表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
殷周演義  作者: 諸橋カムイ
【第一章】
9/23

「子牙出廬」5

子牙(しが)は席から離れ、舞踏を終えて(ひざまず)いている踊り子たちに近づく───と。


「あっ!」


散宜生(さんぎせい)閧夭(こうよう)は驚きの声をあげた。椅子を蹴倒(けたお)すほどの勢いで立ち上がる


なんと、子牙はとりわけ美麗な踊り()に歩みよるやいなや、彼女の胸のふくらみをその大きな手のひらでむんずと掴んだのである。


一瞬後、子牙は苦笑していた。


悲鳴をあげ、彼の手を振りほどいて逃げると思われた美女は、懐刀の刃先(きっさき)を子牙の喉元にあてていた。


先ほどまでみごとな群舞(ぐんぶ)を見せていた他の踊娘(おどりこ)たちも、みな懐刀を構えている。子牙の周囲に刃の円環()が形成されていた。


「いやぁ、なに、剣を隠したままでは踊りづらかろうと思って、ね。それにしても(いさ)ましいことだ。みんな、朝歌(ちょうか)に放たれる細使(しのび)だろ?」


子牙は押しつけられている白刃(はくじん)を指ではさんでゆっくりと押し返すと、今度は壁に向かって歩き出す。


廟堂(へや)の壁を覆っている錦地に金糸で模様飾りを織り出した(あで)やかな布を掴み、力いっぱい引いた。


布の下からは、壁板ではなく組み木が現れた。そのどれもがいびつで変色した、()ちかけた柱であった。


建築に使用するようなものではない。あきらかに廃材のたぐいである。豪勢な作りの布は、これらを隠すためのもの。

 

つまり、この後宮めいた屋敷は、見た目とは裏腹な安普請(やすぶしん)


「賢明な言動をひかえ、むしろわざと馬鹿になったふりをして情勢をにらむ。冬の雷雲が力を蓄え、時節到来、一気に()ぜるがごとし。これ、『仮痴不癲(かちふてん)の計』。これまでの姫発(きはつ)さまの愚行の数々、(しょう)の、辛王(しんおう)姫昌(きしょう)さまの子息たちに対する警戒心を(やわ)らげるための演技と、この姜子牙お見受けしましたが」


子牙は穏やかに風狂公子(おぼっちゃま)に尋ねた。


散宜生と閧夭、そうであったのか、と感嘆の視線を姫発にそそぐ。


「子牙先生、あなたが持参した『宝』とは、あなた自身でしたか」


視線を床に伏せ、微笑をたたえていた姫発は、すっと顔をあげた。


───視線が子牙の瞳に重なる。


(おぉ!)


見つめられた子牙はうなる。姫発の顔には、それまで浮かんでいた幼稚さなど微塵(みじん)もない。威厳に満ちた高貴な容貌(かお)には、(こう)ごうしさすら漂っている。


どのような人物に対峙しようと戦慄(せんりつ)を覚えたことなどなかった子牙が、いま、畏怖(いふ)の念に身体を硬直させたかと思うと、次には自然な動作で眼前の若者に拝跪(はいき)し、こうべを()れた。


「無学を承知で、岐山(きざん)(いおり)を出でて、帷幄(いあく)(さん)じました」


───姜子牙の出蘆(しゅつろ)である。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ