「黒虎義心」7
「味方か?」
散宜生が当惑の声を上げたが、
「いや、違うみたいだ」
閧夭がすぐに打ち消す。
あるじを失い、次々と仲間が死傷していく兵士たちは、蜘蛛の子を散らすがごとく逃げ散った。
しかし、彼らを森の中に追い払った仮面の男たちの弓矢や矛の先は、いまや散宜生と閧夭に向けられている。
気を失っている黒虎をかかえている蓮の周囲にもまた、剣刃の円環が形成されていた。
「姫昌さま!」
地から湧いて出てきたかのような異装の男たちに囲まれながらも、散宜生は首をねじ曲げて主君を見た。
姫昌はたちつくしていた。
動けないでいる。
彼の喉元には白刃が突きつけられていたのだ。
天地を繋ぎとめるように降り続ける雨が凝固したかのように……森の闇が切り取られ人の形を成したかのように……「その者」は忽然と現れ、姫昌の横に立っていた。
───そして、その手には剣が握られ、刀身は姫昌に向けられている。
「いまここで、死なれてはこまる」
男もまた土を固め焼いた仮面を着けていた。その下からくぐもって姫昌の耳に届く声は若い。
───その声のぬしを姫昌は知っていた。
「……おぬしは!?」
名を言おうとしたとき、雨に濡れて冷たい男の剣があごの下に触れた。
剣の平で姫昌に上を向かせ、続く声を遮えぎる。
「おまえを殺すのは───この俺だ!」
仮面のふたつの穴から放たれた瞳光は鬼燐をはらんでいた。
低く静かに、だが確かな殺意を込めて姫昌の耳元で囁くと、男は雨闇に溶けるように消えた。
彼の仲間もまた現出したときとは逆に、声も立てず息づかいすら消して静かに森の奥へと戻っていく。
姫昌は先ほど継げなかった言葉を独語する。
「……秦の贏革」
仮面の男の名を口にしたとき、雨よりも冷たい汗が全身の毛孔からにじみ出てくるのを感じた。
───ひときわ大きな雷霆が、恐慄している姫昌を照らし出した。