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殷周演義  作者: 諸橋カムイ
【序章】
4/23

「姫昌受難」3

餓えた獅子───それが檻の中にいた。


辛王(しんおう)は甲冑に包まれた腕をゆっくりと上げ、そして……降ろす。


檻は開かれた。獅子は咆哮(ほうこう)をあげると鄧九(とうきゅう)に向かって疾駆する。


その速度を緩めることなく、獅子は鄧九の右腕に喰らいつく。


皮が裂け、肉が引きちぎれ、骨が砕ける。


異音を響かせ、腕を肩からもぎとられた鄧九が糸を切られた傀儡(にんぎょう)のように吹き飛び、演武場の壁に激突して大きな血の花を咲かせる。


またたく間にひとの腕をその胃に落とした獅子は、勇躍すると今度は鄧九の脳天に鋭利な牙を突き立て、割り砕く。


すでに絶命している鄧九の脳漿(のうしょう)をすする凄絶な光景に、公達(きんだち)や女官などの見物人の中には反芻(はんすう)し、卒倒する者がでる。


「……なんと惨いことだ」


姫昌(きしょう)は視線を、虐殺の続く演武場からそらす。


「貴殿の末路はこんなものではないぞ。死ぬまでの短い時間だが、志を同じくした者の死をしっかりとその目に焼きつけるがよろしい」


崇虎(すうこ)は姫昌のあごをつかんで、演武場に無理やり視線を戻す。


無表情でこの殺戮を見ていた辛王は、毒々しいまでに鮮やかな緋色の肩衣(かたぎぬ)を脱ぎ捨てると、優雅に流麗に演武場内に降り立つ。


死屍(しし)から臓腑を引きずり出し、喰らいついていた獅子は、辛王を新たに投じられた餌と錯覚した。


もし、この獅子が空腹でなければ、その総身からたち昇る瘴煙(しょうえん)のような覇気を感じ、戦慄にうち震え、獣王たる威厳をかなぐり捨ててまでも檻に逃げ帰っただろう。


───が、いかにせん、野生の勘を鈍らせるに十分なほど獅子は飢えきっていた。


獅子は剛咆(ごうほう)をとばして、辛王に向かって突進する。


辛王は不機嫌な表情をした。


(けだもの)とはいえ、思慮というものがなさすぎる」

 

そうつぶやく彼だが、身には寸鉄も帯びていない。


疾風のごとく突走してきた獅子は、王の手前で宙へと飛び、獰猛な牙を頭頂に突き立てようとした。


「ふん!」


すさまじい形相で王は()え、彼の強靭な鉄拳が獅子の下あごを撃砕した。


牙のかけらと血の飛沫(しぶき)をまき散らせ、獅子は床に落ちる。


さらに両の掌を合わせ結ぶと、渾身の力で辛王は悶絶する獅子の額にそれを撃ち降ろす。


血が奔騰(ほんとう)し、辛王の顔を彩色する。彼は手の甲で頬をぬぐい、それがあたかも美酒であるかのうように舌をはわせる。


観衆は王の勇姿に総立ちとなり、賞賛の拍手が海嘯(つなみ)と化したとき、姫昌は槍ぶすまの中にいた。


崇虎配下の兵士たちに、彼は完全に包囲されていた。

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