプラチナランク以上で構成された、腕利きと読んで差し支えない調査隊である。
森にたどり着いた十人はまず役割分担を決めた。
入り口近辺にある監視小屋に一人が待機、残り九人が三人ずつのチームに分かれて森の中の調査を開始した。
初日。
散発的にゴブリンを見つけるがそれだけだった。
各チームとも襲ってきたゴブリンは撃退し、そうでないゴブリンはあえて見逃した。
見つける頻度としては、普段の東の森よりも少し回数が多いかな、と違和感を覚える程度。
しかし今はその違和感こそが重要な手掛かりである。
二日目。
ゴブリンの発見個体数が増えたのなら、コロニーの数も増えているのではないか。
初日の調査結果によりそう結論付けた調査隊。
ゴブリンはコロニーを作りそこで集団生活を行う習性がある。
コロニーが増えているのではないか、とあたりを付けたのだが。
精力的に調査を続けたのだが、めぼしい結果は得られなかった。
ただ、それで諦めるようでは調査隊には数えられない。根気よく地道に諦めず調査を続けられるからこそ、探索、索敵、調査が得意であると自称できるし、それを第三者に認められるのだ。
一日くらい見つからなかったとて何だというのか。
三日目、四日目と。
引き続き、コロニーの調査は続けられた。
三日目は二日目と同様目立った成果はなかった。
四日目。
ついに大きな手掛かりを見つけた。
コロニーではなかったが、それ以上の成果だ。
第二調査隊が目撃したのはゴブリンシャーマン。
森の中を単独で移動していたゴブリンシャーマンは、東の森の深部に向かって動いていた。
駆け出し冒険者向けと言われる東の森だが、深部の探索は非推奨とされている。
深く進めば進むほど魔物は精強になっていくからだ。
そんな深部に到達したゴブリンシャーマンは、ある大樹の前で立ち止まった。
ゴブリンシャーマンは何らかの術を行使する。
やがて、その姿が消えた。
調査隊は目を見開いてその光景を見ていた。
ゴブリンシャーマンはどこに消えたのか。
安全であることを念入りに確認してから、ゴブリンシャーマンが消えた地点を探ってみても痕跡すらない。
不可視の結界でもあるのだろうか。
多少の魔術を使える者はいるが、さすがに結界の中を見通すような魔術を行使できる者は、第二調査隊はもちろん、今回編成された全メンバーの中にもいない。
これは早急に応援が必要だろう。
第二調査隊はその時点でその日の調査を切り上げて監視小屋に引き上げた。
二名をアストレルの街に向かわせて中間報告および追加の人材の派遣を打診することにしたのだ。
五日目。
早朝、追加の人材を連れて監視小屋に二人が戻ってきた。
この時点で全員に情報は共有されており、監視小屋に待機する一名を除いて全員で例の現場に向かうことに。
今日はゴブリンに出会わない。
不思議に思いながらも全員で周囲を十分に警戒しながら進む。
ついに、昨日ゴブリンシャーマンが消えた場所にたどり着いた。
姿を堂々と晒して探るつもりは無い。
あらかじめ決めていた手はずで物陰に身を隠しつつも、当該ポイントを窺える場所に陣取る。
全員が配置についたところで、追加人員である魔術師が魔術を行使する。
その様子を、調査隊全員で見守った。
ほどなくして、魔術師は驚愕に顔を染めた。
どうしたのか。
尋常ではないその様子にそばにいた一人が声を掛けた。
魔術師曰く、そこにあるのは当初の予想通り結界だった。
別空間が構築される結界ではないか、というのが魔術師の分析。
まさかの空間操作の可能性。とんでもないことである。
そこで、透視の魔術で結界の中を覗いてみたという。
それ以上に、とんでもないのが、ゴブリンが数えきれないほどいるらしい。
魔術師は震える声で、ゴブリンの国がある、と口にした。
この魔術師も冒険者として活動して長い。実力も折り紙付きで肝が据わった歴戦の魔術師である。
その魔術師の頭が吹き飛んだ。
前兆は無かった。
前触れは無かった。
ただ突然、魔術師の頭が吹き飛んだようにしか見えなかった。
気付けば昨日ゴブリンシャーマンが消えたところから山のようにゴブリンが出てきており、そのどれもが、隠れている調査隊の面々を見据えている。
バレている。
隠れているというのに、完全に露呈している。
そもそも、透視していたことさえばれていたことが判明した。
ゴブリンの群れを統率する魔物がいたのだ。
ワイトセージ。アンデッドの賢者と呼ばれる強力な魔術使いの魔物が、辣腕を振るってゴブリンをけしかけ、調査隊に襲い掛かったのである。
その後はもう、語るのもはばかられる。
調査隊は、その全員がゴブリンに殺された。
凄惨な結果となってしまったが、彼らもただ殺されたわけではない。
何故、監視小屋に常に一人残っていたのか。
残っていた者は、第三調査隊のメンバーと双子であった。
その双子は、世にも珍しい感応魔術の使い手。双子と言う片割れがいるからこそ発動する、テレパシーの魔術を行使したのだ。
そのテレパシーの魔術にて現地の様子を逐一報告していた。
それを受け取る役目なのが、ここに残った一つ目の理由。
そしてもう一つは。
「ワイトセージ……ゴブリンの国……。くっ……はやく、街に帰らないと……」
そう、森に入る調査隊に何かがあった時のために、全滅ではなく誰かしら街に帰ることができるように、という万が一に備えるためであった。
双子の死亡と言う、半身を引き裂かれた衝撃に全身を打ちのめされながらも、監視小屋にいた一人は急いで街に向かって帰還した。
◇
「……とまあ、ここまでが俺が聞いた話だ」
ガルビスは目を閉じ腕を組んで、調査隊の生き残りから聞いた話を、集まった冒険者たちに披露する。
「ワイトセージ、だと……」
誰かの戦慄の声が漏れる。
真菜はワイトセージなる存在についてはもちろん知らなかった。話の中で、アンデッドの賢者、強力な魔術使いという情報は出たがそれだけだ。
なので例のごとく調べてみる。分からないことは調べる。調べるのも楽しいので全く苦ではなかった。
ワイトセージは魔術師の死体がアンデッドになったものか、アンデッドが魔術師の死体を取り込んで進化するものであるとの事だ。
そのことから非常に珍しいアンデッドであるのだが。
(……アンデッド、か)
真菜もアルヘラの力を借りている。吸血鬼も、広義の分類ではアンデッドに入ると知識は教えてくれる。
ともあれ、そういう性質から、ワイトセージが得意とする魔術に決まった属性はない。アンデッドが苦手な火の魔術のみしか使えなかったり、ということは普通にある。
ただ、どこかで線引きがなされているらしく、ワイトセージという魔物に共通して言えるのは、どの個体も賢者という呼び名にふさわしく非常に頭がいいということ。
そこいらの人間など上回るほどの知能を誇るのだとか。
その知能からほぼすべての事例においてワイトセージは人間の言葉を操るため、魔族に分類される。人間の言葉を解しないのが魔物、解するのが魔族。ただの区分けであり、魔族が必ず魔物よりも優れるというわけではないようだ。
ワイトセージもアンデッドのほとんどが持ち合わせる生者への異常な執着心に縛られている。これがただのアンデッドであれば生き物であれば誰であろうとその矛先を向けるのだが、ことワイトセージになるとなまじ賢いが為により人間を狙うことが多くなる。
「ワイトセージと聞いてしまっては、さすがにギルドとしてもただゴブリンを減らせばいい、などと言うことはできん」
ワイトセージは取り込んだ、或いは元になった魔術師の知識によって識っているのだ。
人間は群れて生きるのであると。
そのため人間の街の近くに潜み、準備をして時に軍勢を率いて攻めてくる。
これらのことから、ギルドではワイトセージをミスリルランクとしているとガルビスは言う。
なるほど、それは確かにそうかもしれない。
調べた限りでもかなり危険な魔物であると真菜も思う。
さて。
ところで何故、真菜はここに呼ばれたのか。
「ワイトセージか、強大だな。倒せと言われても確約はできん」
「うむ、ギルドとしても、ワイトセージは撤退させられれば御の字だと思っている」
「それを聞いて安心したわ。何が何でも倒せ、なんて言われたらどうしようかと」
「そんな無茶は言わん。……ともかく、ギルドは今回の調査を受けて、放置は危険と判断、打って出ると決めた」
ガルビスはぐるりと会議室を見渡す。
「ここに集まってもらった連中は皆、ギルドが一定以上の実力があると認めた者たちだ。今回は、お前たちを中心に作戦を立案、実行する構想だ」
シン、と静まり返る会議室内。
皆深刻そうな表情なのは変わりない。
ワイトセージという魔物がどれほどに危険な魔族なのかをきちんと知っているということだろう。
ただ、真菜は解せなかった。
何故ここに呼ばれたのか。
ある程度の実力が備わっていることは自覚している。
けれどもそれも使いこなしていればこそだ。
誰も発言をしようとしない。考え込んでいるのか。
ともあれ、きくなら今だと思った。
「聞きたいんだけどいい?」
「真菜か。なんだ?」
ガルビスがいいと返事をしたので、遠慮なく聞くことにする。
「さっき、わたしがここに立つ資格があるって言ってたけど」
「ああ、確かに言った」
「何を根拠に? 戦うところも見せたけど、実績は何も無いよ?」
そう、気になるのはそこだ。
何故真菜をここに呼んだのか。
その理由がまったくぴんと来ない。
話を聞く限り、このワイトセージの件はアストレルという街の存亡の危機。
それに直面して、アイアンランクの冒険者をただ呼んだ、などということはないはずだ。
特に、ワイトセージなる強大な存在がいるのならばなおさら。
「根拠ならもちろんあるぞ。お前が戦力になると思ってのことだからな」
「ふうん?」
「お前、俺に威圧だけで剣を抜かせかけただろう?」
「ああ……」
先日の会議室での初顔合わせのことだ。
テストするから威圧しろと言われて、確かにやった。
その時、ガルビスは戦闘態勢に移行していたのを思い出した。
「それがどうしたの?」
「それがどうしたってお前……」
ガルビスはあきれた顔をした。
「ただの威圧で俺に剣を抜かせかけるなんて真似、誰でもできると思うなよ」
そうなのだろうか。
そうなのかもしれない。
周囲の冒険者たちの納得の感情と畏怖の感情から、そう理解する。
どうやら無自覚に何かやらかしたようだった。
真菜としては、敵意というか殺意に近いものをぶつけてしまったという認識なので、ガルビスが戦闘態勢に移行したのもそれはそうだろう、と納得だったのだが。
後になって知ることだが、ミスリルランクにならないと出会えない魔物との邂逅を経験した冒険者は、肝の据わりかたが尋常ではない。
そんじょそこらの威圧や戦意、殺気をぶつけられた程度では微動だにしないことも多々あるのだ。
つまり真菜の威圧はそんじょそこらの威圧ではなかったということ。
(何かやっちゃいました? 状態だったってこと……?)
真菜は恥ずかしさに覆われた。
無自覚とは無知と同義だろうと彼女は思っている。
その認識からすると、恥ずかしいことであるという認識だった。
WEB小説にも、そういった主人公は結構いた。
神の視点ともいえる読み手からすると、「なんでもっと自重しないかな」ともどかしく思ったものだが、当事者になってみてはじめてわかった。
これは知らないと本当にどうしようもない。
恥ずかしいことだと自覚した今、今後は自重することはできるだろうが、ただの読み手という名の評論家だった真菜では、実際にその場にいる人間のことは分からないものである。
……と、こんな思考すらもこれまでならあり得ないことだったが、今は何の因果か真菜自身が当事者なので、そのように考えるしかなかったのである。
「……なるほど、そういうことね」
「そういうことだ。お前の威圧をまともに受ければ、ゴブリン程度すぐに動きを止めるだろうな」
実際に魔法で敵の数を減らさなかったとしても、少なくない貢献ができる、ということだろう。
もっとも問題は、その威圧をきちんと指向性をもって操れるかどうか、ということだが。
ただ無秩序にばらまいて味方の動きまで止めてしまっては本末転倒だからだ。
「俺の見積もりだと、お前の実力はヒヒイロカネランクに相当するとみている。獅子のたてがみも俺の見積もりに同意するところだ。だから堂々とここにいろ」
「……そっか、分かった」
ヒヒイロカネレベル。
この力を授かった当初、プラチナランクも余裕で行ける、という評価だったのははっきりと覚えている。
プラチナランクが余裕ならば、そのひとつ上のヒヒイロカネという評価をもらってもまあおかしくはないかもしれない。
ともあれ、ここにいることが正当ならばそれでいいか、と真菜は判断した。
後は具体的な作戦行動の話に移る。
行動は迅速だ。
どうやら領主からも既に許可はもらっているようで、まずは小回りの利く冒険者が先鋒を務めるという。
領主も急ぎ討伐隊を編成しているとの事で、準備ができ次第東の森に向かうとの事。
平穏に依頼をこなしてのんびりするつもりが、いきなりこんな大事件に巻き込まれるとは。
しかし真菜としても、異世界で最初にたどり着いたこの街に思い入れもできてきたところだ。
そのアストレルが危機であり、そして自分に抗しうる力があると分かった以上、ただワイトセージに蹂躙されるのを黙っているつもりは、ないのだった。