「黒虎義心」6
「崇虎、きさまか!」
姫昌はまなじり裂いて怒号を放つ。
「まったく、女とはかくもどし難たい生き物よ。見るからに策謀とわかる手にまんまと乗りおってからに。姫昌よ、お主ぬしが生きていると何かとわしが困るので、ここで死んでもらう」
崇虎は鼠のような面貌に、嗜虐的な笑みを浮かばせる。
「義父上!」
黒虎は馬車から飛び降り、崇虎の前に駆け、騎上の義父をにらみあげる。
「なぜ……なぜ、このようにしてまで、憂国の士である姫昌さまを殺めようとなさるのですか!
「黙れ!」
崇虎は短杖を振り下ろす。骨を撃つ重い音をたて、額から血の糸をひいた黒虎は泥飛沫をあげて地に伏した。
「おまえのような愚か者に、父親呼ばわりされたくはないわ!」
黒虎を踏みつぶそうと崇虎は手綱を引き、馬の前あしをあげた。
ひづめが痛打に昏倒した黒虎の頭蓋を砕だこうとするまさにその瞬間、彼の体を蓮が横抱きにして飛びのけた。
ふたりの子供はぬかるんだ泥の中に、飛沫をあげて転がる。
蓮はすぐ跳ね起きた。
気を失ったままの黒虎をかばうように、両手を広げ、両足を踏んばり、泥で彩色した顔をあげて、髪やまつげからの滴たりもそのままに、するどい瞳光で崇虎を射る。
「小癪な!」
崇虎は激しく舌打ちすると、腰間の長剣を鞘走しらせる。
駒首まわし、歩を進めると、蓮の頭頂に叩き落さんと剣を振りあげた。
蓮はわななく唇を引き結び、震える膝に懸命に力を込め、閉じたい衝動をこらえて双眸を裂く。
───風を切る音が響いた。
白刃が蓮の頭頂に迫まる……ことはなかった。柄を握る崇虎の手の甲に一本の矢が突き立っていたからだ。
崇虎は驚きの表情を見せたが、痛みに顔を歪めることはしなかった。なぜならば、次の瞬間には眉間に矢が突き立ったからだ。
羽根が額に触れ、後頭部からやじりが突き出るほどの強弓であった。
続いて胸と首に矢が生えた。その勢いで崇虎は天を蹴るように鞍から転げ落ちる。
───馬蹄の音が響く。
頓狂な声を発する「奇怪な一団」が林の中から飛び出してきた。
赤や青や黒に彩色した仮面をつけ、熊や虎や豹の皮をまとい、手にする弓に矢をつがえ、崇虎の兵に向けて、喜悦をあげながら放つ。
弓弦の響きと同じ数だけ兵士たちが泥に沈む。相当の手練たちなのは一目瞭然であった。
毛物のような、獣がごとき男たちが、崇虎の兵が築いた人壁を突き崩すのにたいした時間を必要としなかった。