「子牙出廬」3
何ごとかと道を行き交かう人々が足を止め、壁を形成しはじめた。
その人垣を押し分けるように、一台の天蓋車が門の前に止まる。濃紺の官服に身を包んだふたりの男が座していた。
ひとりは、いかにも貴公子然とした若者の名は散宜生。いまひとり、口髭を生やした瀟洒な少壮の男の名は閧夭。
ともに姫昌のもとで、歴戦に功を重ねた気鋭の武人である。
「騒がしいな、何事か?」
散宜生が問う。
「は、はい、この者たちが、姫発さまに謁したいと……」
槍を弾かれた衛士が拝跪し、事の次第を伝えた。
「おぬし、何者か?」
衛士の輪の中に立つ釣り師に、散宜生は声を飛ばす。
「姜子牙」
投げかけられた当人は、すげなく言葉を返す。
散宜生と閧夭は子牙を注視した。
身の丈七尺とも八尺とも思える長身を墨色の単衣で包んでいる。
そでから伸びた腕は筋骨隆々としてたくましく痛いほど日焼けしていた。
笠をはずせば、黒曜石のような輝きを放つ怜悧な双眸、太い三日月眉、引き締まった紅唇、すっととおった鼻梁、それらをすべて収め、威風凛々とした気をみなぎらせる容貌。
しかし、もっともふたりが瞠目したのは、若者の髪の色であった。
───黄金に輝いているのである。
金糸を思わせる豊かな髪が若者の美貌を縁取っていた。
肩から背に流したその金髪に、時おり吹くそよ風がまとわりついて遊んでいく。
「子牙とやら、この散宜生がその『宝』を姫発さまに渡しておこう」
「いや、じかにお渡ししたい」
子牙の声音に気迫がこもっていた。
散宜生と閧夭は当惑して、顔を見合わせる。
小さく息をつくと散宜生は、
「ついてくるがよい」
と、言った。